28歳女ひとり旅・欧州編

2013年02月03日

2012/07/04()05():第97カ国目マケドニア・

 

 

あたりはもう真っ暗、時間は21時をまわっている。

この国初日でお金もない。

こんな状態で放りだされて、どうせいっちゅーねん!!

 

隣町のオフリドの宿は予約確保してあるけど、

そもそもタクシーが走ってない。

とりあえず近くに見えたガソリンスタンドまで歩いてみる。

だってそれ以外何もないんだもん。

タクシーを捕まえられないか聞いたら偶然英語を話せる人がいて、自分の携帯使ってタクシーを呼んでくれたばかりでなく  ご好意でユーロを現地通貨に

両替してくれた。

マケドニアって人が良いという前評判は聞いてるけど、

これが序章なんだろうか?

 

オフリドの街は湖との共存がとても綺麗だけど、

なんだかワタシにはしっくりこない。

とりあえず観光道のような湖沿いの道を歩いてみるけど、

なかなか激しいアップダウン。

道のりは険しかったけど教会はとても可愛かった!

一応世界遺産です。

オフリド1オフリド2
オフリド3

 

それと近郊のスウェディナウムという場所にも行ってみました。

正直地元の人たちも繰るような観光地って感じで、何があるってわけでもなく・・・

だけど教会を訪れたとき、チケット販売のおじさんが片言の英語で『何人?旅は長いの?』と聞いてきて、

ワタシが「日本人だよ。もう4年以上旅してて、世界一周中なんだ!」と答えるとそっと売り物のイエスキリストのカードを渡してくれた。

 

『持って行きなさい。 イエスはいつもあなたを見守っているよ。

この日本人女性;ユリに、神のご加護がありますように・・・』

 

ワタシはキリスト教徒ではないし宗教にあまり関心はないけれど、なんかジンと来ちゃった。  たった一瞬会っただけの旅人にこんな風に接せれるってすごくいい。

今でもちゃんとこのカードはパスポートと一緒に持ち歩いてます。。。

 

 

 

そんな観光も昼過ぎには終えたので、次はマケドニアの首都:スコピエへ向かいます。

オフリド→スコピエへのバスは2時間毎くらいに頻発しているにも拘らず予約なしで乗ることは難しいという人気路線だと宿のスタッフに言われて、今朝の時点で予約しておいたので、

予定通りそのバスでスコピエに向かったのですが

やはりバスは満席(所要時間2.5時間、500DIN=約850円)。

 

 

スコピエの宿は、当初この一泊しかしないで翌日の夜行でトルコに向かうつもりだったけど、宿がすごく綺麗で勝手が良かったので珍しく一泊延長してしまいました。

 

旅の宿選びで大切なことは何か。

もちろん人それぞれ答えは違うのだろうけど、ワタシ的には“電源の確保”だと思っている!

パソコンやMP3などはともかくとしても、カメラの充電は怠るわけにはいかない。

だって思い出はプライスレスでしょう。。。

写真撮影は観光のキモでもある。

個室の宿なら電源確保に頭を悩ますのは、停電が多い地域くらいなもんだけどヨーロッパのように相部屋で費用を節約するホステルに泊まる場合

一部屋に充分な数のコンセントが用意されていなかったり、

人のことを考えずコンセントを独占しっぱなしの輩がいる。

 

しかしホステルはドミトリーベッドの一台ごとにライトスタンドとコンセントが付いているのだ!

これは非常にありがたい。。。



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2013年02月02日

2012/07/03()04():第96カ国目アルバニア・第97カ国目マケドニア

 

 

さて、なんにもない首都ティラナではありますが、

せっかく来たからには軽く街歩きします。

・・・2時間で終了しましたけど(内ほとんどは郷土料理レストランでのオーダー待ち時間)

17ティラナの有名なモスク121ティラナの有名なモスク5
23お祈りの様子25ティラナの中央広場1
26ティラナの中央広場227アルバニア郷土料理

 

 

再度観光案内所に立ち寄り、

次に目指すギロガスタル情報収集をしてきました。

この観光案内所は旅行者に優しい、交通案内の詳細を用意してくれていて、それによるとギロガスタルまでは公共の大型バスなら約5時間・私営のミニバスなら約3時間とのこと。

ほんとかなー!?

日本語のガイドブックには6時間って書いてあるけど・・・

疑いながらも持ち帰り、ホステルのスタッフに詳細を確認してみると、アッサリと肯定。

もし本当に片道3時間しかかからないとしたら日帰りが可能なはずなのでそれについてもたずねると、イケるんじゃない?とのこと。

疑いながらも、地元人が数人肯定するなら・・・と信じてみることにする。

 

結果、騙された。

そもそも、市内でのミニバス乗り場が見つからない!!

最初に観光案内所でもらった地図に明記された場所に行くも そこにはなにもなく・・・近くにいる地元人数人に聞き込んでも、誰もギロガスタル行きミニバスの存在を知らず強引にローカルバスターミナルに連れて行こうとする。

いーや、安くて早いミニバスがいいんじゃ~!と1時間以上聞き込みながら歩き回る成果がなく諦めて、ローカルバスターミナルにて所要時間を聞くと

3時間!?不可能だ・・・いくらミニバスが早くても5時間以上かかる!日帰りは無理だね。 次の大型バスなら12時発だけど、6時間かかるよ。」とのこと。

 

やっぱり・・・。

 

ということで急遽宿をチャックアウトして、

12時発の大型ローカルバスでギロカスタルへ。

結局1000Lek(=約770)・所要6時間半かかりましたよ・・・嘘つき・・・。

 

 

夕暮れのギロカスタル街を歩いていると、

[I, I, I, I teach Rossian in school…]と、どもりの激しいおじいちゃんに声をかけられた。

コーヒーを一緒に飲まないかと誘ってくれたんだけど

この日はとても暑くて体力を消耗疲労し、ぐったりしていたから身体を休めたかったのと、ちょっと我の強いこのおじいちゃんの話を聞くのがめんどくさいな~って思ってしまって、

ホテルに戻るからと断ってしまった。

 

おじいちゃんはそうかー残念だけどまたねーと少年みたいな笑顔でワタシを見送ってくれたんだけど、それがなんか妙に引っ掛かって、ものすごい罪悪感。

めんどくさいなんて思って悪かったな・・・

こんな南部の街に東洋人女性が来るの珍しくて興味持って、 不得意な英語でも頑張って話しかけてくれたのかもしれないのに・・・

傷つけちゃったかな・・・

疲れてるけど、コーヒーくらい飲める余裕あったし・・・

なんかよくわからないちくちくが私の心を襲う。

 

次の日の朝、私が洗濯物を取り込みにホテルのドアを開けたとき偶然昨日のじいちゃんが外でタバコを吸っていた。

じいちゃんはあれ?また会えたねーってな感じでまた極上を笑顔をくれた。

もう一度会えて、また少しだけ会話して、最後も笑顔で別れた。

どこにでもあるような思い出なんだけど、

今も鮮明に覚えてるのはなんでなんだろう。

 

 

帰りはタクシードライバーがティラナ行きのミニバス乗り場まで送ってくれたので、今度こそ安くて早いミニバスに乗ってティラナに戻り(所要5.5時間・800Lek=約616円)

次は16:00のマケドニア・ストゥルーガ行きのバスに乗った。(1440Lek=約1109円)

こちらもなんだかトラブル続きでちょいちょいバスが止まる。

調子が悪いらしい。 ・・・しょうがないけどさ。

でもさすがにひどすぎるみたいで普段利用する地元人も、

今日はひどすぎる!と怒ってた。

 

結局所要3.54時間と聞いていたのが5時間半かかって、

しかも真っ暗でどこだかさっぱりわからないストゥルーガの路上に下ろされ放置・・・。

 

というのも、

このバス本来はマケドニアの首都:スコピエ行きみたいで

途中の街に寄る予定がないところを無理に乗客を引き受けているという事実が後で発覚。

アルバニアって、モンテネグロの国境だけでなくマケドニアとの国境までもが不便な本当に閉鎖的な国なんだなーと改めて痛感した・・・。



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2013年02月01日

2012/07/02():第96カ国目アルバニア

 

 

正直、クルナ自体は観光客もまばらなせいか

全く活気も感動も無かったし、そうであることはある程度

予想がついていて、行くかどうかを迷っていた。

それでも行く結論に達したのは

さほど遠くないために経済的負担は大したことないので

何もせずに宿にいたってアルバニアを感じる可能性は低いけど

行けば何かが起こるかもしれない、そう思ったから。

 

そんな期待は現実となり、

帰りのミニバスでとてもいいカップルに出会った。

彼らは数少ない日本人観光客であるワタシをとても歓迎してくれて、困ったことはない?聞きたいことがあれば何でも聞いて!と心配してくれただけでなく、ティラナに戻るバスの運賃までウェルカムギフトだから!!と支払ってくれたのです。

 

たかが200円、されど200円。

 

アルバニアはヨーロッパ内で最貧国といわれる国のひとつ・・・

日本人の200円とアルバニア人の200円はきっと同じ価値ではない。 それを当たり前にしてくれる、そんな気持ちがたまらなく嬉しかった。

これだけで今日クルナに来た価値があったと思えた。

 

やっぱり旅のメインは、観光地でも買い物でもなく、

“出逢い”なんだよね。

 

 

さて、アルバニアの歴史について少し解説しましょう。

 

第二次世界大戦前後はイタリアとドイツの占領政策に翻弄され、戦後ソ連の援助によって独立。共産主義政権が成立した。

当時親密な関係にあった隣国ユーゴスラビアが共産主義を廃止す傾向を示したことにより、ユーゴスラビアと断交。

その後共産主義を徹底するアルバニア政府は、軟化政策をとりつつあるソ連と次第に不仲になり、1970年代にはソ連を仮想敵国とした極端な軍事政策を取った。

国民ほとんどに行き渡る量の銃器を保有する国民皆兵政策という異例の事態が発生。

現在もほとんどの国民はそれを有しているという・・・。

 

ソ連と袂を分かつ一方で中国に接近して各種援助を受けたものの、近隣諸国とはほぼ鎖国状態のままであり、経済状況は次第に悪化した。

また1967年に中国文化大革命に刺激され無神国家を宣言、 一切の宗教活動を禁止した。

1976年に中国で文化大革命が収束し、改革開放路線に転換すると中国を批判。

当時の経済状況から決して多くなかった中国の援助もなくなり、1980年代には欧州一の最貧国とまで揶揄されるに至った。

 

1991年に国名を「アルバニア共和国」に改称。

1992年の総選挙によって、戦後初の非共産政権が誕生した。

民主化後は、共産主義時代の残滓の清算や市場主義経済の導入、外国からの援助導入などを政策化し、国際社会への復帰を加速させた。

 

しかし、急速な自由経済の導入は他の旧東側諸国と同じく混乱と経済犯罪の発生を招き、市場主義経済移行後の1990年代にネズミ講(無限連鎖講)が大流行し社会問題と化した。

一方で当時のアルバニアは周辺国の紛争に対して武器を密輸する事で、不当な形ながら多くの外貨を獲得しており

ネズミ講で集められた資金がこうした非合法事業の資金源として機能することで、一定の利益を還元する事ができていた。

経済の成長を急ぐ政府は“武器密輸”と“ネズミ講”という

二つの不法な経済行為をどちらも黙認するという選択をとったのである。。。

 

ところが19971月に周辺国の紛争が終結に向かうと武器密輸のビジネスは破綻し、同時に国民の半分以上が参加していたネズミ講への利益支払も頓挫した。

国民の3分の1が全財産を失い・・・

大量の破産者が街に溢れかえり・・・

詐欺から国民を守れなかった政府への不満から暴徒化し・・・

これによって政権が転覆。

無秩序状態となるという暴動が発生した。

 

こうしてもともと脆弱を極めたアルバニアの経済は一瞬で破綻したのであった・・・。

 

 

 

・・・政府も、国民も、アホすぎて、日本人間隔では考えられないこの事態。

でもこれが実際に起こった国、それがアルバニア。

しかもたった15年前の出来事。

 

どこからが間違いだったのか(むしろ正解の選択なんてなかった気さえする)・・・

自業自得とはいえ、政府の方針による鎖国で海外の情報が入ってこない社会で生きていた国民としては、正しい経済の流れを判断できずにネズミ講という甘い話にのってしまったのも同情に値する。

ハイ、あなたの財産今日からゼロ!と言われたときの絶望感はどんなものだっただろうか。

暴徒化する気持ちもわからんでもない。

だってもう命以外失うものはない!と言ってもいいようなもんなんですから。

 

現在のアルバニアはだいぶ立ち直っているのだろうか。

旅行者として、表面的な部分を見る限りでは、周辺国と比べて特別治安が悪いだとか人々がやさぐれている、なんて雰囲気は感じなかったけど。

 

きっと旅行者の目には見えない水面下で、

まだいろんなことが続いているのでしょう。。。



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2013年01月31日

2012/07/01()02():第95カ国目モンテネグロ・第96カ国目アルバニア

 

 

ポドゴリツァから2時間ちょっと・€7(=約714)

コトルの街に到着。

コトルの街は世界遺産に指定された城壁のある街で、

雰囲気はドゥブロヴニクと似ている。

実はこのコトルとドゥブロヴニクは立地的にも非常に近くて、

バスなら23時間ほどらしい。

ワタシの場合はクロアチアの後にボスニア・ヘルツェゴビナ→セルビア→コソボを経由したルートだったので、このルートは使わなかったけど、まぁぐるっと一周したようなもんです。

そんなコトルはさすが近いだけあってミニドゥブロヴニクって感じなんだけど、やっぱりドゥブロヴニクの方が好き。

1コトルの街並み12コトルの街並み2
3コトルの街並み35コトルの街並み5
6コトルの街並み68コトルの街並み8
10コトルの街並み1013アートな街、コトル2

 

特産ハム(名前忘れた!)のピザ食べたけど、めっちゃしょっぱかった・・・

11モンテネグロ郷土料理・ハム 

 

小さな街で観光がソッコー終わったので、

今日はウルチンという街まで行きます。

モンテネグロはこのほか行く予定がないので、次に目指すはアルバニアなのですが・・・このモンテネグロとアルバニアはめちゃくちゃ交通の便が悪い!

国境の街まで行けばかろうじて公共交通があるという最低限のレベルなのでそんな国境の街:ウルチンとりあえず向かいました。 所要約3時間・€7.5(=約766)

14コトルのバス時刻表
 
 

ウルチンには何の情報もなく行ったのだけど、バスターミナルで宿の客引きにあってうまい具合に安宿をGET

ただ宿の隣がモスクという環境・・・明日は4時半過ぎに目を覚ますことになるだろう。

なんでかって、アザーンです。

日本人でいうお経が、イスラム教国家では決まった時間に

大音量で流れるわけです。。。

 

翌朝6:00発アルバニア国境の街シュコダル行きバスに合わせてバスターミナルに来たけど

ウルチン⇔シュコダルを行き来しているバスは1台しかなく、

なんと今朝ターミナルに来る途中でそのバスが壊れて今日はもうおそらくバスが動かないだろうとのこと。

昨日の宿で部屋をシェアしたオーストラリア人男性と、

たまたまバスターミナルで見つけたフィンランド人男性と3人でタクシーをシェアして€35(ひとり約€12)でシュコダルまで行けるように、早朝バスターミナルまで送ってくれた宿のおっさんが交渉してくれた。

バスならチケット代€6+ターミナル使用料€1+大きい荷物代€1=€8と比較すれば€4の差額で、走行も国境通過も早い少人数のタクシーは充分アリな選択肢でしょう。

(ちなみに宿のおっさんいわく、

乗客が4人だったら€40(ひとり約€10)が相場だとのこと)

 

シュコダルではタクシードライバーがティラナ行きのミニバス乗り場まで連れて行ってくれて€5で約2時間。

中心地から20分くらい離れたところで降ろされ、観光案内所まで汗だくで頑張って歩きましたよ。

そこで借りたトレイがこちら。

1斬新すぎる観光案内所のトイレ1

首都の終身部にある観光案内所=外国人がこの国で最初に来る可能性が高いってのに

斬新過ぎるでしょ! 当然、空気イスですよね・・・。

貸し出すトイレならもう少しどうにかしようよ。。。笑

 

 

その後飛び込みで調べておいた宿にチェックインし、

クルナというティラナ近郊の街へ。

6クルナ17クルナ2
11クルナ612クルナ7
13クルナ816クルナ11


 

街は丘?山?に作られていて、ものすんごい上り坂。

ほとんどはバスでのぼってくれるけど、終着点から土産物屋のとおりを経て砦に至る道もとんでもない坂で・・・

距離は大してないのに超大変だった。

 

砦に着くと、英語が片言の少年が現れて、外国人であるワタシに興味津々。 金銭目的ではなく好意でもてなしてくれる気マンマンで、綺麗なところに連れて行くよ!と言ってくれるんだけど、その場所が刺激を超えたりちょっとした岩場だったりと険しい上にやっとたどり着いた場所は、全然特別でもなんでもない景色(辿り着く前と同じ景色)・・・。

10クルナ5

好意だってことは充分わかっていて、

でもサンダル短パンで来ている私にはあまりに険しすぎる道の先にあるガッカリ感で「もう大丈夫、満足したよ~」と優しく言っても「次はこっち!」と全然理解してもらえない様子に軽くイラッとして『もういいから!』と強めに言ってしまった。

ごめんね。好意だったのはわかってるの、感謝もしてるんだよ。

だけど、一緒にいる時間がつまらなすぎて、

耐えられなかったの・・・。笑



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2013年01月29日

2012/06/30()07/01():第94カ国目コソヴォ・第95カ国目モンテネグロ

 

 

コソボの世界遺産修道院群、最後はペーヤ修道院。

ここはアクセスがないのでタクシーチャーターで行きました。

交渉の結果€5(=約510)

しかし着いてみると、

今日は特別警備の日?とかなんとかで中に入れないという。

あーこれか。

似たような境遇で断られた人の体験談を知っていて

その人が頼み込んで外観だけならOKという前例を作ったのを知っていたので、同じようにとにかく頼み込んで外観だけならOKというとこまでこぎつけた!

 

でもこの門から教会の敷地に入るまですっげー長い。 

500m以上あった気がする・・・。

12ペーヤ修道院114ペーヤ修道院3

 

タクシーの料金交渉のときに広くないなら見学時間は15分くらいだと思うっていってたのに、予想外に辿り着くまでの時間がかかっちゃったから25分近く待たせちゃったんだけど

気付いてか気にしてないのか何の文句も要求もなしに終わろうとしてくれたから、気持ちで€6あげた。

こういう金にがっつかない誠実な人なら、チップを渡すのも悪くない。。。

  

バスターミナルに戻って荷物を取らせてもらったあと、食堂で地元食。 かなりウマイ! しかもこのセットで2.5ユーロとは安くて嬉しい。

5ユーロ! 
 

 

夜行バスでモンテネグロのポドゴリツァへ。

本当はこの経路も事前情報の段階では定かじゃなかったんだけど、なんとかなると思ってとりあえず来てみた。

特にこの時期のヨーロッパは21時近くまで明るいし。

こんな適当なことが出来るのも、

治安のいいヨーロッパ地域だからなんですけど。

 

ポドゴリツァ到着は深夜3時半。

事前情報がつかめない時点で覚悟してたけど、

ほんとこの国境不便でならない・・・。

モンテネグロの首都ポドゴリツァは特に見るものが何もないのでスルーして、今日はこのままコトルという海岸沿いの世界遺産の街へ行きます。

 

ネット上で調べたポドゴリツァ→コトルへの始発は5:30

バスターミナルの電光掲示板に出てるコトルへのバスも5:30発があるのを確認済み。

もはや2時間程度の待ち時間なんて何とも思わないワタシは、ブログ作ったり・書きものしたり・ウトウトしたりして、5:20頃にターミナルへ行こうとすると職員が何か言って通してくれないけど100%現地語でまくしたてるのでさっぱり理解できず。

状況を見かねた他の現地人が英語を話すタクシードライバーを連れてきて、話を聞くと、チケットがないとターミナルには入れないが、5:00にチケット売り場を開ける人が来ておらず・・・チケット売り場が開いてないからまだ通れないという。

 

いやいや、ワタシが乗りたいバスは5:30なんだけど、

チケットがバスの中で買えないの?と聞くと

あの電光掲示板は100%正しいわけじゃないから慌てないで大丈夫とか言う。

 

バスターミナルにあるバス時刻を知らせる電光掲示板が100%じゃないってどういうこと!?

斬新すぎる・・・。

 

チケット売り場の女は通勤途中のバスが故障したとかで結局5:45になって到着。

待っていた人たちは一斉にチケットを買い、ワタシも列に並ぶと

「コトル行きは次7:05だけど、いい?」と女性は言った。

良いも何も、次のバスが7:05までないなら待つしかないし・・・

今日は予定おしてないから全然良いんだけど・・・

にしたって、7:05なんて情報ネットにも電光掲示板にもどこにも無かったんですけど?

さっき通訳してくれたおっちゃんは「OKかー?これがモンテネグロなんだよ。」と笑った。

 

日本の常識は世界の常識ではないって、

コレだけ旅してりゃわかってるつもりだった。 けれど、

まだまだ日本人感覚じゃ考えられないことが世界には溢れてるんだろうね。。。



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