ウズベキスタン/第60カ国目

2010年10月27日

2010/09/11(土)~12(日)

早朝タシュケントに着いて少し街歩きをしたけど、あまり魅力的な観光は無かった・・・。

 

サマルカンドで話をしたテルさん&ヨウコさんからの情報で、キルギス・オシュからウズベキスタン・ドゥストゥックへ抜けた日本人旅行者がいたという。

だったら、逆も行けるんじゃ!?

 

・・・ということで、一か八かキルギス入国に向けて向かってみる事にしました。

タシュケントにあるフェルガナ盆地行き乗り合いタクシー広場で、事前に明日の便を予約。

このときも相場が15000~25000ソム(=約675~1155円)/perであるにも拘らず

40万ソム(=約18000円)/台とか意味不明な金額を吹っかけてくる奴らばっかりだったが。

 

で、例によって乗客探しで1時間半くらい待たされて出発。

こまめにのらりくらりと休憩しながらアンディジャンに着いたのは18時ごろ。

 

このときもさんざんしつこく「イミグランツィア!no more pay?」と念を押したのにも拘らず土壇場で国境地帯から入国管理事務所までの道は別料金だとか言い出して、ウズベクを出国するつもりで来た我々にはもう現金が無い。

 

入国管理事務所まであと6kmのところで放り出されて途方にくれていると、多少英語の話せる大学生が登場。

 

最初はタクシー勧誘で近寄ってきたけど、現金が無くて困ってる我々を見かねて無料で入国管理事務所まで乗せてくれた。

 

が・・・

 

国境は閉まっていた。 チーン・・・。

なんでも兵士いわく、オシュ→ドゥストック経路なら外国人は通れるけど、ドゥストック→オシュ経路は完全封鎖。

 

日没直前の今、道を閉ざされて途方に暮れるふたり・・・。

 

ええ、もちろんこんな事態になる可能性も想定していました。

カシュガルから行くはずだった予定を変更した時点で「神様が行くなって言ってんだ」とさんざん夫は言ってましたし。

 

でもこれを逃したらキルギスには2度と行く事は無いだろう・・・せっかくここまで来たなら一か八かの賭けでも挑戦してみる価値はあるのではないか!? と。

 

その覚悟できたのですから、こうなる可能性も想定内でしたけど・・・やっぱショック。。。

でも呆然とばかりはしていられない。

 

こうしてるうちにもどんどん日が暮れて動きづらくなっていく。

 

まずはさっきの英語が通じる大学生に相談して、USドルを両替し現地通貨を確保。

残された選択肢は2つ。

 

ここから一番近い大きな街:アンディジャンまで出て(約1時間半)ホテルを探すか、一気にタシュケントまで戻るための乗り合いタクシーを探すか。

 

ウズベキスタンは滞在登録の問題があるから、我々外国人はどこにでもは泊まれない。

しかもアンディジャンの情報はガイドブックにはない。

 

タシュケントまで戻り確実に滞在登録のできる宿に泊まるのが安全策だが、この日没後という状況で一体どのくらいの乗り合いタクシーが運行しているかが問題。

 

旦那様と話し合った末、まずタシュケント行きの乗り合いタクシー乗り場へ行きそこの雰囲気次第で今後を決めよう!ということで、世話になりっぱなしだった大学生にお礼をつげ、乗り合いタクシー乗り場へ行った。

 

英語話者が非常に珍しいこの地域で、この非常時にこのラッキーは本ッ当に感謝。

 

タクシー乗場に着くと、我々の心配など吹き飛ばしてくれるくらいの客引きの群れ。

 

また例によって法外なボッタクリもいたんだけど、その中でも一番温和そうなおじちゃんが相場の15000ソム/perで指定のホテルまで行ってくれるというのでお願いすると以外にも1時間くらいの待ち時間で出発。

 

20時半ごろ出て、タシュケントのホテルに着いたのは深夜3時頃。

この時間からチェックインしてUS45っていうのが更に切ないけど、今はとりあえず無事に戻って来れてよかった・・・。

 

翌朝は少し朝ゆっくり休んで、チェルニャエフカ国境へ向かう。

 

行きの時点ではガイドブックにチェルニャエフカ国境は閉鎖中(正しくは外国人通行不可)とあったからヤルラマへ遠回りしたんだけど、2010年8月初旬の時点でチェルニャエフカを通過したという日本人の書き込みを見つけて、我々も挑戦してみる事にした。

 

そこら辺を走っているタクシーを捕まえて交渉。

中心街から35~40km程度だそうで、12000ソム(=約540円)/台で40分くらいだった。

 

国境に着くと閉められた門の前に人だかりができている。

昼休みで閉まってるのかな?と、30分ほど待ってみたものの 全く開く様子が無い。

 

周りの人に聞き込みしようにも誰も英語が分からないので、仕方なく指差し会話帳で

兵士に状況を聞こうとすること5分・・・まるで伝わらず相手にされない。

すると、ちょうど反対側から通過して来た英語堪能な女性が教えてくれた情報によると「週末は混むから入場制限をしてるの。中の人が終わり次第入れるとしか言えないわ。」だって。

 

ヤルラマの時と同様“日本人パワー”でなんとかならないかな!?と兵士にパスポートを見せると、やっぱり優先通行OKのお許しが出た!!

 

一応中に入る事には成功したけど、今回は税関行列のスキップは認められず1時間ほど税関申告の行列に並んで無事ウズベクを出国。

 

万が一のときのためにと保管しておいた滞在登録証明もつっこまれることすらないままゴミと化した。まぁ規則だから仕方無いけどね・・・。



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2010/09/09(木)~10(金)

 

ウルゲンチからブハラに向かう乗り合いタクシー乗場に着くと、またまた客引き合戦。

 

あぁめんどくせーと思いつつ話を聞くと、事前リサーチでは有り得ない高額を提示される。

じゃ10:00発のバスで行くわ!というと、途端にバスは揺れるし遅いし・・・と悪評をついて金額を下げてきたので、

 

ヒヴァからブハラまでの約6時間25000ソム(約1125円)/perで交渉成立。

ただこれはあくまで“乗り合いタクシー値段”なので、乗客が4人集まるまで発車しない。

 

9時前に交渉が成立してから待つ事3時間。

(ちなみに複数の地元民の話ではブハラ行きのバスは毎日10:00と確かに言っていたが

この間バスが出て行った様子は感じられず・・・見逃したかどうかは定かではない。)

 

12時近くなってさすがにそろそろタイムリミットだと思ったのか、出発に準備をしだした頃客引き陣がなにやら主張。

 

内容は、残り一人の乗客が捕まらないから5万ソムの約束を7万ソム(=約3150円)にしてくれというもの。・・・・・・そりゃーふたりでブチギレましたよね。

 

乗客が集まるまで待つシステムってこともこの地域の文化だからって妥協したのに3時間待たされた挙句に値上げって、自分のメリットしか考えてなさすぎじゃない!?

 

むしろ割引されてもいいくらいなのに、待たされた3時間分の人生の時間を返せ!!!!

ほんと、ツーリスティックなボりもいいかげんにしてくれ。

 

当然加算に応じるはずも無く、12時過ぎにやっと4人目の乗客を捕まえて発車。

18時ごろブハラに到着したのでした。

 

翌日はブハラ観光。

 

ウルグベク・メドレセ。

106 ウルグベク・メドレセ

 

カラーン・モスク&ミナレットとミル・アラブ・メドレセ

107 カラーン・ミナレット1108 カラーン・ミナレット2
111 カラーン・モスク2113 ミル・アラブ・メドレセ1

 

アルク城。 (ここは値段の割りに見る価値が無い!)

115 アルク城1116 アルク城2

バラハウズ・モスク。

117 バラハウズ・モスク1118 バラハウズ・モスク2

イスマイール・サーマーニー廟とチャル・ミナル。

121 イスマイール・サーマーニー廟1124 チャル・ミナル2

 

近郊のスィトライ・マヒ・ホサ宮殿。 なせかクジャクが大量飼育されていた・・・

125 スィトライ・マヒ・ホサ宮殿3129 スィトライ・マヒ・ホサ宮殿7
130 スィトライ・マヒ・ホサ宮殿8135 スィトライ・マヒ
 

そうそう、ウズベクワインのテイスティングもしました(旦那様が)。

104 ブハラでワインテイスティング17


US$8で8種類飲める感じだったんだけど、

世界各地でワインを飲んできた旦那様的には悪くはないけどさほどでもなかったようで。


でも我々が日本人だとわかるとわざわざ日本の旗を持ってきてくれたりして、なににつけてもそんな“ほんの少し”の気遣いって大事だよね。

 

この夜、夜行列車でタシュケントへ。

 

国によるけど、ある程度発達している国の鉄道はバスより速いしラクで助かる。

カザフスタンもウズベキスタンも鉄道網が発達しているし、特に寝台席で横になれると夜行で移動することがかなり大きなメリットになる。

 

通常座席の夜行で移動すると、睡眠が翌日の行動にモロに影響するうちの旦那様みたいなタイプは観光より疲れに気を取られてしまう事が多々あるので横になれる環境は体力温存できるし、宿代が高い中央アジアにおいて非常に助かる。。。



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2010年10月25日

2010/09/08(水)~10(金)

ほとんどオンタイムの13:30頃ウルゲンチに到着。

 

ウルゲンチはウズベクの国土の中でもかなり西側に位置していて、鉄道は通っているがタシュケントからの便は週2の夜行便しかないため、列車が到着する時間帯の駅前はタクシーやら乗り合いバンやら旅行会社やら、なんだかんだと大客引き合戦。

 

我々はそんな面倒な環境を抜け出してまずトロリーバスの停留所に行ったんだけど、寸でのところで行かれてしまい、何時に来るか分からない次をボケーっと待っていた・・・らモグリのミニタクシーが乗り合いでヒヴァまで行くというので、交渉成立。

 

ヒヴァの街はすごくツーリスティックな感じに出来上がってて、あまり居心地が良くない。

中心都市から遠い事・砂漠の乾燥地帯にあって水が貴重な事があるにしても水とかジュースとかレストランとかの値段と内容もイマイチだし・・・

 

ってことでさっさと環境を終えて、この街を出ようということになりました。

ジュマ・モスクとミナレット。

55 ジュマ・モスクとミナレット158 ジュマ・モスクとミナレット4

アクラリ・ハーン・メドレセ。


61 アクラリ・ハーン・メドレセ1
62 アクラリ・ハーン・メドレセ2

タシュ・ハウリ宮殿。

65 タシュ・ハウリ宮殿3
63 タシュ・ハウリ宮殿167 タシュ・ハウリ宮殿5

パフラヴァン・マフムド廟。

73 パフラヴァン・マフムド廟175 パフラヴァン・マフムド廟3

イスラーム・ホジャ・メドレセとミナレット。

76 イスラーム・ホジャ・メドレセとミナレット5

 

カルタ・ミナル。


77 カルタ・ミナル1
79 カルタ・ミナル3

キョフナ・アルク。


81 キョフナ・アルク1
82 キョフナ・アルク2

何気なく見えるヒヴァの景色。

80 ヒヴァの景色


ヒヴァの観光は狭い範囲にかたまってるので、コレだけガッツリ見ても3時間程度で終了。

さすが砂漠の乾燥地帯だけあってまぁ晴れてる!洗濯物もカラッカラ。

空が青くてすっごい写真が映えるし!!

 

ヒヴァは宿も微妙だったんだよね。


部屋を見せる前まではvery good & cheap!!とか言いつつUS15って言ってたのに部屋を見せたとたんにper personとか言い出して・・・いまいち説明が足りなかったり他の宿では滞在登録書類を書くのに15分くらいで済んだのに、2~3時間かかるからパスポート返せないとか言われて、ウズベクは外国人が出歩く際はパスポート携帯の義務があって警官の職務質問にあったときに命取りになるから「観光に行く今必要だから返して。

 

必要なら戻ってきてまた渡すから。」というとその場で書類書き始めて結局10分で終わったり・・・怠慢さが目立つ。

 

とにかくとっととこの街を出ようってことで、滞在わずか半日にして翌朝乗り合いバンで約40分のウルゲンチへ戻った。

 

その時も現地人は1000ソム(=約45円)なのに、我々は1500ソム(=約68円)っつーから

しぶってたら1200ソム(=約54円)に勝手に下げてきたのに、支払いのときになったらお釣りがないとか言って多めに取ろうとするのがムカついてただでさえ多く取ってんだろうが!と怒り、多めのお釣りをもらったり。

 

しかしツーリステッィクな被害はコレだけでは終わらなかった・・・

 

次回に続く

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2010年10月24日

2010/09/06(月)~07(火)

サマルカンドまず最初の観光はシャーヒズィンダ廟。

12 シャーヒズィンダ廟群116 シャーヒズィンダ廟群5
17 シャーヒズィンダ廟群618 シャーヒズィンダ廟群7
13 シャーヒズィンダ廟群214 シャーヒズィンダ廟群3


写真で一目瞭然だけど、超ペルシャ建築(イラン風)の影響が強い!

地理的に近いってのも理由の一つなんでしょうね。

 

次はサマルカンド観光のメイン:レギスタン広場。

23 レギスタン広場225 ウルグベク・メドレセ2
27 ティラカリ・メドレセ29 シェルドル・メドレセ2
30 シェルドル・メドレセ331 ティラカリ・メドレセ1
36 ビビハニム・モスク239 ビビハニム・モスク5

ここはたしかに評判どおり素晴らしい。
ウズベキスタンに来てよかったと思う瞬間。

ペルシャ建築は写真映えもするので、写真見直しててもうっとりしちゃう。

 

最後はグリ・アミール廟。

41 グリ・アミール廟142 グリ・アミール廟2
45 グリ・アミール廟546 グリ・アミール廟6
43 グリ・アミール廟3

 

大満足で観光を終え、ホテルの共有スペースで夜行列車までの時間を潰しているとテルさん&ヨウコさんという日本人夫婦登場。 昨日から挨拶くらいはしてたんだけど。

 

詳しくお話を伺うと、最初は周遊券でスタートして期限切れになったあとはチケットを捨て自腹で周り続けて1年と3ヶ月。

 

あたしらはウズベクが61カ国目になるんだけど、話を聞く限りでは多分我々より沢山の国々を周ってて その中でも我々が行ってなくて彼らが行った地域の経験とか・その逆とか、そんな話が尽きなくて久しぶりにガッツリ長期の旅人に出会った感じがした。

 

特に盛り上がったのがトイレ(衛生環境)の話。

安宿を選ぶとき、あたしは最低限の設備で充分。出来るだけ安い方がいいと思っている。

例えばエチオピア・アルバミンチでの宿は、部屋は寝泊りするのに問題ないレベルだったけど、共同トイレが大便で詰まりまくってて(流す機能が壊れていた)自分が用を足す場合はその上にしなきゃならないし、シャワーとトイレは併設されてるからシャワーを浴びる場合はその個室環境に閉じ込められるわけだ。

 

ちなみに一泊90ブル(=約720円)/room。

 

皆さんならどう思うでしょう。。。

 

あたしは用を足す数分間・シャワーを浴びる10分間、その状態を我慢すればいいだけ、と考えることができるわけです。

 

だからウイグル自治区の移動中に度々遭遇した中国式トイレ(通称:ニーハオトイレ)これは床に穴が開いてるだけで、過去の汚物はその穴から丸見え状態。

 

外界との壁は一応あるけど、中で用を足しているもの同士の仕切りは無く丸見え状態。

これも「まぁこれはこれ。この瞬間を我慢すればいい。」と思える。

旦那さんのテルさんもこっち派。

 

でも、うちの旦那様とヨウコさんはそんな環境が苦痛で、高い宿に泊まりたい訳じゃないけどそんな落ち着かない環境なんてイヤ、あと数百円出して快適な宿に泊まれるなら日本に帰ったら働いてそのぶんの金額自腹切ってもいいから、そっちがいい!みたいな。

 

数分の我慢で数百円でも節約できたら“塵も積れば山となる”がいいあたしとは大違い。

あまりにも状態の悪いトイレだとここではできない・・・と我慢してしまうことすらあるらしい。

 

そんな話でもんのすごぉぉぉぉく意気投合してる二人。

 

話は理解すれどさっぱり気持ちが分からないので、

やはり今後も宿選定は旦那様におまかせしようと思います。。。

 

だって、旦那様がOKだと思う安宿環境であたしがNGなことはほぼ有り得ないですから。

 

そんなこんなで話しこむこと3時間。

21時半頃に名残惜しくも別れを告げレギスタン広場近くの宿から大通りへ歩いていた時赤く光るバスを見かけてダッシュ!!なんと駅行きの終バスだった。

 

本当は夕方くらいには駅に行っちゃおうと思ってたんだけど、話に花が咲いた時点でタクシー覚悟してたから超ラッキー♪

 

ってなわけで0:30発の夜行列車で今度はウルゲンチへ向かいます。

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2010年10月23日

2010/09/04(土)~06(月)


カザフ出国は問題なくイミグレを通過。

ウズベクは出入国時に税関申告が義務付けられてるから、混雑したけど(噂に聞いてた)

日本人のパスポートを持ってるのを係員が見かけて優先的に通してくれたから意外と1時間半くらいで済んだ。


そしてこの旅 62カ国目となるウズベキスタンに入国!!・・・したはいいんだけど、
イミグレの出口あたりにいるという乗り合いタクシーらしきものが気配も無い。


くっそー“歩き方”め・・・。

シムケント鉄道駅のヤルラマ行き乗り合いバンの件もしかり、情報が適当な事が多々!


仕方が無いから、しつこく勧誘してくるタクシーのおっちゃんの言い値US$20を値切って
US$15でタシュケントのサマルカンド行き鉄道が発着する鉄道駅まで行ってもらうことに。

 

なんだかんだと2時間近く走ってようやく駅らしき所に到着するも、サマルカンド行きの鉄道が発着するのはもう一つの駅のほうらしい。運ちゃんが勘違い。


快く正しい方の駅まで連れて行ってくれたけど本気の勘違いだったらしく、
もう少しだけちょうだい的なことを言われたからUS$1だけ上乗せすると、充分喜んでた。


ウズベクも基本的に人は親切だけど、
観光大陸であるが故のツーリスティックなボッタクリはカザフよりずっとひどい。。。

 

さて、駅に来た目的は二つ。

明日のサマルカンド移動用の鉄道切符を買うこと。

歩き方のホテル紹介の欄にあった「駅構内のホテル」を確認すること。

 

サマルカンド行きの切符はカザフスタンよりずっとラクだった。


もちろんアルマトイのときみたいに根気強く付き合ってもらったあげく助けてもらったのは
言うまでもないんだけど、観光資源が豊富なぶん観光客が触れ合う可能性のある現地人は多少英語が通じる。


だからタシュケント駅の切符窓口も英単語程度は通じて、ロシア語のメモを見せたら
むしろ「よく知ってるねー」と好感を持たれた。

 

しかし・・・駅構内のホテルはNG。

外国人が泊まれないシステムに変更になったらしい。


というものウズベキスタンは税関申告の義務以外にも旅行者にとってめんどくさいことが
もうひとつあって、それはカザフのときにも問題になった滞在登録(レギストラーツィア)。


カザフのときは5日以上滞在する場合はオヴィールに出向いて手続きするけど、
それは1度手続きをしたら出国まで適用される。


でもウズベクの場合は行く街ごとに滞在登録をしなければならず、
基本は滞在登録をしてくれるホテルしか外国人は泊まっちゃいけないルールになってる。


友人宅などに泊まる場合はオヴィールに出向いて手続きしなきゃならないんだけど、
そのオヴィールも街ごとに必ずあるってわけじゃなかったり、とにかくめんどくさい。

 

そんなわけでバックパッカーには有り得ない中級宿に宿泊。 
一泊なんとUS$45!!!!!


高い・・・高すぎる・・・。
でも調べた範囲では滞在登録ができる宿の中でコレでも安い方。。。


カザフスタンもそうだったんだけど、なぜか中央アジアは宿が異様に高い。

 

翌日、昨日買ったチケットで朝からサマルカンドへ鉄道で移動。


6人用の個室だったんだけど、短期旅行中の日本人夫婦と偶然にも同室。


日本を再々出発してウルムチ~カザフスタン~と全く日本人に会わなかったけど、
さすが観光大国ウズベキスタン。 サマルカンドでは日本人がうじゃうじゃしてましたよ。


そんなサマルカンドの宿も安宿クラスで一泊US$22。

もうお願い・・・勘弁して・・・。涙

 

さて、気を取り直してさっそく街歩き開始!!の前に腹ごしらえ。

適当に通りかかった地元料理屋で郷土料理のプロフという煮込みゴハンを注文。


最初、プロフにはさほど興味を示さなかった旦那様だったのに

店頭でじっくり煮込んでる鍋を見ちゃったら(写真右)、たまらなく注文してしまったそうな。


2 ウズベク料理プロフ
3 プロフ煮込み中

 

基本的にあたしは好き嫌いが多すぎるので、食事に関しては諦めています。


どうせ好きなものなんて食べられないし、あたし用に選り好みしてる余裕なんてないので
とりあえず適当に辛いもの以外で空腹をごまかせればそれでいいくらいの感じで。


だから食に貪欲な夫に店選びのほとんどを任せて、決まったところで食べれそうなものを
探すか、メニューが無かったり読めなければ勘で適当に頼む。


選ぼうが勘だろうが、好きなものじゃない確率が高すぎるから、もはや何でも変わらない。

 

だから、旦那様のいろんな食に順応できる能力と食を追及したいと思う根性をときどき本当に羨ましく思うことがある。“食べる”ということが幸せなんだろうな、と。


よく思うのは、そんな偏食家なあたしがもし一人旅をしていたら・・・

ふらっと地元定食屋に寄ろうなんて絶対に考えもしなかっただろうと思う。


それは別にお高くとまるなんて意味じゃなく、屋台食を追及する気が全く無かったから。


そう考えると、
中級レストランで食べるよりずっと安くて美味いものに出会えたときの感動とか、現地の言葉が分からない我々にも気遣ってくれる現地人とのふれあいとか、旦那様のおかげで一人ではおそらく出来なかったであろう経験をさせてもらうことができてすごくありがたく思っているのです。

 

 次回はウズベキスタン随一の観光地:サマルカンドの観光です。



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