ルーマニア/第85カ国目

2013年01月02日

2012/06/10()12():第85カ国目ルーマニア・第88カ国目ハンガリー

 

 

最後は世界遺産でもあるブルサナ教会へ。 

意外と広いけど日曜で誰もいない。

今回お願いしたタクシー運ちゃんと奥さんが2年前ここで結婚式をあげた、ふたりにとって思い出の場所なんだとか。

265ブルサナ木造教会1273ブルサナ木造教会9
268ブルサナ木造教会4269ブルサナ木造教会5
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道中、民族衣装の方や羊飼いの少年もちらほらみかけました。

286マラムレシュ_民族2288マラムレシュ_民族4

292マラムレシュ_民族8293マラムレシュ_放牧

 

 

目論見通り、3時間ちょっとで観光を終えて、シゲット・マルマツィエイ駅に戻ってきました。

お隣の国ハンガリーのブタペストまでは途中で乗り換え一回・・・のはずがハプニング連続。

ルーマニアでもブルガリア同様、国際列車のチケットが買える窓口が限られていて、乗り換え予定の駅で買えると言われたにも拘らず実際そこに国際線切符の窓口は無く・・・

もちろんこの間英語は通じないのですけど、運良く(?)親切な乗客のおじちゃんがスペイン語を理解してくれる方で、通訳してくださいました。

ワタシのスペイン語なんて相当つたないレベルだけど、

ルーマニアではマジで大活躍!

途中激しいスコールの繰り返して雹まで降ったけど、

なぜかワタシが乗り換えするときには良いタイミングで晴れ間になってくれるというミラクル。

 

最終的にはなんとか国際列車に乗れて、

翌朝1時間半遅れつつもブダペストに到着。

 

ブダペストには3日いたんだけど、

「天候に恵まれず、観光先もパッとせず、人が親切でない」

というなんだか残念な印象しか残っていません・・・。

天候はどうしようもないし、たぶん人の親切度も“普通”なんだろうけど、ブルガリア・ルーマニアで親切に触れまくってしまったので、そのギャップがとてもツライ。

ハンガリーを嫌いになってしまいそう。。。

 
 

まず初日は宿に着いて休むことなく、

ヴェスプレームというブタペストからバスで片道2時間のところへ行ってみました。 ここには世界的に有名な高級陶器:ヘレンドの工場があるのです。
1ヴィスプレームのヘレント工場見学114ヴィスプレームのヘレント工場見学14
3ヴィスプレームのヘレント工場見学34ヴィスプレームのヘレント工場見学4
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ガイドも英語がうまいし、たまたま一緒に周ることになったイギリス人のおばちゃんが興味津々にいろいろ質問するから

便乗して色々聞けた。笑

ただべらぼうに高すぎて土産買うとかって話では無かったけど・・・。

 

最後にヘレンドのカップアンドソーサで試飲のコーヒーを頂いたことで、リッチな気分になってみる。笑

30ヴィスプレームのヘレント工場見学30

 

 

2日目は世界遺産で伝統的な街であるホッロークーに行ってみたんだけど・・・これが大ハズレ。

6月中旬はまだ時期外れなのか、村人も含めてとにかく人がいない。

ただ単に村周辺を30分散歩してランチして帰るだけの観光となったのでした・・・。


32ホッロークー2
34ホッロークー4
35ホッロークー539ホッロークー9



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2013年01月01日

2012/06/10():第85カ国目ルーマニア

 

 

タクシーの運転手とは交渉により、

95RON(2470)で約3時間半の間にサプンツァとブルサナに行ってもらうことにしました。

このタクシードライバーもやはり英語がほとんど通じないので

スペ語で話していたのですが、彼の奥さんが英語を話すため

彼が奥さんに電話して通訳してもらっているうちに

面白そうだからついて来たい!と言いだして、なんでか3人で行動することに。。。

 

ここシゲット・マルマッティエイの目玉観光と言えば、サプンツァの墓地。

墓地が観光名所って・・・?とお思いでしょうが、

タクシーで30分ほどの距離にあるサプンツァには

Cimitirul Vesel・陽気な墓」というおそらく世界でたった一つの

ユニークな墓地があって、それはそれは素敵なのです!

 

車の中では奥さんの通訳により3人で適当な会話をしているうちにサプンツァ到着。 なんとも墓地とは思い難い明るい雰囲気に包まれているんです。

206サプンツァの陽気な墓1_R207サプンツァの陽気な墓2_R

 

スタン・イオンパトラシュという人が、故人の職業や生活をユニークに墓標に彫って彩色したことがことの始まりらしく、敷地はかなり広い。

261スタン・イオン・パトラシュ博物館1

現在スタンさんは亡くなられたけれど、

彼の弟子が遺志を継いでいるのだそうです。

この墓標を見ているだけで、お墓なのになんだかなごんでしまう。 この人は学校の先生だったのかな・料理が趣味だったのかな・・・なんてイメージしながら

きっと彼らはそういう自分を誇りに思って生きていたのだろうと楽しく見させて頂きました。
208サプンツァの陽気な墓3_R214サプンツァの陽気な墓9
216サプンツァの陽気な墓11
222サプンツァの陽気な墓17
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246サプンツァの陽気な墓41252サプンツァの陽気な墓47
253サプンツァの陽気な墓48254サプンツァの陽気な墓49
 


中にはこんなのも・・・

228サプンツァの陽気な墓23230サプンツァの陽気な墓25

訳してもらった説明によると、彼らはハンガリー軍に殺されたんだそうです。

いろんな思いがあるね。

そんな悲しい出来事を墓標にして、来るたび思い出すのはつらいんじゃないかとも思うけど、これを希望した家族または本人はみんなに知らしめたいほど無念だったのかもしれない。

 

 

とても感動しました!

お墓ってやっぱり暗いイメージだし、

著名人でもない限り観光でお参りに訪れるなんてまず無い。

だけどこのお墓からは暗いイメージなんて微塵にも感じられないどころか逆にこころがほっこりと、なんだかなごんでしまう

不思議なチカラを秘めている。

きっとそんな墓地は世界中でここだけなんじゃないでしょうか。

死んでもなお、こうして人を元気づけられるってすごいなぁ。。。

 

もしワタシが死んだら、

白衣で鍼持ちながらバックパックかついで地球上を散歩してる絵を希望します!!笑




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2012年12月31日

2012/06/10()11():第85カ国目ルーマニア

 

 

バイアマーレの木造教会観光がサックリ終わり、

11:30発のシゲット・マルマッティエイ行きミニバスに乗れることになったので、スイスイ移動しちゃいます。

1時間半一緒だったタクシー運ちゃんが私の行く末を心配してくれて、

「売店の兄ちゃんは俺の友達で、英語うまいから心配するな!」的なことを言った後に

直接その兄ちゃんに「この日本人シゲット行きたいらしいから面倒見てやってくれ!」と声を掛けてくれた。

(ちなみにタクシーの運転手とは全てスペ語で会話。

彼はスペ語話せないけど、ルーマニア語はラテン語系のため

同じラテン語系のスペ語と似ていて英語よりマシ)

 

そしてこの兄ちゃんはコミュニケーションに問題ないくらい英語が話せて、愛想もいいし、

バスのこともキッチリ世話してくれた。

小腹が減って、兄ちゃんにチーズバーガーを頼んだんだけど、

何の変哲もないチーズバーガーが美味しく感じて仕方なかった。

こんな小さな田舎町で、知らない人と笑顔で触れ合う。

困っている人に親切にしてあげることを、なんでもない、日常のこととして生きている。

そんな当たり前のようで本当はとっても温かいことが、¥とっても心に染みた。。。

 

 

シゲットにはたった1時間半で到着したものの、バイアマーレよりはるかに田舎。

バスターミナルは閑散とし、タクシーは一台もいない。

あたりに街らしき気配はない。

とりあえずルーマニア語しか話せない個人商店のおばちゃんとまたもや苦し紛れのスペ語で会話し、歩いて鉄道駅までたどり着くも、やはりタクシーの影すらない・・・。

 

困ったので、とりあえず駅の切符窓口にいろいろ尋ねるも、

やはりのこのおばちゃんともルーマニア語×スペ語の対話。

状況を細かく説明するにつれて話がかみ合わず、おばちゃんが英語を話せる息子に電話し、私と息子が英語で話し、息子が私の主張をおばちゃんに電話で通訳するという一大作業。

かなり電話で時間をくったので、電話代払うように申し出たけど

もちろん断られた。

そして、全く嫌な顔一つせずに全ての話を聞いてくれて、

笑顔で送り出してくれた。

 

こういうの、ブルガリアでも、ルーマニアでも、よくあるんです。

 

こっちが現地の言葉を解せずお邪魔している身で

ご迷惑をおかけしているにも拘らず

みんなワタシが納得するまで惜しまず付き合ってくれるんです。

“コミュニケーションがろくにとれないのに”ですよ?

 

日本だったらどうなんだろう、と考えてしまう。

たとえば日本語以外全く何も知らない日本人がいたとして、

日本のどこかの街で困っている外国人に声をかけられたとき

英語を話せる友人に自分の携帯で電話して

この外国人をなんとかしてあげようってしばらく付き合ってあげるでしょうか。

 

今のワタシなら、特別急ぎの用事でもない限り

きっと何とかする手段を考えるでしょう。

でも旅を知らないワタシだったら、そんな風にはできなかったかもしれません。。。

 

 

そんなご好意に甘えまくったワタシなのに、おばちゃんは更に

「本来ならこの駅に荷物預かりはないけれど(歩き方にはあるって書いてあるのに、バカ!)

私が勤務している18時までだったら置いていっても良いのよ」とまで言ってくれました。

お陰で観光のめどが立ち、タクシーを呼んでもらうことで解決。

 

マラムレシュ地方で一番行きたかった観光(マンダリンおすすめ!)の始まりナリ!



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2012年12月30日

2012/06/09()10():第85カ国目ルーマニア

 

 

夜行列車に乗って、行く予定じゃなかったマラムルシュ地方のバイアマーレへ向かいます。

ルーマニアは鉄道での移動がバスでの移動の約2倍の経費がかかって高いので出来るだけバスが良かったんだけど、

乗り換えが数回かかって複雑な上に夜行が無いため

今回はおとなしく乗り継ぎのいい鉄道で移動することに。。。

 

マンダリンに流されて急遽行くことを決めてしまったワタシ。

この先ウィーンまでの予定が詰まっているというのに・・・。

五つの修道院ツアーを世話してくれたホステルでマラムレシュツアーもやるというから詳細も聞いてみたけど、

ワタシの行きたかったところが100%カバーされていない上に

思うよりかなり値段が高いので、自力で移動することに決定。 

 

夜行列車のスケジュールが強硬だね~と地元人に言われ

旅人的には、別にそんなことないと思うけど?と思ったけど

いやいや待てよ・・・

これは“旅人的に”ではなく“ワタシの旅的に”という尺度なんだろうな。と思い直す。

夜の移動は国の治安によってだけど、

今の時期のヨーロッパは22時くらいまで明るくて5時には既に明るいという、暗い時間が短い時期だし、治安的にも大きな問題を感じないことを確認済みでのこと。

だとしても、夜行での移動は地元人にはなじみがないらしく

加えてマイナー路線でもあるから、二等席でもガラガラ。

シート3つほど占拠して思いっきり横になって寝台のように

休めるから、助かるんだけどね。

 

バイアマーレに着いたのは不運にも日曜日。

日本みたいに“みんなが休日の土日は稼ぎどき!”なんて思考じゃないんですね、土日はバスは減便・観光名所やインフォメーションは短縮営業するなど旅しずらいのです。

ここバイアマーレも例外なく、日曜のため観光案内所が休み=宿泊情報が得られない・・・

もちろんそれも想定内です。

 

あわよくば宿の客引きが・・・なんて期待もしましたけど、

田舎の日曜は完全お休みモード。

それ以前にルーマニア人はタクシー運転手以外商売っ気がないのでね。

なので、弾丸観光コース決行!

というのも、別に適当に街歩いて、適当な宿見つけても良かったんだけど高いし、なんか弾丸観光して移動できる条件が

たまたま揃ったから、“行け”ってことなのかなって。

 

 

日曜の8時過ぎ、ほぼ時間通りにバイアマーレ鉄道駅到着。

荷物預かりは予想通りないので、駅係員(実際はポリスだった)に何とかお願いしてバックパックを置かせてもらう。

一応料金は確認したけど、人のいい一般ルーマニア人+田舎の人が足元を見るわけもなく、じゃあ後でジュースでも♪なんて冗談しか言わなかった。

実際、本当にジュース買って戻ったのに、

本気で買ってきたの?いいよいいよ、と断られた。

荷物にもしたくなかったから無理矢理置いてきたけど。

 

バスターミナルは駅に隣接しているというので行ってみたら、

日曜で公共バスが超減便。

あーやっぱりそう来ましたか・・・。

シュルデシュティに行くバスは、

日曜だと朝7時か夕方5時の2便しかないという。

じたばたしたってないもんはないんだからしょうがない! 

さっそくタクシー運ちゃんを捕まえて交渉し、往復90RON(2340)2つの木製教会へ。

 

ひとつめがこちら、スルデシュティ木造教会。

186スルデシュティ木造教会1_R187スルデシュティ木造教会2_R
188スルデシュティ木造教会3_R189スルデシュティ木造教会4_R
193スルデシュティ木造教会7_R

 

ふたつめはそこから2km程の所にある、プロピシュ木造教会。

198プロピシュ木造教会5_R202プロピシュ木造教会9_R
204プロピシュ木造教会11_R
205プロピシュ木造教会12_R


 

正直覚悟を超えるしょぼさで、

う~ん・・・と思ってしまったことはいなめないけど、

来ないまま“あれ、実は行っとけばよかったのかな・・・”なんて後悔するくらいなら

“せっかく行ったけどマジで大ハズレ!”の後悔のほうがスッキリするので良しとしよう。

日曜なので、いずれもミサ中でした。。。




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2012年12月29日

2012/06/08()09():第85カ国目ルーマニア

 

 

(スチャバ五つの修道院巡りのつづきです)

 

みっつめはモルドヴィツァ修道院。

この修道院群はモルドヴァ公国が栄えた時代のものだから、

この名前なんでしょうね。

今のモルドヴァは当時の栄光などどこへやらと言うくらい落ちぶれてしまっていますが・・・。


146モルドヴィツァ修道院2_R151モルドヴィツァ修道院7_R

153モルドヴィツァ修道院9_R156モルドヴィツァ修道院12_R
148モルドヴィツァ修道院4_R149モルドヴィツァ修道院5_R
152モルドヴィツァ修道院8_R158モルドヴィツァ修道院14_R

 

 

よっつめはヴォロネツ修道院。

地元人にはこれが一番人気があるらしく、ドライバーもここだけは丁寧に内部を見たり祈ったり、土産物を買ったりしていた。

なんでも地元人の英雄;シュテファン三世がたった3カ月で

作ったということが誇りらしい。

164ヴォロネツ修道院1_R168ヴォロネツ修道院5_R
171ヴォロネツ修道院8_R172ヴォロネツ修道院9_R
173ヴォロネツ修道院10_R175ヴォロネツ修道院12_R


 

最後いつつめは、フモール修道院。

最もこじんまりとしていて、静かな場所でした。

176フモール修道院1_R177フモール修道院2_R
178フモール修道院3_R179フモール修道院4_R
181フモール修道院6_R

 

 

宿に戻ったのは17時半ごろ。

本当はもっと全然早く戻れそうだったんだけど、ランチのメニューが全然出てこなくて40分以上待たされたのと、

ツアー参加者はワタシ以外は3人ともイギリス人で

それぞれの旅の話や雑談が盛り上がって、ランチタイムに2時間以上費やしてしまった。

ネイティブの中に紛れて会話についていくのに必死でした・・・。

 

それにしても欧米人は本当に人を褒めるのが上手ですね。

イギリス人の発音はなんとかわかるので会話にはなってたと思うんだけど、彼らはしきりに

Your English is perfect!!」とか言うんですよ。

絶対にそんなわけないのに!

まぁ褒めて伸ばす文化なんでしょうねー。

日本と違って謙遜が美徳という文化ではないので、

ありがたく受け取っておくことにします。

 

もし時間があればエクストラで、ネットの体験談で評判が高かったプロボタ修道院という逆方向にある所に行ってくれないかとドライバーに頼んでいたんだけど、

ランチが長引きすぎてそれどころじゃなかった。

五つ周った時点でかなり満足したから、まぁ今回はいいかと。

 

 

スチャバでは教会群ばかりが注目されがちですが、

スチャバの街中にも世界遺産はある!

一応行ってはみたものの、観光客は誰もおらず地元人に道を聞いてもほとんど知らずひっそりと存在していました・・・。

聖ゲルオギ(ジョージア)教会。

63世界遺産の聖ゲルオギ教会1_R64世界遺産の聖ゲルオギ教会2_R
68世界遺産の聖ゲルオギ教会6_R69世界遺産の聖ゲルオギ教会7_R

 

 
 

参考までにスチャバのバスターミナルにあった時刻表。

20126月現在)

59スチャバのアウトガラ160スチャバのアウトガラ2



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