あいだにあるもの

★★★ We are all ONE with the LOVE in the Universe ★★★

the doors waiting for the sun photo session
雷の音かと思ったら、なんと打ち上げ花火。
江ノ島よりずっと東の方向だ。
調べたら横須賀市の花火大会だった。
雨の中たいへんだったな。

ちょうどドアーズのライブ音源を聴いていたので
思いがけず、不思議な夏の夜を演出してもらえた。
毎年恒例、8月終わりの週末ドアーズだ。
"Waiting For The Sun" 別ショットのカッコいいことよ。

ぼくはぜんぜんマニアじゃないので、
このNYの音源のことを今日まで知らなかった。
ボックスセットで、2日間4公演分、出てたんだな。
こんなのを買う人はそうとうなマニアだろうなあ。

でも素晴らしいものを出してくれて感謝である。
"The Celebration Of The Lizard" の雰囲気が
すばらしく良いかんじで録音されている。
曲が始まる前の語りも、すごく良い雰囲気だ。

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すてきな手描きのポスターだな。別の公演のだけど。
って勝手に拝借しちゃってるけど。

ジム・モリソンは爬虫類好きで知られていた。

Wikiによると、

2013年6月5日、体長が約1.8メートル、最大で27キログラムと推定される巨大な化石種のトカゲに、モリソンに因んで、「Barbaturex morrisoni」の名が与えられた。モリソンが、爬虫類に関心があったためとされる。

とのことである。

"The Celebration Of The Lizard King"
この不定形の詩+音楽作品のせいかも知れない。

"Waiting For The Sun" アルバムの内ジャケに
詩だけを掲載するという形で発表されて以来、
この魅力的な作品は、全体としては、
長いこと未発表のままだった。
そこに含まれている曲の部分が
独立した曲として収録されたからかな。



Roadhouse Blues
Peace Frog
Alabama Song (Whisky Bar)
Back Door Man
Five To One
(We Have A Special Treat)
Celebration of the Lizard
(Alright Let's Boogie)
Build Me A Woman
When The Music's Over

バンドの音だとかも、すごく好きだなこの録音。
ま、そんなことは好き好きだけど。
なんて言うか、空気がいいんだな。
オーディエンスの雰囲気もいい。

そこも音楽の一部だからな。

それにしても、"Celebration Of The Lizard" パワフルだな。
詩の朗読に効果音が絡みつき、
次第に演奏が乗ってくる。

そのあとラストの
"When The Music's Over" の演奏、
ギターやオルガン、
ドラム!最高だ。

もちろん、後の世代のオルタナ系ヴォーカリスト
全員に間違いなく影響を与えているだろう、
ジムのほとばしる表現の発露は
死にそうなぐらい良い。

「もっとも深いところにある怖れに、むき出しの自分をさらけ出せ。そうすれば、怖れは力を失い、自由への怖れは小さくなり、やがてなくなるだろう。君は自由だ。」
“Expose yourself to your deepest fear; after that, fear has no power, and the fear of freedom shrinks and vanishes. You are free.”

明言だな。

思うに、大昔の人にとって、生は、もっと死の近くにあった。
生は当たり前に死と地続きだったのだと思う。
人はみな、自然の中で、同じような生死観を得ていた。
つまり、死ぬまで放っておけば、
「人類みな兄弟」に立ち返る、というわけだ。
たぶん。(笑)

今年も "Love Street" や "Summer's Almost Gone" に
酔いしれている今宵だ。
 続きを読む

ひさしぶりに憂歌団を聴いていた。
若い頃の映像やら、
最近のやら、
けっこういろいろ観てしまった。
若いころフェスでもよく観たなあ。
そうか、「嫌んなった」を
木村くんの声でやりたいと思ったんだね。
「ブルースやりません、ぼくはぼくです」
って木村くんが言う
そのかんじ、よーわかるわあ。
憂歌団を観てると
人それぞれの「持ち場」っていう
そんなようなことが
ぐっと来て、元気が出るんだ。 


No Music, No Life? 2014年 「相撲好きですか」(爆)


「10$の恋」 1986年、デビュー10年ちょいの頃


「All Of Me」 1996年、すてきだー



blue sky
昨日は父親の本命日だった。

あっというまに8年もたったのだが、
最近になってから、
ひとつ、思い至るようになったことがある。

ぼくが自律神経をやられて
長いこと仕事を休んで家にいたときの、
親父の様子というのが、
まったく思い出せないのだ。

部屋は上下の階だとしても、
同じ家に住んでいて、
一緒にめしを食っていたというのにだ。

自分の記憶が曖昧なのかな、と
考えてみたが、
いやいや、その他のことは
かなり鮮明に思い出せる。

昨日、母親に聞いてみたところ、
二人のあいだでも
そういう話は出なかったそうだ。

親父は、元来、
どちらかと言えば心配性な人だった。
鬱がどういうもんだか
おそらく、ずいぶん考えたりしただろう。

だから、つまり、その間、
そういう腹のくくり方をしていたのだと思う。

自分も、ひとの親になって
かれこれ25年以上たつが、
ようやく最近になって、
そこに考えが至るようになった。

かなわんなあ。
まだ教えてもらっている。

0-100819-01

今日はウイングス祭りになってしまった。
たーっくさん聴いてしまった。

思えば40年以上も聴いているこの曲。
いっちばん最初に買った洋楽シングルの
数枚のうちのひとつがこれだ。 


すてきな曲だな。

いや本当に。
(笑)


40年たっても、こんなにツヤツヤ新鮮だなんて!
エサなに食ってんだ?


あ、変態した。


「あの娘におせっかい」って邦題は、
"Wingspan" 以降、廃止になったのだな。
この曲のことを話題にしてるブログなど
いくつか読んでみたけど、
この邦題の評判は、真っぷたつだな。

2チャンネルの人が、
「"Meddle" に 『おせっかい』 とつけた人と同じかな」
と書いてるけど、鋭いな。(笑) 
東芝EMIだもんな。

「どこの歌詞からこれが出てくるんだ」
って書いてる人も多いけど、
ぼくはわりとこれ、好きなんだなー。
シングルのタイトルとして、日本語センス抜群と思うし。
歌全体の内容とも、遠くないと思う。
 
それより、"The man" が誰のことなのかが、
ずーっと気になっている。

この曲がチャートに上がったのは1974年。

"people will find the way to go no matter what the man said"
「その男」がなんと言おうが、人はみんな進む道を見つけるさ

って、最初は、「その男」の言うことなんか
気にしなくていいんだよ、と、そう言いながら、
 
"so, won't you listen to what the man said?"
 その人の言葉に耳を傾けたらどう?

"He said; (intro)" と来る。
矛盾してるんだよな。

だから、おもうに、
「上っ面にある言葉じゃなくて、
あいつが(音楽の中で)言ってることを
ちゃんと、聴いてごらんよ」、と

やっぱりぼくには、ポールがこれを書いてた時期からしても、
"the man" は、ジョンのことを歌ってるんじゃないかな、
と、そう聴こえてしょうがないんだな。

そうブログに書いてる人を、
若干、一名みつけて、ちょっと嬉しかった。(笑)

john and paul by linda

まあ、そんなこと、ホントはどうだってよくて、
曲を楽しめばいいんだよね。

ただ、タイトルにバッチリ来てる "the man" だから、
ぼくはちょっと、気になってしまうところなんだー。
 
wings_paul_1976

しっかし、邦題っていいなあ。(笑)
"Maybe I'm Amazed" の「恋することのもどかしさ」とかも
歌の内容と意味ぜんぜん違うけど、
日本語センス、秀逸だとおもうなあ。

「あの娘におせっかい」と同時期のビートルだと、
「真夜中を突っ走れ」
「二人はアイ・ラブ・ユー」

東芝EMI、けっこう暴走してるな。(爆)


 
最近ポール、ヨーコへの敬意を発言してたけど、
感慨深かったなあ。

 

<追記>

この曲ばっかりは、正規レコーディング・バージョンが、どーやっても最高!♫

rickie lee jones 2015

リリースから1年遅れで
リッキー・リー・ジョーンズの
新作を聴いている。
全曲書き下ろしの新作アルバムは
10年ぶりになるそうだ。
ニューオーリンズっていうところは
やっぱりどこかスピリチュアルなものを
喚起する場所なのだろうな。
まあ、音を聴いての想像でしかないけれど。

全体に、初聴、地味でトラッドな印象だけど、
ラスト4曲はそうとう素晴らしい。
機械ビート丸出しの打ち込みリズムと
ガリガリとした音像を前に出して、
妙なメロディーと
マイナーで説得力のある歌声の
"Haunted"、続いて、
地味ながら柔らかな良いメロディーが
コーラスハーモニーでドラマチックに展開する
アルバム最長、6分半の
"Feet On The Ground"
これは何について歌っているのだろう?
歌詞を見ても断片的にしかつかめない。
何か強いメッセージが
背景にあるような気がする。
1分半のピアノ弾き語りの小曲
 "Juliette" を挟んで、
不思議なニューオーリンズの夜に
管楽器が響き渡るラスト
"Finale; (A Spider In The Circus Of The Falling Star)"
さり気なく、しみじみとしていながら、
あっけないエンディング。
地味に聴こえるところを含め、
丁寧かつ大胆、とてもクリエイティヴだ。

バリトンギターを抱えているのは
内ジャケの写真。


"Feet On The Ground"


She was a happy child
Funny and bright and wild
And all of the grown-ups agreed
She was ‘Most Likely to succeed
In ruling the world!’
Now she calls you on the phone
She’s never there alone
Who is he, why is he there, that man?
She steals everything she can
Easily buy it. ‘Mother, can you send some cash?’

Here, world domination rules
Get in line with these fools
We’ll show you how much it costs
Twice as much as we’ve lost
This is no way to live
And I have no more to give 'til

She’s got her Feet On The Ground
Life is a merry-go-round
Taking her up so high
The angels cry
She’s got her Feet On The Ground
Life is a merry-go-round
Taking her up so high
The angels cry

The story goes on and on
Nobody’s right or wrong
There somebody’s aunt
Somebody’s dad,
They spent the last dollar they had
Trying to bring someone home
You, you call her on the phone
You’re always here alone.
A daily reminder of what it’s cost
How much you’ve given, how much you’ve lost
Trying to save her- -I’ll just send you the cash.

Now world domination is lost.
And this is what it costs.
Twice as much as we’ve had
But daddy, it’s not that bad
But how does she survive
Why is she left alive?  'til

She’s got her feet on the ground
Life is a merry-go-round
Taking her up so high
The angels cry
But she’s gonna get her Feet On The Ground
Life is a merry-go-round
Taking her up so high
The angels cry...


the other side of desire


#RickieLeeJones #TheOtherSideOfDesire
 

JimmieVaughank-531x800

「矜持」と「粋」。
このふたつの言葉を
見つめ直している最近である。

両方とも、とても理解がむずかしい。
他の言語には存在しない概念だと思う。
日本語が持っている固有の文化。
その歴史と伝統の中で、
漠然と、その意味するところが、
感覚として、DNAに刷り込まれて居るような。
日本語文化というのは奥が深いから、
ごたごたと言葉で説明されなくても、そうやって
漠然と、感覚としてとらえることが出来る。
そうなのだとおもう。
実は、それが出来るということ自体が、
文化的に洗練されている証拠なのではないか、
と、そういう考えもある。

しかしまあ、たかがロック馬鹿の戯れ言として
軽い気持ちで読んで頂きたい。
日本語文化固有の、と書いてるわりには、
カタカナ横文字を多用するとおもうし。
なんせトップの写真がジミー・ヴォーンだし。(笑)

「矜持(きょうじ)」という言葉に
あらためて着目したのは、
何を隠そう、ブレイディみかこさんの
デイヴィッド・ボウイーの追悼文である。
『ボウイのクールとは、邦訳すれば矜持のことだった』
と、彼女は書いていた。

これは、格好の話でも、ロックやアートの話でもない。
くちゃっと潰されたら、いとも簡単に
死んでいなくなってしまえる脆さ、
弱さと儚さを伴って、「いま」を生きている
この僕たち生身の人間の、
生き様、アティテュードの話だ。
そこにビっと貫かれている意志のことだ。

「矜持」という言葉を調べると、
それなりにいくつかの意味が出てくるんだが、
「自尊心」や、「誇り」、「自負」
それだけでは、ちょっと足りない気がする。
ぼくなりに感覚にフィットする言い方をすると、
人間の持つ「社会性」の中において
相対的に両立する「リスペクト」と「プライド」の感覚。
これは私的で感情的な、一方向的な感覚ではない。
社会と自分とのつながりの中にある感覚だ。
自分の視点から意識的に他所(よそ)を見る方向と、
同時に、他所(よそ)から見られていることを意識する方向。
その両方向から、相互にリスペクトとプライドが保たれて、
絶妙にバランスしたところにある美意識。

武将として名高い楠木正成が、
わずか七百の味方の兵を率いて
足利尊氏の五十万の兵を迎え撃つ際に、
「生と死の迷いと不安」を克服し、
平常心を保つにはどうしたら良いのかと、
広厳寺の明極楚俊(みんきそしゅん)和尚を尋ねた。
この時、明極和尚が曰く、
「両頭ともに裁断して、一剣天によって寒(すさま)じ」
生への執着も、死への不安も、
その両方の思いを一刀両断に断ち切って
そこに広がる天地を見よ、と説いたという。
「矜持」の美意識には、こういう滅私と悟りの感覚が、
リスペクトやプライドと共にに含有されているような気がする。

死を美化するつもりは毛頭ない。
日本語の「矜持」の持つ自尊心や敬意の表現が、
高度に洗練された精神とバランスしていることを
書こうとしているつもりだ。
しかし、潔いのかよくないのか解らないが、
いささか息苦しい話になってしまうな。

息苦しいといえば、さいきん世の中、息苦しいね。
よろしくないヴァイブがいたるところで溢れている。
そうおもいませんか。

弱者を攻撃したり、他をバカにしたり見下したり、
揶揄したり卑下したり、そういうことで
うすっぺらな自尊心を満たしているような、
そんな空気が漂っているように感じる。
個人の会話レベルなら、昔からある井戸端会議だ。
数人寄っては、そこに居ない人の悪口。
昔っから大嫌いだ。
それが今ではウェブ上で「拡散」「炎上」ってなことになる。
ツイッター等の「匿名性」ゆえの罵詈雑言。
広がり具合がとても広範囲でスピードがあるので、
悪いことに、民族や宗教や国っていう範囲にまで
簡単に、あっというまに広まってしまい、
やがてはテロや紛争や戦争の種にだってなりうるし、
また、そういうことを上手く操る輩が陰にいる。
陰にいる、ってところが、まったく大嫌いだ。

こういうことの根源には「感情」ってものがあって、
人の感情の根源的なところにあるのが
危険回避、危機回避のための「恐怖」の感情や、
その一歩手前の「不安」の感情だ。
いや、前言撤回。
実際、具体的な「恐怖」よりも、
じつは「不安」という
不確定要素の大きいものへの怖れ、
この「不安」の感情の方が、
人間社会をより大きく動かす、という事実を
冷静に見つめなくてはならない。
見えないこと、先のわからないことがあれば、
いとも簡単に「不安」は煽られてしまう。
それが集団となれば爆発的に増大する。
不安が募れば不満も募る。
それが集まれば、爆発するのは自然な流れだ。

しかし、考えてみよう。
いったい人の世に、先が見えた時代など
いまだかつて、一度たりとも、あっただろうか?
答えは明確にNOである。
ではなぜ、今この世の中は、
こんなに、不安に煽られているのかな。
操っているヤツらが陰にいるからだとしか
思えないな。

「矜持」と「粋」の組み合わせだったら、
ビッとしていても息苦しくなくて、
いい塩梅なんじゃないかな。
と、そんなわけで、
この言葉のコンビネーションを
考えていたわけである。
あはは、そんなわけねーだろ。

まあ、「粋」について言葉で説明するのも野暮ってもんだが、
ここも、私見なので軽く流してくださいね。
野暮もこなれて粋になる、ってもんで。

「粋」というのは、根底に「反骨精神」を持った、
洒落っ気、茶目っ気、色気、意気地、きっぷの良さ、
そういう諸々の格好良さが、よく揉まれて練れて、
洗練されて、堕ちて、余分なものが削ぎ落とされて、
そうなったときにはじめて出てくる、
抑制された「余裕」の美学ではないかな。
上方の「粋(すい)」の上品さに対しての、
江戸の庶民文化の「粋(いき)」だと思うんだな。
洗練されても上品なうちは「粋」とは言わない。
ちんまりと枠にはまっていては粋ではないし、
また、豪胆すぎても粋ではない。
あえてチラっとはみ出している、その色気と洒落っ気。

現代にあてはめて言うならば、
ミニマル・アート等の芸術よりも、むしろ
大衆音楽としてのブルーズやロック。
中でも、洗練されて、余裕で削ぎ落とされた
ジミー・ヴォーンみたいなやつ。

ふー、やっと出て来た。(爆) 

いやでもねー、この感じ、大事だとおもうんだよね。
先達へのリスペクトがあって、堂々としていて、
同時に、謙虚でもある。
そう、この謙虚さが粋だ。
そして、オースティンの親分としての矜持を感じる。
弟のスティーヴィー・レイ・ヴォーンは、
デイヴィッド・ボウイーの録音に参加して、
その後、大人気を博したけれども、
彼の、あの華麗な指さばきと流れるような音と比べたら、
兄貴のジミーの、このスッカスカな、スッピンの音。
もったもたした、無骨な指の持って行き具合。
なんでこんな、やりにくそうな指づかいなの。
どうしてこんなに、飾りっけのない、
スッピンな音で、へーきで弾けるの。
この男気、色気、余裕。

膨大な引き出しがあって、洗練された上でのコレなんだろうな。
だから、B.B.や、バディ・ガイなんかと並んでステージに立っても、
自然体で、一歩も退かない場所に立って弾けちゃう。
その場所に立って自然体でいられる白人ギタリストは、そうはいない。
しかも余裕で、この格好良さ。反骨精神バリバリ。
そしてユーモアとウィット。
粋だよなあ。

矜持と粋。
だいじ、だいじ。




 

CI0003
どうも腑に落ちない。
今回の皇室関連の報道である。

これまで、ひとえに国民の気持ちに
寄り添って来られた両陛下だ。
被災地や戦地ご訪問のお姿は
広く国民の心に残るところだ。
昭和天皇は、
現人神から人間天皇へと
激動の時代を歩まれたが、
今上天皇はご即位以来、
実に皇室始まって以来初の
人間天皇、象徴天皇であり、
常にそのお立場を熟慮され、
国民に対して誠実に
お気持ちを話されて来ている。
民間から皇太子妃となり、
戦後の日本の明るい話題を
提供した美智子皇后も同様だ。
両陛下がたどってきた道のりを思えば、
今回の報道の流れは、
どこかおかしいと感じる。

同様の腑に落ちない感じを
記事に書いている、
藤代裕之さんという記者さんのコラムが
時系列でわかりやすく読み解いているので
参考にしようと思う。

2016/07/14 00:13 配信
宮内庁次長は全面否定、天皇陛下「生前退位」ニュースの読み解き方

まず、7月13日の夜19時のNHKニュースが
どうしてここまでの大スクープを出せたのか。
そのニュースソースは、いったいどこなのか。
そこがハッキリとしていないのだ。

事実として、NHKがまず19時の時点で、
皇后陛下、皇太子さま、秋篠宮さまの
同意も得ている、という具体的な内容まで出している。
そして同日20時33分には、
5年ほど前からその意向を示されていた、
という詳しい記事を出している。

直後、おそらく同時にだろうが、朝日や時事通信、
その他数社が宮内庁に裏をとりに動いたようだ。
結果、7月13日の夜21:50近辺には、
宮内庁次官から「そのような事実は一切ない」
という文言を引き出している。
読売や毎日は、やや違うニュアンスの記事を
それぞれ同時間帯に出している。


このようにニュアンスが異なる報道の場合は
「何かある」と考えるのが記者の常です。

と、藤代記者は書いている。


翌朝の各社朝刊を並べて書かれた記事がこちら。

2016/07/14 10:13 配信
天皇陛下「生前退位」報道、新聞を比較して自分の見立てを整理する

NHKのスクープに始まったこの話題に、
報道各社が続いてトップ見出しで出している。
この記事に大切なことが書いてあるので
抜き出しておこう。


ソーシャルメディアでも様々な反応が発信されています。多様な意見を見えるのは良い点ですが、弱点もあります。ソーシャルメディアの性質として俯瞰的に読み比べることは非常に難しく、一つの記事がシェアされて議論が進むことで、別の視点から書かれた記事が読めないまま偏ってニュースを受け取ってしまう、いわゆるフィルダーバブル問題が起きがちです。ヤフーニュースも最近は関連リンクを絞っており、多様な記事を比較することは難しい状況です。 関心が高いニュースをより深く理解するために、新聞やテレビ報道を比較し、記事の扱い(どのくらいの大きさか、何面で展開されているか)、見出し、内容などの異なる点を洗い出し、ニュースを俯瞰的に捉えて自分なりの見立てを整理してみることが大切です。


まったくその通りだと思う。

面白いことに、菅官房長官は質疑の中で、
「宮内庁次官がそう言っているのだから、そういう事実はないのだろう。」
「政府としても、陛下からそのようなお話しを受けたことはない。」
と、同日、そのように公式に発言している。

で、あるにも関わらず、
2016/07/16 23:43 配信の時事通報
退位問題、慎重に対応=政権幹部
の記事には、


安倍晋三首相は16日夜、首相官邸で菅義偉官房長官や杉田和博官房副長官らと会い、天皇陛下が生前退位の意向を示されたことを受けて非公式に意見調整を行った。皇室制度の在り方や憲法との整合性など法的問題も絡むことから、世論の動向を見極めながら慎重に対応していくことを確認したとみられる。
 

短い記事だが、首相と官房長官が
「天皇陛下が生前退位の意向を示されたことを受けて」
非公式に調整に入った、と記してある。
この矛盾は、いったいどういうことか。

この短い記事に重要なワードがある。

「憲法との整合性など」 法的問題も絡むことから
「世論の動向を見極めながら」 慎重に対応していく 

この部分だ。


最初に戻ると、気になる点は大きく2点。

NHKのスクープのニュースソースが不明であること
官房長官が「そのような事実はない」と明言しているにも関わらず政府は調整に入っていること

あとはすべて想像の範疇になるのでここには書かない。
が、腑に落ちなかった矛盾点はある程度絞り込めた。


肝心なのは、藤代記者が書いているとおり、
フィルターバブルに陥らず、落ち着いて
報道を読み解くことが大事だということだ。


あとは、陛下のお言葉を待つことにしましょう。


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