あいだにあるもの

★★★ We are all ONE with the LOVE in the Universe ★★★

eli and the thirteenth confession















Eli is comin' / Hide your heart, girl「イーライが来るわ、本心は隠しておくのよ」

ゴスペル・フィールの演奏とコーラス、性急なテンポでひたすら繰り返される "girl"(女の子)への助言。"Eli"(英語読みでイーライ、ヘブライ語由来の名前 "Elijah" 読みはエリヤまたはイリヤ、英語読みはイライジャ)イーライが来る、とは何のことかなと調べたら、旧約聖書、新約聖書の両方に、つまりユダヤ教、キリスト教のどちらにも相当な重要度で登場する「預言者エリヤの再来」という物語りのことらしい。

若く、あどけなく、危なっかしい情熱や情愛、アルコールやドラッグで浮かれる厭世感や、将来への漠たる不安、そして悲観的な失恋と孤独感。ポップ音楽史にその名を刻む名作、1968年当時、個人のアーティストとしては他に例を見ない、驚異的に多様性に富んだ音楽フォームと豊かな詩的表現が、奇跡的に交差点で一斉にバッタリ出くわして芸術の域に高まってしまったようなこのセカンドアルバム。録音当時、その作品の完成度からすると「まだハタチ」の、そして米国での若者の自立年齢からすると「もうハタチ」のローラ・ニーロは、意外にもまだブロンクスの両親の家に住んでいたのだそうだ。20才で親の家に同居しているというのは、平均的アメリカ人として遅い方だ。

ほどなくして、双璧の名作とされる翌年の次作「ニューヨーク・テンダベリー」録音時までにはマンハッタンにアパートメントを借りて住み始めることになるんだけれども、若干16才で "And When I Die" 「死ぬのなんて怖くないわ、わたしが死んだらどこかに子供がひとり生まれる、そうしてこの世は続いていくのよ」などという、熟練し達観した歌を書き米音楽界に提供したソングライターが、と考えると、超早熟でもあり、また未熟で、あどけなくもある面白い二面性が見え隠れする。

親のワインボトルをこっそり持ち出して「いい気持ち」になっているティーンの子たち。隠れてドキドキしながら吸ってみたマリワナ。60年代の終わり、愛と平和、革命、反戦、ウーマンリブや人種差別反対など社会運動が激しく混沌とした時代の空気の中で、身の周りに普通に転がっていたみんなが共通に経験し共感できるような無邪気なストーリーを、瑞々しい詩情と熟達した音楽表現に載せている。「イーライが来るから本心を隠したほうがいいわ」 "Hide your heart, girl" と歌われる「本心」は、どの子も普通に抱くだろう性的欲求のことだ。誰もが隠し持っている秘密の小部屋の情景を描く音象。キャロル・キングやジョニ・ミッチェルら女性シンガーソングライターが完成度の高い私小説的音楽を聴かせ始めた時期より数年早い。

その詩情の初々しさと唯一無二であり孤高であるが故の表現の偏り、際立たせるためにあえて言うならその職業音楽家としての「未熟さ」と、時代がついて行けないほどの多様性や、この時期のローラ独特の自由自在なテンポの変化、というより、彼女の中にある、その時々の感情を歌うために最適なテンポとビートを急激に自由に変化させていくやり方。気持ちの良いビートでポップに歌っていたかと思うと急にゆっくりになったりオフ・ビートのピアノ弾き語りになったり、また性急なスピードのリフレインになったり、止まってしまったりする。こういう自由で独自な音楽表現の「熟達」。今みたいにコンピューターで無限にパチンと音をはめ込んだり出来ない時代だ。バックミュージシャンやアレンジャーの腕もそうとうなモノでないと対応できっこない。そういうわけで必然的に演奏も最高のクオリティになっている。

ところで気づいていなかったんだが、このアルバムにギターでクレジットされているのはヒュー・マクラッケンただ一人だった。リードギターよりリズムギター好きの僕としては本当に大好物の、ニューヨークきっての腕利きセッションマン。一度耳についたらきっと彼のサイドギターだとわかる、どんな曲にも歌声にもベストフィットしてくるサイドギター。ベースのチャック・レイニーとの相性も抜群なギタリストだ。どうして気づいてなかったんだろう?普通なら、彼のサイドギターのトーンは僕の耳にはイッパツで飛び込んでくるのに。というわけで、バッキングでは左チャンネルで鳴っているEギターに耳をそばだてて聴いてみると、なるほど、音に対して相当な完璧主義だったらしいローラ・ニーロの色に、他の色が混ざらないように弾いたんだな。彼ほどの弾き手ならそういう対応をするのも容易に想像がつく。

さて音に対して完璧主義だったというローラがこのアルバムに求めたのは「未熟」や「未完」を含めての完成度だと思うのだ。なぜかと言うと、最初に戻って、この作品の主題にローラが持ってきたテーマが「イーライが来るから本心は隠して」であり、ローラ本人が「単独で詩として成り立つ唯一の歌」と評し、生涯を通じて常にレパートリーから外さずに歌っていた "Emmie" の物語りであり、また「13」という数字であり、「懺悔」であり、そこにあるシンボリズムは、宗教的なところまでは踏み込めないが、「神と人間の対比」や「成熟と未熟」から導き出す「人間の魅力」、つまり、完全なものを見据える目があるからこそ未完成なものには魅力が宿るのだということ。内的なスピリチュアリティの表現への欲求と、ストリートから聴こえてくる生活の音の表現への欲求、そのバランス。この頃のローラ・ニーロの中には、やや高い割合でストリートのリアルな生活の音が鳴っていて、それが歌声の合間に聴こえる呼吸のひとつひとつに絞り出されているのがこのセカンドアルバムなのではないかなと、そんな風に聴こえるんである。そのあたりを思うと、「まだハタチ」の人間が、よくぞそんな創造を出来たものだなと聴くたびに震える。

ユダヤ系イタリア人で音楽家だったブロンクスの両親のもとに、アルバム録音時、ハタチまで一緒に住んで居た彼女である。周りにはラテン・ヒスパニック系の友人が多かったという。そんな所からの、僕個人の私的な感覚からの想像だ。


翌年の次作「ニューヨーク・テンダベリー」では、ローラのそういう人間的な血生臭い魅力、涙や汗の匂い、孤独や葛藤などを、もっともっと飾りを削ぎ落としコアなところに絞り込んで、スピリチュアリティの高みで表現し聴かせている。なので、作品としてはもっとヒリヒリと緊張していて、楽には聴けない濃密な完成度だ。

結果として、最終ミックス前にスタジオに立ち寄って「何か吹いてよ」と頼まれたマイルス・デイヴィスをして「オレの音を入れる場所はひとつもないよ」と言わせるほどだった。

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1969年あたりのマイルスが「ふらっとスタジオに立ち寄る」なんて。んでもって「吹いてよ」って言えちゃうなんて。そんなシンガーソングライター、ポップ音楽の畑で、他にいますかね。


この二作品から影響されたアーティストがどれほどいるかを思うと、両方とも、控えめに言ってもポップ音楽の最重要作品のひとつと言って間違いないだろう。


ポップ音楽で「アーティスト」と呼ばれて良いのは、本来こういう人なのだと思う。


12月はローラ・ニーロが鳴り止まない。




December Boudoir (boudoir=a woman's bedroom or a private room)



And When I Die (1966 demo) + interview

ここのコメント欄に彼女がセカンド製作時までブロンクスの両親の家に住んでいたことが書いてある。書いてるのはAlan Merrillという人だ。ジョーン・ジェットがヒットさせた "I Love Rock 'n Roll" の作者だそうだ。





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Alternate Mixes:

01. 00:00 Angel In The Dark* 2:41
02. 02:41 Triple Goddess Twilight 3:49
03. 06:30 Will You Love Me Tomorrow 6:03
04. 12:34 He Was Too Good To Me 2:25
05. 15:00 Sweet Dream Fade 4:09
06. 19:09 Serious Playground 4:20
07. 23:30 Be Aware 3:06
08. 26:37 Let It Be Me 2:07
09. 28:44 Gardenia Talk 3:04
10. 31:49 Ooh Baby, Baby* 3:21
11. 35:10 Embraceable You 2:01
12. 37:11 La La Means I Love You 5:07
13. 42:19 Walk On By 2:16
14. 44:36 Animal Grace 1:36
15. 46:12 Don’t Hurt Child* 3:25

Live Tracks:

16. 0:49:38 Angel In The Dark 4:14
17. 0:53:52 I’m So Proud/(Dedicated To) The One I Love 3:10
18. 0:57:03 My Innocence 2:12
19. 0:59:16 Wind 1:52
20. 1:01:09 Trees Of The Ages/Emmie 4:35





まだ本格的にローラ・ニーロの季節には入ってないんですが
急に気温が下がったもんでつい。
これ、ミックス、ラフでよいなあ。
デモっぽくて、気楽に聴ける。

師走の夜の、ダウンタイムBGMに。



george visited bob dylan 1968 nov

いや〜、まいるな。
毎度のことながら。


こんなに優しくて、柔らかくて、
だだっ広くい出だしが

ありますか。



超〜いまさらだけど(笑)



1968年11月の終わり、感謝祭の頃、

ボブが、ザ・バンドと
ウッドストックの森に引っ込んでたところへ

ビートルズに嫌気がさしたジョージが訪れて、



11月の森の空気と、木々と、
そして彼らの音楽と触れ合う中で、


ジョージのメロディが
ボブに言葉をイメージさせて、


この曲が、生まれて。



george visited bob dylan 1968 nov 2


*Let me grow upon you" ってフレーズは、本当に好きだな。
植物的な命の静けさ、森のイメージ。


これが、ささくれ立ってる時には、
ふっくらやわらかに、入り込んで来る。






う〜ん。素晴らしい。二人。



この曲だから "All Things Must Pass" の一曲目になり得る。
これで出るから "All Things Must Pass" が成り立ってる。

どっちもおなじことか。


なんか、光合成とかし合ってるみたいだ。



ありがとうジョージ。



george visited bob dylan 1968 nov 3
George Harrison Visits Bob Dylan, Byrdcliffe, Woodstock, New York. November 1968





声が生っぽくてさらに優しい "early take" 



たまらん。



george living in the material world

いや〜、まいった。

まいりました。

その時々で、音楽の聴こえ方は
いつも違うけれど、

このアルバムが、
こういう響き方をしたことはなかった。

録音に入ったのは1972年。
当時、ジョージまだ29才。

このアルバムは、
音の表面はメロウに聴こえたりするし、

歌詞は宗教的な言葉を
たくさん使ってたりするし、

音も素晴らしいんだけど、

もしかしたら、
全ジョージ作品の中で、

「ロックンロール音楽」の
いちばんコアな、本質のところに
あるのかも。

まだ若くて未熟なのに、
うっかり達してしまった
「秘密の高み」に
あるのかも。

もしかしたら、
私人としてのジョージの中には、
ものすごくネガティヴでダークなものが
渦巻いていて、

それを、ジョージ特有の繊細さと
美的センスと、
有名なロックスターとしての
パブリックな立ち位置で、

必死に封じ込めてたところで
出来た作品なのかも。


こいつは、助けてなんてくれない。

こいつは、優しくなんかない。


ただ、ひたすら高いところから
あなたを突き放してくれて、


あなたを孤独にさせてくれて、


だから、みんながひとつなんだと
わからせてくれて、


あなたを奮い立たせてくれる。


そういうアルバムなのかも。



ちなみに僕は、ジョージ・ソロ後期の
リラックスして茶目っ気のある
アルバム達も、とっても大好きですが



これをあの3枚組と
バングラデシュ・コンサートのあとに
まだ20代で、作ってしまったんだなジョージ(汗



Be Here Now


The Light That Has Lighted The World


geoege 1972



The Light That Has Lighted The World (Demo)



peace



THE LAST WALTZ 1978 映画ポスター

この話に出てくる友達んとこの娘が
7才のときに、半年ぐらいギターを教えてたんだ。

これの2年ほど前だから、
2006年の秋〜2007年の春頃かな。

ここんちの人は、めったにFBとかに
写真をアップしない。
ていうか、ほとんどFBを開かないんだけど、

「娘が高校を卒業して大学に入りました」

という写真がアップされた日があって。

あっちの子は、すぐ大人っぽくなっちゃうな。

あの7才の子が、なんとなんと、
美しいレディーに仕上がっており。

見てたら、涙がじわり湧いてきてしまって、
すぐには見ないだろな、と思いつつ、
勢いで「写真みたら涙が出た」ってメッセしたら

意外にもソッコーで
「わたしも同じ」って返事がきた。
時差もあって、昼夜はんたいなのに。

偶然だったのか、
そうなるようになってたのか。
とっても久しぶりの「やり取り」だった。


でも、その一言のやり取りだけで、

いや、元気で居てくれるだけで、

僕はじゅうぶん幸せ。


というわけで、今年も無事、
感謝祭に「ラスト・ワルツ」を観た。


いま「コンプリート・コンサート」を聴いている。
なかなか終わらないんだこれ。


通して聴くのは、年に一回だと思う。
やっぱり良いな、これ。



the-last-waltz-concert-the-band-01



carly simon family 1987

たぶん、今週いちばん良く聴いたな、これ。

いろいろと、とっかえひっかえする、
そのあいだに、だいたい、これを聴いていた。

そう、あれから30年もたつんだね。

CARLY-SIMON

意味なんてなくていい。
「ものごとの意味」なんて、あとから
勝手についてくるんだ。
というより、たいがいは
自分で勝手につけ足しているんだ。
そうとは知らずに。

だから、大丈夫。
愛しているものを、そのとき、そのとき、
ちゃんと愛していればいい。
みんな回り回って、ちゃんと返ってくる。
わざわざそれを求める必要すらない。

coming around again 30th

無駄な時間なんて、本当にひとつもない。


カーリー・サイモンっていう歌い手の良さが、
いま、とても良くわかる。

30年前より、ずっと良くわかる。


I know nothing stays the same
But if you're willing to play the game
It will be coming around again



そっか、今夜は新月か。
はじまりのタイミングなわけだ。




bob marley

音楽ファンの一人としても、
労働者の一人としても、
実に許せないパラダイス課税逃れ。

ボブやレオン・ラッセルなど、
錚々たるソングライターの名前が
挙がっている。

エリザベス女王とかも
出てきちゃうぐらいだ。
世界の富の分配ってレベルの
話なんだろうな。


■パラダイス文書に載っていた著作権保有ファンドが楽曲を管理する主な歌手・バンド

デューク・エリントン、リチャード・ベリー、チャビー・チェッカー、レオン・ラッセル、カーペンターズ、ジェファーソン・エアプレーン、シェリル・クロウ、ボブ・マーリー、ジョン・デンバー、ブルックス・アンド・ダン、ケリー・クラークソン、フィンガー・イレブン、スキッド・ロウ、ザ・トランプス(朝日新聞デジタルより)




LIVELY UP YOURSELF (STUDIO 1974)


エスタブリッシュメントの不正が
きちんと是正されたら、
「世界の半分が常に飢える」問題は
解決するかもしれない。



疑惑の島「パラダイス文書」




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