あいだにあるもの

★★★ We are all ONE with the LOVE in the Universe ★★★

lianne-la-havas-album

デッドな音像、作りこまないアレンジ。複雑にこんがらがった詩情がほとばしってます。やっと、そしていよいよ、音のないところで聴かせ始めた。そうそう。彼女は若いけどそういうところをやれる人だし、やりたいんだろうと思っていた。勝手にだけど。

グラミーにノミネートされたセカンドアルバム "Blood" の豪華な音と、ぐいぐいと飛翔していく "Unstoppable" のような楽曲も、決して悪くなかったんだけど「なんか違うなあ」という気がしていた。うわ、後だしジャンケン。

あのときは絶賛してたかもしれない。たぶんしてた。(笑)

いやでも本当にそう。しばらく最初の二枚を聴き込んだのち、ファーストよりセカンドの方が世間的には成功したのかも知れないけど、なんか違うなあ、詰めすぎてるなあ、という思いがずっとあって。そうこうするうちに5年も経っていた。

そしたら、春ごろ "A COLOR SHOW" の "Bittersweet" が出て、新作アルバムの先行曲「第一弾」で出して来たのが、この "Paper Thin" だった。なんてこった。5年ぶりの第一弾がこれだよ。



やたー!今作はきっと良いぞー!って思うでしょ、このブルーに抜いたかんじは。

lianne-la-havas

リアン・ラ・ハヴァスは、世間で認められているより、たぶんずっと不器用でこだわり性な、へたくそでややこしいところのある人なんだろうと思う。主観ですけど。使ってるギターなんかを見ててもそう思うし、ギターの独特な鳴らし方もそう。

借り物じゃないところが、結構ややこしい人だと思う。

新作はそういう等身大のややこしい自分と存分に向き合う時間をとって、表面上ややこしく聴こえないように気をつけて、ある種、雑な作りに聴こえるぐらい丁寧に流れを考えて、作り込んであるように聴こえる。インディーズっぽい聴こえ方というのかな。よくメジャーで5年もかけてやれたな。あんまりメジャーっぽく突き抜けられちゃうと「ちょっと、また今度ね」って、そんな気分になってしまうんですよね。ぼくはね。


どこかに「このアルバムを作りたかった」と、そんな言葉を書いていたなリアン。そのかんじ、とても良くわかる気がします。やりたいことがやれた率、かなり高そう。そうそう、「はじめて自分のバンドと録音した」とも書いてたな。そのあたりも影響してるだろうな。


セルフ・タイトルの新作サードアルバムは「最高」。今まででいちばんリアンらしい。

"As you are" だな。


2020 06 05

この子が自分で考えて書いたのかな?
見た中でいちばん良い。
文字の大きさなんかも大好きだ。
必要なことがすべてあるし、ピッタリおさまっている。

キャロル・キングのツイッターから拝借しました。


プロテストをしている、長年、差別されている側の人たちの痛み。
活動を支援する、良心的な白人たちの中にある痛み。

どちらも底まで感じとることはとうてい出来ないけど
想像力を広げて、出来るだけ理解したいと思い、
この一週間、いろいろな人種や立場の人たちと対話してみた。


対面での実際の会話、海外にいる友人との文字の上での会話。
まだ実際には会ったことのない友人との対話。
そして初めて言葉を交わす人との対話。

多くの学びがありました。ありがとう。


"Black Lives Matter" に対して、
「いやいや、"All Lives Matter" じゃないの?」
と言い換えようとすることは、
外野から見ると、一見「確かにね」って思えてしまいそうだけど
実は、彼らの痛みの靴をちょっとでも履いてみると
まったくポイントを得ていない人の浅はかな言い分だと分かる。
それどころか、この言い換えは深い侮辱であり、
「誰の命だって大切だ、そんなことは言われなくても分かってるよ、当たり前だろ?」
なのであり、ぜんぶ台無しにして大きな怒りを招く危険な言葉にもなり得る。

この女の子のバナーに書いてあるとおり。

WE KNOW "ALL LIVES MATTER"
We just need your HELP with #BlackLivesMatter
for Black Lives are in DANGER"

この子はとても穏健に、わかりやすく書いているけど、
とある人は僕にこう言った。

「もう立派な大人の男である息子の無事を、毎日、確認しなくてはならない。アメリカでこの肌の色に生まれ育つとは、たとえば、そういうこと。」

たとえば、そういうこと。


ジェームス・テイラーの弟でシンガー・ソングライターの
リヴィングストン・テイラーが
6月2日の火曜日、"Blackout Tuesday" の際に、次のように書き込んでいます。



Greetings all,

Empathy, compassion, and forgiveness are difficult in times of stress, and these days are the very definition of a time of stress. The murder of George Floyd in the beautiful city of Minneapolis is the result of a systemic racism of which, as a privileged caucasian male, I am a contributor.  With a fervent belief in the phrase, "If I am not the problem, there is no solution," I spend this day, Tuesday June 2 2020, music-free and in reflection on what part I play in this devastating injustice and its plea for resolution.  The Livingston Taylor Show will be back next Tuesday at 4pm EDT with a host who hopes, with the continued embrace of a loving God, to be a better man.

- Liv


毎週火曜日の夕方に自宅からしているライブ配信を
今週は "Bkackout Tuesday" に賛同するため来週に延期します、と
その告知でもあるんですが、

リヴ・テイラーが言うには、
「自分は欧州系白人男性として、この長年の人種差別に貢献してきた側の一人」であり、
「もし自分自身が問題でないならば、そこに解決はない」の喩えが語るとおり、
これを自分のこととして、今日はこれと向き合ってしっかり考える日にしたい、と。


こういう発信をすることは、些細だけれど大切なことだと思うのです。


ぼくには、このことの直接の当事者として何かを語る資格はなにもない。
でも、リヴ・テイラーだってきっとそうだろう。
「自分の問題としてとらえます」と言うことは、
自分はその問題に参加します、と宣言することだ。
自分の問題として想像の中に取り入れることは
やろうとさえ思えば誰にでも出来るのだし、
そこから始めるために、出来ることはやろう。

これを自分の問題として置き換えられることはないか?
あります、ありますとも。
ぜんぜん他人事じゃありません。


自分の問題だと思ったときに、その自分の居場所から解決への道が始まる。
みんながそこから参加したら、解決への道幅は少し広がるように思う。

そんな風に思います。



2019 05 16 rome round 32 500w

2020年のコロナウィルス感染流行は、3月カリフォルニアのインディアンウェルズから始まったトーナメントのキャンセルとランキング凍結を招き、5月のフレンチオープン、7月のウインブルドンと今のところ2つのグランドスラム、そして8月に予定されていた東京オリンピックを延期させたが、結果として「テニスプレーヤー大坂なおみ」の殻をひとつ破り、一歩前進させることになったのかもしれない。

他の多くの人と同様、自宅隔離生活が2カ月以上続いたある日、「わたしはもうシャイなナオミはやめることにした!」と、なにやら宣言めいたツイートを見かけた。曰く、(トーナメントがあれば)様々な土地へツアーに行き、せっかく多くのテニスプレーヤーと接する機会に恵まれているのに、自分に閉じこもってばかりいるのはもったいない。知らない人と話すのは苦手だけど、これから積極的に自分から話しかけることにする、とのことだった。

なおみちゃん、家に閉じこもって、またいろいろ考えちゃってるのか?

今年1月のオーストラリア・オープン中に突然のヘリコプター事故で亡くなったバスケットボールのコービー・ブライアントと親しかったなおみは、その後2月あたり、そうとう落ちている様子だった。そうこうするうちにトーナメントの連続キャンセル、そして自宅にこもる生活が始まった。ツイートやIGを見ていると、いろいろと考えちゃって収拾がつかなくなるときがあるようにも見えた。

しばしテニス以外の好きなこと、ファッションだとかの投稿している風にも見え、気分的にテニスから離れて気晴らしをしたいのかな、と思っていたが、少し前からインスタグラムで "Naomi Osaka IG Live Interview" というのをやり始めた。自分がインタビュアーになって、テニスプレーヤーにオンラインでインタビューをして、ライブストリーミングでファンと共有しようというのだ。

第一回はATPのフランシス・ティアフォー(Frances Tiafoe)、第二回はゲイル・モンフィス(Gael Monfils)がゲスト。7つ質問を用意して来て、緊張してつっかえたり上手く返せなかったりしながらも、大人なゲストに助けられて(笑)なおみちゃんらしく朴訥とした面白いインタビュアーぶりを見せてくれていた。「アップすることを見つけようとしてるのかな?」と思った。

第三回はステファノス・̪シツィパス(Stefanos Tsitsipas)。いいじゃないか!なおみとステファノスはオーストラリア森林火災のチャリティーでミックスダブルスやった時もカワイイ雰囲気だったし、なおみのオンラインインタビュー見てみたい!LIVEでは見られなかったが好きな映画の話になり、なおみの好きな映画が2003年と聞いてステファノスが「古い映画だね」とか言ってて(笑)いかにも若い世代な感じで面白かった。

ツイッターで「誰にインタビューしてほしい?」とファンに呼び掛けてみて、上がってきた名前の中から事前にコンタクトして決めたようだ。そして「WTAからのゲストはイガ」と書き込んでいた。

2020 05 24 Iga ranking 49


ポーランドのイガ・シフィオンテク、18才。2018年ウインブルドン・ジュニア優勝。実力のあるティーンズが各地からぼこぼこと現れた2019シーズンのWTAで、ランキングは現在49位、キャリア・ハイ48位、一般的な知名度はまだ低いが個人的には2019シーズン最注目プレーヤー(と言うか単純に大好き)で、2019年6月には "WTA Breakthrough Player of the Month" に選ばれ、ローマ大会でのベースライン付近からの最高なドロップショットはファン投票で "2019 Shot of the Year" にも選ばれた。欧州プレーヤーらしくクレーコートでのフットワークも素晴らしく、5月末から6月初めのフレンチオープンでは予選から勝ち上がりメインドロー入りを果たし、大会中の5月31日に18才の誕生日を迎えたのち4回戦まで進み、プロとして初めてグランドスラムのセンターコートを経験したが、シモナ・ハレプに6-1、6-0で完敗。(なおみのオンライン会話でこの時のことを「初めてのグランドスラムのセンターコートで雰囲気にのまれた」と告白していた。)

2019 06 Iga Breakthrough of the month June

その後、2019年8月末、USオープンではシングルス・ダブルスとも2回戦まで行ったが、膝を故障し、9月〜10月のアジア・トーナメントはすべてキャンセル。シーズン後半は練習コートにさえ立てない苦しいリハビリの日々を約4カ月すごした。10月に「18で選挙権を得たので初めて投票に行ったよ」と写真をアップしていたが、松葉杖で両側を支え、友だちに付き添われていた。12月末頃に、ようやくコートで練習再開するまで回復した。

同じ頃なおみは「元ナンバーワン」「US-AUSグランドスラム2大会連続優勝」のプレッシャーと戦いながら、6月のネイチャーヴァレー(バーミンガム)、7月のウインブルドンと2019芝シーズンが絶不調でメンタルも泥沼。ソーシャルメディアにも「スポーツ心理学の専門アドバイザーが必要だ」などと心ないコメントを書かれたりしていた。そこから這い上がって秋のAsian Swing、東京、北京と2大会を連続優勝して復活した。後に、3月のインディアンウェルズ、8月のUSオープンを「ディフェンディング・チャンピオン」として臨み、その2大会で負けてようやくプレッシャーから解放されたと語っている。

大坂なおみとイガ・シフィオンテク、ランキングやトーナメント優勝の経験からすれば、片やキャリアハイ・ナンバーワンとグランドスラム・プレミア2大会優勝のなおみ、片やキャリアハイ48位、トーナメント優勝経験なしのイガ。出だし数年の差が出ている感じもあるし、プレーのスタイルもかなり違うけど、人柄的にちょっと重なるところもあるような気がする二人。2020シーズンはイガにとって2018シーズンのなおみのようになりそうな気配だっただけに、このトーナメント連続キャンセルは惜しいけど(一年以内にトップ20までは来れる実力だと思います)とにかく高校を卒業しなきゃならないイガちゃんにとっても、この数カ月の時間はひょっとしたらラッキーだったかもしれない。

二人がどんな風に話すのか楽しみだったし、何より、なおみ本人がワクワクしている様子でうれしかった。


I am going to interview...Tah-da-da-dah!  Iga-chan!  Funny story about Iga, which I feel like I should I can talk about once she's here so maybe I'll just hold it until she gets here. So we're just gonna wait until she gets here.

今日インタビューするのは、、じゃんじゃじゃーん!イガちゃん!イガのことで可笑しい話があるんだけど、彼女が入ってからしたいから取っておくわね。さてと。彼女が入ってくるまで少し待っててね。

と、アナウンスしながらPCモニターのウィキペディアを見せるなおみ。

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As always, we're gonna start off with the Wikipedia. And we're gonna read while we wait, which, you know what, Wikipedia is all the good source of info..., anyways look! It says she was born in 2001! Can you imagine!? 

いつも通りウィキペディアから始めるわよー。待ってるあいだちょっと読むか、、あのね、ウィキペディアは良い情報源よ、、ほらここ見て!2001年生まれって書いてある!想像つく!?


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自分だって1997年生まれでじゅうぶん若いのにね(笑)


Being born in 2000s...no disrespect for anyone who's born in 2000s but... "You are baby, bro!" (laugh)  Oh, hi! I was saying you're baby. It's fine though, it's cute. You know... Hello? 

2000年代の生まれってさ、、2000年代に生まれた人を若いからって軽蔑してるわけじゃないよ。でも、「よー、ベイビーちゃんだなオマエ!」みたいな(笑)あ、来た?今あなたがベイビーちゃんだって言ってたのよ、でも良い意味だからね。カワイイってことだから。ハロー?

Iga: Hi!

Naomi: I'm just talking 'bout how young you are.

Iga: Oh, my god. Stop! I'm not that young.

Naomi:  How're you doing?

Iga:  Very good. How are you?

Naomi:  Good. How's your quarantine life?


 

2019のバーミンガムでストレッチしてアップ中に、イガのすぐ近くになおみが居て、イガはなおみが気になっていて(そりゃナンバーワンだったからね)話しかけたくてチラチラ見てたけど恥ずかしくて話しかけられなかった。なおみは(このころサイアクだったせいかもね)「なんかこの子、わたしのこと見てるけどなに?わたし何か悪いことした?」みたいに思ったりしてて、結局その日は話せなかった。

話すようになったのは2019年8月初旬、トロントのロジャーズカップ。「今までで一番『人生の宝物』みたいに思ってる試合はどれ?」の質問にイガは笑いながら「あなたと当たったやつ。2019トロントの3回戦。あの試合。試合中ずっとエキサイティングだった。負けたけど気分よかったのは、あれが初めて。あともうひとつ。2018ウインブルドン(ジュニア)の準決勝。」と答えている。

話は「テニスと学校の両立はどう?」の質問から、行ってみたい国、そして将来のことへと流れる。「テニスプレーヤーとして現役引退をする年齢が来る。そのとき、そしてそれ以降、自分は人としてどう生きていきたいのか?」と、ややマジメな会話をする二人。「キャロライン(ウォズニアッキ)が今年の全豪で引退したでしょう?平均30か35ぐらいで現役引退するとして、そのときまだ人生の半分も行ってないよ?」「そうよね、今は人生ぜんぶがテニスって感じだからね、それがバサっとなくなったら、、うーん、想像するの難しいけど。」

自分の子よりずっと年下のふたりが、その世界で活躍する立派なアスリートで。まじめで、シャイで、純粋で、こどもみたいに笑ったりしながら、でも一生懸命でカワイくて。ある意味では、ぼくらには想像もつかない、トップアスリートだけが出来る会話でもあって。


WTAのアーティクルはこちら






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大した事じゃないけど、ちょっと今夜書いておきたいことを。長々と書いちゃうのは悪い癖だけど、でも肝心なことだからなるべくちゃんと書こうと思います。

武道館でJTとキャロルの "Troubadour Reunion Tour" を見たのは2010年の4月でしたが、その時「おお、武道館って、1階スタンド席でもこんなに良い音で聴こえるようになったんだねー、音響技術はこんなに進歩したんだ。」って、さほど感激するでもなく、普通にそう思った。


グローバル化で人の行き来が地球規模になり、感染症もあっというまに世界中に広まるようになった昨今、「人間同士が集まって何かする」ってことを避けなきゃいけない状況を、おそらく人間は初めて経験している。そこから生まれてくる「次のもの」もきっとあるだろう。だとしたら、それが何であれ、僕は興味をもってそれを受け入れていくことを選びたいと思う。バラ色のメガネで見てるわけじゃないんですよ。それは、きっとこれまでより強い人間同士の結びつきをもたらすものになるだろうし、一人ひとりが今までよりずっとハッキリとした「個」としての輪郭を示すようになる。同時に「調和」や「共生」といったことに意識が行くようになるだろうと思う。

そんなことを、漠然と考えていたんです。 そこで、ふと、音楽の「コンサート」とか「ライブ演奏」ってものが、これまで最近のところ、人間が経験してきたいろいろな場面でどうだったのかな、って考えが頭をよぎった。

音楽のダンスビートと踊りは、人が集団で社会生活をするのに欠かせない人類共通の二つの要素で、たいへんに根源的なものだと思う。かつて、それぞれの民がそれぞれの環境に在って、踊るための音楽を奏でていた時代が長く続いた。生の音が届く範囲あたりが社会集団であり、その集団の構成員が音楽を奏でる役割も同時に担っていたかも知れない。金管楽器は少し大きな音が出せたかも知れないけれど、基本的に電気で音を増幅させるようになるまで小規模集団社会の時代は続いた。

ぐっと最近に近くなり、ビートルズが「スタジアムで」初めてコンサートをした1960年代の「音の状況」はひどいもので、主に「より多くの人を一度に集客して収益をあげよう」という、利益先行、音なんか無視の興行で、音楽を提供する側としては、「届けられない、伝わらない」という不満は大きかっただろうな。

その頃と、「ざっくり50年」経った後を比較すると、個々のオーディエンスの「耳」に届く音は、飛躍的に良くなった。 その技術の進歩は、より大勢に同時に良い音を届けたい、より豊かで繊細な表現を大勢のオーディエンスに同時に聴かせたい、という、音楽を提供する側の純粋な欲求と、同時に、一回のコンサートでより多くの集客、より多くの収益を上げようという経済的な面での社会の欲求が合致してバランスし、そういう状況が生まれたんだろう。

その片方で、どんなに音が良くなったって所詮はPAシステムから響いてくる音を聴いているにすぎないアリーナやスタジアムでの大きなコンサートより、やっぱり音楽はもっとナマで近い方がいいよね、という欲求も生まれて来て、小規模なバー・ライブ的な方向や、よりパーソナルな表現を求める音楽の方向も生まれたり、いろんなミクスチャーや、お腹と腰に来る低音で踊るためのDJ、ヒップホップ文化が生まれてきたり、環境音楽やらインダストリアルやら、結局、選択肢はより多くなり、それぞれのライブ音楽シーンのクオリティはそれなりに向上したと思う。


オンラインの集会や会議やいろんなことが行われるようになっているけど、まだまだ日が浅く、ヴァーチャルな世界では、微妙なタイムラグや、電波の乱れによる送受信の問題や、あの独特な音質や画質、容量不足、等々、さまざま表現力に乏しくストレスの多い状況でのコミュニケーションを強いられる中、「でも、なんもないよりマシ」であったり、「これでイケるなら狂った満員電車よりずっと良いじゃない」ってことになってたりもする。

50年前から現在までと比べて、おそらく諸々の問題は、20〜30倍ものスピードで解決されていくだろうと思う。今のスピード感はそのぐらいな気がする。AIだとかも進んで行くだろうし。だからきっと、このあと数年のうちには、諸々の問題は次々にアップグレードされて行き、とりあえずのストレスはどんどん軽減されていくだろうと思う。

でも音楽の場合もそうだけど、どうであれ、演奏する人の手指やからだ、声、「人間そのもの」から放たれる「そこのところ」の精神性が向上しないと、どんなに技術が進歩してもダメなもんはダメですよね。これからは、提供する側と受け取る側、っていう風に分かれている二項対立的な状況は次第に過去のものとなり、「双方向に同時に送受信する」ような、そういうやり取りがメインストリームになっていくだろうなと。

「双方向に同時に送受信する」とは、つまり、本当のことがスイッチオン!するってことだ。

だから!ぼくはそこに期待してるんです。今まで、人間が対立軸を持たずに、全体がそういう双方向の精神性で調和できたことって、あまりないんじゃないかな?「家族」みたいな単位で行われてきたことが、もっと大きな人間集団の中で実現するんじゃなかろうか!?って。

これは希望です。でも思ったことは実現できるんですよ。

コミュニケーションがだいじになります。「個」の輪郭をもっとハッキリさせることが可能になると同時に、「他」を受容することのキャパが広がる。それは必然だと思う。人の人としての在り方がバージョンアップすると同時に、人も自然もそれぞれがぜんたいの一部としてより機能するようになり、そこへの感謝や敬意も一段階アップするだろう。失いかけたあとには、そこはきっと熱望されるだろう。そういうことに期待してます。

希望です。実現可能な希望。期待!









2020 05 20 cyndie
Cyndie at ALT Summit 2020 March 3


2回連続でCyndie登場。同じ人の話題で連投したくなるってのは、そうとう感激し揺さぶられ動かされ、勝手に魂のご近所さんと出逢えたような気分になってるんだな > 自分。

写真はカリフォルニア州パームスプリングスで今年3月3日に開かれたサミットの場面。ぜんたいの詳細はわからないがCyndieに関して言えば、彼女が立ち上げた「ビジネスリーダーを目指す35才以上の女性」のためのコミュニティー "Dear Grown Ass Women"(いい名称) での冒頭スピーチの場面。動画がブログに貼れない設定なので、ぜひvimeoにログインして見て下さい。写真からリンクに飛びます。

この動画のリンクはCyndieのホームページの中で見つけた。自分の公式サイトにも貼ってない。理由は見ればすぐわかります、たとえ英語がわからなくてもバッチリ分かる(笑)そこだけでも見てほしいな。HPに載せていないせいか、再生回数はまだたったの72回。こんな良い動画なのになんてもったいない!何度見てもCyndieの巧みで誠実なコミュニケーションの取り方には動かされる。「女性のビジネスリーダーを育成する」コンサルなんて立場の人が「こんな風でもぜんぜんオッケー」で、またそうさせちゃうのが彼女の在り方であり意義であり、その一挙一動をもって自分の信念を提示している。

まあ、そこだけをを端的にとらえて全面的に「良い」ことだと言うつもりはないです。「良い」とか「悪い」とは別のところで、こうした言葉づかいを「あえて」することでスピーチの全体として描き出したいことを明らかにしている、ということかな。


リアルな人間同士のコミュニケーションの「ほんとうのところ」に価値を見る彼女の伝え方が感激なんだな。コミュニティー・ビルダーとしてのCyndieの根幹は、2018年のTEDxトークの路線上にはあると思うけれど、2020年3月のトークでは更にパワーアップしている。


  <2016年じゃないのよ、2020年!>


女性による女性のための集会でのスピーチに、生まれてから一度も女性だった経験がない自分が(笑)なぜこれほど激励されるのか、やや不思議でもあるけど、Cyndieは決して「パワフルでエナジェティックな」女性のリーダーとしてステージに立って語っているわけではなく、むしろ人種や育った環境において弱い立場にあった自分を例として使い、「あなたの根底にある、最も弱々しくて傷つきやすいものをさらけ出して」考え方をオープンにし、自分とは異なる考え方に興味を持つ "Radical self-acceptance"(過激な自己受容)について、集団全体に丁寧に誠実に、ひとりの個としての正直さをもって語りかけている。

さらけ出すこと、その怖れ。私たちは無意識に、そこに用意されている入れ物(箱)に、自分を小分けにして入れておくことに慣れている。でもその箱は、もともとあなたのために作られたものじゃない。子供の母親でもなく、誰かの妻でも夫でもなく、会社の○○担当でも上司でもなく、何にも、どこにも属さず、何者でもなくなったときに、最後にそこにある本当のあなたは何者なのか。誰でもなく、誰のために居るでもない本当のひとりの自分が感じる「怖れ」、それをどう扱うか。計りようのない「個」に全責任を持ち、自分の信じていることや考えは自分自身なのだと知り、真実の自分を提示し、それに対して堂々と誇りを持つこと。「他人から見て自分はどう見えているだろうか」という誰の根底にでもある「怖れ」を認めた上で勇気を出し、正真正銘、生粋の素の自分であることを堂々と自分の強さに転じ、人としての不完全さと100%自分だという点での完全さを同時に認める。そういう繊細な問題を扱うために、あえて乱暴で攻撃的な言葉づかいやジョークや態度を使ってみせる。パブリックスピーカーとしてオーディエンス全体を巻き込みながら、時に一人の個人として誰かに寄り添う。導入のジョークから自己紹介、じゅうぶんに惹きつけて本題へ滑り込んで行く流れの見事さ。最後のリキャップからシメの言葉。 "No excuses, no bullshit, and no boxes. Upwards, friends. Thank you."(言い訳しない、文句いわない、入れ物いらない。アゲていこう、みんな。ありがとう。)ひゅ〜、しびれる。 


著書はまだ一冊で、とくべつ有名な人ではないので、HPとこの動画から得た限りの略歴を。

● Cyndie Spiegel(シンディー・スピーゲル)
● 白人・黒人・ユダヤ人のミックス
● 4人兄弟の末っこ。兄が3人。
● ニュージャージーの貧困家庭に育つ。
● 兄妹の中で唯一の大学卒、刑務所に入ったことがないのも唯一。
● 香港・パリ・ニューヨークでグローバルビジネスを学ぶ。
● 35才までファッション業界でキャリアを積んだのち独立、
● コミュニティー・ビルダー
● 女性リーダー文化コンサルタントとしてCyndie Spiegel Inc.を設立。
● 2018年11月に初の著書 "A Year Of Positive Thinking" を出版。
● 39才で結婚、フォトグラファーのご主人と猫二匹でNYブルックリンに住む。
● ヨガ、メディテーション・インストラクターでもあるが教えていない。
● 自分のセラピーに趣味のタロットを使う。

● https://www.cyndiespiegel.com/ Official HP
● https://www.instagram.com/cyndiespiegel/ Instagram
● https://www.facebook.com/CyndieSpiegelBizPage/ Facebook


本を出版する以前、2018年2月のTEDx Talks: 
"The Necessary Paradigm Shift For Women To Collectively Thrive"
(女性の集団的発展のために必要なパラダイムシフト)

こちらは言葉づかいは適切(笑)。こちらから先に見ると、2020年のバージョンアップ具合がわかる。

冒頭、「物語りは常に変化しています。部分的に真実もある。でも本当の真実というのは、物語りが始まる前から、話が終わったあとその先がどのようにシフトして行くか、そこまでが含まれた全体のことです。」と語る場面がどこかにあって、最初それを聞いたとき、「ああ、ちゃんとそこを残しておいてくれるのは優しい人だな。」と好感を持った。

しんと静まっているオーディエンスに「あら素敵ね、教会で話してるみたいだわ」と、ひとつ笑いを取って和ませてから、話の核心部分に入る。そういうとこ見事だわあ。





HPの中に貼ってある短い動画にも「意見の違う人にこそ好奇心を持って接してみよう」「人間同士はある程度の距離まで近づいたら敵対できないように出来てる」などなど、コミュニケーションについてのヒントが散らばっています。


#CyndieSpiegel


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去年の年末前に、とある人から
一冊の本を頂いた。
「はい、これあげる。ホリデーギフト。」

ラップを開けてみるとカラフルな本だった。

タイトルは
"A YEAR OF POSITIVE THINKING"
Daily Inspiration, Wisdom, and Courage



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その時点では、正直さほど何とも思わなかった。
「ほう、Daily Inspiration, Wisdom and Courage、ね。」
それ自体は、よくあるじゃない。
ただ「カラフルできれいな本だな」と思った。

開いてみると、日めくりダイアリーだった。

「じゃあ、せっかくだから、正月から毎日1ページ、
その日が終わる頃にでも読んでみよっかな?」

ところがである。

1月、2月、3月と、
1日1ページずつ読んでいくうちに
その日、起こったことに対して
ズバリ核心をつく言葉が並んでいるのだ。

4月にはドクター・ジョー・キャンベルの
言葉まで出てきた。
おいおいちょっと待ってくれ。
あんたなんでそんなにオレのこと知ってるんだ。

そして4月後半のある日、
どうしてもこの著者が
魂のご近所さんだとしか思えなくなり
ホームページやインタビュー記事、
TED Talkの動画など調べに調べた。

2020 05 16 cyndie 2
Cyndie Spiegel: About

この日から、Cyndie Spiegel は
人生の登場人物となった。

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Cyndie Spiegel: Speaking


さまざまな肩書きを持つ彼女だが、
端的に言うと女性リーダーの育成、
そしてコミュニティービルディングを
おもな仕事としている。
初の著書出版で、これが出たのは
2018年11月末。

彼女のターゲット・カスタマーは女性だから、
読者も女性が大多数なのだとおもう。




つまり、本当のところを見てる人の語ることに、
性別は関係ないということだ。


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ちなみに本日、16 Mayのページにはこう書いてある。



IF NOT NOW, WHEN?

One day, you will wake up and decide that now is the time. The question is, what will it finally be the time for?
Write down this question to remind yourself what you've been waiting to do, see, or become in this lifetime. Acknowledge that now is the time, and then make that sh*t happen.




もちろんCyndieには4月の時点でコンタクトを取った。
こうして元気の源となってくれていることに
「ありがとう」を言いたかったからだ。
登場してくれたからにはそうせずにはいられない。

もちろん返事など期待していない。
14,000フォロワーのひとりだ。

でも魂の住み家がご近所さんだってことは
どうやらわかるようで、
二度ほどさりげなく返事をくれた。
そのさり気なさはとてもいい波長だった。

近頃は、ブルックリンの自宅の裏庭で
ラクそうな夏のワンピでリラックスしている写真を
インスタグラムにアップしている。


2020 05 16 cyndie 6
Cyndie Spiegel Instagram



ちなみに本日(其の二)

投稿されたオレンジのワンピに
手作りマスクをしたCyndieの写真、
をつけている「男性」は
自分の他に幾人ほどいるだろか?
と見てみたら
なんとたった一人であった。
あとでどんな写真アップしてるか
ちょっと見てみる(笑)


Cyndieに興味を持たれた方は
"ABOUT ME" のストーリーズを
見てみて下さい。
素敵だよ。



brooklyn, nyc

当たり前の日常に、
いつもさりげなく普通にそこにあった、
いろんなものごと。
いまもなんとなく普通にそこにあって、
明日もなんとなくありそうな気がしてる、
さりげないものごと。

愛すべき人や場所やものごと   
いま身近にいようといまいと、あろうとなかろうと。

普通は、あまりにも普通で、さりげなくて。
あ、言い訳してる。
あまり気にせず過ごして来てしまったな。
過ごしているな。


ちゃんと大切にしてきたのかな?
ちゃんと大切にしてるかな?
うーん。


ちゃんと大切にしよう。

Is my love enough?





Allen Tate from the album "In The Waves" 2019
Allen Tate facebook: https://www.facebook.com/allentate/
Genius lyrics: https://genius.com/Allen-tate-your-love-is-enough-lyrics
Spotify: https://open.spotify.com/album/5DeZbSfVbILvHvB5Kc3CKQ
Sidesinger: Claire Wellin of San Fermin


love + peace xxx


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