November 09, 2004
言葉とリズム感
仕事仲間で〜す。あんまりエントリーと関係ないけど。
先日、トラックバック頂いた宮田マスターのブログで、和田アキコと綾戸千絵の話題を拝見しました。古い世代の日本の歌手は「さるまね」に見えてピンとこない、という話が興味深かったので、トラックバックさせて頂きます。
言語の持っているリズム感って、「歌モノ」のポピュラー音楽の重要な部分だと思います。歌は、言葉とメロディだと良く云われます。確かにそうなんですが、コミュニケーションの面から見てみると、それだけではないように思えます。
これは私がただ感じる事ですけれど、ヒスパニック系や、フィリピン人や中国人などのアジア系アメリカ人等の話し方を聞いていると、スパニッシュ訛り、フィリピン訛りやチャイニーズ訛りといった具合に、それぞれの母国語に近い発音の英語になっている事が良くあります。外国語を発音するという事はかくも難しき事です。まして発音の種類が基本的に非常に少ない「日本語」を母国語としている私たちにとって、英語の発音が難しいのは無理もない話。(ちなみにアメリカ英語の事だけを話題にしとります。ブリティッシュの英語は経験ないので分かりません。)
しかし、そういう「もともと英語を母国語としなかったアメリカ文化圏の外国人」と、「英語を学んだ日本人」を、英語におけるコミュニケーションの場面で比べてみると、私も含めておおむね日本人の方が劣っているように見える部分があります。
それは、『音圧感』と『リズム感』です。
『音圧感』は、言い換えれば、『息の押し出し方』かも知れません。あるいは、言葉のビート感における『迫力』と言っても良いかも知れません。結局は『リズム感』と繋がっている部分だろうと思います。そう考えてみると、日本語という言葉は、英語とは対照的に、抑揚が少なくサウンド的にすら〜っと繋がって行く言葉だから、そのせいで難しいのかも知れません。
言葉の文化には、それぞれ違ったリズムがあります。関東の人が関西弁を練習しても、なかなか関西弁に聞こえないのと似てるかもしれません。英語には英語の『コミュニケートするためのリズム』というものがあり、それは、単に『正しい発音』とかっていう問題ではなく、むしろアメリカや英語文化の中にある『生き物としてのビート感』みたいなものかなって思います。そして、黒人と白人とではやはり違うビート感を持っていますし、生まれ育った環境などによっても違うように見えます。それぞれの環境で、うまく生きていくためのビート感なんだと思います。
ポピュラー音楽にとって英語は中心的な言葉なので、体の中にそのビート感を取り込んで、そのビート感を使って「コミュニケートする方法」で歌わないと、なかなか『ピンと来る』あるいは『ジ〜ンと来る』歌は歌えないのだと思います。ディランの歌が、自然でジ〜ンと来るのも、やはり音楽そのものが彼の『言葉のビート感』から生まれて来ているからなんでしょう。「コミュニケートする方法」で歌ってるからでしょうね。
では、日本人にブルースやソウルは歌えないのか?
私は、日本人には日本人なりの英語の歌い方があっても良いんじゃないかな、って思います。そう自信持って開き直ってしまえるなら、それはそれで十分カッコ良い。実際、そういう日本人のシンガーを何人も見たことがあります。発音は良くないのに、なぜか最高にカッコ良いシンガーって、いるんですよね。
<日本人の血は消せない
そう、その通り。消す必要なんてないんです、消えるわけないんだから。それを無理に隠そうと努力してるから『くすぐったい』と感じちゃう。見てる人をくすぐったくさせてしまうなんて、プロじゃないですよね。メジャーでなくたって、くすぐったくさせない、カッコ良い歌手はたくさんいると思います。
要は、『英語の歌を英語っぽくカッコ良く歌ってやろう、そうしたら「本物っぽくて」カッコ良いだろう』なんて発想を持っているから、サルマネになっちゃうって事でしょう。話は違いますが、先日YAM●HAのゴスペルスクールのライブを見ていて、めっちゃくすぐったかった。相変らず「それっぽく歌う」どまりなんだなぁ、発想が。
日本の多くの洋楽指向シンガーは、かつてそういう意識を持っていたように思えます。近頃、その辺りの感覚、日本人の「英語感」、あるいは「アメリカ感」は、徐々に変わってきている感じもします。それが宮田マスターのいう、『世代によって違って来てる』事なのかも知れません。宇多田ヒカルなんていう人が人気があるのも、彼女がそういう『「いかにも本物っぽい」事をカッコ良しとする』文化を、既に超えている世代のスターだからなのかも知れないですね。みんなが彼女の歌を好きなのは、自然体のカッコ良さを彼女自身が持っているからではないかと思います。
ついでなので英語を習い始めた方や、これから習おうという方、習っているけどなかなか上達しない、という方と次の事をシェアしたいと思います。
−発音は大事だけど、でもその前に「伝えたい」という気迫を!
−ビート感、リズムは、感じ取るしかない!習うより慣れろ
−間違ったって、気にしない!いいじゃん、外国語なんだから
−不適切な言葉使いをきちんと指摘してくれる、しっかりした友達を作ろう
−「らしく」しゃべる事より、「きちんと伝えて、理解し合う」方が大事
どうでしょうか?オーストラリアのやまみさん。海外で生活してる日本人としては。ちょっと前のエントリーですけど、「英語耳」の話題にトラックバックしちゃいます。「らしく」しゃべってやろう、って意識しちゃうと、ちょっとお下品になりがちじゃない?
さて、綾戸千絵その人が下品かどうかは知りませんが、歌を聴く限りでは、やはり意識的にジャズらしく、黒人っぽく歌おうとしてるように聴こえて、下品に聴こえますね。個人的には綾戸千絵のジャズより、和田アキコが『あの鐘を…』なんかの歌謡曲を歌ってる時の方がよっぽど好きです。彼女の音圧感は、まぁジャンルは何であっても、やはりスゴミがあって良いな、と思います。
しかし、そういう「もともと英語を母国語としなかったアメリカ文化圏の外国人」と、「英語を学んだ日本人」を、英語におけるコミュニケーションの場面で比べてみると、私も含めておおむね日本人の方が劣っているように見える部分があります。
それは、『音圧感』と『リズム感』です。
『音圧感』は、言い換えれば、『息の押し出し方』かも知れません。あるいは、言葉のビート感における『迫力』と言っても良いかも知れません。結局は『リズム感』と繋がっている部分だろうと思います。そう考えてみると、日本語という言葉は、英語とは対照的に、抑揚が少なくサウンド的にすら〜っと繋がって行く言葉だから、そのせいで難しいのかも知れません。
言葉の文化には、それぞれ違ったリズムがあります。関東の人が関西弁を練習しても、なかなか関西弁に聞こえないのと似てるかもしれません。英語には英語の『コミュニケートするためのリズム』というものがあり、それは、単に『正しい発音』とかっていう問題ではなく、むしろアメリカや英語文化の中にある『生き物としてのビート感』みたいなものかなって思います。そして、黒人と白人とではやはり違うビート感を持っていますし、生まれ育った環境などによっても違うように見えます。それぞれの環境で、うまく生きていくためのビート感なんだと思います。
ポピュラー音楽にとって英語は中心的な言葉なので、体の中にそのビート感を取り込んで、そのビート感を使って「コミュニケートする方法」で歌わないと、なかなか『ピンと来る』あるいは『ジ〜ンと来る』歌は歌えないのだと思います。ディランの歌が、自然でジ〜ンと来るのも、やはり音楽そのものが彼の『言葉のビート感』から生まれて来ているからなんでしょう。「コミュニケートする方法」で歌ってるからでしょうね。
では、日本人にブルースやソウルは歌えないのか?
私は、日本人には日本人なりの英語の歌い方があっても良いんじゃないかな、って思います。そう自信持って開き直ってしまえるなら、それはそれで十分カッコ良い。実際、そういう日本人のシンガーを何人も見たことがあります。発音は良くないのに、なぜか最高にカッコ良いシンガーって、いるんですよね。
<日本人の血は消せない
そう、その通り。消す必要なんてないんです、消えるわけないんだから。それを無理に隠そうと努力してるから『くすぐったい』と感じちゃう。見てる人をくすぐったくさせてしまうなんて、プロじゃないですよね。メジャーでなくたって、くすぐったくさせない、カッコ良い歌手はたくさんいると思います。
要は、『英語の歌を英語っぽくカッコ良く歌ってやろう、そうしたら「本物っぽくて」カッコ良いだろう』なんて発想を持っているから、サルマネになっちゃうって事でしょう。話は違いますが、先日YAM●HAのゴスペルスクールのライブを見ていて、めっちゃくすぐったかった。相変らず「それっぽく歌う」どまりなんだなぁ、発想が。
日本の多くの洋楽指向シンガーは、かつてそういう意識を持っていたように思えます。近頃、その辺りの感覚、日本人の「英語感」、あるいは「アメリカ感」は、徐々に変わってきている感じもします。それが宮田マスターのいう、『世代によって違って来てる』事なのかも知れません。宇多田ヒカルなんていう人が人気があるのも、彼女がそういう『「いかにも本物っぽい」事をカッコ良しとする』文化を、既に超えている世代のスターだからなのかも知れないですね。みんなが彼女の歌を好きなのは、自然体のカッコ良さを彼女自身が持っているからではないかと思います。
ついでなので英語を習い始めた方や、これから習おうという方、習っているけどなかなか上達しない、という方と次の事をシェアしたいと思います。
−発音は大事だけど、でもその前に「伝えたい」という気迫を!
−ビート感、リズムは、感じ取るしかない!習うより慣れろ
−間違ったって、気にしない!いいじゃん、外国語なんだから
−不適切な言葉使いをきちんと指摘してくれる、しっかりした友達を作ろう
−「らしく」しゃべる事より、「きちんと伝えて、理解し合う」方が大事
どうでしょうか?オーストラリアのやまみさん。海外で生活してる日本人としては。ちょっと前のエントリーですけど、「英語耳」の話題にトラックバックしちゃいます。「らしく」しゃべってやろう、って意識しちゃうと、ちょっとお下品になりがちじゃない?
さて、綾戸千絵その人が下品かどうかは知りませんが、歌を聴く限りでは、やはり意識的にジャズらしく、黒人っぽく歌おうとしてるように聴こえて、下品に聴こえますね。個人的には綾戸千絵のジャズより、和田アキコが『あの鐘を…』なんかの歌謡曲を歌ってる時の方がよっぽど好きです。彼女の音圧感は、まぁジャンルは何であっても、やはりスゴミがあって良いな、と思います。
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この記事へのコメント
1. Posted by キタガワ November 10, 2004 03:40
良いお話でした!
すごく同感です。
アメリカとかって、感情表現が豊かですよね。
映画とかみてたらイチイチ目をぱちくりさせたり、伏せ目にしたり、手を動かしたり。日本人とまったく違います。そういう細かい動作にあわせて話すから、自然と喋る言葉もリズミックになってきますよね。
向こうの人の口ゲンカなんて、ちょっとしたラップみたいだもん(笑)。
そういう社会生活、文化から生まれてきたものだと思います。
で、それと異なる日本文化で育った僕たちの英語が彼らほど迫力がないのは仕方ないですよね。というか、当たり前で。
僕は最近の日本の音楽の「欧米化」には?なところがあります。
そんなにアメリカっぽくやりたいなら、アメリカに行って、アメリカ人に売れば?という気がします。
日本に住んで日本で音楽やるんなら、要素を取り入れるのは構わないけど、最後のところで日本人だからできることをやんないと日本で音楽をやる意味が無いと思います。
そうした音楽が世界で認められれば、それが真の意味での日本の音楽の「国際化」だと思います。坂本龍一にしろ、矢野顕子にしろ、向こうの音楽に迎合したわけではないのに、向こうから受け入れられたわけだから。
欧米化と国際化は全然違うと思いますね。
すごく同感です。
アメリカとかって、感情表現が豊かですよね。
映画とかみてたらイチイチ目をぱちくりさせたり、伏せ目にしたり、手を動かしたり。日本人とまったく違います。そういう細かい動作にあわせて話すから、自然と喋る言葉もリズミックになってきますよね。
向こうの人の口ゲンカなんて、ちょっとしたラップみたいだもん(笑)。
そういう社会生活、文化から生まれてきたものだと思います。
で、それと異なる日本文化で育った僕たちの英語が彼らほど迫力がないのは仕方ないですよね。というか、当たり前で。
僕は最近の日本の音楽の「欧米化」には?なところがあります。
そんなにアメリカっぽくやりたいなら、アメリカに行って、アメリカ人に売れば?という気がします。
日本に住んで日本で音楽やるんなら、要素を取り入れるのは構わないけど、最後のところで日本人だからできることをやんないと日本で音楽をやる意味が無いと思います。
そうした音楽が世界で認められれば、それが真の意味での日本の音楽の「国際化」だと思います。坂本龍一にしろ、矢野顕子にしろ、向こうの音楽に迎合したわけではないのに、向こうから受け入れられたわけだから。
欧米化と国際化は全然違うと思いますね。
2. Posted by やまみ November 10, 2004 17:22
そうですね。
たまに、サルマネ以上に。
オージーになりたい。もしくはなった気分の若者を見かけます。
国際人になりたかったら、
まず、自分に誇りを持たなきゃ、欧米的考え方にはついていけないと思います。
それって、日本人であることを大切にすることじゃないかなぁ〜って、私は思ってます。
たまに、サルマネ以上に。
オージーになりたい。もしくはなった気分の若者を見かけます。
国際人になりたかったら、
まず、自分に誇りを持たなきゃ、欧米的考え方にはついていけないと思います。
それって、日本人であることを大切にすることじゃないかなぁ〜って、私は思ってます。
3. Posted by Yuji November 10, 2004 20:21
ぼくが子供時代を過ごした70年代は、「洋風」イコール「カッコ良い」でありました。5、6才の時、得意になって意味もなくABC…を真似してノートに書いたりした事を思い出します。もっとハッキリ云えば、幼少の頃、少なくともぼくが覚えている感覚で云う限りでは、「西洋の白人文化」的である事を、「アメリカっぽくてカッコ良いじゃん」という言葉で表現していたように思えます。それは、50年代や60年代の欧米のTV番組や映画に出てくる「裕福」というイメージや、「幸せな暮らし」にあこがれる感覚を含んでいたように思います。戦後、アメリカはじめ西洋諸国から受けた影響、そして日本人が進んだ道が及ぼした影響だと思うし、ぼくの世代では、それを喜んで自ら選び、ただ真似をする事で受け入れていたような気がします。だから、やまみさんがいう
<xxxになりたい。もしくはなった気分の若者
って、そういう人の気持ちすごい分かる。
サブカルチャーの先頭を行く一部のアーティスト達は、その時期、苦しんで苦しんで、なんとかモノマネを脱して、自分らしく、なおかつカッコ良く在るか、試行錯誤していたように思います。例えば細野晴臣。早い時期から日本のポピュラー音楽シーンの一角に在った、突出した才能の持ち主だとリスペクトしてますが、彼の「はっぴいえんど」での試行錯誤、「ティンパンアレー」での挑戦、「大安洋行」等ソロのトロピカルやアイランド路線と沖縄やアジアとのミクスチャー、YMOにおける80年代的テクノロジーと和のミクスチャーなど、そのぶっ飛んだ感覚は見事としか云いようがありません。
でも、一般的に分かりやすいカッコ良さは、相変わらず『向こうっぽい』だよね。ぼく等の頃と違って、いまはラップやヒップホップカルチャーが突っ走ってるから、黒っぽいセンスが受けてる。よくそういう「その気になって」ゆさゆさ歩いてる若者を見かけます。まぁ時代が違うだけで、やってる事は昔と一緒って事ですか。せっかく先輩たちが試行錯誤してくれたのにね。
話を自分レベルに戻すと、「そんなぼくですけど、よろしく」って感じが一番良いのかな、って最近は思っています。洋風のマネをして追っかけて来て、途中で「これってどこか間違ってるな」って気が付いたけど、妙に自国の文化とかにこだわるのも何か抵抗がある。そんな日本人である自分が、結構好きだったりするし。話が全然違うとこへ行ったな。
最近の子供たちや若者層は、ぼくらの時と違って、もはや欧米を「豊か」なイメージとは見ていないような気がするな。リアルな現実を知る手段が今は多いから。古い時代にも、スラムだってあったし、白人社会にもプア・ホワイトって貧困層があったと云うけれど、当時は欧米のそういう貧困なイメージって見えにくかったよ。でも今は違う。
だから、感覚的にですが、ひと頃の日本人より今の日本の若者の方が、『簡単にゴールに近づける』って感じているような気がします。あるいは、ゴールが全体的に低くなっちゃったって、ちょっと軽く見てる感じかな。
でも、日本の若者に気付いて欲しいなぁ。
そんなのは君らのゴールじゃないよ。
<日本人だからできることをやんないと
ほんと、そうですね、キタガワさん。同じ思いです。
<まず、自分に誇りを持たなきゃ、
やまみさん、ぼくもそう思います。難しいけどね。
ところで書きすぎだよ、おれ。
<xxxになりたい。もしくはなった気分の若者
って、そういう人の気持ちすごい分かる。
サブカルチャーの先頭を行く一部のアーティスト達は、その時期、苦しんで苦しんで、なんとかモノマネを脱して、自分らしく、なおかつカッコ良く在るか、試行錯誤していたように思います。例えば細野晴臣。早い時期から日本のポピュラー音楽シーンの一角に在った、突出した才能の持ち主だとリスペクトしてますが、彼の「はっぴいえんど」での試行錯誤、「ティンパンアレー」での挑戦、「大安洋行」等ソロのトロピカルやアイランド路線と沖縄やアジアとのミクスチャー、YMOにおける80年代的テクノロジーと和のミクスチャーなど、そのぶっ飛んだ感覚は見事としか云いようがありません。
でも、一般的に分かりやすいカッコ良さは、相変わらず『向こうっぽい』だよね。ぼく等の頃と違って、いまはラップやヒップホップカルチャーが突っ走ってるから、黒っぽいセンスが受けてる。よくそういう「その気になって」ゆさゆさ歩いてる若者を見かけます。まぁ時代が違うだけで、やってる事は昔と一緒って事ですか。せっかく先輩たちが試行錯誤してくれたのにね。
話を自分レベルに戻すと、「そんなぼくですけど、よろしく」って感じが一番良いのかな、って最近は思っています。洋風のマネをして追っかけて来て、途中で「これってどこか間違ってるな」って気が付いたけど、妙に自国の文化とかにこだわるのも何か抵抗がある。そんな日本人である自分が、結構好きだったりするし。話が全然違うとこへ行ったな。
最近の子供たちや若者層は、ぼくらの時と違って、もはや欧米を「豊か」なイメージとは見ていないような気がするな。リアルな現実を知る手段が今は多いから。古い時代にも、スラムだってあったし、白人社会にもプア・ホワイトって貧困層があったと云うけれど、当時は欧米のそういう貧困なイメージって見えにくかったよ。でも今は違う。
だから、感覚的にですが、ひと頃の日本人より今の日本の若者の方が、『簡単にゴールに近づける』って感じているような気がします。あるいは、ゴールが全体的に低くなっちゃったって、ちょっと軽く見てる感じかな。
でも、日本の若者に気付いて欲しいなぁ。
そんなのは君らのゴールじゃないよ。
<日本人だからできることをやんないと
ほんと、そうですね、キタガワさん。同じ思いです。
<まず、自分に誇りを持たなきゃ、
やまみさん、ぼくもそう思います。難しいけどね。
ところで書きすぎだよ、おれ。
4. Posted by キタガワ November 11, 2004 04:05
いや、またまた同感ですよ。
同感ですし、僕にはわからない経験をされているようで、それも興味深かかったです。
確かに向こうを憧れと捉えていた世代の方がいらっしゃったんですよね。
勿論、僕は知識として知ってるだけですが。
ただ、僕の世代はもうそういうのはなかったです。
もう、モノがあふれていた世代だから。日本人、みな中流と呼ばれていた時代でそだったし。
今はさらにそれがエスカレートしてるのでしょうね。
だからゴールが低くなったという感覚はよくわかります。
もう憧れの対象ではなくなってきてるのでしょうね。
それこそちょっと離れた島というか(笑)。
もっと気軽になった感じでしょう。
ただ、そういう人たちがでてくることで、ヘンな欧米コンプレックスがなくなっていくのは逆に良いことなのかな?という気がしました。
ただその上で、真似だけで終わんないことをやる姿勢があれば文句ないんでしょうね。
「オリジナル」であることは国境を越えると僕は思います。
日本らしさというか、「その人らしさ」があるべきですよね。
結果として、日本に住んでる僕らは日本人らしさが自然に出て当たり前なんでしょうけど。
同感ですし、僕にはわからない経験をされているようで、それも興味深かかったです。
確かに向こうを憧れと捉えていた世代の方がいらっしゃったんですよね。
勿論、僕は知識として知ってるだけですが。
ただ、僕の世代はもうそういうのはなかったです。
もう、モノがあふれていた世代だから。日本人、みな中流と呼ばれていた時代でそだったし。
今はさらにそれがエスカレートしてるのでしょうね。
だからゴールが低くなったという感覚はよくわかります。
もう憧れの対象ではなくなってきてるのでしょうね。
それこそちょっと離れた島というか(笑)。
もっと気軽になった感じでしょう。
ただ、そういう人たちがでてくることで、ヘンな欧米コンプレックスがなくなっていくのは逆に良いことなのかな?という気がしました。
ただその上で、真似だけで終わんないことをやる姿勢があれば文句ないんでしょうね。
「オリジナル」であることは国境を越えると僕は思います。
日本らしさというか、「その人らしさ」があるべきですよね。
結果として、日本に住んでる僕らは日本人らしさが自然に出て当たり前なんでしょうけど。









あ〜こんなライヴ行きたい
30 Years Young
夕方フレンドトクオさんのソロです

