あいだにあるもの

★★★ We are all ONE with the LOVE in the Universe ★★★

カテゴリ: ジョン・レノン ジョンとヨーコ

johnずいぶんたくさんのものを
負っているな
僕らは








john3

















気分転換にこんくらいバッサリもいいかもな。




美容院から誕生日カードも来てたことだし。

いくら眠ってもまだ眠い、そして疲れがぬけない。
半分以上自分じゃないみたいだ。



ま、そういう時もたまにはある。
風呂はいって寝よう。

やっぱり夏の太陽は戻ってきた。

夜風は心地いい。ちょい湿気多いけど。




やっぱり本物は何度聴いてもおったまげるほどいい。

不思議な夢を見て起きた、ということだけを
覚えてるのってへんだな。
でもそうなんだ。
今朝、夜が明けるちょい前だった。

Two spirits dancing so strange

というわけで今夜はこの曲が猛烈に聴きたくなり。

家で普通に聴いてもよかったんだけど
あまりにも月がきれいだったので
ちらりと海岸を眺めつつ
クルマで聴くことにしたんですが大正解でした。

腰越漁港をすぎてから稲村ガ崎までのあいだに
この曲がピッタシ流れるように
タイミングをはかりつつ走って行くわけです。
ローカルな話題すんません。
そこらが月を眺める海岸線としてはベストなわけなんですが
もちろんちゃんと1曲目から聴き始めて
曲を飛ばしたりはせずに行くという自分ルール。
信号にひっかからずに走っちゃうと
わざとちょっと回り道したりして。
これはそうとう高度なテクニックが求められます。(笑)

窓から静かに聞こえてくる波の音と
それはそれは例えようもないほど
美しく波間に広がる月明り。
至福の一瞬。
言葉じゃとても云えません。
すべてがバッチリでした。



それにしても金曜の夜だというのに
海岸線やけにすいてたな。



ところで、さして話題にもならなかったし
僕も実際、このYouTubeの説明を見るまで
気にしてなかったんだけど
今年でジム・モリソン没後40年なんだな。
1971年7月3日だそうだ。

で、月夜のドライブってことでこれもひとつ。




今週は、1000にひとつもないだろう
ありがたいコメントをいただきました。
「彼は私たちの置かれている状況をとても理解してくれている」
というたったの一文なんですが
これは僕にとって、全部をふっとばすパワーを持っている。
それほどありがたい「たったの一行」なのです。
なぜなら、今の異文化の仕事を始めて以来、
9年半ほどになりますが、
もしも自分が、言葉も文字もまったくわからない
例えばどこかアフリカとかアラブの国だとかで
突然、数年間暮らすことになったら
いったいどんな気持ちがするだろう
まず最初にどんな事を知りたいだろう
という事を、常に意識し考え続けているからで
でもそんな体験したことないし
考えをめぐらせて想像するしかないわけで
理解してます、なんて、とてもじゃないけど云う自信はない。
起きてる時間は、あるいは時に夢の中でさえ
それについて常に考えてます、と云う自信はあるけれど
実際には、それがどんな風なのか
まるっきり分からない。
でもとにかく「そういう目線」で
日本という国を常に眺めようとしている日常。

僕の何がその人にそう思わせたのかわかりませんが
そのたった一行のコメントで
ああよかったな、と。

http://www.ustream.tv/recorded/14195781

「単なる批判ではなく、どういう風な、建設的な、解決策があるのか。」


うん、見ごたえありました。
言葉の間、緩急強弱、コミュニケーションの運び方。さすがに上手だな。


2011.3.11、ポストM9.0。


「今ここ」を、ひとりの人として、僕は、「自分」は、どう捉えるのか。
いろんな矛盾がずっと葛藤していたけど、ようやっと
だんだんと根っこが定まってきた気がします。


孫正義は「ここ」を「エネルギー政策転換」のターニングポイントと捉え
事業者の立場から「自然エネルギー財団」の設立。
「東日本ソーラーベルト構想」は、まぁ、具体性には至らないとしても。


でも、そんなこたぁいいんですよ。
「今ここ」をどう捉えるか、そのビジョンを示すってことが大切で。


例によってインスピレーションだけで何も根拠はないですけど
その「捉え方」について、
ぼくも今日、昼間、同じようなことを考えたりしてた。
「今ここ」を機に、何かがシフトして、動いていく、って。
ていうか、そう捉えることによって、そういう「流れ」が生まていく。

それについて、自分なりに、考えつく限り、出来ることで、
いくつか行動もとった。

「今ここ」を機に、何かがシフトして、動いていく。
ほんと、そうおもう。
後の世で「あそこがターニングポイントだった」って
そう語られるような時間が「今ここ」なんだろうな。
たぶん世界中の多くの人がそう考えている。と思う。

だから、いま大切なのは、私たちひとりびとりが
それぞれの出来ることで
「今ここ」を「どう捉えて」、「どう動くか」
それですね。
ポジティブに建設的に捉えれば、ものごとは動くよ。
そのはずだよ。

数字をともなった根拠はないけど、そう信じます。


* * *


メディアと政財界の癒着かぁ。
ジョンも70年代、影響力が危険視されて
米国当局からつけまわされて
アメリカから追い払われそうになったんだよなぁ。


walls and bridges昨日からこれ聴いてます。
ようやく胃の調子も
整ってきました。

無理してカラ元気出すこともない。
自分らしくやりましょう。

「心の壁、愛の橋」って、いい邦題だな。

20100310大銀杏倒れる忘れていた

鎌倉のご神木、大銀杏が
強風により
根っこから折れて倒壊したのは

去年の3月10日だった






20110311一年たった

今年3月10日の
鎌倉の写真

もちろん
これが話題には上る余裕は
なかったと思うけど


5月にもなれば
新芽の緑が
幹を覆いつくすだろうな


いいイメージじゃないだろうか




20110328木製キャビネットのでっかいステレオ
LPレコード、ラジオの時代

デジタルオーディオ、インターネット配信の時代

でもとにかく
カタチはどうであっても

ゴキゲンな音楽は
いつでも
ゴキゲンに生き生きしているわい


rock n roll


で、やっぱり
これに来ちゃいました(笑)



rock n roll すてきに暖かいひだまりの中にいたら
心の中がシーンと静かになって
それで
「ロックンロール」が聴きたくなりました。

ああ、これ。

やっぱこれ。いいなー、ジョン。(笑)


毎度そうだけど、
たまに聴きたくなると、そのたびに思います。

これ、あってよかったな
って。(笑)

なにやら

パキ〜ンっとしてる本日の日付け表示です(笑)

10/9さて昨日はジョンの誕生日だったわけですが
いまさらだけどショーンも同じ日が
誕生日なんですよね。
1975年、ジョン35歳、自分のバースデーに
息子ショーンが生まれたんだな。

父子で同じ誕生日って、ちょい不思議。

ま、そんな不思議でもないか?
365人にひとりは同じ誕生日だもんな?


じゃぁ、同じ10月9日生まれのミュージシャンって
ジャクソン・ブラウンは知ってるけど
他には、誰がいるかね?と思い
ちょっと調べてみたら、おや。


ザ・フーのジョン・エントウィッスル。
仲井戸麗市チャボ!も、そうなのか。

ふーん。



じゃ、ちなみに今日は?

お、デヴィッド・リー・ロスが今日じゃん。


というわけで、10/10/10 (SUN) 記念、
今日の気分にはコレ、いつも大好き、ジャンプ!



さきほど

今やれる自分の持ち歌をひと通り歌ってみようとした。
ぜんぜん時間が足りなかった。
ちょっとコードが怪しいのがいくつかあったが
でも、思ったより覚えていた。
たまにこうして、思い出しておくといいもんだな。

ちなみにジョンの歌ってのが見事にひとつもない。
大好きな歌がいっぱいあるから
いつもトライはしてみるんだけど
どうやっても舌の上で言葉がうまく転がらないんだ。
なんでだろ。

さて、この歌なんだけど
ジョンとヨーコの、
転じて、自分の恋人や、妻や夫、
ずっと傍らに居て想いを寄せ合う誰かへの歌
としてではなく、
魂がこの自分の体に宿されて以来
ずっと共に歩んでくれている
この「カラダ」に対して
自分の魂から歌いかけている言葉、と
そう思って聴いてみたりすると
これまたぐっとくる
ってことに先ほど気がついた。

そういう風に聴いてみると、
なんかお正月とかそういう感じだ。
在りだな、と思った。
目が覚めるときに生まれ、眠るときに死ぬ。
そして毎日どんどん生まれ変わる。
一日一生涯、毎日は始まりの日。
そんなわけで、気負うことなく
また今日も人生はじめてみよっか?(みたいな感じ)
で、いいんじゃなかろうか。





ぼくらのこの人生
いつもいっしょに過してる
大切なこの時
ぼちぼち成長してきたよね
ぼくらの関係は毎日がとても特別なんだけど
今この時ってのがまた特別で
さぁ、また始めてみよっか?
みたいな感じ

dear prudence ここ数日、アタマから鳴りやまない。


The sun is up, the sky is blue
It's beautiful and so are you
Dear Prudence, won't you come out to play?...

Look around, round, round...




shichirigahama時おり
パラついてくる雨。

じっとしてても、じっとり。
湿っぽい南風。

でも、真夏のカンカン照りより
意外と好きかも。

じっとりはしてるけど
実はまだそんなに暑くない。





ようやくまともな声がちゃんと出るようになってきました。


イヌぐったり安心して流れに身を任せて
ゆっくりしてましょう。
そんな時ゃ、そうなんだもん。
海もお空も地面もわたしもあなたも
ぜんぶがひとつにつながっているからね。
ありがとう。
愛しています。




これが僕のやり方だから、別にいいんですよ、って
そういう風に、
カラ意地を張るでもなく、特別、何の感情も理屈も入れず、
構えずに
本当に素直にスッキリした気分で
ストンってそう言ってしまえないときって、
ちょっと、ダメなんですよね
いろんなことが気になっちゃったりとかしてね
中心の軸がぶれちゃってるんだよな

でも、体調が悪いときって、
お腹にチカラが入んなくて、しっかり声が出なくって、
なんかそれ出来ないんですよね。
で、出来ないときに限って、またやりたくなったりもするわけです。
そんで、ジタバタあがくんだよな。

でも、ま、ダメなときにはダメなりの良さもあるけどね。
それによって気づけることも、あるし。


詰め込まない。
突き詰めない。
完結させようとしない。
結果を求めない。


いいじゃん。
仕上がってない、途中、って、その感じ。
あいだのとこがね、すき間っていうか
途中のあたりっていうか
そこんとこにね、あるわけですよ、
何かが。


安心して流れに身をまかせていればOKっす。
それは本当のことなのだから
つながっています。
愛しています。
ありがとう。




dakota cd4ここ数日これ気に入って聴いております。
ていうか、この中の数曲。
歌を作ってる途中の、音の悪い
カセットテープのホームデモじゃなくて
いくつかのスタジオリハーサルのテイク。


John Lennon Anthology / Dakota CD4



正規にマスタリングされて商品になる前の段階の
スタジオでのバンドリハーサルの音だから
いい意味で「素」で、まだ「途中」な感じ、荒削りでいい。

もともとここらへんって、発売されたもの自体
途中な感じなんだけど
それでも、発売された正規バージョンよりも、
なんでだろう
ものすごくイキの良い「気」が充満して発散してるような
そんな感じがして、聴いててキモチがいい。

これなんて、とてもとてもはじけてて。
なんか、すげージョン。
最高にカッコいいロックンロールの8ビートがいい音で鳴ってる。



これぁぁ〜元気が出ます。


チープ・トリックとのセッションのこれとか。いや〜、ジョン歌すごい。




ここらへん聴いててキモチいい、ってことは
だいぶ中心の軸が整ってきた、って、こと、かな。


dakota cd4どうやら今回の風邪は
ダブル又はトリプルであるらしく
じわじわ型で、いまだに微熱が続いている。
そうとうキビシー毎日だが
こころもからだもがんばっている。
愛しています。
思ったことはしっかりと伝えよう。
届いてるかな。

  表題は作家ジェイムス・ジョイスの言葉だが、ここでジョイスが言っている「歴史」とは、言い換えれば過去、過ぎた時間の記憶のことで、人の意識を操る記憶システムがあまりにも過ぎた事に捕われるように出来ており、また悪いことにそれは、とどまる事なく次から次から蓄積されて自分の中にモノの見方、考え方を形作って行くから、どうしても過去のある時点に自分や自分を含めた社会が経験したいろんなものごとから来る価値感から物事を認識てしまい、それに基づいて未来を予測しながら「今」を判断・決定してしまいがちで、それがゆえに、必要のない不安を感じ、がんじがらめになって先に進めない状態に陥ってしまうのであるが、それを指して「今、まさに目覚めようとしている悪夢」だと言っているんであり、決して歴史を軽視したり、ないがしろにしているものではない。

  肝心な問題は、私たちが「今」をどう見て、どう判断をくだし、どう進もうとするのか、なのだが、この「記憶」という素晴しくもやっかいなシステムのおかげで、時間の領域ではない「今」という一点を見つめることは難しく、私たちの思考はどうしても、過去−今−未来という一定の速度で繋がっていく時間軸の中にあたかもすべてが「存在する」ように錯覚し続けてしまう。たった今「今」であった瞬間はあっという間に過去になるのだし、それはものすごいスピードで、それまで記憶の中に蓄積された過去と絡み付いて自分を形作っていくから、そのような錯覚を生む。

  本当は、「たった今」から一秒だって先のこと、明日のシナリオは、予測不可能、わからないのである。つまり、可能性に満ちているってことなのだ。
そして、「たった今」から一秒だって過ぎたことは、もう過ぎたのであるから、できることのうち最良のことは、それをプラスに転じる、つまり悪夢から目覚める努力のみである。


  ドクター・ヒューレンの「ホ・オポノポノの教え」では、「記憶をクリーニングする」という表現で、同様に、過ぎた事に捕われず「今」にフォーカスして行くやり方が示されていたが、僕には「クリーニング」というカタカナ言葉が馴染まなかった。「浄化」では宗教的な響きになってしまうので、それでたぶん「クリーニング」とカタカナ文字で表したんだろうけど、どうしてもクリーニング屋さんが思い浮かんでしまいダメだったのだ。ま、要は、自分や自分を含む社会が経験した過去の記憶に捕われないで、「今」というこの一点にフォーカスするために、「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」と言葉にし念じることで、おそらく過去の記憶を「忘れる」のではなくきちんと「過ぎ去ったものごと」として着地させ、認識し直して行くそういうプロセスの実践なのかな、と思った。 実際にやってみたが、とても気持ちがよかった。


  とにかく、ここで僕がいわんとしていた事は、目覚めなくてはならないのは自分である、ということであり、自分を目覚めさせることが出切る唯一の人間は自分なのだ、という当たり前なことであって、愛こそはすべて all you need is love なのであり、誰にも私の世界を変えることはできない nothing's gonna change my world なのである。恐れずに、今の自分を含むこの宇宙に起こっている途方もないすべての在り方を、それが自分の立っている地面であり自分の背骨であるとして、ありのまま肯定するのだ。「私」というのは絶対的に孤独な個人であると同時に、いつでもあなたと暖かくつながっている全体の生命の機能の一部なのだ。


let it beのっけからガチンコ勝負。
宗教がらみに持ってく場面じゃないんだがなぁ。
もうちょっと空気読んでくれないかおい。

しかし幾分、平常心で受け流すのが
上手くなってきたのかもしれない。
なにごとも学びの種、
ありがとうジャマイカン。

誰も君の世界を変えようとなんてしないから
安心してお祈りしてはよ寝なはれ。

もう一年かぁ。

早いなぁ、ついこのあいだ12月8日だったと。

前にも書いたけど、ジョンの歌う"STAND BY ME"は
他の誰のより、ぐっと良いよなぁ。
オリジナルより良いなんて、なんだろ。
あんな風に誰も歌えないよ。

ジョンのどの曲もそうだけど
録音してる時、何か魔法みたいなものがあったのかなぁ。


ジョンの"STAND BY ME"で、あの耳に残るスライドを
弾いてるのが、この人、JESSE ED DAVISです。

jesse davis!今日は久しぶりにこれを聴きました。

アルバム最後、ヴァン・モリソンの
"CRAZY LOVE"を聴いてたら
あー、ジョンやっぱり
みんなといっしょにいるなぁ、って
そう思った。




CRAZY LOVE


あなたのハートのビートが聞こえる
どんなに遠く離れていても
空はどこまでも広がって行く
あなたが笑顔を見せるたびに
あなたがいるところ
そこが私たちの居場所
あなたの両腕に抱かれている
流れる川の歌声のように
あなたが愛こそはすべてと
あなたが愛こそはすべてと歌ってくれた

And I can hear your heart beat
From a thousand miles
And heaven's open up wide
Everytime you smile
When I come to you
That's where I belong
And I run into your arms
Like a river song
You give me love, love, love, love, crazy love
Ooh,
You give me love, love, love, love, crazy love

あなたはいつもそのユーモアで
私たちを元気づけてくれる
あなたに会いに来るよ
陽が落ちるころ
あなたが悩みを取り去ってくれる
悲しみを取り去ってくれる
心の痛みを分かち合ってくれる
あなたはそんな気分にさせてくれる
あなたが愛こそはすべてと
あなたが愛こそはすべてと歌ってくれた

You got a fine sense of humor
When I'm feeling low down
When I come to you
When the sun goes down
You take away my trouble
Take away my grief
Take away my heartache
In the night like a thief
You give me love, love, love, love, crazy love
Ooh,
You give me love, love, love, love, crazy love

"Crazy Love" by Van Morrison & Bob Dylan
http://www.youtube.com/watch?v=xQ4S3E5JUog






今日ぐらい寒いと

クリスマス・アルバムのことも
多少は書きたい気分になる。
普段あんまりそういうの聴かない方なんだけど。


でも、その前に今日はジョンのことを少し書こう。
ワインセラピストさんの今日のエントリーを読んで
そういう気分になった。


そういえばここ数年、僕も親しい友人や同僚を亡くしたし、
親も亡くしたし、そういう別れをいくつか経験し、
また、死に別れとはまったくべつの種類のことなのだが、
ある意味もっと始末に悪い、生き別れってものも通過した。
おかげで、ずいぶんとそういった方面の根っこが伸びた気がする。


後悔しない今日を無理なく精一杯生きようと、
毎日、自然にそういう気持ちでいる。


実は、先月から何度となく、『レノン・リメンバーズ』を
くりかえし読み返していた。
片岡義男訳、当初『ビートルズ革命』として出版され、
その後、80年に『回想するジョン・レノン』に改題された、
1971年のローリング・ストーン誌のロング・インタヴューだ。


今日は午前中、軽い雨だと甘く見て傘を持たずに外出し、
ずぶ濡れになってしばらく歩いていた。
フード付きのジャケットの頭の上に大粒の雨の音を聞き、
滴り落ちる冷たい雫が体のあちこちに沁み込んで行く。
そんな中、この本に書いてある
いくつかのジョンの言葉を思い出していた。


ロックンロールと、ブルースと、
ボディとマインドについての
非常に重要なことを語った部分だ。


* * *

いさぎよく自分をあきらかにして、誰がどういうことについてなにをやっているのか、音楽を作っているのは誰で、くだらないことを喋りたてているのは誰なのかを、はっきりさせるべきです。

(ロックンロールは)くだらないものが入り込む余地がないほどに原始的だから(大きな意味を持つのです)。最良のものだけが、ビートをとおして伝わってきますから。

黒人は、(中略)音楽をとおして、ボディとマインドをひとつにしたのです。すぐれたロックンロールは、すぐれた、という言葉の意味がどうであろうと、リアルなので、どうしても伝わってきてしまうのです。真実の芸術に関してはすべてこういうことがあるのですけれど、ロックンロールの中にはほんとうのものがあることに気がつきます。なにをもって芸術と呼ぶかはその人の勝手ですけれど。真実なものは、だいたいにおいて、単純です。

音楽は非常に重要で、(中略)例えば、ブルースがありますけれども、そのブルースに対してジャズ、つまり、白人中産階級の、グッド・ジャズがあるわけですし…ブルースのほうが、よりすぐれているのです。リアルだからです。倒錯していませんし…あれこれ考えていじりまわしたものではなく、コンセプトでもないからです。例えて言うならば、ひとつの椅子であるわけです。椅子のデザインでもなく、よりすぐれた椅子とか、もっと大きな椅子、といったものでなく、こったデザインの皮ばりの椅子でもありません。すわるための椅子であり、ながめたり評価したりするための椅子ではありません。

* * *

数日前だったか、自分が生まれた時代の時間軸を、黒人音楽と黒人解放運動にリンクさせて書いてみたが、ビートルズ/ジョン・レノン軸というものも、僕の中の芯には常に大きく存在する。

何人かの偉大なブルースやR&B、ソウルの黒人アーティスト達の遺産をしっかりと取り込み、それらのリアルな黒人アーティストたちがコマーシャリズムにのみこまれて行ったその逆側で、ボディとマインドの結合、その椅子はすわるための椅子なのだ、という、人類史上ものすごく大きなテーマを見事にコマーシャリズムにのせ、それを白人の側から全世界的に展開させ、さらにそれを東洋ともつなげて全世界を巻き込んだはじめての人間、ある種、地球上に現れた突然変異的な特殊な人間、ジョン・レノン。ポップカルチャーに影響を受ける可能性のある国に住んでいるわれわれのすべては、ジョンの影響下にあるといっても過言ではない。


さて、今日書きたいのはジョンそのものの事ではない。僕はやはり、今、現在、なにが起きているのか、ということの方に興味があるので、最近のディランの作品の中にある、白人としての、ある種の『到達点』としてのこれらのアルバムについて書きたいのだ。

together through life2009年度作品の、ディランの "TOGETHER THROUGH LIFE" が全体に素晴しかった、ということは前にエントリーしたが、白人アーティストの作る音で、この域に、つまりジョンのいうところの『すわるための椅子』ということでのリアルさに達している音は、たぶんあらゆるポップアルバムの中で、このディランの作品が、今現在いちばんすごいのではないだろうか。

このサイトで、トラック02 "LIFE IS HARD" の音が聴ける。歌詞も出ている。

とても気に入っているメロウな歌だ。こういうハードで重たい歌が、こういう音で流れてくるこのアルバムの締めくくり、ラストに登場する "IT'S ALL GOOD" 。 
このワンノートの歌は、歌詞といい音といい歌といい、少なくとも僕は他のロックやポップ音楽のアルバムでは聴こえた事がない、『ブルースの突き抜け方』なのだ。2009年に発売されたアルバムで、こんな音世界を作れるのは、この人をおいて他にいないと思う。

ディランは、ヘヴィな現実も、なにもかも全部ひっくるめた上で、
"IT'S ALL GOOD" なんだと言い放ってしまっている。

見事だ。上に書いたジョンの言葉が、まるごと当てはまる気がする。


* * *

さて、そんな69才のディランが、1年に2枚のアルバム、
しかもなんとクリスマス・アルバムを出した。
これは、"TOGETHER THROUGH LIFE" があってこその、
ディランらしい粋でマジな冗談だと僕は受け止めた。
大人が楽しめる最高なクリスマス・アルバムだ。

christmas in the heart
CHRISTMAS IN THE HEART
BOB DYLAN







どうやら賛否あるらしいが、
僕は、大好きだ。
上流階級の人がフォーマルな装いで集まるような
洒落っこいたクリスマスパーティーに
誰もが笑顔で挨拶に来るような有名人の彼が
よれよれのボロけた穴だらけのジーンズで堂々と現れて
しかもそれが、めちゃくちゃカッコいい、って感じだ。
どこにでもあるようなクリスマス風のアレンジ、
上品なコーラス隊や、弦楽器や、鈴の音。
そんな演奏で、みんなが知ってるような
クリスマスの有名曲を、
おもいっきり、あの(笑)ディランの声で聴く。
それで、すべてリアルな側にひっくり返るのだ。


痛快この上ない。

今年のクリスマス・アルバムの決定打だ。

おーし、つき抜けていくぞぉっ。

そしたら、「ッツオーライ」になっちまうんだっ。
いちばん肝心なとこ、忘れておった。
間違ってるも正しいも関係ない。
無駄な時間なんかない。

あ〜思い出させてもらえてよかった。

TRUST ME guys, COME ON LISTEN TO ME!
COME ON, LISTEN TO ME
COME ON, LISTEN
LISTEN!!

こういう日は

john 1980

ジョンの姿を見て

ジョンの声を聴いてると


ちょっと
ほっとするや


やっぱジョンいいな


"(Just Like) Starting Over" が
こんなに沁みたことってないかも

この歌って、ごちゃついたアレンジじゃなければ
めちゃめちゃいいのにな

ドラム、ベース、生ギター、エレクトリック1本ぐらいで
もっと自然な音で聴けたら、いいだろな〜この歌って

彼は 空っぽさん
ない場所に座り
ない考えを練る
ない者のために

閉じた目で
ない視野から見て
ない目的へ向かう
空っぽさん なんだか
私やあなたのようではありませんか?

空っぽさん 聞いてよ
見失ってるよ たくさん
空っぽさん 気づかない?
すべては今
ここに
あなたの手の中にあるというのに

空っぽさん 心配しないで
ほっときな ゆっくりね
空っぽさん
誰か他の人が
そのうち手伝ってくれるからさ


(雰囲気訳:Yuji)

* * *

小学5年の頃から大好きなこの歌だが、
いまだに意味がつかめずにいる。
理解はできるものの、感覚として入ってこない。

NOWHERE MAN
NOWHERE LAND
NOWHERE PLAN

意味をなさないこういった言葉は、ジョンお得意の言葉遊びだと思うが、
サウンドが意味を超えているので意味より響きの方が大切なんだと思う。

MAN
LAND
PLAN

この全部の"A"の音が、めっちゃいい(笑)
僕ら日本人には難しい発音だか、国内で唯一、
名古屋の人だけはこの歌が得意なはずだ。
「ア」と「エ」の中間のこの音が、日本国内では唯一、
自然に発音できる名古屋の人がうらやましい(笑)

RUBBER SOULRUBBER SOULというタイトルも、
もしかしたら、ゴムのRUBBERと
恋人のLOVER、
心の(あるいは黒人音楽の)SOULと、
靴底のSOLE
そういうのをまぜこぜにして
作ったんじゃないか?と
そんな気がする。

"RUBBER SOLE" なら靴の「ゴム底」なわけだが。

当時、ポールは白人の自分たちがやってるR&B的な
音楽のことを、"PLASTIC SOUL" と云っていた。
アンソロジーの録音リハの途中でそんな言葉が聞こえる。


それにつけても、この時代にしてこのジャケのセンス。
ぶっとびである。

*  *  *

「箱男」という小説があるが、日本語に「箱男」なんて単語は
一般的にはない。が、「箱」、と、「男」、が並んでると、ある種の
イメージはわく。

NOWHERE MAN も、そういった類のことなんじゃないかな、
と思ったりするんである。


しかし、素晴しい言葉の転がり方、響き。
すごいセンスだな、

あらためて。


 

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