2006年01月10日

2007年問題

 団塊の世代に物申す。
 今日はそんなお話。

 2007年で昨今の日本が抱えている問題は大きく変容するであろう。世間の予想とは裏腹に、である。
 世間の予想、というのは有名な話である。報道番組やら新聞やら雑誌やらで槍玉に挙がっているあれである。
 説明するのも面倒だし、知らない人間はこんな記事など読まないだろうことを前提に話を進めていくことにする。

 私はまず、その見解に疑問を持っている。
 確かに物理的に大変な打撃なのだろうとは思われる。ただ単純に働き手が減少するからだ。
 ただ私的な意見を述べさせていただくと、これすらも杞憂に過ぎないのだ。世間の心配とはまったく違った展開になるだろう。むしろ、現状以上に日本経済はさらなる発展を見せる可能性は大いにある。
 この話を伸ばしてしまうと今回の記事が長くなりすぎてしまうので、これはまたの機会に。
 話を戻すと、現在騒がれている2007年問題など大した事はないのだ。そんなものはこれから倒錯する未来に向けての瑣末な餞に過ぎない。
 なぜなら。
 現代を支えているのは団塊の世代が作り上げた妄想である。
 団塊の世代、と一括りにするのは愚考だ。立派な人間も大勢いらっしゃる。別にそれを否定したいわけではない。むしろ賞賛するべきことでもある。
 ただ、そう総称される属性も持ち合わせているのが、大きな特徴であることも確かだ。
 日本経済の急発展に大いなる貢献を齎したといわれる彼らである。日本経済の歯車となって文句も言わず働いた彼らである。
 日本人特有の「うわべ」で見れば、それは立派なことだ、と言い切っても過言ではない。
 ただ、悲しいかな。
 飽くまでもそれは「経済において」のみなのである。

 では、文化においてはどうだろうか。
 ストレスを溜めに溜めて働いた金の使い道が援助交際だったとしたらどうだろうか。
 仕事を家庭内に持ち込んで、その挙句の熟年離婚だったとしたらどうだろうか。
 自らの子孫にも同じように、社会の歯車となるように強要する教育というのはどうだろうか。
 経験則でのみしか語れない大人ほど阿呆な存在は無い。
 可能性を教えられない親ほど愚かな存在は無い。
 マナーだなんだと言いながらも、「汚い臭いの代名詞」として名を馳せる間抜けほど哀れな存在は無い。
 自分という人間を棚上げして、他人を批判するなど愚の骨頂である。

 家庭で、社会でつまはじきにされだしていることにそろそろ気づくべきなのだ。
 私は別に「経済の発展に対する代償だ」などと奇麗事を言いたいわけではない。それは望むと望まざると、現実となって我々の目の前にただある。
 それでも、団塊の世代は文句を言うのみなのだ。
 会社で汗水たらして家族のために働いて云々。最近の若い者は云々。
 勝手にほざいていればいい。
 そうしなければ自己が崩壊するからこその言い訳なのだろう。

 真の2007年問題とはいったい何か。

 私は予言する。
 それは青少年犯罪と対を成す存在。
 そう、熟年犯罪に他ならないのではないだろうか。

 歯車は正確に、それは正確に世界を動かしていく。
crow0825 at 00:35│Comments(4)TrackBack(0)自論 

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by 九龍   2006年01月14日 23:12
なんぞやの記事で、団塊の息子達・・・みたいなのがあったな。
そんな風に呼ばれた連中の子供達を取り上げた記事な。
・・・尤も、全く興味が持てなかったので、飛ばしたが。
2. Posted by ろくでなし   2006年01月15日 10:30
今の50代あたりが一番犯罪率高いって統計は見た事あるんですが、そう問題にする事では無いと思います。
どうせ老い先(以下略
3. Posted by カラス   2006年01月15日 23:28
>九龍

 まああれだよ。
 日ごろからニュースなんかで若者叩きみたいなことをやってるから、その逆バージョンを書いてみたかったのさ。
 皮肉ったというかな。

>ろく

 50代がどうのっていう判断は危険だな。
 平和に暮らしている人間にとっては犯罪そのものが危険なわけだし。
 この記事の目的は、自分の先見の明を確かめたいという想いが強いな。
 半年後、一年後、世間はどうなってるかっていう。
 まあ早い話が修行みたいなもんだな。
4. Posted by ヘアヌード   2011年07月05日 14:53
ヘアヌードは奥が深いもの。エロさだけを追求したヘアーヌードもあれば芸術性を重視したヘアーヌードまで多種多様

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Profile
HN:カラス
 日々思うこと。
てすと