2012年4月に始まりました「田園の伝承人」は おかげさまで2013年3月をもちまして最終回を迎えました。 およそ1年に渡りました番組制作でしたが 取材にご協力いただきました皆様 ありがとうございました。 「とちぎのふるさと田園風景百選」に続き もっとひとつひとつのテーマに絞って、農村部をご紹介しようというこの番組。 農村部の「今」そして「昔」を訪ねる旅でもありました。 c1097539.jpg
私たちの生まれるはるか前から連綿と続いてきた農村の営みは 都市化や経済性の荒波に揉まれ、大きく変化していきました。 私たちが懐かしいと感じる「日本の原風景」 それは、今目の前にあるようでいて、 実はもうすでにないのかもしれません。 たとえば、田植え唄や草刈り唄などは、現実の農作業で行われることはなく 保存会の人たちによって、イベントの一環として行われているのです。 私たちは、「今まだこの祭りや風習、郷土料理は残されているのだろうか?」 「果たして取材できるのだろうか?」という、 いくばくかの不安を常に抱えながら番組を重ねていきました。 思ったとおり、既に継承が途絶えてしまったものもありました。 でも、残そうよ。と集まった人たちもいました。 その方々のおかげで、私たちは昔の農村部の営みの一端を知ることができました。 84259cc0.jpg
昔の営みを知る。…それが何の役に立つのかと問う人もいるでしょう。 しかし、先人の知恵には、現代人の浅知恵には遠く及ばない聡明さがありました。 さすがに、過去の営みを全てそのまま今に生かせるとは言いません。 でも、その本質には自然と共生し、共に暮らす仲間たちと 助け合いながら生き抜いていく、知恵と謙虚な心があったと、確かに感じるのです。 それは、2011年の震災によってことさらはっきりと感じるようになりました。 奇しくも、この番組の案内人を務めたのは 福島県郡山市在住の村上久美子アナウンサー。 震災による避難生活をしながらも、福島県と栃木県を往復して 一年間番組を支えてくれました。 村上さんは、自分のふるさとではない栃木県のお祭りを見ていたら、 かえって自分のふるさとの存在をはっきりと感じるようになった。 そんなふうに言いました。 距離を置くことで、ふるさとが客観的に対象化されるということなのでしょう。 いつも当たり前に身近にあったものを失ったとき、 明日が来ないかもしれないと思ったとき、 その存在がはっきりと形を帯びてくるのは、 きっと誰もが経験することなのです。 017769fe.jpg
取材を通じて出会った「伝承人」たちは若い人もいましたが、 ご年配の方々も多くいらっしゃいます。 ご年配の方々は一様に、次の世代へ、 子供たちへと引き継ぐべく、模索を重ねています。 68a11b16.jpg
私たちの番組がほんの少しでも、そんな人たちの試行錯誤を 知っていただくきっかけになったとしたら幸いです。 すべての「伝承人」たちに心からのエールを送ります。

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大田原市の須賀川地区は、茨城県と接する自然豊かな中山間地です。 昔からお茶の栽培と販売が盛んでしたが、近年過疎と高齢化によって お茶畑の多くは荒廃し、耕作放棄地も増えています。 この地区では現在、地域住民による地域活性化への取組みが行われています。 始まりは、荒廃していた茶畑が多い雲岩寺地区での「くろばね茶」の復活でした。 地元の有志と那須の家具輸入会社の社長を含む13名によって 那須・雲岩寺T&A組合が設立されたのは平成21年のこと。 しかし、当時須賀川地区の総区長も務めていた、組合の代表 鈴木一利さんは、 この活動を地域全体の活性化へと広げるべきではないか、と考えるようになりました。 その後、地域の五地区から参加者を募り、平成24年5月に 「やみぞあづまっぺ協議会」が設立されました。 そして、その年の7月には、むらおこしプランナーの宇都宮大学教授 三橋伸夫さんによる ワークショップが始まり、協議会の皆さんを中心に地域の住民たちが集まりました。 0f33f009.jpg
初回は地域の人材発見から始まったワークショップ。 8月上旬に行われた2回目には須賀川小学校の子供達も参加して、 地区を元気にするアイデアを発表してもらいました。 子供達に比べ、大人は自分が暮らす地域を改めて評価するのが難しいようです。 でも、ワークショップを重ねるごとに、徐々に活発な意見が出るようになりました。 むらおこしプランナーの三橋伸夫さんは、皆で意見を交わすことで 自分の暮らしが客観化され、様々な気づきを得られると話します。 b44b0c16.jpg
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その後2回のワークショップを重ねた協議会の皆さんは、 地域の魅力を多くの人に発信しようと、11月下旬に「秋の収穫祭」を行いました。 会場は紅葉が美しい臨済宗のお寺、雲厳寺の駐車場です。 会場では野菜の直売、おこわや手打ち蕎麦などが販売され、 沢山のお客さんでにぎわいました。 b8aba6b8.jpg
これまでのワークショップで、メンバー同士の関係も深まりつつある協議会の皆さん。 誰もが手ごたえを感じています。 0f96d6a9.jpg
大盛況の内に終わった「秋の収穫祭」からおよそひと月半がたち、 1月中旬に最後のワークショップが行われました。 今回はこれまで出し合った意見を振り返りながら、 今後の具体的なステップについて意見を出し合いました。 39f8d221.jpg
5回におよんだワークショップでは、協議会のメンバーおよそ20名を中心に 討議を進めてきました。でも、この活動にもっと地域の人たちを巻き込みたい。 皆さんは、そう感じるようになりました。 地域の資源を、内外の人達に人たちにつなげるための 発信をしていく…。新たな課題が見えてきました。 またひとつ前進です。 地域も広く、こうした活動を知ってもらうには まだまだ、息の長い取組みになることでしょう。 でも、こうして地域のみんなで集まり、ワークショップを重ねるごとに カンカンガクガクと、意見をぶつけられるようになった協議会の皆さんの間には 信頼関係という堅い絆が結ばれつつあるように、私には見えました。 きっと、皆さんの熱い想いは、 一歩一歩活動の輪を広げていくことでしょう。 <この内容は2013年3月4日、5日に放送しました>

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古くから、地域の人々に女性の守り神として信仰を集めてきた、 小山市田間の血方神社。 かつては血方講の参拝客が近郊からたくさん訪れ、賑わいました。 血方神社には、市の無形民俗文化財に指定されている太々神楽が伝えられ、 とりわけ少女達が舞う稚児舞で知られています。 944e59bb.jpg
2012年の夏、田間血方神社太々神楽 神楽師会のメンバーたちは、 初めての試みを行いました。 田間の子供たちに神楽をもっと身近に感じてもらおうと、 子供神楽教室を開いたのです。週1回 2時間、全部で4回のこの教室、 初日は男の子4名、女の子9名、合わせて13名の子供達が集まりました。 6ac882a8.jpg
子供たちには太鼓が一番の人気です。次第に、神楽を踊る子も出てきました。 子供たちのパワーに圧倒され、最初はどう教えていいのか戸惑う神楽師の皆さんでしたが、 子供達はみるみるうちに上達していきました。 未来へ引き継ぐ小さな種まきですが、神楽師会会長の中村和明さんを始め、 神楽師の皆さんは嬉しそうです。 2a50a8da.jpg
農村地帯だった昔と比べ、生活形態の多様化とともに、 祭りのにぎわいや継承に対する関心は年々薄れています。 しかし、神楽師会の皆さんはこの教室をきっかけに、 子供たちのためにも、なんとか祭りと神楽を盛り上げて行こうと 突き動かされたようです。 51aca9be.jpg
この伝統を神楽師だけでなく、地域みんなで守っていきたい。 そんな思いで、継承への取り組みを少しずつ始めた神楽師会のみなさん。 なにか行動を起こせば次につながっていく…。 そんな励みを得たことは大きな収穫でした。 af980979.jpg
そして、季節は秋へと移り、大晦日に行われる除夜神楽に向けて、 若手の神楽師への特訓が始まりました。 大晦日までの毎週土曜日、神楽師会のメンバー総掛かりで 若手への指導を中心に練習が続きます。 神楽師会のメンバー12名の内、31歳の関大祐さんと30歳の関真一さんは 平成24年で3年目を迎えます。 この地で生まれ、田間の神楽を見て育った2人にとって 神楽はなくてはならないもの。でも、神楽をやろうという人はなかなかいません。 2人は若い自分たちがやることで会に入りやすくなればと思っています。 22e1cb69.jpg
(写真上/田間血方神社太々神楽 神楽師会のみなさん) そして、この年の夏には新たに三十歳の中山哲哉さんも加わりました。 除夜神楽で初舞台を踏む哲哉さん。 慣れない動きに戸惑いながらも真剣に取り組んでいます。 そして大晦日の夜。11時をまわると除夜神楽の奉納が始まり、 たくさんの友人達が見守る中、初舞台の哲哉さんは力強い舞を見せてくれました。 459863da.jpg
子供の頃から神楽を見て育った若者たち。 その思い出はふるさとへの愛着を育み、 今、田間の伝統を力強く支えていこうとしています。 <この内容は2013年2月18日、19日に放送しました>

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