2008年05月13日

エホバの証人の後遺症 その4 社会性発達障害(疑自閉性障害)

簡単に言うと、常識の欠如、社会性の無さ。
だけど事態はもっと深刻。

もちん、狭いエホバの証人社会で生きていくための社会性はあったかも。
自分たちが唯一の正義の世界で。

真理のためならウソや欺瞞も許される。神権的戦略。
いったい善って何?悪って何?
判断することすら禁止されていたので、それ以上疑念を抱かないように思考を停止する努力をしました。

いくら社会から浮いていてもお構いなし。真理の実践が優先。
周りの目を気にしない。つまり「社会的参照」の禁止。
社会的参照を禁止されて育つと、周りを気遣えない人間になってしまいます。

社会的参照は、自閉性障害とも関連が深い。

社会を無視することを学習すると、後天性発達障害とも呼べる症状をきたす可能性がある。

例えば、

世の中の悪事(?)をいちいち指摘されながら、それらはサタンの仕業だと習うこと。

人と違った格好をして変わった教えを広めることを、何の躊躇も無くやれるようになるまで訓練されること。

もっと簡単な例では、学校で証言し、周りから奇異の目で見られているのに、それを誇らしいと思わなければならないこと。仲間外れにされイジメられ、死にたいほどつらいのに、幸せなことだと思わなければならないこと。


これから社会で生きていくために、社会を参照する訓練をすべき時期に、まったく逆のことをされる。
常に社会一般とは違う認知形態を強要され育つ。
何か、社会一般とは違うものを感じるのに、それを主張できない。
異質なエホバ社会こそが正しいのだと言われ続ける。

正常な社会的参照と行動調整を禁じられる。

発達期にある幼児や少年にとって致命的なダメージとなる可能性があります。



※医学上の「自閉症」、「発達障害」は、先天的なものとされています。


参考

「苦しい」
人としての機能すらあやうい

「This life is not a rehearsal !」
人生は楽園のための予行演習ではない

「社会的自死 もしくは アポトーシス」
組織を抜け出た時、そこに用意されているのは、全く未経験の世界。
これから適応方法を学んで、マトモに生きていけるようになるにはどれだけの時間がかかるのだろう。

「何も信じれない」
それまで、最も確かだと思っていたことが、崩れ去った時。

2008年05月03日

エホバの証人の後遺症 その3 分裂(splitting)、解離(dissociation)

世間で暮らしていながら実際には世間とほとんど関われない。

私の生きているこの世界は果たして何なのか。
そもそも私はどこに生きているのだろうか。
そもそも「この世」は存在するのか。
絵に描いた餅のように、窓から見える世界をサタンの世だとあれこれ言っているだけではないのか。

目の前で「この世」は動いているのに、指をくわえて見ているだけ。

なぜこんなに苦しいの?神の組織に居るはずなのに。

この世に住んでるのに「この世の者ではない」?

有るものを無いとし、無いものを有るとする。
解離や分裂の始まり。

諸問題を解決する方法としてはかなりマズイです。

解離や分裂はクセになります。
良くないです。



以下参考

「エホバの証人と精神疾患3」
自分のうつ症状を否定、無いもののように無視し、「最も幸福な民」のフリを続けた。

「カルト宗教エホバの証人における妄想強化性とダブルバインド性による統合失調症の発症と悪化」
ダブルバインドは、分裂や解離も引き起こすかもね。

「何も信じれない」
まるでシナリオどおりに動く機械人形だった。

「鬱々とした日々」
人格が分裂気味だ

2008年04月29日

エホバの証人の後遺症 その2 学習性無力感(learned helplessness)

イジメられても反撃してはいけないなんて。
無抵抗なやつは余計にイジメられるんだよ。
ただでさえ「変わった子」と思われてるのに。

「反撃」を禁じられれば無力感に覆われる。
毎日毎日。
想像する。
明日、いじめられてもされるがままにしなければならない。無抵抗でいなければならない。
無力な自分。
いつまでこの苦しみは続くのだろう。

いつしか、無力感は私を支配し、私は何の影響力も行使できないちっぽけな人間だと感じるようになっていた。

学習性無力感。



善悪の判断は自分ではできない。全てはものみの塔協会が判断し、信者は従うのみ。
生活上の細かな事項から、人生の選択まで、全ては協会の指示に従う必要がある。
自分で判断することは禁物。一歩間違えたら禁忌事項に触れてしまうかもしれないから。

そのうち自分は小さな判断もできないちっぽけな人間だと感じるようになる。

学習性無力感。

2008年04月22日

エホバの証人の後遺症 その1 PTSD

PTSDなんて大げさだって思いますか?
でも精神医学的に見るとPTSDの要件を満たしてしまうんですねぇ

人生の全ての予定は協会の指示に従っていればよかった。
しかも、今日すぐにでもハルマゲドンが起きて、全てをチャラにしてくれるという思いで毎日を過ごしていた。

これってある意味すごい教えだと思うんです。
どんなに今日一日の仕事や奉仕がきつくても、「明日ハルマゲドンが起こるかも」と思えばやれる。

そうして常に臨戦態勢でいることを要求され苦行を強いられるんです。

これって、イラクで自爆テロや奇襲に脅えながら任務を遂行する兵士と心理的には同じです。

しかも帰還日は毎日毎日引き伸ばされる。
「今日やれば帰れるから」と毎日言われ、「来年には必ず」という約束も反故にされ、それでも任務からは解放してもらえない。

イラクの兵士は、いやなら志願しなければ良い。
帰還すれば栄誉が待っている。
負傷して帰還しても同情してくれる人がいる。

しかしエホバの証人2世は、小さい頃から強制的に証人に仕立て上げられる。
つまり戦場で育てられる。
戦うか戦わないか?そんな本人の意思なんて関係なく戦いに巻き込まれる。
脱落したらケアも無し。使い捨て。

辞退という選択肢は無い。

「この世の中に平和な国なんて無い。ここがいちばんマシなんだ」と教えられ、
「抜け出したら命は無いと思え」と日々脅される。

私にとってのエホバの証人社会はそんな世界でした。

2008年03月22日

注意とお知らせ -精神障害者より

私、このたび精神障害者に認定されました。

これまで、さんざんエホバの証人と精神疾患の問題について書きたい放題してきましたが、しばらく障害者ワールドでゆっくりしてきたいと思います。
世間様に迷惑をかけ、年金未払いや生活保護依存などの問題もあるエホバの証人ですが、エホバを辞めたはずの私も国の保護を受ける立場になってしまいました。
ごめんなさい。

カルトから出てきた人間がカルトを論じれるのか?
などという批判をたまに目にします。

精神障害者がメンタル問題を論じれるのか?
、も同じことでしょう。

よって、私の発言は、障害者のものとして読んでいただきますよう注意喚起いたします。
(まぁ当事者にしか分からないこともありますし、当事者学、当事者研究などという言葉もあるんですけどね。。)

私の体験は私にとっては真実ですが、幻覚や妄想、虚言かもしれません。


精神疾患の要因論では、氏か育ちか?、遺伝か環境か?という問題が常にあります。

このblogでは、私自身の感情の吐露として、JWという特殊な「環境」の問題を主に主張してきました。

しかし、精神医学と心理学を誠実に学ぶ者として、遺伝、およびJWとは関係ない部分の影響についても、その可能性を留保しておきます。
「JWとは関係ない部分」とは例えば親子関係や人間関係です。
もっとも、ものみの塔協会は親子関係すら規定し、親の愛はものみの塔を経由してでなければ提供されなかったんですけれどね。
「人間関係」も、エホバの証人以外に無かったし。。

後天性の精神障害の多くは、親子関係、人間関係を含む社会的関係の影響で発症します。
エホバの証人社会に閉じ込められた私は、エホバの証人社会しか知りませんでした。そしてそこで精神障害を発症しました。

それから、私が仮に遺伝性の障害を抱えているとして、
うつ病などの二次障害を発症させ、悪化させたのは、精神医療を否定してきたエホバの証人組織です。

エホバの証人と精神疾患3

カルト宗教エホバの証人における妄想強化性とダブルバインド性による統合失調症の発症と悪化

エホバの証人と精神疾患2

エホバの証人と精神疾患

2008年03月20日

教育を受ける権利を剥奪するエホバの教義

「高等教育」は「有害」であり、「信仰」を弱める??

以下エホバの証人の「ものみの塔」誌「研究用」 2008年4月15日号p.4

『大学教育は成功に欠かせない、というのが一般的な見方です。
しかし、そのような教育を追い求める人は、多くの場合、有害な思想を教え込まれることになります。
そのような教育を受けるなら、エホバへの奉仕に費やすことによって
最善の益が得られるはずの青年時代を浪費することになります。(伝12:1)
高等教育が一般化している国で、神への信仰がかつてなく弱まっているのも不思議ではないでしょう。
クリスチャンは、生活の安定を求めてこの世の高度な教育制度に頼るのではなく、
エホバに依り頼みます。−箴3:5。』

大学への進学率がここまで高くなってるのに、まだこんなこと言ってるんですね。
数年前には、高等教育が緩和されたようなウワサも聞いたのですが、教義としてはやはり推奨しないということですね。
ものみの塔におけるこの種の「勧め」は実質的には「教義」としての強制力を持ちます。つまり教育を受ける権利の侵害。

なぜここ数年の緩和ムードに水を差して自分たちの首をしめるようなことをするのか。
それにはやはり訳があるのでしょうね。
大学教育は明らかに信者生活と相反するものがあるのでしょう。

時間を奪われるだけでなく、論理的思考力を身に付けてしまったり、一般社会を知る機会が増えてしまうのだから、協会にとっては不安のタネでしかないのでしょうね。

せっかく隔離された集団の中で二世を育てているのに、一般社会を知ってしまい、外からの視点を見につけてしまっては、致命傷になるということでしょう。

う〜ん、カルト。

2008年03月17日

エホバの証人と精神疾患3

私にとって致命的だったのは、精神科医療や心理療法の否定だった。
「失われた10年」どころじゃない。

精神科医療や心理療法。
それはまるで日本におけるオウム真理教のように避けられていた。
あの忌まわしい事件を想起させるオウム真理教(アーレフ)を未だに信仰し続けるのと同じくらい、避けられるべきことだった。

思えば私はエホバの証人を辞めるまでの間、ずっと抑うつ状態を抱えていた(辞めて後も)。
厳しい教義に従い切れない無力感や自己否定、自殺願望。

私にとっては狭苦しい自由の無いエホバ社会。
その「愛のある組織」の中では日々、陰口や人を貶める噂話。
矛盾だらけの教えを日々教えられ、実践しなければならない苦痛。
愛を感じられないムチ。
逃げ出すことさえ禁じられた籠の中の鳥。
自殺なんてもってのほか。最終手段も禁じられ、さらなる自己否定と無力感。

医療の代わりに提供されたのはミキプルーンやモリンダ・ノニジュース。
科学の裏付けが大好きなはずのエホバの人々の間で流行る民間療法。

それと長老への相談や、祈りも勧められてましたね。
あのオッサンにしゃべって解決するなら誰にしゃべっても解決するよ。
祈りは心の平安につながる、って、それでうつ病が治ったら世話ないです。

自分の症状を否定し、無いもののように無視し、「最も幸福な民」のフリを続けた。
「精神に問題のあるエホバの証人は、『本当のエホバの証人』ではない」のだから。
精神科のお世話になることは恥ずべきこと、エホバの証人組織にとってダメージになることだったから。

社会の常識として、精神疾患の第一選択肢は精神科受診です。
それをさせないエホバの証人は反社会カルト。


カルト宗教エホバの証人における妄想強化性とダブルバインド性による統合失調症の発症と悪化

エホバの証人と精神疾患2

エホバの証人と精神疾患

参考URL
精神疾患の研究に対するエホバの証人の反応
エホバの証人とこころの病の問題より




2008年03月12日

あるお兄さん兄弟のこと

あるお兄さん兄弟のこと
どうしようもない不良だったおにいさんがいました。
それが、親に説得されて集会に来るようになりました。周りからは賞賛の嵐です。
本人もかなり良い気分だったようです。これまではしかられることばかりだったのですから。
もとガキ大将ということもあり、建設奉仕の仕事でも指導的役割を果たし、若者信者の受けも良かったです。
やがて彼はどんどんと昇進し、ベテルを目指すようになり、その足がかりとして要求の大きな会衆を渡り歩くようにもなりました。

当時は「すごいなぁ。。こんなにも変わるんだ」と思うばかりでした。ラブシャワーの一時的威力。

しかし、そのうちあれっと思うことがいくつか出てきました。
その兄弟は、交流(交わり)という名目で若者男女が集まる企画をよくやったのですが、兄弟の地位もありほとんどは親抜きで開催できていました。
そこで女の子とコソコソッとしているところを何度か見かけました。
私は観察眼は鋭いほうでしたので、「あぁナンパか」と察しがつきました。
と同時に、「結局こんなものか。三つ子の魂百まで。」と思ってしまったのです。
そういえばベテルを目指す話にしても、何かギラギラしたものを感じました。
結局のところ、鋭い彼は組織の構造を見抜き、どうせやるならのし上がってやろうと思っていたのではないかと思うわけです。
そういえば長老にもエロジジイがけっこういました。

話はズレますが、
一方で、中途半端な不良っ子ながら以前から親に連れられて来ていた子たちも何人かいました。
例の元不良兄弟の躍進ぶりや、彼ばかり賞賛されることでその子たちは逆に肩身の狭い立場に置かれ、会衆でも小さくなっていました。
子どもって敏感なものです。
世間でも邪魔者扱いされ、唯一受け入れてくれるように見えた会衆も、結局のところは相対成果で待遇が変わる。

「愛のある組織」ってなんだろう。。
私は子どもながらに矛盾を感じていました。
感じながら、その後10年かけてやっと抜けることができたわけですが。。

あの兄弟は今ごろ成り上がってベテルあたりにいるのだろうか。。


(おことわり:するまでもないかもだけど、「兄弟」てのは「兄と弟」ではなく、ブラザー(brother)の和訳です。単数形です。)

2008年03月08日

エホバの証人はなぜ組織崇拝に陥るのか

それはエホバの証人の教義そのものが持っている性質だからです。

「エホバの意思は、統治体を通してのみ伝えられる」

これが全ての元凶。


エホバを崇拝したい人は、統治体の言うことを聞かざるを得ない。統治体に頼らざるを得ない。
自分で聖書を研究・解釈しても、統治体がそれは違うと言った途端に変更せざるを得ない。自己解釈にこだわれば排斥のリスクもある。
結果、自分で考えることは危険な行為となり、統治体の言いなり。指示待ち。思考停止。

論理的に言って、エホバと統治体は同値になる。「統治体=エホバ」

つまり、本人たちが気づかないまま、エホバを崇拝するには統治体を崇拝する必要が出てくる。

統治体は末端に至る指示系統の組織体系(ものみの塔組織)を持っており、神の神経組織に喩えられる。

で、結局のところエホバの証人は組織崇拝者となるのである。
組織崇拝者でないエホバの証人は、真のエホバの証人ではないと言っても良いだろう。

そのようにできている。

2008年03月06日

ものみの塔信者間に蔓延する噂

エホバの証人の間では、大小様々なウワサ話が飛び交います。
それはオバチャンが多いからだけではなく、情報を統制されたカルトならではの現象に見えます。
そして、そのウワサが時には「教義」レベルの知識となり、信者間を飛び交います。

どこぞの長老が悪霊に遭遇し退散させたとかいった、非公認の経験談。
血の教義は、現代の血液感染症を予見してのものだった。
などなど

これら非公認の知識は信者の信仰心を強化する方向に働きます。
心理学・社会学的に言うと、集団への帰属の強化因子です。

これら非公認のウワサ話を、ものみの塔協会は巧妙に利用しています。

大きく信者間に広がっているウワサについては、ものみの塔協会は積極的に「ウワサに過ぎない」という見解を発するべきだった。

「ウワサ」が一人歩きし、多くの信者の思考や人生そのものに影響を与えたとすれば、それは協会の不作為の罪といわざるを得ない。
情報を統制し、情報の正否について規定し、全ての必要な情報は協会を通して与えられるという状況に信者を押し込んでいるのだから。

たとえ協会側に有利なデマであっても、協会の正式見解でない情報については、積極的に否定する義務があると私は考えます。

どこぞの有名人がエホバの証人である、などはかわいいもので、
輸血禁止はエイズやC型肝炎の流行を予見してのものだったなんていう結果論(もしくはすりかえ論)や、果ては、1975年や90年代の終末予言は一部信者の暴走だったなんていう説も出てくる始末。

情報を統制しているのなら、信者間に発生する不要なウワサは、積極的に否定するべきであった。

唯一絶対の正しい情報の経路と自認するなら、信者が間違った情報で右往左往しているのを黙って見ているのは罪だ。

現実には協会に有利な噂は放置され蔓延するに任されてきた。

それらを黙認してきたものみの塔協会は不作為の罪に問われるべきだ。

一般人から見れば、自分で選んだカルトにはまり、騙されたバカな人間に見えるだろう。
しかし、1世にもマインドコントロールの被害は適用されるし、ましてや2世は選びようが無い、生存の必要条件として信者になったのだ。

トピック


収入が途絶えた。困った。。(2008/4/30)

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本屋さん作ってみました(未だ工事中)

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