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2011年05月10日

無意識のうちに、不安が不安を呼んでいる。

震災後、様々な情報が流れました。私も逐一、すべてをチェックしているわけではありませんが、どれが本当で、どれがデマなのかの判別も難しいものも数多くあったように思います。

また、被災地では情報が遮断され、かつ、不安や怖れが強くなって冷静な判断ができなくなり、後から考えれば「何であんな話を信じていたんだろう?」という情報に踊らされることもあったかもしれません。
「3日以内に震度7の揺れが来るらしい」
「外国の軍隊がこれを機に攻め込んで来るらしい」
「大窃盗団がこっちに向かっている」等々。
かなり現実味を持って語られたりするものです。


また、原発も方向性が見えない分、ネットや書籍を通じて専門家並みの情報量を持たれた方もいらっしゃるのかもしれません。


不安や怖れが強いと、私達人間の行動は「不安解消」を目指して動くんですね。

震災後、カウンセリングに寄せられるご相談にも、そうした「不安」にまつわるものも少なくありません。

しかし、不安な気持ちを鎮めるために物を買い込んでも、情報を調べまくっても、果たして安心できるものは手に入れられたでしょうか?
ますます不安は増徴され、買い物や情報量が増える一方になりませんでした?


心理学的な見方の一つに「私達は自分が得る情報を自分自身で選んでいる」というものがあります。

例えば、あなたが原発に対し、不安を少なからず抱いているとしましょう。
そして、様々な文献やネットを調べたとします。
もちろん、真実を知りたいために、感情的には不安を解消したいために。

ところが、心の中にある「不安」という感情は、その「不安」を感じさせる情報を選び出してくるんですね。
もっと言えば、自分のその「不安」を証明する情報を「真実」と感じるのです。

実際、原発に対しては「悲観論」も多いですし、一方で、「楽観論」も未だに根強いものがあります。

でも、あなたが「不安」を感じている度合いが強ければ強いほど、「悲観論」に同調し、それが真実だと感じられてしまうんです。それを証明する根拠も集めようとするでしょう。「やっぱりそうなんだ!」と快哉を叫びたくなるかもしれません。

一方、そんなあなたの元に「楽観論」が示されたとします。すると、それには強い反発心を覚えるに違いありません。「そんなわけがない。きっと政府に踊らされてるに違いない」といって否定してしまうかもしれません。


もちろん、逆のことも言えます。
「大したこと無いんだ」と信じたい方は、それを証明してくれる「楽観論」が真実だと感じられるわけです。そして、それを立証する情報もちゃんと手に入ります。


つまり、何が真実かがなかなか分からないものに対しては、こうした状況が引き起こされるんですね。

そして、私達は無意識のうちに、自分の感じている感情を証明し、自分が信じたいものを信じようとする行動を取ってしまうのです。

そうすると、不安や怖れが非常に強い非常時に、その不安をさらに煽るようなデマがあっという間に拡散するのも理解できますよね。

「冷静に!」と呼びかけたところで、「冷静に物事を見るには不安が強すぎる状態の人たち」には通じませんよね。それどころじゃないですから。
むしろ、「自分は冷静に行動している」と思っている自立的な人の方が、かえってそのデマの拡散源になってしまうこともあるんです。(本当は不安を感じているから)


もちろん、これは震災や原発に限ったことではありません。

人間関係でも、ビジネスにおいても、私達は無意識のうちに自分で情報を選び取り、自分が信じたい情報に従おうとしているのです。
そして、それは、私達が心の内に持っている感情によるものなんですね。

特に、不安や怖れなど、私達が「早く何とかしたいと思う感情」においては、それが顕著に起きますし、「それに違いない」と決め付けや思い込みがとても起こりやすくなります。


じゃあ、どうしたらいいのか?と言うと、そうした自分の素直な感情をきちんと知っておく、ということなんです。

「私は自分では気付いていないけれど、おそらく今、とても敏感になっている。ストレスもあるし、不安も強いのだろう。だから、自分が得る情報に過敏に反応し、不安を増徴するようなことを言ってしまう可能性があるんだな」

と思っておくことなんですね。

そうして、自分の状態を知っておけば、「楽観」な情報に対して、「そっか、信じられないけれど、そういうこともあるのかな」と心を開くことが出来ます。(それを信じようとする必要はありません。)

つまりは選択肢や可能性を常に持つことができるんです。

選択肢があるとき、私達の心は余裕が生まれ、余裕が生まれると、安心感がやってきます。
「AしかないからAを選ぶ」のと、「AとBがあってAを選ぶ」のは全然意味が違いますよね?


とはいえ、なかなか自分の感情とほんとうに繋がることは難しいんですね。(不安やストレスが多い状況ではなおさら)

だから、このことを頭の隅に入れておいていただければな、と思うのです。

「自分は冷静なつもりでも、実際はそうじゃないのかもしれない」と。そして、「自分では客観的に物事を見ているつもりだけれど、実際は何らかの感情に左右されているんだな」と。

そうすることで、人の話や意見に耳を傾け、心を開くことができ、そこにつながりが生まれ、安心感を手に入れることもできると思うのです。


参考になりましたら幸いです。