心理カウンセラー浅野寿和です。いつもありがとうございます。

さて、実は今月16日の東京面談カウンセリングに、今日新たにキャンセル枠ができましたのでお知らせしますね。(2018/1/12 20:00現在)

・2018年1月15日(月) 13:00〜 16:00〜

もしご予定が会いましたら、この機会にご利用くださいませ。よろしくお願いします。

では、今日2本めのコラム。よろしければどうぞ。



私も人に迷惑をかけているんじゃないかなぁ〜と過剰に思うと、何もできなくなる?
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最近、何故か「人に迷惑をかける人の心理」の分析をする機会がありまして。

人を威圧する人、人を困らせる人、信頼関係を壊す人・・・「人の心の闇?」じゃないですが、私達にとっての脅威となる人の心理について、ひたすら分析をしていたんです。



ただ、こういったお話をさせていただくとき、僕が必ず付け加えてお話することがあるんですね。

「たしかに人にはいろんな心理状態があって、それゆえに自分の常識からは逸脱した行動をする人もいらっしゃるでしょう。

そういった人と関わる、関わらないという判断は個人のものですよね。

しかし、そういった人をあなたが過剰にジャッジしたり、排除しようとすると、今度はあなたがあなたらしくなくなりますから注意してくださいね。」


これ、どういう事かといいますと・・・。

例えば、人に迷惑をかけないように、と気を使い続けている人は、「私が人に迷惑をかけていないか?」すごく気にしているものですね。

そういったタイプの方が「人に迷惑をかける人の心理」をご覧になると、「私はこうならないように」と思いつつ、

「私、今まで人に迷惑をかけたり、人に不快な思いをさせないようにしてきたけど・・・もしかして私も同じ?私も不快に思わせているの?だとしたら嫌だ、恥ずかしい・・・」

そう自分を疑い始める人も多いんですよ。



確かに人に意図的に不快な思いをさせるのはただの嫌がらせですね。これは自分自身にも相手にもあまりメリットのない話です。

しかし、誰しも人に迷惑をかけちゃうことやミスをすることはありますよね。

そして、今になって「もしかして私も迷惑だった?」と、自分自身のことを疑ってみたり、恥じてみたり、嫌な気分になってみたところで、学びにはなりますが、しかし、私達の心は癒やされないようですよ。

むしろ、更に自分を律するだけの材料にしてしまうと、時には「自分らしさ」「自由な感覚」を失ってしまうこともあるかもしれない。



そんな時はこう考えてみるのはどうでしょう。

「もしあなたが迷惑をかけた人がいたとしても。

もし、あなたが人に、意図せず相手に不快な思いやうっかりマウンティングのようなことをしたとしても。

それでも友達でいてくれる人、仲良くしてくれる人、普通に接してくれる人っていませんか?

その人はなぜ、あなたが相手に不快な思いをさせたとしても、普通に接してくれるのでしょう?

そこを考えてみるといいですよ。「相手がいい人だから」という人のせいにしないで。」


実は自分が思っている以上に、自分が受け入れられ、愛されていることがあるらしいって、分かりませんか?

そういった人の思いに気づけるようになると、ちょっと心がじわっと温かくなりません?

あぁ、愛してくれる人、受け容れてくれる人がいるんだな、と思いませんか?


自分に対する過剰な制限っていらないんですよね。そもそももう迷惑かけているんだから。それでも愛されちゃってるんだから。

そこを恥じるんじゃなく、ありがたいなぁ、と思えたら。

もっと自分らしく生きていいんだな、と思えるかもしれません。



たしかに心理って、人の闇を暴いたり、人の問題や悩みが生まれる理由を説明するためにも使えます。

けれど僕は「幸せのため」に心理を使うことほど大切なものはないよな、と思うんですよ。

そして、自分が自覚している以上に「自分って愛されているんだな」「素晴らしいんだな」と理解できるような心理の使い方が大好きです。

アレが悪い、コレが悪い、という話に終始するのじゃなくて、いろんな自分がいるけれど、人は意外と愛してくれているな、と思えるような使い方。

そして、「自分も人を受け容れ、愛しているんだよな、もっと愛したいな」と思えるような使い方ですね。


それこそが癒しの心理だと僕は思うのですね。

そういった心理の使い方をすれば、もっと自分らしく生きられるようにもなりそうですしね。