浅野さんへの質問。

こんばんは。当方30代女性です。こちらでは、どのようなカテゴリーまで受けていただけるのかちょっと不安ですが、もしよろしければ、よろしくお願いします。

今回は、モラルを守れない人への苛立ちと、それに対する良い対応、気持ちの持ち方は何ですか?という質問です。

モラルを守れない人、と大まかに言いましたが、具体的な事を言うと、

・電車内で、座れない人もいるのに4人がけのbox席を占領しくつろいでる人、さらには大声で電話で喋る。
・レストラン等で店員にケチをつけ、タダにさせようとする。
・野球場や映画館等でルール違反し、注意されると逆切れ、自分の正当性を通そうとする。
・店員に上から目線で強引に自分の要求をすべて通そうとし、それが無理となるとキレて、暴言を吐く。無理なことに対して聞く耳を持たず、いいから早くやれとの一点張り。
・ポイ捨て・混み合っている人気スポットで、写真撮影に夢中で周りに気を使えない。

などです。

・店員などに命令口調、相手が弱そうだと、そこに漬け込みさらに傲慢な態度。そのような人を側で見ているととてもイライラしてしまいます。

特に、自分の要求を意地でも通そうとし、無理となるとキレる人や、店員に傲慢な態度を取る人に対しては、普段接客業をしている身としてはとてもしんどいです。冷静に受け答えをするのがいいのは分かっているのですが、、、

自分自身も、決してパーフェクトではないのですが、先程述べたことはしませんし、出来るだけモラルは守ろうと心がけています。

(Aさん ※原文のまま掲載しています。)


モラルを守れない人への苛立ち。良い対応・気持ちの持ち方

Aさん、ネタ募集にご協力ありがとうございます!

なるほど、それは苛立ちますね。見ていていい気分ではないですし。

接客業をされているなら、そういった態度をされると困っちゃいますよね。

こちらに悪意がないならなおさら辛い話です。

ただ、この話、意外と難しく感じるようで、考え込まない方が楽になるようですよ。


■キーワードは「アカウンタビリティ」。

私達の学ぶ心理学の中での「アカウンタビリティ」という言葉は

自分の感情は自分が感じているもの」という意味で使われます。

だから「自分の選択で変えられる」ということですね。


ただこの話をすると・・・いろんな誤解が生まれがちなんですよ。


例えば「モラルを守れない人への苛立ち」

モラルを守れない人を見ればそりゃ苛立ちます。それはある意味自然なことです。


そもそも、その「苛立ち」には意味があります。

Aさんのようにきちんとマナーを守ってベストを尽くしている人からすれば、そりゃイライラしますよね。

しかし、モラルを守れない人を責めると、同じ穴の狢になってしまう・・・・。

ここで悩むわけですよね。


ついつい報復の心理にハマり

「相手がそうならこっちも・・・」と考えてしまいがちですが、それは自爆を促します。

そんな自分の自己肯定感も下がります。


そう思うからこそ、この「苛立ち」自体を直接なんとかしようとする方も多いのですが、それはちょっと大変かもしれない。

僕はそう考えていないのです。

できることと言えば、苛立ちを表現して解放することぐらいなんですよね。

まぁしゃーない、と。



■苛立ちを解消する言葉たち

こんなときはこうつぶやいてみてはいかがでしょうか?

「私はいつも優しさを選んでいます」
「私はいつも誠実さを選んでいます」
「私はいつも人に温かい選択をしています」






人の気持ちは変えられない。

しかし、自分の気持ちは変えられる。

ならば、自分の気持ちをとことんいい感情に変えていくことなんです。


自分自身も、決してパーフェクトではないのですが、先程述べたことはしませんし、出来るだけモラルは守ろうと心がけています。

あなたがいつもパーフェクトかどうかではなく

いつも優しさを選んでいるあなたが素晴らしいのです。

いつも誠実さを選ぼうとしているあなたが素晴らしいのです。


淡々と自分を大切に扱うことを続けてみてくださいね。



追記。
そうそう。この話はむかつくけど我慢してる私を誉めましょうなんて話ではないので念の為。

それじゃ慰めになっちゃいますやん。

これは本気で自分を肯定して許してみよー!という話。

この部分の解釈の違いは大きいと思います。