気付くことの大切さ◆前田薫 

◇こちらは心理カウンセラー達が作る癒し系サイト「カウンセリングサービス」のカウンセラーのプロフィールページです。
カウンセリングサービス所属カウンセラー。
大阪地区担当 まえだ・かおる
  人との距離感がわからない。自分に自信がない。家族と上手くいかない。
両親、特に母親との関係に悩んだことがきっかけで、心理学に興味を持つ。
対人関係や親との関係などで悩んだ自身の経験から学んだことを活かし
感覚的で一緒に考え提案していくスタイルが得意である。

いつも人付き合いで悩む、馴染めないなど対人関係全般
自分に自信がない、自己否定、自己嫌悪などの自己の問題
母娘関係、家族関係などが得意。母娘関係は娘として母として悩んだ双方の立場の経験を活かしている。

お客様からは「話しながら気付かされる」「ハッとした気付きがある」「客観的に見ることが出来た」等のお声を頂いています。
つい出てしまう方言に癒される、懐かしい感じがするなどのご感想も多く、幅広い世代の方にご支持を頂いています。

50代 既婚 福井県在住 成人した娘(社会人)と息子(今年から社会人)がいる
今は主人と二人で生活している。幸せなパートナーシップを実践中。

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「あのとき、なんで“こっち”を選んだんだろう?」
「あの時違う方を選択していたら状況は変わっていたかも。」

このように悩むときはきっと、今が上手くいってないからではないでしょうか。
今が上手くいっていたら、それでも同じように「あのときの判断」を悔むでしょうか。

あのときの選択を後悔するのは、自己攻撃だと思います。
自分を責めるよりも、今できることを探しませんか。

このブログにご訪問していただきありがとうございます。
カウンセリングサービスの前田薫です。

「あのとき、ああすればよかった。」
「なんであのとき、“こっち”を選んでしまったんだろう。」
というように、

あのとき、自分がした選択を後悔するとき、というのは、今の自分が上手くいってないから、ではないでしょうか。

今が上手くいっていたら、それでも同じように「あの時ああすれば」って後悔するでしょうか?

今が上手くいってないから、あのときの選択が間違ってたんじゃないかと、
まるで証拠探しをしてるみたいですが、

でもそれって、自分を責めてるってことですよね。


あのときの選択

おそらく、「あのときの自分」に出来るベストな選択だったと思います。

あのとき、選択肢は他になかったのかもしれない。
選択肢が他にあったとしても、「あのときの自分」にとっては、あの選択がベストだったのだと思います。


あの時ああすればよかったと過去を後悔しても、過去は変えられないし、今の状況も変わらない。
変えられない過去を見続けたとしても、苦しいばっかりだと思うのです。
それは、自分を責め続けることになると思います。

そして、あまりにも自分を責めてしまうと、それを感じたくないから誰かを責めてしまう、誰かを責めてるときは自分を責めなくて済むので、誰かに矛先が向いてしまう、という悪循環にはまることもあると思います。


もし違う方を選んでたとしたら、って想像しても、いまが変わるわけでもない、とわかっていても、後悔してる最中って、わかっていても違う選択肢を想像してしまいがちだと思います。

それを無理やりポジティブにするのも難しいと思いますが、でも、ずっと後悔し続けたまま、というのも、気持ちが晴れないと思います。

なので、いま、「前を向いてみよう、という選択」をしてみませんか。

今の自分に出来るとは、過去の選択を悔むこと、だけではないはず。

今の自分に出来ることを探してみませんか

*  *  *  *  *

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私も人の顔色を伺う癖があって、しかも瞬時に「ああ、この人私のことが嫌いなんだ」と、ほぼストレートに思っていたんです。

ですが、人の顔色を伺う癖があるんだなって客観的に見ることが出来ると、このストレートな思考がちょっと緩まっていったんです。

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カウンセリングサービスの前田薫です。

先日の台風21号に続き、北海道での大きな地震。
被災された皆様には心よりお見舞い申し上げるとともに、
少しでも早い復旧をお祈りいたします。

*  *  *  *  *

ある役員の会計係をやっていた頃のお話しです。
私は集金したお金を銀行に持っていきました。

集金したものなので、千円札が数十枚、小銭も沢山ありました。項目別に4つの封筒に分けたものを4枚の入金伝票と一緒に銀行の受付に出したとき…

受付の方が、嫌そうな顔をしたように見えました。

「こんな沢山いっぺんに持ってきて迷惑だと思われてるんじゃないか。」と思っていた私には、受付の人が嫌そうな顔をしてるようにしか見えなかったんです。

実はこの時、結構な大金だったので主人にも一緒に来てもらってました。待ってる間に主人に
「あの受付の人、迷惑そうにしてなかった?」とこっそり聞いてみると

「そうか?全然。」と答えたのです。

「こんな沢山いっぺんに持ってきて迷惑だと思われてるんじゃないか。」と思ってる私と、なんとも思ってない主人との違い

迷惑じゃないかと勝手に思い込んでるのは私、そして、それを相手に投影してしまうので、相手もきっと迷惑がってると思ってしまうのです。

他にも、
そもそも、迷惑じゃないかと思ってるから、相手の顔が嫌そうに「見えてしまう」のかもしれないし、

迷惑じゃないかと思ってるから、「嫌そうな顔をしてる人」を無意識に見つけて、「ほらやっぱり」と一致させたいのかもしれない、

という心の癖もあったりします。

* * * * *

人の顔色を伺う癖はいつ頃からあったのかというと、やはり子供の頃からだったと思います。

親によく怒られる
何をやってもダメだしされる
子供の頃にいじめにあった、
悪気が全くなく言った言葉を非難された
などの理由から

相手に怒られないように、相手にいじめられないようにと、相手の顔色伺う癖がついていったと思います。
また「嫌われたんじゃないか」と思うということは、「嫌われる恐れ」があるからで、人の顔色を伺って、嫌われないように細心の注意を払ってきたと思います。


私の場合、先ずは、いじめられた子供の頃の体験を話すことから始めたと思います。
最初に思い当たったのが子供の頃のいじめだったからで、それからいろんな出来事を少しずつ思い出し、後になって親との関わりにも気付いていったんだと思います。

そうして怒りっぽかった親を理解することを頑張ったり、子供の頃の自分を癒すことに取り組んでいきました。顔色を伺ってた子供の頃の自分に手紙を書くことも実際にやってみました。

そうして癒していったある日、

「ああ、自分には顔色を伺う癖があるんだぁ~」という気付きかたをしたんです。

それは、気付いてるようで気付いてなかった、というか、まさに「腑に落ちる」感じだったと思います。たぶんこの時、客観視することが出来たんだろうし、自分のこの癖を受け容れることが出来たんだと思います。


客観視出来たことで、

人の顔色を伺って、ストレートに、あの人私のこと嫌ってる、と思う思考の癖から

ああ、また人の顔色を伺う癖が出てきちゃったなぁ、と、考えられるようになる、に変化していったのです。

あの人私のこと嫌ってる、と、すぐに結びつかなくなったので、嫌な思いをすることが減ったのです。


人の顔色を伺ってしまうとき、そして私のようにストレートに「あの人私のこと嫌ってる?」と思う場合は、

「ああ、自分には顔色を伺う癖があるんだなぁ」と思ってみることから始めてみませんか。

このひと手間が、あいだにクッションを挟むことになると思うんです。

もしよろしかったらお試しください。


偉そうに書いてますが(^^ゞずいぶん減ったとはいえ、私は今でも人の顔色を伺う癖を、つい、条件反射のようにやってしまうことがあります。
「嫌そうな顔してた。迷惑だと思ってるんじゃないか。」と。
細かいこと言うようですが(^^ゞ

以前は「迷惑だと思ってるに違いない」という決めつけレベルだったので、「迷惑だと思ってるんじゃないか」に減っただけでも

自分では変化だと思っています(^^ゞ

そんな時は「ああ、また人の顔色を伺う癖が出てきちゃったなぁ」と思い直すようにしています。

なくて七癖なのか(+_+)
でもまぁ自分を責めるでなく、受け容れるようにしています。


それに、人の顔色を伺う癖って、そんなに悪いもんじゃないかもしれない、と思うようになっていきました。

「機嫌悪そうだから、今は言わない方がいいな。」
「この人はこういう言い方をすると誤解するんだな。違う言い方にするとすんなりわかってもらえるな。」
「あの人はこういうの大好きだよなぁ。」
等というように、

自分を守るため、という視点から、相手を知りたい、という視点に変わっていくことで、その癖はプラスとして使えるんじゃないかと思うのです

*  *  *  *  *

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小学生の頃、コマなしの自転車に乗る練習をしてました。
あの時初めから乗れる自信なんてなかった。
でも、乗れるようになってから自信になったな、って思います。

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カウンセリングサービスの前田薫です。

私は小学5年生までコマ付きの自転車に乗っていました。
同級生は殆どコマなしでした。
別にコマ付きでもいいやんと自分に言い聞かせて誤魔化していたのですが、
3歳下の弟の友達にバカにされて(笑)一念発起したのです。
人気のいないところでこっそり練習してました(笑)

自転車に乗る練習、逆上がりの練習、
自信があって初めからできる、というものではありませんでした。


失敗して傷ついたり、
人と比べて落ち込んだり
そうして生きてるうちにだんだん自信を無くしていったと思います。

そして、「どうせ上手くいかないのなら、初めから何もしないでおこう」
たとえば「告白して振られるくらいならこのまま黙っていよう。」というような考えになっていきました。

自信のつけ方よりも、傷つかない生き方のほうが、自分の中で大きくなっていったと思います。

 
初めから乗れる自信なんてなかった自転車。

でも、練習して練習して、何度もこけてすり傷だらけになっても練習して
あるときフッと乗れるようになった。
「やった! 出来た! 乗れた!」
あのときが、自信を感じられたときだったと思います。


自転車以外にも、きっと出来たことってあったはず
なのにいつの間にか、出来ないところばかり見る癖がついてしまった

出来ないところばかり見て、自分にダメ出しをして、自分を責めて
自信をつけたいと思ってるのに、反対のことばっかりやってしまう


ついつい出来ないことばかりに目を向ける癖をちょっと横に置いて、
出来てるところを見つけて受け取ってみませんか

思い出してみませんか
自信がなくても始めたことを
そして後から自信になったことを

出来たことばかりじゃないかもしれません。
頑張っても思うような結果が出ないことだってあるかもしれません。

でも、頑張って前に進んだ分、そんな自分を認めてあげた分、
自信になっていくんだと思います。


自信がついてからじゃないと、と思うのは

「ホームランを打てるようになってからバッターボックスに立つと言ってるようなもの」だと言われています。

逆なんですよね。バッターボックスに立って経験を積んでいくことで、ホームランに繋がるのではないでしょうか。

その経験が、自信を育んでいくんだと思います





「自分を大切にしてください。」というと多くの方が、
「それって自己中じゃないんですか?」「わがままじゃないんですか?」と言われます。そもそも、どうしてそう思うのでしょう?

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カウンセリングサービスの前田薫です。


「自分を大切にする」は、

自分の気持ちに嘘をつかない、見て見ぬふりをしない、

自分の気持ちに素直になってあげる、自分の気持ちに応えてあげる、ということではないかと思います。


わがまま、自己中は

自分を大切にしたいという思いはいいけど、だからといって

自分の思い通りにしたいから、相手に有無を言わせない、相手に強要する

相手が自分の思い通りになって当然だ、という態度になる、ではないかと思います。


つまり、自分を大切にすることと自己中の違いは、「相手の都合を考えてるかどうか」の違いだと思います。


自分を大切に出来ないと悩む方の多くは、「自分より相手を優先してしまう」癖を持ってる方が多いように感じます。

おそらく、ですが この癖をずっとやってきた方は、

「ということは『相手より自分を優先してしまう』ってことよね?」と、シンプルに反転してしまうのかもしれません。

そして、

自分より相手を優先してしてきた方は、もしかしたら、

我がままだなぁと思いつつも、相手に合わせてきたのではないでしょうか。

自分の都合を後回しにしてきたんじゃないでしょうか。


例えばですが、メールの返信をどんなに忙しくても相手に合わせて即返信してたとしたら、

相手より自分を優先するなんて、

相手に、どんなに忙しくても即メールの返信をさせることになるんじゃないか、と思ってしまうのではないでしょうか?


だから、自分を優先するなんて、わがままじゃないか、と思う、という思考になるのではないか、と思うのです。

つまり投影が返ってくるんですね。


先ずはそのことに気付きましょうね。


じゃあ、どうしたら、自分を大切にする=自己中、と思わなくなるのでしょうか。

メールの返信ならば、どうしても忙しい時は後にしてみる、ということにチャレンジしてみるんです。

よほど緊急な場合や、大事な用事などは別ですが、今すぐ出さなくても大丈夫そうな内容なら、チャレンジしてみてもいいと思います。

自分が無理して相手に合わせないことで、自己中だと思うことは減っていくのではないかと思います。

つまりこれも、投影が返ってくるということですね。


ただ、本当に自己中の人は、こんな風に悩まないのではないかと思います。

私は自己中じゃないか?という思い込みもあるのかもしれませんね

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お盆やお正月に実家に帰ろうかどうしようか悩むとき
複雑な自分の気持ちに目を向けることを優先する
というところから始めてみませんか

このブログにご訪問していただきありがとうございます。
カウンセリングサービスの前田薫です。

最近また、この過去のブログのアクセスが増えてたことに気付きました。
お盆やお正月、ゴールデンウィークなどの時期になると、「実家に帰りたくない」等で検索される方が増えるのだろうか。そのなかで見つけてくださったのかなと思います。

別に帰らなくてもいい、なんとも思わない、のだとしたら、この過去のブログも見なかっただろうと思います。

きっと、このブログを見つけてくださったあなたは、家族の期待に応えてあげたいんだけど…という葛藤があるから、ですよね?

親も、やんややんや言うのよね。
「お盆は帰ってくるんか?」って。

お盆が近づくと帰省ラッシュのニュースを必ずするし
スーパーのチラシには、お盆のごちそう特集が競うように載ってるし
隣近所の家の前には、いつもはない県外ナンバーの車が止まってたりする

嫌でも情報は入ってくる
それらを見ちゃうと寂しくなってしまうのかもしれません。


そんなこと書かれたら罪悪感感じるじゃないの!と思ったあなた。

だから自分よりも家族の気持ちを優先してきたのよね?

罪悪感を感じるくらいなら、我慢して帰った方がマシ。
そう考えて帰省することを選択してきたんじゃないでしょうか。

マシ。
帰りたい、じゃなくて、マシ。

でももうこの考え方もしんどくなって、検索して他の方法を探してたんじゃないでしょうか?

もしもそうだとしたら、もうそろそろ、自分の気持ちを見てあげるときなんじゃないでしょうか。

お盆に実家に帰ったほうがいいのか帰らなくてもいいのか。
イエスかノーかの単純な答えはそう簡単には出ないと思います。
掲示板のようなサイトを見ても、人それぞれ考え方や事情が違うので、答えも人それぞれじゃなかったですか。

自分の気持ちを優先していい、と言われても躊躇するんだとしたら、
自分の気持ちに「目を向ける」ことを優先する、ことから始めてみませんか。

こんなことで悩んでる自分って最低だな、って思ってたとしたら、最低じゃないよとお伝えしたい。
きっとそれなりの理由があるからだろうから



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相手に上手く伝わらないと思うとき
相手の反応が、自分の期待通りではなかった
だから、どうせ言っても無駄だと、相手に伝えること諦めてしまった
という場合があると思います。


このブログにご訪問していただきありがとうございます。
カウンセリングサービスの前田薫です。

たとえば、子供の頃いじめにあって、学校に行きたくないと親に打ち明けたとき、
「めそめそするな。頑張って学校に行きなさい!」なんて言われたら、わかってもらえないんだ、と思うと思います。

自分の気持ちを言っても正論で諭されたり、厳しいことを言われたり。
わかってもらえないんだ、という経験を何度もすると、言っても無駄だ、と思うようになると思います。

言っても無駄だと思うと、言葉にして表現する機会は減っていきますよね。

自分の気持ちを相手に伝えようという気持ちが失せていく、でも、言いたいことは失せていくわけではない。言葉にして外に出すこともなく、心の中にどんどん溜まっていくのではないかと思います。

それは見て見ぬふりをしてるようなものだと思います。
だから、いざ自分の気持ちを伝えたいと思っても、上手く言葉が出てこない、とか
そもそも自分が本当はどう思ってるのかわからない、わからないからどう表現していいのかもわからないということもあるかと思います。
もどかしさから、怒りをぶつけてしまうこともあると思います。


ところで。
ちょっと話して相手の反応を見て、どうやら相手に伝わりそうにないなぁと思ったら
「あ、いいです。」
と、伝えることを止めてしまう、ということを実は私やってた頃がありました。

どうせ言っても無駄だ
嫌な思いをするだけなら、初めから言わなければいい。
そんな思いからくる防衛反応だったと思います。

で、おしゃもじの例えを書きましたが、普通○○でしょ?が相手には普通じゃない場合があります。

誰かに相談したときに「弱音をはいちゃダメ」と言われたとしたら、もしかしたらですが相手にはいじめられた経験がないのかもしれません。

親とのことで悩んでるあなたが、誰かに相談したとき、「親のことを悪く言うな」と言われたとしたら、まさか親との間に問題があるなんて、想像もつかないんだと思います。

なので、相手も全く同じ意見だ、という期待は、自身が楽になるためにも手放した方がいいと思います。

それはつまり、相手に同じ経験がない、想像がつかない、という場合には、わかってよ!わかってよ!と頑張っても難しいんだ、ということを受け容れる必要があるということなんです。


だけど、

言葉にしないと伝わらないのでね。

言わなくても察してよ、というのは難しい。
相手は超能力者じゃないので難しい。

どこから話し始めてもいいんです。
完璧に話そうと思わなくてもいいんです。
それはとても勇気の要ることだと思います。
でも、わかってもらう為には、話すしかないんですよね。
怖いけど。

たとえば、
どうせ言っても無駄だ
どうせ正論を言われるだけだ
って思ってた、ということからでも話してみませんか。

言っても無駄だと思ったときの気持ち
あの時本当に言いたかったこと
わかってほしかったこと、など

少しずつ話してみませんか

自分では「普通は○○でしょ」と思ってることが、相手にとっては「普通ではない」という場合があったりします。
例えばご飯のおしゃもじってどこに置きます? 炊飯器の中?外? 
どっちが普通なんでしょう? どっちが正しいんでしょう?

このブログにご訪問していただきありがとうございます。
カウンセリングサービスの前田薫です。

暑い日が続きますね。…という言葉を何度言っただろう?と思う今年の夏ですね。
皆さまご自愛ください。

前回のブログ(相手に上手く伝わらないと思うとき(1)人それぞれ考え方が違う)のなかで、自分では「普通は○○でしょ」と思ってることが、相手にとっては「普通じゃない」という場合があったりします。とありましたが、もう少し詳しく知りたい。というお声を頂きましたのでここでも書こうと思います。ありがとうございますm(__)m

例えばですが、
ご飯のおしゃもじ、どこに置きますか? 炊飯器の中ですか?外ですか?

炊飯器の中に入れる、という人は、外に出しておくとほこりがかぶって不衛生、こびりついたご飯粒が干からびる、という意見があって、

炊飯器の外に置く、という人は、中に入れると熱くておしゃもじが持てない、手で触ったものを炊飯器に入れておく方が不衛生、という意見がある、

というのを聞いたことがあります。


さて、どっちが普通なんでしょう?難しいですよね。どっちの意見も一理あるし…。

このようにそれぞれが自分の意見が正しいと思って意見が対立するとき、自分の意見を伝えても「相手に伝わらない」と感じることがあると思います。

言葉としては伝わってるんだと思います。だけど相手が「それは間違ってる」「あり得ない」等と思ってるとしたら「理解する」とまではいかないのかも。

やったことないことは想像がつかない、という場合もありそうですよね。

なので、人によって意見が違うんだということを受け入れることが、ここでは必要になってくると思います。


それでも相手に伝えたいときには…

先ほど、それぞれが自分の意見が正しいと思ってる、と書きました。

伝える自分の方も「自分の方が正しい」と思って伝えようとすると、それは同時に「相手が間違ってる」という否定的な伝え方になってしまってるのかもしれません。

すると相手は、
「私が間違ってるっていうの?」と反発するかもしれないし、相手の意見を素直に聞こうという気持ちになれないんじゃないかと思います。

なので、相手に伝えるときに、自分の正しさにこだわってないか見直してみるいいと思います。
もしも正しさにこだわってるなと気付けたら、それだけでも伝え方が緩まるかと思います。

それともう一つ大事なのは、自分の意見をわかってほしいように、相手も自分の意見をわかってほしいと思ってると思います。
つい自分の意見を言うことに一生懸命になってしまうことってあると思いますが、

自分の「わかってほしい」ばかりに目を向けるのではなく、相手の「わかってほしい」もちゃんと聞いてみよう、という姿勢がいいかなと思います。
相手の意見を一方的に聞かされるだけって、不満を感じると思いませんか。

ちなみにですが
こんなふうに意見が対立するとき、相手の意見を実際にやってみると、
なるほどという気付きがあったり、相手を理解するきっかけになる、ということがあるようです。

今回の例なら、
実際におしゃもじを炊飯器に入れてみて「確かに熱いなぁ」と思ったら、それがきっかけになるかも。もしかしたら、全く新しい意見が出てくるかも。


余談ですが
この、おしゃもじ議論。どっちが正しいかなんてきっと答えは出ないだろうなと思います。
どっちもアリだと思うし。
私の場合は、子供の頃から、おしゃもじは炊飯器に付属していた「おしゃもじ立て」みたいなところに入れてたので、おしゃもじは炊飯器の外に置くものだと思ってたので、どこに置くか真剣に(笑)考えたことがなかったんです。
それぞれ長所短所があって、どっちのやり方もアリだな、でいいのかもしれませんね





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