こんばんは、建部かずのぶです。


16年前、阪神淡路大震災の時によく見かけた言葉がありました。それは、
 『 がんばろう神戸 』

この言葉は、ステッカーやのぼりといった形で、けっこう頻繁に見かけたんですね。


そして16年後の3月、東日本大震災以後の今も、
『 がんばろう東北 』や『 がんばろう日本 』という言葉を、あちこちで目にするようになってきました。

ただ私としては、この「がんばろう」って、ちょっと気を遣ってしまう言葉なんですね。
それは、人によって十人十色の受け止め方がある言葉ですから。


もし相手が、復興に向けてのすごいパワーがあったり、もう少し元気を出しても大丈夫な状態だとすれば、この言葉は有効でしょう。
やる気がある状態で、且つそこに周りからの応援も加わると、モチベーションはもっと高くなっていきますからね。
また元気なその姿は、ときに周囲に勇気や希望を与えることにもなるでしょう。

ですが、自分がとてもしんどいときに「頑張ろう!」と言われるとどうでしょう?
そう言ってくれる相手の気持ちは分かるけれど、その先には頑張れない自分に対しての罪悪感が出てきます。
また、「期待に応えたいけれど、どうしても応えられない・・・」と、かえってプレッシャーになってしまうかもしれませんね。


「頑張ろう!」というポジティブなイメージの言葉も、実は人によっては“酷な言葉”になってしまうこともあるのです。
阪神大震災のとき、私は避難所や仮設住宅を訪問するボランティアもしたのですが、
その時に、複数の方が「頑張らなければならないのは分かるのだけれど、先も見えないし・・・」などとおっしゃっていました。
また、ボランティアの仲間たちとミーティングをしていたときでも、
「被災地の方と接する時には、頑張ろうってあまり言わないようにしようね」なんて話もしていたように思います。


だからと言って、「頑張ろう!」というメッセージを否定するつもりはありません。
その言葉を原動力にして、頑張れる人もたくさんいらっしゃるでしょうし、
その思いを胸に、特に被災地の方々が、復興へ向けて少しずつ歩まれるのは素晴らしいことですし、私も心から応援したいと思います。

ですが、「しんどいときは、ムリして頑張らなくてもいい」という選択肢を、どこかに持っていただきたいのです。
地震や大津波など、自分ではどうにもならない天災を受け止めるペースは人それぞれですので。

周りの人達が、「頑張ろう!」と前を向いていると思うとき、自分だけが取り残されたような気分になることもあるでしょう。
でも、それが正直なご自身の気持ちであるならば、その心のメッセージを大切にしていただきたいのです。
だって、間違いなく誰もが頑張って頑張って、今日という日を生きているのですから。

人は支えて支えられて絆を創り、その絆があるからこそ人はもっと強くなれます。
なんだか頑張れないなぁと思うときこそ、大切な誰かとの絆を思い出し、その人たちに自分自身を委ねるときなのかもしれません。

 

こう書くと、大地震で被災された方、または家族や友人、知人が被災されて今も心を痛めている方に対して、
どういった言葉を掛ければいいか、考えあぐねてしまう方もいらっしゃるかもしれませんね。

強いストレス状態にあるとき、伝える側は繊細に、受ける側も過敏になりがちです。
お互いが神経をすり減らして関係性が悪化しないために、ここでは自分と相手の心理状態をチェックする必要が出てきます。

見ていて辛くなるから、何とか元気になってもらおう、とつい過剰に励ましていませんでしょうか?
目の前の人は、一体どんな言葉なら受け止めてもらえそうですか?


もちろん励ますという行為は、思いやりの現れであり、相手が元気ならばどんどん声を掛けてもOKです。
ですが、もし相手がしょんぼりしているなぁと思ったら、そっと心に寄り添う言葉が必要なのかもしれません。

例えば、挨拶や何気ない会話の中で、こんな言葉をはさんでみるのもいいかもしれませんね。
 「最近はだいぶ暖かくなってきたけど、お元気にしていますか?」(気遣いの言葉)
 「あなたとこうして会えたり、声を聞くだけでも私は嬉しいですよ」(承認の言葉)
 「もし辛くなったら、遠慮なく声を掛けてね。少しは時間作るから」(労いの言葉)

もしかしたら、あえて遠くから見守ることが相手にとっての思いやり、という場面が出てくるかもしれません。
そんな時は焦らず、相手にもペースもあるのだからと、のんびり構えておきましょう。


人は本当に辛いとき、その気持ちをうまく伝えられないことがよくあるものです。
ですので、そこではお互いの気持ちを大切にするコミュニケーションが求められてきます。
いつの日か相手にゆとりが出てきたときのために、「お互いの絆を思い出す言葉」を少しずつ掛けてみてくださいね。