こんばんは、建部かずのぶです。

東日本大震災では、本当に多くの人命が失われました。
人が1人亡くなるということだけでも大きな出来事なのですが、
それが今回のように1万人を超えると、あまりにも膨大ではありますが、お一人お一人が本当に尊い命です。

亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、ご遺族の方々へ心からお悔やみ申し上げます。


日本という国は、四季があり、自然の恵みもあり、世界的に見て本当に豊かな国だと思います。
その一方で、日本は「地震大国」でもあり、また台風や火山といった自然災害で、何度も多くの人や街が犠牲になる経験もしています。

そして今回の大震災では、地震に加え、改めて大津波の恐ろしさを、テレビを通して見せつけられました。

地震に関するニュースや新聞を見ていると、たまに「津波てんでんこ」という言葉を見受けます。
これは三陸地方で言い伝えられている言葉で、「てんでんこ」とは「てんでんばらばらに」という意味で、
「もし津波が襲ってきた時には、家族であろうが構わずに、各自ばらばらに高台に逃げろ!」という先人の知恵です。
また「自分の命は自分で守れ。そして一家絶滅を防げ」ということも含み、一人だけ助かっても非難しない、という厳しい教訓だそうです。

少しでも津波から街を守ろうと、地理の教科書でも出てくる壁のような防潮堤を作った宮古市の旧田老町や、
世界最大級の防潮堤を作った釜石市や大船渡市などもありましたが、それでも、残念ながらこの大津波は防げませんでした。
結局は、少しでも高台に逃げるという必死の行動をとることで、多くの命が助かったのです。

リアス式海岸で風光明媚な三陸海岸は、海に山が迫る入り組んだ地形であり、天然の良港が立地しやすい場所なのですが、
一度津波が起きると、その地形で波が湾内で高くなってしまい、容赦なく集落を襲うという性質があります。

それ故に、昔から大きな津波に襲われる事が多い三陸地方の方々は、この「津波てんでんこ」の教えを守り、
日常的に避難訓練をしたり、避難路を確保されたりしていた様です。
過去の悲しい教訓から、「命と自分たちの街を守ろう」という、自助・共助の意識を持ち続けていたのでしょう。


震災についてインターネットで見ていた時、元自衛官という方が書かれていた、
「非常時には、あらかじめ準備していたこと以上のことはできない」という言葉が印象的でした
そのために自衛隊の方々は想定できる様々な事案に対して、訓練をされているそうです。

私たち個人のレベルでここまでする必要はないかもしれませんが、
今回の災害に限らず、過去の災害から、もし学びになることがあるとすれば、一度その事を考えてみてもいいのかもしれません。

前もって避難場所や避難路、緊急時の連絡方法、或いは守ってくれる場所や安心できる場所を作っておくことができたなら、
いざという時に落ち着いた行動ができるかもしれませんからね。


平和な毎日が続くこと。
それ自体はとてもいいことなのですが、一方で、こういう言い伝えのような言葉は、「気にしすぎだよ」と打ち消されがちですし、
また、わざわざそんなことは考えたくない、って方もいらっしゃるかもしれません。

ただ、残念ながら、災害は忘れたころに起こってしまうのです。
そして近しい人を亡くしたり、今まで慣れ親しんでいた街が一気に消えてしまうなどの辛い出来事は、
被災された方のそれぞれの受け止め方によって記憶されていきます。

もちろん中には、どうかそっとしておいてほしいと考える方もいらっしゃいます。
そういった方に対しては、心の回復を促すのではなく、何も言わずにそばで寄り添うなど、ただ受け入れてあげることが先決でしょう。


ただ残念ながら、災害の体験は、時間とともに風化が進んでいきます。
今回の震災で失われた尊い命を忘れないためにも、教訓としてどう生かしていくか?と考えると、
やはり「この体験を分かち合いたい」という語り部の存在と、次世代への語り継ぎの継続が不可欠なのです。

だからと言って、いきなり使命感に燃える必要もありません。
無理して心の負担になってはご本人が辛いだけでしょう。
神戸の震災の場合も、何年も経って、それこそ、最近になって伝えていこうと思い始めた方もおられます。
できる人が、その人なりの伝え方で、後世に教訓として伝えれることができるといいなぁと思います。


「津波てんでんこ」は、津波の多い地方ならではの言い伝えです。
多くの人が津波で犠牲になった悲しみを、子孫には味わってほしくない、との思いから、一人一人の命の尊さを教えてくれています。

街が無くなっても、誰か一人でも生きてくれればいい。その命があれば、きっと子孫の笑顔につながるだろう。
この、祈りにも似た教訓を、私たちは忘れてはいけないのでしょう。


4月も半ばを過ぎ、街のあちこちで咲き誇っていた桜が、春風によって花吹雪になり、ひらひらと舞い散っていきました。
下を見ると道に花びらの絨毯を作り、上を見れば今度は若葉が主役になっています。
華やかに咲き、一気に散っていく桜の姿に、私たち日本人は儚さを感じるのではないでしょうか。

桜の命はとても短いですが、一年後にはまた美しく咲き、その姿は私たちに自然の生命力を見せてくれます。
人の心はこんなに規則正しくはありませんが、それでも少しずつ現実を受け入れ、時間を掛けてゆっくりと回復していきます。
(もしも悲嘆が強く、日常生活に支障をきたすようでしたら、カウンセリングなどの専門機関も一度検討してくださいね)

そして何年後か、自分の口から出来事について語ることができたなら、
それは過去を自分なりに整理し、そして人生はまだ続いていると感じられるところまで消化したと言えるのかもしれません。

「津波てんでんこ」は、防災意識を高める教訓と同時に、
喪失を乗り越えた先人の心の強さを私たちに教えてくれる言い伝えとして、末永く語り継いでほしいと思うのでした。