2013年09月02日

【私のカウンセリング体験談】人生は90°だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話-14

週末は台風と秋雨前線の影響で、九州地方は大雨でした。
大雨が過ぎ去り、気温もちょっと低くなり、秋の気配を感じます。

さて、私のカウンセリング体験談も、今回が最終回です。
長い間お付き合いただき、ありがとうございました。
私の体験談が、みなさんのお役にたてれば幸いです。

前回までのお話を読みになりたい方は、こちらから、どうぞ >>


『人生は90°だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話-』
おわりに 幸せを創る人になろう

東京で初めて心理カウンセリングを受けてから1年後、私は、現在のパートナーと出会い、それから4年の付き合いを経て再婚しました。
心理学を勉強し、心理カウンセリングを受けたので、現在のパートナーとの間に何も問題がないかといえば、残念ながらそうではありません。
今の夫と暮らしていても、時には喧嘩もするし、気まずい雰囲気になったり、イライラしたり、腹が立つこともあります。

しかし、冷静になって自分の感情を振り返り、相手の立場になって相手の感情を理解して、どのようなコミュニケーションを取れば、2人がより幸せな状態でいられるのかと考えて、行動するようになりました。
その時々で、悩みや問題は出てきますが、徐々に上手く対処できるようになったので、年を重ねるごとに、2人の仲は良くなっているように感じています。


心理学や心理カウンセリングというと、今抱えている問題や悩みを解消するためのものと思われる方が多いと思います。
 しかし、心理学や心理カウンセリングは、将来の喜びや幸せを実現するために使うものだと、私は思っています。

問題や悩みを抱えている時は、辛く、苦しく、実に嫌な気分です。
そんな時は、決して幸せではありません。
幸せとは程遠い、不幸せな状態です。
しかし、問題や悩みを解消したいと思うことは、不幸せな状態を終わらせたい、つまり、今よりも幸せになりたい、そう願っていることでもあります。

「私の気分を憂鬱にする、この悩みを解消したい。」と悩みの解消を目的にするのと、「私の気分が爽快になる、そんな幸せな状態になりたい。」と幸せの実現を目的にするのと、出発点は同じ問題や悩みであっても、どこを目的にするのかで違いが生じます。
そこに向かって進むときの気分、モチベーションが大きく変わってきます。


私たちは、一人ひとりが、それぞれの人生の主人公です。
どんな人でも、幸せになりたいという願いがあるはずです。
今は、問題の真っ只中、大きな悩みを抱えていて、自分の幸せな姿なんて、想像すらできないかもしれません。
心理学では「問題の下に才能あり」と言います。
あなたが今の問題・課題を乗り越えるとき、あなたは、あなたの才能を発見することでしょう。

私が、暗黒時代を経て、いま新たなパートナーと楽しく暮らしているように、あなたの現在の問題の中には、あなたの幸せを実現する鍵が隠されています。
問題を通して学んだこと、問題を通して得た才能をもって、人は自分自身の幸せを創りだしていけるのだと思います。

あなたの幸せも、あなたの周りの人の幸せも、あなたによって創り出されます。
あなたは、どんな夢を実現したいのでしょうか?
そのお手伝いを、させていただけることが、私の喜びです。
これからも、私は、人の夢の実現をサポートしていきたいと思っています。



thank you for your time



cs_mari at 18:45|Permalink 私のカウンセリング体験談 

2013年08月27日

【私のカウンセリング体験談】人生は90°だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話-13

週末の大雨、熊本市内でも道路が冠水して大変でした。
みなさんの地域は、大丈夫でしたか?
この雨で、水不足も少し解消されるといいですね。

作成した文章を、いつものようにブログに貼り付けようとしたら、何故かうまくいかず。
予告通りにアップデートができませんでした、遅れてしまって、ごめんなさい。

前回に引き続き、私のカウンセリング体験談です。
お読みいただけると、嬉しいです。

前回までのお話を読みになりたい方は、こちらから、どうぞ >>


『人生は90°だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話-』
第4章 転んだら起き上がって、また歩き出せばいいのです。 chapter4

前回は、一度目の結婚の時に、洗濯物を干してくれていた夫に、「余計なことをしないでよ」と言ってしまったというエピソードをお伝えしました。

そのエピソードは、象徴的なものとして思い出されたもので、実際は似たような事を、気づかないうちに、たくさんしでかしていたのではないかと思います。
そして、きっとそれらは、チリが積もるように徐々に堆積して、いつしか夫の不満となっていたかもしれません。

そう思うと、家庭に穏やかさや安らぎ、楽しさがないと、フラフラと他に気持が向いた夫の気持もわからないではないなと思います。
いま現在、パートナーの浮気で悩んでいる方には受け入れがたい考え方かもしれませんが、その結婚が破綻した要因は、私も夫も50:50だったのかもしれないなと思います。
だからといって、浮気をしていいということではありませんけどね(念を押しておきますね・笑)。

“私にも要因があった”と認めるのは、難しいものです。
私も、それを認めるまでに、だいぶ時間がかかりました。
しかし、一旦それを認めると、私が幸せになるための道筋が見えてきます。

前回、過去に傷ついた思いが塊となって、心の奥深いところに、ゴツゴツとした石のように沈んでいると、書きました。
そのゴツゴツとした石を、コンプレックス(感情の集合体)と呼びます。
過去と似たような出来事が現実の世界で起こると、コンプレックスが刺激を受けてガタガタと騒いで、過去に傷ついた感情がよみがえるので、もう傷つかないようにと自分をかばうような行動を取ってしまいます。
心に潜むコンプレックス、形が無いものなので、手術で取りだすとか、薬で溶かすというわけにはいきません。
そこで、心理カウンセリングでは、様々なセラピー(心理療法)を使って、そのコンプレックスを徐々に小さくしていきます。

例えば、厳しい父親に叱られ続けた過去があるならば、「自分は存在する価値がない」と思っているとしたら。
父親も厳しく育てられたので、子どもに優しく接することを知らなかったのだとか。
仕事が厳しい状況にあって、父親に心の余裕がなかったのだとか。
厳しいだけでなく、父親には優しい一面もあったではないかとか。
父親が私を叱っていたのは、私の将来を思っての愛情だとか。
そのようにセラピーを通して、過去の出来事を多角的にとらえることによって、コンプレックスは癒していくことができます。

コンプレックスを癒した結果、私がどう変化したかというと。
以前と違い現在は、「家事はお互いが協力してするもの」と、たくさんあった厳しいルールが、だいぶゆるくなりました。
また、「あっ、やるべきことをやっていない」と思っても、罪悪感から自分を責めることなく、「いまからでも、やればいいのだ」と思えるようになれました。

現在は、再婚した夫が洗濯物を干してくれると、「さすが気がきくよね、ありがとう。」という言葉が自然と出てきます。
また、自分を責めることがないので、心に相手を想う余裕が生まれ、「優しんだよね。」と、夫の優しさや愛情を感じるようになりました。
それどころか、「ごめん、洗濯物干しておいて。ありがとう。」と、夫を頼るようにもなりました。
以前の私と、いまの私、比べてみるとずいぶんと変わったものだなと思います。
これが、私の体験したカウンセリングの成果です。

起こってしまった過去は、どうしようもありません。
いたずらに、過去の自分を悔いたり、罰する必要はないと思います。
過去の自分を責めて立ち止まっているより、過去の失敗をどう活かすか、これから自分はどのようにしたら、よりよくなれるのか、変わっていけるのか、幸せになれるのか、そこに意識を向けましょう。

過去がどうあろうと、今これから、変わっていけばいいじゃないでしょうか。
何度転んだとしても、また起き上がって、幸せに向かって歩いていきませんか。


>> おわりに 幸せを創る人になろう
   (9/2 mon update) へ続く

thank you for your time



cs_mari at 08:52|Permalink 私のカウンセリング体験談 

2013年08月19日

【私のカウンセリング体験談】人生は90° だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話-12

ベランダに出ると、前の川の上を、トンボがたくさん飛んでいました。
今日も熊本は35℃を超える猛暑日でしたが、秋が近づいているんですね。

前回に引き続き、私のカウンセリング体験談です。
お読みいただけると、嬉しいです。

前回までのお話を読みになりたい方は、こちらから、どうぞ >>


『人生は90°だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話-』
第4章 転んだら起き上がって、また歩き出せばいいのです。 chapter3

私は、40歳近くになるまで、様々な恋愛をし、数々の失敗を繰り返してきました。
バーのマスターが言ったように「離婚して当然の、人の心、愛というものが、何もわかっていない」ような、最低最悪の女だったかもしれません。

どちらが正しくて、どちらが間違っているだとか、どちらが優れていて、どちらが劣っていると、競争をすると対人関係はギスギスとしてきます。
また、女はこうあるべき、男はこうあるべきといった、ルールが多くて役割意識が強いと、理屈に縛られて対人関係は窮屈になってきます。

競争やルールは悪いことではありませんが、そればかりでは対人関係は成り立ちません。
そこに、優しさ、思いやり、安らぎ、温もりといった気持を通い合わせることも大事なことです。
そんなこと、小さな子どもでもわかっていることですが、大人になるにつれて競争やルールに縛られるうちに、すっかり忘れていたのだと思います。

カウンセリングを通して、最初にしたことは自分の気持に気づくということでした。
ポジティブなものだけではなく、ネガティブな気持ちも抑え込まずに、受け入れていきました。
特に、過去に遡って家族に対する気持を振り返ってみると、父親にまつわる出来事では無価値感が、母親にまつわる出来事では罪悪感を持っていることがわかりました。

もちろん、それは過去の出来事で、その時に感じた気持ちなのですが、その気持ちや傷ついた思いは塊となって、私の心の奥深いところに、ゴツゴツとした石のように沈んでいました。
そして、現実の世界で似たような出来事が起こると、その石が刺激を受けてガタガタと騒ぐので、傷ついた思いがよみがえります。
すると、もう傷つきたくないと、自分を守るような行動を取ることがわかりました。

私が教わったことは、どの心理学の本にも書いてあるような基本的なことで、読めば「そのようなものかな」と思えることです。
しかし、それが私自身の日常の行動に、具体的にどのように現れて、そのために人間関係が上手くいかないのかは、カウンセラーに指摘を受けないと自分自身では気付くことが出来ないものでした。
私の心の癖は、実に巧妙に、私の行動に溶け込んでいました。

心の癖がわかってくると、「あっ、またやった。」と気づくようになります。気づくことが出来れば、心の癖から生じたって行動や言動を修正することもできます。
すると、以前のように、対人関係が破綻することが少なくなってきます。

具体的な例でお話しましょう。
以前結婚していた時のこと、その日、私は仕事で夫は休みの日でした。
私が仕事から帰ってくると、夫はベランダで洗濯物を干していました。
その頃の私は、「家事は女性がするもので、仕事を続けるなら、家事もきちんとしなければならない」というルールを自分で定めていました。

夫が洗濯物を干している姿をみて、「私はちゃんと仕事と家事を両立していない」という罪悪感と、「そんなことされたら私の立場がない」という無価値感が刺激されたのでしょう、夫に向かって、「余計なことをしないでよ」と言ってしまいました。
すると、夫は怒ったようにして「もうしない」と言い、それから2度と洗濯物を干してくれることはありませんでした。


あの時、夫は、どんな思いだったでしょう。
仕事も家事も大変だからと思って、手伝おうと思ってやってくれたことだと思います。
それを、「余計なこと」と言われれば、腹も立ちますよね。
この出来事を思い出した時、「昔の私って、さぞかし嫌な女だったろうな」と苦笑してしまいました。


>> 第4章 転んだら起き上がって、また歩き出せばいいのです。 chapter4
   (8/25 mon update) へ続く

thank you for your time



cs_mari at 21:19|Permalink 私のカウンセリング体験談 

2013年08月12日

【私のカウンセリング体験談】人生は90° だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話 -11

気温40℃とは、いったいどういうことなのでしょう!?
と言っても、現状起こっていることなのだから、それに対処するしかないのですが、そこはやはり言葉に出して、嘆きたくなるものです。
酷暑が続いていますので、みなさん体調管理には気をつけましょうね。

前回に引き続き、私のカウンセリング体験談です。
お読みいただけると、嬉しいです。

前回までのお話を読みになりたい方は、こちらから、どうぞ >>


『人生は90°だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話-』
第4章 転んだら起き上がって、また歩き出せばいいのです。 chapter2

二つ目は、罪悪感と無価値感という感情がもたらす、対人関係のトラブルです。

罪悪感とは、読んで字のごとく、自分のことを罪深く悪い存在だと感じる感情です。
悪いことをした時だけでなく、何もしていない罪悪感というものもあり、本来自分が出来ることなのに見過ごしてしまったと思っている時に生じます。
例えば、お年寄りが道に迷って困っているのを知っていたが、見て見ぬふりして通り過ぎてしまった時、「悪いことしたかなぁ」と、ちょっとした罪悪感をもつことがあります。

一方、無価値感とは、これまた読んで字のごとく、自分のことを価値のない存在だと感じる感情です。
全てが駄目で悪いところばかりの人が存在しないように、良いところが全くない人は存在しません。
しかし、私たちは、人の良いところや出来ているところと、自分の駄目なところや出来ていないところを比較して、無価値感を感じます。
例えば、友達に女子会の誘いのメールが届いたのに、自分にメールが届いたのは数日後だった時、「私って優先順位低いのかなぁ」と、ちょっとした無価値感を感じることがあります。

人は、罪悪感を感じるからこそ良くあろうと自律心を持ちますし、無価値感感を感じるからこそより良くなろうと向上心を持ちます。
したがって、どちらも必要不可欠で重要な感情なのです。
しかし、人は自己重要感、自己肯定感を感じたいので、罪悪感や無価値感を嫌います。
また、罪悪感や無価値感を過剰に感じると、犠牲的に何かをして罪悪感を晴らそうとしたり、補償行為をして自分の価値を補おうとして、自分自身を苦しめてしまうことがあります。

先程の事例でいうと、過剰な罪悪感を持っていると、道に迷って困っている人を見つけては道案内していると、自分の用事や時間を犠牲にすると、自分は少しも先に進めなくなってしまいます。
また、過剰な無価値感を持っていると、いつも女子会の幹事をする友達に、このままの自分では駄目だから、彼女が気に入られるようにと、自分らしくない事をしようとしてしまいます。
どちらも、極端な例かもしれませんが、私たちは似たようなことをやっているものです。

誰でも、なるべく人から好かれたい、嫌われたくないと思うものです。
親や先生、友達に好かれたいと思うからこそ、「~しなければならない」、「~あらねばならない」、「~してはいけない」など、人に好かれるルール、社会に適合するルールを自分に課しています。
罪悪感や無価値感も、数々のルールを作り出します。
そして、この行いは「正しい」、この考えは「優れている」と基準を作り上げ、自分、人、物事がその基準に沿っているかどうか裁き、判断するようになります。
基準が多く、厳しくなるほど、とても厳格な裁判官のように、裁きを下すようなことをしてしまします。
すると、自分の首を自分で絞めるように、自分をルールでがんじがらめにしてしまい、息苦しさを感じるようになってしまいます。

第2章で述べたように、私は、罪悪感と無価値感を感じたくないために、別れた夫や別れた後に付き合った男性に対して、どちらが正しいか間違っているか、どちらが優れているか劣っているかという、隠れた競争心や嫉妬心を抱いていたのかもしれません。
そして、それが“仲の良さ=親密感”というものを阻んでいたために、人との間に愛と絆を育てることができなかったのだと思います。



>> 第4章 転んだら起き上がって、また歩き出せばいいのです。 chapter3
   (8/19 mon update) へ続く

thank you for your time



cs_mari at 20:34|Permalink 私のカウンセリング体験談 

2013年08月05日

【私のカウンセリング体験談】人生は90° だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話 -10

昨夜の雷は、すごかった。
数日続いた雨も上がり、今日からまた猛暑日が続きそうです。
この夏は、体調がお天気に振り回されてます。

前回に引き続き、私のカウンセリング体験談です。
お読みいただけると、嬉しいです。

前回までのお話を読みになりたい方は、こちらから、どうぞ >>


『人生は90°だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話-』
第4章 転んだら起き上がって、また歩き出せばいいのです。 chapter1

離婚してから再婚するまでの間、心理学と心理カウンセリングを通して、2つのことを学びました。

ず一つ目は、感情は、抑圧すると鈍磨してしまうということです。

幼いころの私たちは、全てに全力、毎日が完全燃焼です。
大人からすれば些細なことも、楽しいと思えば、延々と夢中になって同じことを繰り返しますし、悲しいと思ったら、この世の終わりかのように泣き叫びます。
しかし、公園デビューを果たし、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、社会と、徐々に接する社会が大きくなるにつれて、私たちは社会に適応しようとして自立していきます。

けれども、自立的かつ理性的に過ごしている間も、私たちは感情を感じています。
例えば、感情を受信するアンテナがあるとしたら、その感度を落としているわけです。
そうして、感情を抑圧しているのですが、抑圧された感情は、澱のように心に蓄積されていきます。
澱のようにたまった感情は、イライラ、ムカつく、逆切れなど、説明しようのない怒りとして現れることがあります。


また、感情のアンテナの受信感度を落とすと、ネガティブな感情を感じなくて済む代わりに、ポジティブな感情も感じられなくなってしまいます。
つまり、楽しさ、嬉しさが感じられず、何をしたいか、何が好きかもわからないといった、生きている喜びを感じられないような状況を招きます。
第1章でお伝えした“暗黒の時代”、愛犬が死んでも、母の最期を看取っても、涙も流さなかったのは、私が感情を感じることを極度に抑圧していたことを物語っています。

楽しい、嬉しい、安らぎ、穏やか、伸びやかなど、ポジティブな感情は、感じると心地の良いものです。
しかし、寂しい、悲しい、不安、怖い、息苦しいなど、ネガティブな感情は、あまり感じたいものではありません。
また、ポジティブな感情にしても、ネガティブな感情にしても、大きく激しい感情を感じるのは、振り回され翻弄されるような感覚がするので、感情を抑えようとします。

感情をポジティブ、ネガティブと分けて表現しましたが、しかし、そもそも感情には“良い⇔悪い”、“正しい⇔誤り”というものはありません。
感情は、どのような感情も、様々な事象に対して、自然と自分の内側から湧き上がってくるものです。

では、なぜ感情を抑えようとしたのでしょう?

それは、私たちが、人に受け入れて欲しい、人から認められたい、人から好かれたい、人から愛されたいと願い、相手の意に沿おうと自分の感情や行動を抑えてしまうことがあるからです。

私の場合は、父が厳しい人であったこと、母が病弱であったこと、年の離れた妹や弟の存在、帰国子女でいじめられたこと、成長期が人より早くてからかわれたこと、などなど、数限りない事柄が思い出されます。
記憶を丹念に掘り起こしていけば、誰でも数百数千の傷ついた記憶があることでしょう。
傷つくたびに、きっと私はネガティブな気持ちを感じたことでしょう。
やがてそれが習慣のようになってしまい、感情が鈍磨していったのだと思います。

>> 第4章 転んだら起き上がって、また歩き出せばいいのです。 chapter2
   (8/12 mon update) へ続く

thank you for your time



cs_mari at 13:03|Permalink 私のカウンセリング体験談 

2013年07月30日

【私のカウンセリング体験談】人生は90° だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話 -9

昨日は、心理学講座でした。
お越しいただいたみなさん、ありがとうございました。
“人のビジョンを見ることができるカウンセラー”に、なりきってみるという実習を行いました。
みなさん、役柄とは思えないほど、素晴らしいカウンセラーさんでした。

講座の前に、受講生の方から、「先週、ブログアップされてませんでしたよ。」と教えていただきました。
家に帰って確かめてみると、何を勘違いしたのか、公開の予約が2年先になっていました。
申し訳ございませんでした。
そして、ご指摘いただいた方、ありがとうございました。

1週遅れになりますが、また引き続き掲載していきたいと思います。
前回に引き続き、離婚後の私について・・・です。
お読みいただけると、嬉しいです。

前回までのお話を読みになりたい方は、こちらから、どうぞ >>


『人生は90°だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話-』
第3章 心が麻痺した頭でっかちは、幸せになりにくい!? chapter3

初めてカウンセリングを受けた日。
帰る間際、カウンセラーから呼び止められて、まつ毛についたゴミを取ってもらった時、心が大きく動揺したのを、今でも覚えています。

仕事中、お客さんの顔に小さなゴミがついているのに気がついたら、どうしますか?
ゴミのついている位置を、自分の顔で指さしながら「ここに、何かついていますよ。」と、教えてあげるのが一般的ではないでしょうか。

カウンセラーは何も考えずに取った、とっさの行動だったと思います。
しかし、私にとって、それは新鮮なことでした。
久しぶりに、人を間近に感じたような気がしたのです。
逆を言えば、当時の私は、人はそばにいるけれども、それを感じていない。
人とのつながりが希薄な状況だったのだと思います。

それまでも電話カウンセリングで、「気持や感情を感じてみましょう」とアドバイスを受けていました。
自分の状況を理解して欲しいと思って、一生懸命に伝えようとして話していたのだと思いますが、私の場合、電話カウンセリングだと、どうしても頭で考えたことを理詰めで話してしまいます。
1週間に1度の電話カウンセリングの間、次は何を話そうかと考え、書きとめていたくらいです。

人間であれば、「感じる」という機能は、当然備わっているはずだけど、何故、私は「感じましょう」と言われるのだろう?
自分が何を感じているか分からないなんて、そんなことがあるのか?
と、カウンセラーが投げかける言葉がわかるようで、わからないといった戸惑いがありました。

自分の気持や感情がわかる人には、おかしな話だと思われるかもしれませんが、自分の感情がわからない人にとって、「感じる」ってことは、とても困難なことなのです。
それを一瞬で氷解させたのが、“まつ毛のゴミとカウンセラーの行動”だったのです。

私は、心理学の本をたくさん読んで、自分の心を知ろうとしました。
本は多くの知識を与えてくれ、いまでもカウンセリングを行う時に、その知識は役に立っています。
しかし、知識だけで、私の現状に変化が生じるかというと、それだけでは変化は起こりません。
自分の心がどのような時に、どのように動くのか。
実際に心の動きを感じてみないと、わからないものです。
だから、感情が麻痺していた私には、大きな刺激が必要だったのかもしれません。

私たちの心は常に動いているのですが、全てを繊細に感じ取っていたら大変なので、大きなものを感じ取ります。
特に、人の心がよく動くのは、人と接した時のように思います。
もちろん、時には、人と接することによって傷ついたり、ネガティブな感情を抱くこともありますが、それ以上に、いろんなポジティブな感情を感じることもできますからね。

ふとしたきっかけで心の動きに、再び気づきはじめると、頭に入れ込んだ知識と、鈍っていた感情と、感情によって起こしている行動が、ゆっくりと、ゆっくりと、徐々に結びつき始めます。
でも、それは遅々としていて、もどかしいものです。
また、反射といっていいほど、私たちは無意識に感情を感じ行動していて、自分ではそれが習慣となっているので、自覚しにくいのです。

それを、自覚させてくれるのが、カウンセラリングです。
会社であったこと、家族とのやりとり、友人との会話、いろんな出来事を、何気に話しているつもりでいましたが、その出来事の中には、私の感情と行動に基づいて生じているものなのです。

では、私がどのような感じ方をして、どのような行動を取っていたのか。
それを、次の章で具体的にお話していきたいと思います。


>> 第4章 転んだら起き上がって、また歩き出せばいいのです。 chapter1
   (8/5 mon update) へ続く

thank you for your time

cs_mari at 00:29|Permalink 私のカウンセリング体験談 

2013年07月15日

【私のカウンセリング体験談】人生は90° だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話 -8

先週末は、久しぶりにカウンセリングサービス母体「神戸メンタルサービス」の
ヒーリングワークという2日間のワークショップに参加してきました。
私の電話カウンセリングをご利用いただいたクライアントさんに、
リアルにお会いすることができて、とても嬉しい2日間でした。

何故か、岡村靖幸氏の「だいすき」という曲が、ずっと頭の中でパワープレイ中です
それだけ超happyな状態が、続いているということであります(笑)。

さて、シリーズでお届けしている「私のカウンセリング体験談」。
前回に引き続き、離婚後の私について・・・です。
お読みいただけると、嬉しいです。

前回までのお話を読みになりたい方は、こちらから、どうぞ >>


『人生は90°だったら変えられる -アラフォーで離婚・再婚した女の話-』
第3章 心が麻痺した頭でっかちは、幸せになりにくい!? chapter2

離婚後、恋愛が少しもうまくいかないので、
人の心理に興味を持ちはじめ、心理学の本を熱心に読み漁りました。
いつも飽きっぽい私が、ここまで熱心になることありません。

しかし、頭では理解できても、私の状況は一向に変わりばえしないので、
心理学は、学校で勉強した古典や数学のようにあまり役に立たないものなのかも!?
と思いました。

そこで、HPを読んで嫌な思いをしたカウンセリングサービスというところで、
心理カウンセリングというものを受けてみて、
それでも何も変わらないようだったら、心理学をよりどころにするのは、
終わりにしようと決めて、東京まで出向くことにしたのです。

空港でフライトの時間になるまで待っていると、
子どもを連れて楽しそうに旅行に向かう夫婦、
にこやかに談笑するサラリーマンの姿が眩しく目にうつります。

「あの人たちは、心理学を学んだから、幸せそうなのだろうか?
いや、まさか!そんなこと、あるはずない!!
じゃあ、私との違いは、なんなのだろう?」と思ったのです。

宝くじのコマーシャルで、キムタクが、転んだ人の荷物を拾ってあげたり、
バスで席を譲ったり、合コンでも清く正しく振る舞い、
「これだけ良いことをしているのだから、どうか神様当ててください。」と
手を合わせるといったCMがありましたが、
よい行いをしてもしなくても、宝くじの確率は変わらないはずです。

それと同じように、これまで私も、清廉潔白とは言えませんが、
悪いことばかりをしてきたわけではなく、時には良いことを、
むしろ社会的に正しいといわれること、優れているといわれること、
人に認められることを目指して、出来るだけ努力しようと思って生きてきたはずです。

頑張ったら幸せになれると思っていたのに、幸せになれないのは、何故?
という大きな疑問を抱えたまま、飛行機に乗り込みました。

東京のカウンセリングルームに到着すると、挨拶もそこそこに、
空港での疑問をカウンセラーへぶつけました。
そして、離婚からこれまでの経緯と心理学の本を読んで考えた自分自身の分析結果を
機関銃のように話し続けました。

予約時間も残りわずかになった時、カウンセラーが静かに語り始めました。
「あんどうさんは、世の中の物事、人は、理性で動いていて、感情は抑圧するものだ、
感情的になってはいけないと思って、これまで生きてきたのですね。
僕も、以前は、そうでした。でもね、幸せは、心で感じるものなのですよ。」
と言われたのです。

いまは、その言葉の意味がよくわかります。
私は、頭でっかちになっていて、心が全く機能していない状態に陥っていたのです。

しかし、その当時の私は、カウンセラーを目の前にしながら、
「感じる?なんだ、それは?」
「話してることが、意味不明・・・」
「カウンセリングって、なんなんだ?」
といぶかしく思いながら、カウンセラーの話を聞いていました。

時間になり、カウンセリングルームを退室する時のことです。
玄関のドアを開いて、「それでは」と振り返ったとき、
カウンセラーに「あっ、ちょっと待って。」と呼び止められました。

すると、私の方にぐーっと近づいてきて、顔の近くに手が伸びてきました。
「まつ毛に・・・」と言いながら、私のまつ毛についたゴミをとってくれたのです。

あまりに近い距離感と顔に触れた指先の感触に、私の体はビクッと反応し、
「あ、あ、ありがとうございます。」と、慌ててその場を立ち去りました。

ほんの一瞬の出来事ですが、あの瞬間から、
私の機能していなかった心が動きだしました。


>> 第3章 心が麻痺した頭でっかちは、幸せになりにくい!? chapter3
   (7/22 mon update) へ続く

thank you for your time



cs_mari at 15:59|Permalink 私のカウンセリング体験談