◆大谷常緑

◇こちらは心理カウンセラー達が作る癒し系サイト「カウンセリングサービス」のカウンセラーのプロフィールページです。

カウンセリングサービス所属カウンセラー。
おおたに・ときわ(男性カウンセラー)
福岡地区を担当。

恋愛や夫婦などのパートナーシップを始め、対人関係や家族の問題、自己変革のプロセス、ビジネスや転職などあらゆるジャンルを得意とする。
どんなご相談にも全力投球で臨み、分かりやすく優しい語り口で多くのお客さまを虜にしている。
理論と感覚を併せ持ち、豊富な社会経験をベースとした面倒見の良い“お兄さん(おじさん?)”カウンセラーである。
日本心理学会認定心理士。

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ココロのかたち

ココロのかたち〜受け入れるプロセス〜

癒しの基本は「許し」である、とよく言われます。
“自分を許す=人を許す=状況を許す”という感じです。
許すためには、“ありのままを受け容れる”という事が前提となります。
なぜならば、ありのままを受け容れられないということは、対象(自分、人、状況)に対して嫌悪しているという事であり、すなわち、対象に対して何らかの攻撃をしていることにほかならないからです。

では、受け容れようと決意した場合に辿るプロセスはどのようなものなのでしょうか?
先ず、受け容れようと決意した直後からは、
「従順になろうとするプロセス」が始まります。
様々な心の抵抗と葛藤しながら、顕在意識の中で必死に受け容れるように努力します。
しかし、この段階では無意識層(ほとんどの場合潜在意識が主体ですが、ヒトとしての生物学的な問題などはより深い狭義の無意識層)の抵抗が強くてなかなか進めない事が多いようです。

次にやってくるのが、「否定」のプロセスです。
競争や否定をするのは、受け容れようとする対象です。自分自身であったり、他人であったり、状況(神様)であったりします。
従順なプロセスの中で、それまでの観念やルールといったそれまで自我を守っていたものが崩壊する感覚や、受け容れること自体が自我を否定するような感覚になるので、それを守ろうとし、抵抗が表出されるのです。
「ほら、私はこんなに悪いでしょう?」と表現してみたり、どこまで許されるのか試してみたり、上から目線で接してみたり、攻撃的になってみたり、という形で現れます。
この頃は戸惑いや不安もあり、また自分自身の行動に自己嫌悪を感じたりして気持ちが結構一杯一杯になって不安定な時期になります。

最後にやってくるのが、受け容れと許しのプロセスです。
「私が本当にどうなりたいか」という事が「否定のプロセス」を経ることで明確になってきます。そうしてようやく“腑に落ちる”感覚で対象を受け容れる事ができるようになります。

もちろん、我々人の感情は揺れ動きますから、各プロセスは時として重なりながら進んでいきます。
受け容れと許しのプロセスでは、顕在意識のみならず、無意識レベルでもそれが実現できています。それが先に書いた“腑に落ちる”感覚です。
受け容れと許しのプロセスは、1つの対象で完了すると、ほかの受け容れ対象に対しても自然と広がっていきます。それは、自分自身を受け容れ、許せたことから物事の見方や感じ方に変化が生じるからです。

このようなプロセスを経ることを予め知っておくことによって、今自分がどのプロセスを進んでいるのかがわかり、受け容れる決意が揺らぐ度合いも小さくなるのではないでしょうか。

ココロのかたち 番外編 「ココロのかたちの使い方」

先週より、連載で「ココロのかたち」というブログを書き始めました。
この「ココロのかたち」は、おおよそ1年間ぐらい僕の中で温めていたものです。

私達カウンセラーは、様々な問題を抱える多くのクライアントさんとお話しをします。
そして、その問題を共有し、解決する方策を探ってお話しをします。
そんなとき、多くの事例に対して思うのですが、ここまで問題がこじれないうちに手を打っておけば、こんなに苦しくて辛い状況にならずに、問題の解決もできたかもしれないと。
そして、もっと楽な解決方法があったのになぁと。

しかし、一方では、追い詰められないと動かないというのが人間の一面であるのも確かです。
例えば、少々の熱では病院に行かないで売薬で治してしまおうとする。それで治ればいいのですが、重症化してから病院に行くと既に肺炎にかかっていて入院、なんて話はよくある事かと思います。

私達が何かの判断や選択をするときに頼るのは、先ずは自分の知識、自分の経験や人の経験、そして自分の直感です。

人の心に興味があり、勉強された方もしくはされている方は例外として、心理学は小学校でも、中学校でも、高校でも習うことは無いのではないかと思います。そうだとすると、心に関する知識を学ぶ機会というのは、実際の人間関係での自分の経験か誰かの経験した話しかないのです。
しかし、その経験は、人により様々な感じ方があり、必ずしも系統立っているわけでもなく、確からしさの観点からは不十分と言わざるを得ません。
そして自分の直感は、実は知識や経験の裏付けがないと、十分には機能しないものなのです(直感については、いずれまた、「ココロのかたち」の中でお話しする機会があると思います)。

もちろん、感情も絡みますが、そのような、不確かである可能性を多く含む“根拠”に基づいて私達は心を推測し、理解したつもりで行動しようとしているのですから、一旦問題が生じると、とてつもなく大きな問題になる可能性を秘めているのです。

それを防ぎたい、更に言えば、問題を大きくしないですむような心に関する知識を皆さんにお伝えしたいと思って書いているのが、この「ココロのかたち」です。
知識で問題が防げるか?という疑問を抱かれる方もおられるでしょう。
当然の話です。そして、そこにはまさに心の様々な動き(例えば、コンプレックスであったり、観念であったり、投影と呼ばれる心のフィルターであったり)が関わるので、必ずしも全ての問題が防げるとは思いません。
しかし、例えば「男」と「女」が同じ生物だと思っておられるがゆえに起こる問題は、「男」と「女」の違いを知識として持つことで大きな問題になることを避ける手助けにはなるでしょう。また、例えば「いつも何かを決める時に間違ってしまう」という人は、私達人間が持っている選択の傾向(癖)を知ることで、選択するときにかかるバイアス(偏重)を意識して選択することができるかも知れません。

「ココロのかたち」は、心理カウンセラーから見た、心の問題に大きく関わりそうなテーマをはじめとして、進化心理学や認知心理学、脳科学といった心理学にまつわる分野のトピックスなど、また、その時点で、世間で大きく取り上げられている内容について心理カウンセラー的な見方などのお話しを折り混ぜながら、進めていきたいと思っています。
ぜひ、ご一読いただければと思います。

なお、記事掲載(アップ)は概ね1〜2週間に1回を考えていますが、諸般の事情で遅れる可能性も有ることをお含みおきいただければと思います。

では、よろしくお願いします。

【福岡・心理学講座のご案内】

『幸せを引き寄せる3つの方法〜今、うまくいってないのは何のせい?〜 』

日 時 :2/18(土) 18:30〜20:30
場 所 :福岡市天神・光ビル講 師 :大谷常緑 &下村ひろみ
料 金 : ¥3,150-
講座の詳細とお申し込みはコチラから

※講座終了後、自由参加の懇親会も予定しています。
 あんなこと聞きたい、こんなこと聞きたい、プチカウンセリングもOKです。
 (懇親会は近隣の居酒屋にて。参加費用は割り勘です)

皆さんとお会いできることを楽しみにしています。






ココロのかたち 第1回 「私達はどうして問題を抱えるのか?(1)」

人は誰しも、常日頃から問題に発展する可能性のある「問題の種」と接しています。
職場での人間関係、親子関係、恋人や夫婦の関係など自分以外の人間との軋轢や、仕事が無かったり、商売が上手くいっていなかったりたり、お金がなかったり、病気など、私達の周りには枚挙にいとまが無いぐらいに「問題の種」が散りばめられています。
感じ方によってはとても生きにくい世界なのかも知れません。

しかし、それらの「問題の種」、なかんずく同じ「問題の種」に接していたとしても、それを問題と感じるかどうか、そして問題と感じたとしてもどの程度の問題と感じるかは人により千差万別です。
例えば、私の親戚の一人は癌を患っていますが、それと聞かなければ分からないほど自由闊達に毎日を楽しんでいます。定期的に病院に通い、検査や治療の為の入院もあるようですが、時間があるとあちらこちらへと旅行に出かけ、趣味の風景写真を撮り、たまに会うとそれを見せてくれます。
一方、癌の宣告を受け、その事実に驚愕し、不安を感じたり、怒りを覚えておられる方々もお見受けすることがあります。この状況はとても苦しく、辛いだろうなぁと思います。
現代の医学はめざましい発展を遂げ、必ずしも癌イコール死ではありませんが、癌の宣告を受けると、死の不安が頭をよぎることは多くの方々に共通するのではないでしょうか?

では、このように「死」と向き合うような同じ状況において、一方は人生を楽しみ、一方は不安で苦しむという差がどうして生まれるのでしょうか?

多くの死に瀕した患者との交流を行った精神医学研究者のエリザベス・キューブラー・ロス(Elisabeth Kubler-Ross)は、死の受容モデルで次のような心の過程が生じると述べています。(注1)
第1段階 否認
ショックにより、無感動、無感覚、感情麻痺の状態となり、自分の死を否認し、奇跡を願う。
第2段階 怒り
激しい抵抗と怒りの発生。なぜ自分が死ななければならないのかと周囲に怒りを向けたりする。
第3段階 取引
孤独と不安に襲われ、親密な看取り手を求める。
また、何とか死なずにすむようにとよい行いをしようとする。
夢が叶えられるのならば、死んでもよいという気持ちが生じる。
第4段階 抑うつ
諦めから絶望状態に入り、気力を失い、抑うつ的になる。
第5段階 死の受容
死と和解し、死を受け入れる状態。

死の受容後は、今を生きる穏やかな心が生まれます。

今回は「死の受容」という例を取り上げましたが、死に限らず、私達が何らかの「問題の種」と接したとき、それに過剰に反応し、抵抗すると、「問題の種」が問題へと豹変するのです。
一方、「問題の種」に過剰な反応をすることなく、それを受け容れることができれば、問題とはならないのです。

私達は、数多くの「問題の種」と接していますが、実は多くの場合“過剰な反応をしないこと”ができているのです。だから私達には限られた数の問題しか存在しないのです(100個問題を挙げるのはなかなか大変ですね)。
では、なぜ私達はある種の「問題の種」に過剰に反応してしまうのでしょうか?
次回は、このお話しをしたいと思います。

(注1)第1段階から第4段階は順序通り進むのではなく、繰り返される事もあります。
    また、全ての人がこの段階を経るものではありません。
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