◆大西三千男




◇こちらは心理カウンセラー達が作る癒し系サイト「カウンセリングサービス」のカウンセラーのプロフィールページです。

カウンセリングサービス所属カウンセラー。
大阪地区担当 大西三千男(おおにし・みちお)

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あの日、あの時〜【コラム】より

みなさん、こんにちは!カウンセリングサービスの大西三千男です。


本日のカウンセリングサービスのホームページ【心理カウンセラーのコラム】の記事を担当させていただきました。たくさんのみなさんに読んでいただきたいのでこちらでも掲載いたします。これは、もう四半世紀にもなるのですね。今でも、はっきりと覚えています。阪神淡路大震災が発生したとき、ほぼ最劇震地区の神戸市東灘区に住んでいました。その過程で感じたことです。ぜひ、ご一読ください。



あの日。

1995117日午前546分。ドーンという爆音で目が覚めた。同時に、下から突き上げるような衝撃を感じた。なにが起こったのか理解できなかった。飛行機が墜落したのか?ガス爆発があったのか?阪神間と淡路を大震災が襲った一瞬だった。


ド、ド、ド、ド、ドという縦揺れが始まった。瞬間、なんだ地震か、とホッとした。それまで大きな地震を経験したことがなかったのだ。だから、その程度の地震かと思って油断した。ところが、揺れは収まるどころかますます激しくなった。ロケットに乗ったことはないけれど、打ち上げの衝撃があるとすればこんな感じなのかなと思った。


一瞬、静粛がきた。終わった、と安心した。次の瞬間、ものすごい横揺れが来た。立つことができない。揺れはますます激しさを増していった。布団の上で這いつくばっているけれど、自分を制御することができない。左に右に、前に後ろに翻弄される。


わたしが住んでいたのは神戸の震度67の地域。8階建マンションの7階。あまりの揺れの大きさに、崩れる、と覚悟した。「あ〜、ここで死ぬのか」と本当に思った。マンションが崩れて、その次にくる衝撃がいつかと身構えていた。


どれくらいの時間がたったのだろう?とても長く、長く感じた。マンションは崩れることもなく、やがて揺れが治った。助かった、と安堵した。


でも、地震はそれで終わったわけではなかった。度々くる余震に心は疲弊した。翌朝5時ごろ、ガス爆発の危険性があるというので避難命令がでた。暗く寒い中、どこ行くあてもなくさまよった。身も心も疲れ果ててしまった。その後、妻の実家でしばらくお世話になることになる。


震災で疲れ果ててしまったわたしを勇気付けてくれた風景があります。


あの時。

それは、震災からしばらくたったある朝の通勤時のことです。


いつも通る駅までの道。いつも見ていたはずの光景。自動車修理工場でおじさんがスパナでネジをとめていました。まだオープンしていない店舗で、おばさんが店をホウキで掃いていました。


なんということのない風景。当たり前の日常。当たり前の生活。普通に暮らしている人たちがいる。ただ、それだけなんです。


それでも、普通に誰かがそこにいて、普通にしてくれていることが嬉しくて、ほっとして、心強く感じられて。


いつも通りの生活が始まろうとしているんだなあ、と嬉しく感じたのを覚えています。おじさんもおばさんも、誰かのためにやっているんだという意識はなかったと思います。


でも、それをみたわたしは、嬉しくて仕方がない。震災で長い間いつも通りの生活をすることができなった。いつも通る道、1階が潰れている家が軒並み並んでいるところもある。そんな中で見たいつも通りの光景。涙が出た。いつも通りの日常の風景に心が打たれた。


おじさんもおばさんも、自分のためにしていることなんだけど、それを見たわたしはとても勇気をもらったように感じた。元気をもらえてたように感じたのです。


ひょっとしたら、わたしたちは、自分の生活を全うすることが誰かのためになっているのではないだろうか、と思った。生活のためにものを売る。生活のために車を修理する。でも、それで、助かったひとがたくさんいるはず。自分のためにしていることだけれど、実はそれが誰かのためになっているんだなあと感じた。


そこにいる、ということで、すでに誰かの勇気になっていることもあるのではないだろうか?少なくともそこで生活している限り、電気を使い、ものを食べ、服を着て暮らしている。それこそが、誰かが作ってくれたものの恩恵を受け、その対価を支払っている。


生きているということが社会の一員としてなんらかの役割を担っているということにならないだろいうか?自分ではわからないかもしれないが、それを見ている人がいる。何かを感じてくれている人がいる。ひょっとしたら、わたしたちは自分が思っている以上に周りのひとに貢献しているのかもしれないなあ、と被災者となって感じたことだった。


変な話

みなさん、こんにちは!カウンセリングサービスの大西三千男です。


きょうは、ちょっと変な話をします。「インスピレーション」という言葉が目に入ってきてこんなことをお伝えしたいなと浮かんできました。


NHKスペシャルで「人体」というのをやっています。山中伸弥さんとタモリさんのダブル司会で2年くらい前に始まったのかな。今年のゴールデンウィーク頃からその第2集を放送しています。今回は遺伝子です。


前回は、人体の臓器はネットワークで結ばれていて、直接、臓器同士が会話をするように情報交換をしているという話がありました。

「御飯が入ってきた~」

「疲れた。しんどい~」

「鉄分が不足している~」

こういうことを脳を介さず、直接臓器同士でコミュニケーションをとって、その会話にそれに対応する別の臓器が反応しているということでした。


今回の遺伝子、これがDNAの中にあるのですが、解析が行われているのは全体のわずか2%に過ぎないということです。それ以外は今まではゴミと言われていたのですが、その中にどうやら宝物があるらしいのです。病気から体を守るDNAとかがあって、そのスイッチが入ることによってその作用が現れるそうです。


こういう話を聞いていると、つくづく人体というのは不思議な存在だなあと思います。ゴミと思われていた中でも宝物が隠れている。無駄なものなどひとつもない。そのようにも感じます。


すると、この偉大な人体は、誰かの意志によって作られたのではないだろうか、とも思えてきます。その存在は何なのかはわかりませんが、サムシンググレートとか大いなる存在とかゴッドとか言われるものかもしれません。ここではそれを神さまと呼ぶことにしましょう。


こういう偉大な人体をつくってくれた神さまならば、それはそれは大きな愛を持っておられると思います。神さまが作った偉大な人体、その一人一人がわたしたちですが、そうであれば神さまの愛はわたしたち一人一人にも向けられているのではないだろうかとも思うのです。


ひょっとしたら、わたしたち一人一人の中に神さまがいるのかもしれない。わたしたちはいつもいつも神さまに見守られているのかもしれないなあと思えたりします。神さまは、わたしたちが幸せになるように、そっちの道じゃないよ~、とか、そっちは苦しみが多いぞ~、とか、そうそう、それでいいぞ~、とか言って応援してくれているのかもしれない。


時には、大きな声で呼び止めたいときもあるでしょう。両手を広げていく手を阻みたいときもあるのかもしれない。ところが、神さまには体がないので、声も出せないし、行く手を阻むこともできない。伝えたくても伝えるすべがない。


でも神さまとっては大切な子供であるわたしたちになんとか伝えたい。不幸に向けて進んでいるとしたら、なんかと違う方向に向かって欲しい。そういう思いでわたしたちのなかにいる神さまが自分の力を振り絞って伝えてくれているのかなあと思ったりします。


それが、インスピレーションとか虫の知らせといういうものではないかなあと思います。

「なんか、気になるんだよなあ」

「なんか、こっちが良いと感じるんだ」

「こっちに行きたくて行きたくて仕方だないんだ」

「これをやりたくして仕方がないの」

こういう感覚。


この声はとてもソフトで弱々しい。気のせい、気のせい、といとも簡単に打ち消されてしまいます。


気のせいで済ませることもできるんだけど、その声に従っても良いわけ。どっちに決めるかは自由なんです。でも、その声に従わないと、なんか心地悪い気がするというとき、そに声に従っても良いのかなと思います。


神さまという言葉を使いましたが、信じているのと聞かれると、わからない、という他ありません。存在するという証明はひとつでも見つかれば済む話ですが、存在しないという証明は遥かに難しい。


いるかいないかわからないけれど、もしいるとしたら、いるかもしれない、と考えた時、少しでも気持ちが軽くなるのであれば、そうかもなあ、と思ってもいいのではないかとわたしは思います。


それって、正しいの、それとも、間違いなの、と正否を求めることよりも、答えのでないことであれば、自分の楽にれる考え方であれば、受け入れてもみても良いのかもしれません。


きょうも、お読みいただきありがとうございます。

みなさまのしあわせをお祈りしています。 


もう傷つきたくなんかない

みなさん、こんにちは!カウンセリングサービスの大西三千男です。


ご自分を否定される方をたくさんお見受けします。ご自分に対してものすごく厳しい見方をされいるようなのです。厳しいなあ、と思いながらお話を伺うことがあります。


わたしは何もできません。いつも失敗ばかりしています。人より劣っているのです。どうしてわたしはこんななのでしょう。


何をやっても周りの人がやるように上手くできません。情けないわたしです。


あの時の過ちが忘れられません。どうしてあんなことをやってしまったのか、悔やんでも悔やみきれないのです。バカなわたしです。


わたしはつまらない人間で、おもしろいところが少しもありません。一緒にいても退屈なだけ。誰もわたしと一緒にいたいなんて思わないでしょう。


ご自分のことをこのように思っておられる方々はいつも自分を責めておられるのですね。でも、すこーし、考えて欲しいのです。自分にもっと優しくしてあげてもいいのではないか、ということを。


例えば、あなたに親友がいる。とても仲の良い友達。その友達のことなら何でも知っている。もし、その親友が、情けないわたしとか、バカなわたしと思って自分を責めているとしたら、どういう言葉を投げかけてあげたいと思うでしょうか?


自分を責めている友人に、あなたは追い打ちをかけるでしょうか?


あなたは、本当に情けない人ね。どうして周りの人と同じようにできないの?考えてないんじゃないの?そんなことでは全然ダメね。


どうしてそんなことしてしまったのよ。見通しが甘かったんじゃにの?真剣さが足りないのよ。真剣に考えたいたらわかりそうのものなのに。あなたって、本当にバカね。呆れてしまうわ。


親友と思っていた友達からこんな言葉を投げかけられたらいかがでしょうか?見放されたように感じないでしょうか?本当は、もっと寄り添って欲しかったのに。本当は、優しく受けと止めて欲しかったのに。


こういうことが、あなたの中で起こっているのです。あなたなの中の傷ついた子供と意識するあなたとの関係がこういうことになっているのです。

 

わたしたちが傷ついて苦しいのは、周りの人から傷つく言葉を投げかけられるからではありません。意識するあなたが、周りの人の言葉を、そうだよなあ確かにわたしってそいういうダメな人間だよなあと受け入れて、なんてダメなわたし、と自分で自分を責めるから傷つき苦しみが生まれるのです。


自分に優しくしてあげる。自分を守ってあげる。そういう姿勢があってもいいと思います。


いつも失敗ばかりというけれどそんなことないよ。上手くいっていることだった沢山あるのを知っているよ。何より、上手くやろうといつも全力で向かっているじゃないか。素晴らしいよ。


上手くなりたいという向上心が強いね。とても前向きに思っているんだね。


あの時はあれが最善と思ったからそうしたんだよ。あの時のあの判断はそれで良かったと思うよ。それよりも、これからどうするかを考えてみようよ。


わたしにはわたしの良さががる。こういうわたしが大好きだという人もいるはず。人の好みはそれぞれだから。


このような言葉を自分にかけてあげることもできるのです。自分に対して、見離すような言葉をかけることもできるし、寄り添うような言葉をかけてあげることもできるのです。


どちらに優しさを感じますか?どちらの言葉をかけてもらった方が元気が出ますか?自分にかけてあげる言葉はとても大切だと思います。


周りの人から傷つく言葉をかけらてれいるとしても、あなたが同じ言葉を自分に使う必要はなにもないのです。


どんな自分であったとしても、いまの自分を、このままの自分を、何になることもなく、何を得ることもなかったとして、責めるのではなくて、どう自分を愛するか、どう自分に愛を与えてあげるのかが、われわれに問われているのではないか、と思います。


もっと自分に優しく、愛おしく、愛して欲しいと思います。


きょうも、お読みいただきありがとうございます。

みなさまのしあわせをお祈りしています。 


素直な気持ちを伝える

みなさん、こんにちは!カウンセリングサービスの大西三千男です。


素直な気持ちを伝えるために意識して使って欲しい言葉があります。


ありがとう・・・感謝やお礼の気持ちを伝える。

ごめんなさい・・・自分が悪かった、許して欲しいという思いを伝える。

助けてください・・・困っているから、力を貸してほしいことを伝える。

愛しています・・・大切に思う気持ちを伝える。


大人になりますと、なかなか素直に自分の気持ちを伝えるということができなくなることがあるようです。自分の気持ちを伝えるということが、なにか自分の弱みを見せるようで、自分の恥ずかしい部分を見せるようで、気持ちをさらけ出すということを躊躇してしまいます。なぜなのでしょう?


恥ずかしいから?

自分の非をみせてダメな人と思われたくないから?

そんなこともできないのと思われたくないから?

カッコ悪い自分をみせたくないから?

弱い人と思われたくないから?


ぼくたちも自分の気持ちを素直に表現できていた時代がありました。幼児の頃がそうですね。お母さんやお父さんに、大好きと言って駆け寄ってきます。叱ると、ごめんなさいと言って泣きながら謝ります。困った時は、やって、お願いやって、と助けを求めてきます。何かをもらうと、ありがとうと満面の笑顔で感謝しいました。


素直に自分の気持ちを表現する幼児はとてもかわいらしいですね。でも、なぜ、幼児の時は、素直に自分の気持ちを表現できるのでしょうか?ぼくは、こう思います。それは、たぶん、これを言ったらどう思われるかな、という疑問が幼児にはないからだと思うのです。


どう思われるかという疑問の根底にあるのは、こんなことを言ったら、ぼく、嫌われないだろうか、わたし、軽蔑されないだろうか、という恐れだと思うのです。でも、言わないと伝わりません。


例えば、仕事を手伝ってもらって早く終わったのに何も言わなかったら、なんだあいつ、となります。


過ちをして、ごめんなさいと謝らなければ傲慢なやつと思われるかもしれません。


困っているのに誰も手を貸してくれない、と卑屈になっても、周囲の人には言わないとわかりません。


愛してますは、わかるだろう、では伝わりません。言葉で伝えてこそ、喜んでもらえるのです。


感謝したいのに、言えなかった。

自分が悪いとわかっているのに、謝れなかった。

手を貸してほしいのに、何も言えなかった。

大切なひとなのに、自分の思いを伝えられなかった。


どんな感じがしますか?どんな気持ちになりますか?いちど考えて欲しいのです。


こんな場面に遭遇している自分を想像すると、さびしいような、悲しいような、情けないような気持ちに、ぼくはなりました。それとともに、自己嫌悪が上がってきました。どうして、自分の思いを言えないの?そう叫んでいるように感じました。


思いを伝えるということは、恥ずかしいことでも、人に笑われることでもありません。自分自身を否定されることでもありません。むしろ、あなたはどういう人なのかということを知らしめる行為だと思います。いろんな人がいます。ひと、それぞれです。どういう人が良くて、どういう人が悪いということはないのです。だれもが、そのままでいいのです。みんな違います。それが個性です。思いを伝えると言うことは、あなたの個性をわかってもらうことだと思います。


この4つの言葉を使えるようになると、そのほかのあなたの素直な気持ち、これが好き、これがしたい、これが欲しい、こうなりたいという思いも言えるようになれるかなと思います。


だから、あなたの思いを伝えてください。みんなも知りたいのです。あなたが、どういう人なのか知りたいのです。どう思われるかと考えるより、あなたの心の底で、浮かび上がってきた思いをことばにするだけでいいのです。そんなあなたが好き、そんなあなたに手をさしのべたい、と思う人が必ず出てくるのです。でも、言わなければ伝わらないのです。思いは、口にする、伝えるのです。


きょうも、お読みいただきありがとうございます。

みなさまのしあわせをお祈りしています。 


パートナーとのコミュニケーションを考える

みなさん、こんにちは!心理カウンセラーの大西三千男です。


人の心はコロコロ変わります。

好きなことでも、その気になれない、ということがあるわけです。


きのう、探鳥会に行ったことを書きましたが、うちの奥さんにもお誘いしました。「探鳥会あるけど、気候も良いし気持ち良いから行く?」うちの奥さんは自然と触れ合うのが好きなんですね。


すると、奥さんはいろいろ理由を言って断ってきました。せっかく誘ってあげたのに、と残念な気持ちになりましたが、それ以上言いませんでした。要は、今回はそういう気分になれません。そういうことなんですね。気候の良い季節なのでもったいないと思って、来週別の公園に誘うと、嬉しそうにそれは行く、と言ってきました。


好きなことでも、毎回やりたいわけでもなくて、やりたくないときもある。これを認めてあげないと、なんだよ、せっかく誘ってやっているのに好意を無駄にして。こういう怒りの気持ちが湧いてきます。


ここで上がってきたのは、自分の申し出を受け取ってもらえなかった、否定された、という感情かもしれません。


こういう場面に直面したとき、どう考えるかでとる態度が変わってくると思います。


否定されたと考えると、

「なんだよせっかく誘ってやったのに行かないのかよ、勝手にしろ」

と喧嘩になるかもしれません。お互いが不愉快になることもあるでしょう。


相手の言葉をそのまま受け取れると、

「いまはそういう気分ではないんだ。また別に機会にしよう」

となるかもしれませんね。次回は気持ちのいい時間を共有できることでしょう。


最近の言葉で言うと、忖度ですね。言葉の裏を読み解こうとするのですね。そこには、こうに違いないという自分の思い込みが多分に入ってしまいます。自分の思い込みというフィルターを通して考えますので、正しくないことがとても多いのです。


パートナーから嫌われているのかもと考えると、相手を詮索することでしょうし、疑いをもつでしょう。詮索されたり疑われたりしたらどんな気持ちになるでしょうか?良い気分にはなれない、嫌になりますよね。嫌われていると思ってとる言動が、相手からますます嫌われるてしまうということになるのではないかと思います。


相手の気持ちを尊重するということなのかなと思います。こちらが何かを提案してもいいし、提案しなくてもいい、という選択肢があるように、パートナーにもそれを受けても良いし、受けなくても良いと言う選択肢があるということを認めてあげると、断られても受け入れやすいと思います。


それは、反対の場合にも当てはまるわけですね。パートナーからあなたに何かお誘いがあったとき、誘われたら受けるべきがあると、あなたに断るという選択肢は出てきません。でも、心はコロコロ変わります。あなたにもやりたくない時はあるはずですね。受けるべきがあると、断れませんから、気分がのらないままに受けてしまいます。そういう気持ちてやっても楽しくはないですね。


好きなことでも、やりたくない時がある。これを認めてやれると、断られても受け入れやすいのかなと思います。


きょうも、お読みいただきありがとうございます。

みなさまのしあわせをお祈りしています。


Profiles

心理カウンセラー◆大西三千男
カウンセリングサービス所属カウンセラー。大阪地区担当。クライアントさまに寄り添い、ありのまま自分を受け入れ、自己価値に気づいていただくようサポートさせていただきます。気づきを得てもらうことで「腑に落ちました」「そう思っていいんですね」「安心しました」と好評である。

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