◆中村ともみ

◆◇心理学を人生のスパイスに◇◆SOFTLYのカウンセラーのプロフィールページです。

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女が語る 女と男のための心理学vol.59








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        件名: SOFTLYのメルマガです〜女が語る、男と女のための心理学〜
        日付:
12.02.2015

        毎年毎年書いている気がする、「2月は逃げる」・・・ですが、今年もそんな気分です。

ちょっと個人的な事情(つまりは言い訳だったり〜〜)を言うと、イレギュラーな出来事が年末年始起こっておりまして、こう言っては何ですが、私自身に心身ともにストレスのかかる状態にもなっておりました。

上西と、「人は何故ストレスがたまると食べ過ぎるのか?」を、真顔で意見を出し合っている昨今でございます(^^)

♪ ☆ ♪ ☆ ♪

ちょっとした、とは言えないストレスなのですが(ここでは言えない事情でございます、各方面お察しくださいませ・・・)、あいぼう・上西と、精神的に成長した息子たちの存在、何となく察して身体を気遣ってくださる方・・・心や想いのつながる方々の『お陰』を、そういったシビアにも思える事情をコントラストにするように、殊更にありがたく感じています。

とは言え!
日々、仕事にいそしんでおります。

相変わらず、頭の中に妄想だかアイデアだかわからないけれど、ぐるぐる回ってまいります。

確かにいえることは、総てのことが少しずつでも動いているんだと実感できるようになってきたと言うこと。
細い糸を紡ぐことで布を成す。
一つの煉瓦を積むことから始まる。

気の遠くなるような想いをしたこともありましたが、予定調和と言うか、全てのことはもしかしたらずっと繋がっていたのかもしれないとも思えるようになりました。

自分の事情と、毎日流れているニュースに(震災の件もですが、ISIL(イスラム国)のニュースにも)心が乱される日々でもありましたが、ちょっと時間を作って図書館に行き、読めるだけ読み(子供の頃からの特技の一つに『速読』があるのです^^)、さらに数冊借りて帰ってきました。

私は昔から濫読(らんどく)で、若いころは活字中毒を自認するくらい。電車のポスターや街の看板まで、『活字』と言うものすべてを読む・・・と言う頃がありました。

ジャンルも不問、読書の目的がある時もあればただ『読む』だけということも。

このあたりは、音楽の好みにも同じ傾向が。

聴く音楽はジャンルを問わず。自分の耳に、心にカチッとはまるもの。
日本語の歌詞があるものは、ちゃんとした日本語が書かれている、もしくはそれを前提で崩してあると言う私のこだわりはありますが。
美辞麗句や、はやり言葉を並べ立てているだけのものと、そこに込められた深いものを感じさせるものの違いは、言葉で表現することはとても難しいですが。

音楽は、聴くこともですが奏でることは、私にとってとても良いストレスコーピング(ストレスに対処する方法)なのだと言うことを、最近また改めて感じています。それが、ただ指のトレーニングであったとしても、遊びで聞き覚えのある曲を弾くだけだとしても。

私がちょっと『まとも』に弾けるのは、鍵盤楽器。

練習曲よりも、聞き覚えのある曲や簡単な楽譜にギターコードがついているもので適当に弾いたり(恥ずかしながら中高生の頃は弾き語りなんかも)、と言うことが好きでした。

ギターはと言うと、中学生当時はやっていたフォークギターを少し。今、友人から戴いたものがあるのですが、絃の張り方から学び直さないとと言う状態ですが。

図書館と言うのはありがたいところで、押尾コータローさんのCD付の教則本などがありまして、これがまた親切にギター絃の張り方からチューニングから書いてあるうえに、押尾さん手作りの『教材』写真まで。

独学と言うか自己流で色々始めてしまう私には、ありがたい教則本でした。

それと、楽器の上達には発表する場とか、一緒に演奏する仲間と言うものは欠かせないように思いますね。
(求む!一緒に演奏してくれる方ww)

そして最近。
実家の古衣を渡されて(実家の母は帯などをテーブルクロスにしたり、古いカーテンでピアノのカバーを作ったりする人なのです)、うーーーん。何かに使えそう・・・と思いつつも、腕がない。
手芸やお裁縫のできるお友達の顔を思い浮かべたりするんですよね。何かアイデアないかなあ、って。

私のお気に入りの立ち回り先の一つに、京都市の『高麗美術館』があります。

父が初めて行った海外が韓国で、買ってきてくれた美しい布製の財布を今も忘れられずに(近所でも、鶴橋あたりでも今では手軽に手に入るのですが)いるのですが、この美術館ではポジャギと言う言わば韓国のパッチワーク風の風呂敷の展示会などもあったりします。

古い着物や襦袢(じゅばん)を使ったら、綺麗なものができるだろうな〜と思ったり。
(求む!お針仕事が得意な方ww)

以前から考えていたこと、ネクタイや衣類を小物やタペストリーにすることで、大切な人の遺品を身近に置くことが出来るのでは、と言うことなのです。

想い出や、自分の気持ちに向き合いながら、作業をすることでグリーフケアが行えるのではないかと考えているのです。

裁縫が出来なくても、ボンドで貼る。ボタンのようにつける。組みひものように編む。そんなことで、身近に想い出を置いておけたら、なんて思って。

私自身には、父の紺色地のネクタイを3本使って、元々無地だったベストをパッチワーク風にしたものがあります。
父のネクタイは、結構かわいい柄のものもあって、まさしく自己流でネクタイを繋ぎ合わせてベストに『貼り付けた』だけのものなのですが、腰に残ったネクタイの細い部分をりぼん風に結んで。

ポジャギの考え方は、古い布の有効活用、と聞いたことがあります。そこに想いがのればいいなあ、と思ったんですよね。

グリーフケア、悲しみ特に喪失の悲しみに対する心のケアの大切はよく語られますが(グリーフケアに関する研究会、勉強会なども存在します)、悲しみを乗り越えることは忘れることではありません。

身近な人との(様々な形での)お別れは、心の奥深くに悲しみを遺すことは少なくありません。
例えば、長く臥せっていて後のお別れのように、心の準備が出来ていても。

また、誰かの人生が終わると言うだけではなく、別れ、例えば私もそうなのですが、離婚。

離婚は、夫婦の間ではもとの『他人』に戻るということなのですが、二人の間に生まれ育った子供たちにとっては、とてもつらく悲しい思いをすることになります。

私個人の考えとしては・・・、
親の都合で家族が離れることになるが、子供にとって親は一生親である。
親にとっては、子供が成長するのを見届ける責任と義務と、そして権利があり、夫婦としては共に生活することは(諸々の事情で)困難であっても、子供とは責任を持って関わることが大切。

私の場合は、この考え方を元夫も理解していただけたことも幸いでしたし、息子たちにとっては楽しいお父さん、と言う面も多かったこともあり、私個人の理想かも知れないですが、今となってはそれが良かったのではないかと考えています。

それでも。
まだ幼かった息子たちの胸の内を思うと、今でも涙を禁じ得ないのです。

グリーフケア、と言うのは、そう言ったそれぞれの立場での深い悲しみに対するこころのケアなのです。

また、私の実家は20年前の震災で全壊し、母と妹が倒壊した家の下敷きになりました。救出されたのですが、それまでの数時間の私の想いは、今でも(こういう仕事をするようになっても)フラッシュバックをもたらすことがあります。

先日も母に話したのですが、当事者(生き埋めになっていた母や妹)と、それを見守るしかできない者のストレスや苦しさは種類が違うと思うのです。そして、これは当事者ではないがゆえに自分自身でも気づかないか、抑圧(よくあつ、無意識下におさえこんでなかったことのようにしまう)してしまい、後々に心身に影響があることも少なくないのです。

手作業や絵を描く、音楽に親しむ、と言ったことで、ストレスコーピングを図るとともにグリーフケアにも繋がると私は考えています。

今年は、こういったことをしっかりと視点におきながら、これまでやってきたことを続ける。新しいことを始めてみる。繋がりを大切にする。

そんなことを、今更ながら(旧暦でも年が改まりましたし)考えています。

そう言えば、京都の病院勤務も、この3月で丸5年。
病院自体の環境も変わりつつありますし、私たちの役割も変遷してきています。嘱託の身軽さ、そして学びの深さ・・・心理職でここまで毎週CTやMRI画像などを見せていただけるのは、国内では私と上西くらいかも?なんて話しています。
病院の仕事に、具体的に何か変化があるか、と言うとそうではないのですが。

新しい環境に手招きされたなら、それはきっと大切なご縁、と考えています。
(手招き大歓迎♪)

♪ ☆ ♪ ☆ ♪

さて、本当に急なのですが、来週の木曜日(17日)・・・平日の午前中なので、ごく一部の方以外は難しいのですが、三宮で勉強会を開催します。

場所は、センタープラザ西館6階7号室、朝の10時〜約2時間。
レクチャーと実習です。

お問い合わせは  info@softly-softly.orgへ!


また、私たちの『恩師』のお一人でもある柴田美佐子先生の1DAYワークショップ、「オープンハートセミナー」が、下記の要領で開催されます。

日時:2015年3月22日(日) 10時〜18時
(半日ずつでも可)
場所:神戸東急イン(各線三ノ宮駅東側)
   〒651-0096
兵庫県神戸市中央区雲井通6−1−5
電話 078-291-0109
受講料:15000円

私たちにお問い合わせいただいても結構ですよ。
            


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女が語る 女と男のための心理学vol.58








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        件名: SOFTLYのメルマガです〜女が語る、男と女のための心理学〜
        日付:
21.01.2015

        20年前の今ごろ・・・。
落ち着かない想いで、当時の夫、長男、次男、そして私の母と妹と広くないマンションに肩を寄せていました。

目の前の光景に、呆然と立ち尽くしていたのは私だけではありません。ガスの臭いも漂ってきて・・・。おそらく肌を刺すような寒さだったはずですが、私の体の震えの原因はそれだけではありませんでした。

毎年、『この日』を前にすると、幾ばくかの気持ちの沈みを感じます。時には体調が悪くなります。

今年は、敢えて20年前の自分に飛び込んでみました。今回は、ブログ(http://blog.livedoor.jp/cs_peco/archives/50409982.html)の方に再掲した、2008年1月18日発行の「40代からの心理学」を、焼き直ししたものを読んでいただこうと思っています。

20年の時間が育てたもの、繋げたもの、隔ててしまったもの・・・いろんなことに想いを馳せながら、校正してみました。

  ♪ ☆ ♪ ☆ ♪
最近、意識して歩くことにしている。

時折触れるのだけど、子供の頃左足に大けがを負った後遺症があり、やはり年とともに多少の衰えを一番感じるのはこの足。

今は取り立てて不自由はしてないけど、漫然とした不安をずっと持っていて、ちょっとした心がけや軽い運動、そして時折痙攣を起こすのでそれに備えての漢方薬を出していただくなどで、今のところは切り抜けてはいるけど。

歩くことがとても良いのだとわかってはいるけど、毎日歩くとなるとやはり負担が大きいし、性格的にどうしても自分の気持ちの面で負荷をかけがちなので、心がけるようにしよう、と言う程度と、無理をせずにマイペースで、そしてしんどくなったら交通機関を使う、休む、ということで何とかやっている。

若い頃にははやりの靴を私も履いていたが、今思うと靴に足を合わせるような感じですごく無理をしていた、と。

つい2〜3年前まで、深く考えず足に合う靴を探していたが、なかなか見つからず・・・それもそのはずで測ってみると左足と右足のサイズがまず1.5センチ違う上に尖足(せんそく、つま先で歩くような状態)だった左足の親指と小指の幅は右足より格段に広く、逆に踵は右足より狭い、ということを頭では解っていながら、不自由とも思わず、ただ「合う靴が少ない」と思っていたのだった。

しかも更に3〜4センチの脚長差があるとのことで(他人事のようだ)、靴の減り具合も違う。ふむ。

考えてみれば当然のことなのだけど。
足全体の太さも違い、並べて見ると膝の高さも違う。
でも私にとっては当たり前なので、これを不自由とは特に感じていなかった。いろんな意味で、当たり前ほど恐いものはない、と今は思う。

そんな自分の身体に気づくと、これから先、どんな風に年を重ねるのかを考えると不安になってきた。脚長差があるということは実は身体の中の内臓ももしかしたら微妙に位置が偏っているのかもしれない。今のところ、その気配はなく、どうやら腰骨と背中で調節しているらしい。

人間の身体ってよくできている、とつくづく思う。

まあ、私の場合は差が知れていると言えば知れているので、この程度にとどまっているのだと思うけど、そう思うと、二本足歩行用に本来できている人間の身体のどこかが不自由で、不自然な体勢を取らざるを得ないとなると、当然不調は多くなるよなぁ、などと思っている今日この頃。

そんなこともあり、意識して歩くようにしていたのだが、今日は幸い数日前までの厳寒は鳴りを潜めていて、歩いているうちに身体もほどほどに温まってきて。子供の頃からよくなじんでいる道を色んなことを考えたりきょろきょろしながら、歩いていた・・・。

懐かしい街の風景と、新しい風景が入り混じっている。合間からは遠く港が見える。
山の上にある公園は、春になるとちょっとしたサクラの名所だ。
中学生があどけなさを遺した顔で帰っていく。
高校生は、語りながら・・・時節柄受験のことでも話しているのだろう、少し真剣な表情だったりする。

こんな風に歩いていると案外遠くは感じない。そうこうしているうちに、家まであともう少し、と言うところ。
この辺りは高低差があるので、バス道より下にある見慣れた古い五階建ての公営住宅・・・あれ!?取り壊し中のようだ。
周りを見ると何棟かある同じような住宅にもシートが掛けられたり囲われていて、一度に取り壊すのだろう、重機が何台か置いてある。

小学校時代によく遊んだ場所で、友達が住んでいた。あのころから古い印象だった。震災によく耐えたな。
綺麗な団地になっている場所には、かつて裏山が。私たちのかっこうの遊び場だった。基地を作ったり、映画の真似をしたりと、日が暮れるまで遊んだものだった。ため池、畑に肥溜めもあり、ちょっとした田舎を味わえたけどもちろん跡形もない。すっかり都会の景色になっている。

あの古い団地の跡はどうなるんだろうな。少しずつ様変わりしていく街。整っていく街。
それはそれで悪くはない。
でも、ちょっと 寂しい、もの悲しい。

思えばこの街が大きく様変わりするきっかけになったのは
あの大震災。壊滅と言う言葉が何も
おおげさでないと、当時も今も思う。

今日通ったこの道だって、自分の職場である学校から職務で兵庫県庁や神戸市役所に向かうときに交通機関がなく歩いた道。
当時は足元が悪いだけでなく、道そのもの・・・おそらくは地盤そのものが歪んでいたのだろう、電柱があっちこっちに向かって立っていた。後で、近くの地下鉄の駅の天井が崩落した、と知ったのだが。

崩れかかった家の軒をくぐっても歩いた。壁が完全に落ちてしまった家は、まるでドリフのコントのセットのように丸見えどころか人が抜け出したそのままのベッドが生々しかった・・・このおうちの人はどうなったのだろう?恐怖よりもそんなことを思いながら、傾いた家屋の下を通るしかなかった。
それさえも震災の直後ではなく何か月か経った後だったように思う。

・・・とにかく夢中だった、何もかも。細かいことは覚えていない。

移動手段は少なく、バスはまさに戦時中のように乗れるだけ人が乗り、あふれた人はぶら下がっていた・・・何かの映画のように。


私の自宅は電気こそ当日に復旧したが、水道は2月下旬まで、ガスの復旧に至ってはさらに一か月遅れ。友人や同僚に度々お洗濯とお風呂のお世話になった。

当時小学校2年だった長男と保育所の年長だった二男を連れ、勤務先の養護学校に出勤したこともあった。いつもは無愛想な同僚までもが親切にしてくれ、人の心の温かさを思ったものだ。

そんなことを考えながら歩いていくと、馴染みの病院が見えてきた―――母と妹が生き埋めになりながらも生還して運ばれた病院。
そして近所の幼馴染とその小さな息子の亡き骸を収容してもらった病院。


当日、母と妹が病院に運ばれたのを確認した上で自宅に戻り、際どいところで炊き上がっていたわずか二合のご飯を小さなおにぎりにして(自分の家には他に食料があったので)、みかんとお茶と共に、特に深く考えずに病院に向かうために持って行ったのだった。

家族たちが収容されている病院に入ると・・・見慣れた風景はどこにもなく、野戦病院と言うのはこう言うところか、、、と少し落ち着いた頃に思った。
医療に必要な物品も薬品も、・・・人手も全てが足りないのはひと目で解った。
薄暗い待合室には、取敢えずの止血をしてもらってはいるものの血のにじんだ包帯のままの女性、声も出ないで横たわる老人、虚脱状態の人、人、人。

自分の持ってきたリュックの中身を思い出すまでに、少し時間がかかった。

我に帰り、お茶とみかんとおにぎりを出してみた。食べられる人が手に取り、飲める人だけがお茶を口にした。

「ありがとう」
「そう言えば夕べから何も食べてへんかった・・・」
中には私に涙ぐんで手を合わせる人も。本当にその時は何も考えていなかった。誰かにあげようとか、役に立とうとか・・・全く頭にはなかったのだが、結果として、少しは役に立ったのかもしれない。もしかしたら、良くなかったのかもしれない・・・とにかく最近まで、このことは全く忘れていた。

ある同僚はたまたまお給料日と重なったため振込になっていない職員のお金を(束をいくつからしい)持ち、何キロも歩き、またある同僚はかつてに職場に救援に行き、そこで変わり果てた教え子と対面した・・・。
家はおろか家族を亡くした職員もいた。そんな中、それでも何か出来ることを探し、出勤したり避難所となっている他の学校での宿直をした職員もいた。私も、近所の避難所になっている学校での勤務を希望したが、叶えられなかった・・・行政の非情さである。今は変わっているのだろうか。

時折街を歩く。そう、今は自分の健康のために。11年前も私は歩いていた、『瓦礫の街』を。
あの時の神戸は美しかった、瓦礫の山だったけど。ブルーシートで覆われた家ばかりだったけど。

信号が止まっても事故一つなかった。
どの店でも売り切れて手に入らないティッシュは初めて行った薬局の主人が「子供がいては困るだろう」と自前のありったけのポケットティッシュを持たせてくれた。
お茶屋さんでは、「これしかないが持って行ってくれ」とコーヒーなどを渡してくれていた。

普段はあまり人から好かれないであろう人たちの(神戸に本拠地があることで有名な某団体)炊き出しには、彼らの『真心』、というだしがよく効いていた。彼らのテントはいつも賑わっており、トップ(会社で言うなら社長)が直々に通行人に呼びかけているのだった。私も実は声をかけて貰ったが、仕事の途中だったこともあり、丁重にお断りさせていただいたのだった。

誰だって、どんな人だった、人に喜んでもらえるのは幸せに違いない。人の心が、本当に輝いていた。

大好きな、この街を歩くといつも思う。あの時、ここで起きたすべてが現実なら、あの輝きは全ての人に宿っているものなんだと。

もう決して若くはない。あの、震災の時のような体力はもちろんない。むしろちょっとした爆弾を抱えている気分もある。でも、だからこそ自分の想いに誠実でいたい、と思う。

私の身体の中を、街の中を、時間が通り過ぎていく。確実に変化は起こり、一見して不変なものは何もない。諸行無常とはよく言ったものだと思う・・・しかし私の中を流れる本質に変わりはなく、同じようにどの人の心の中にもある「輝き」を感じることができたのは、はからずもしも自分のほんの少々不自由な身体であったり、震災後の街であったりする、と考えたりもする。

それでいて、時にはそんなことを忘れているような自分もいて・・・恥ずかしくなったりもする。

変えようのない現実に、人は時には向き合わざるを得ない。それでも「いつかは日が昇る」ように思えるとしたら、それは成長の証しだと思っても良いのだろう。

全てのことに偶然はなく、意味があるのだとしたら、辛かったり厳しかったりする現実を後で振り返ると「財産」のように感じることができるのかもしれない。

そんなふうに思える自分を楽しみに、自分らしくいたいと思う。1日1日を大切にしながら。
(知)

♪ ☆ ♪ ☆ ♪

いかがでしたか?
自分では、このころの文章の方が、しっかりかけている気がしてならないのですが^^;

宜しければ、ご感想をお寄せくださいね。
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さて、今月最後の日、31日の土曜日に阿倍野でセミナーを行います。今回は、どうもなかなかのメンバーが集まりそうなので、とても楽しみです。
(中村は、その前に試験を控えていて気持ちは大焦り(‐‐;))

【ゆるゆるセミナー】
五感を使って表現力を高めるワークショップです。描画や音楽、そして音そのものをモチーフに使います。
2016年1月31日(土) 10時〜 12時頃

阿倍野市民学習センター
http://www.osakademanabu.com/abeno/?page_id=1033
ハルカスの近くです(しかし、私はここからハルカスまでを迷うのです・・・)

【コミュニケーションスキルアップ講座】
以前は、「カウンセリング講座」として、カウンセリングのスキルを実習を中心に行っていたワークショップです。
私たちは常に"参加型"ですので、講座と言うよりまさしくワークショップ、一緒に学びます。
カウンセラーとしての知識や経験を、お仕事の現場や家庭、様々な対人関係をよりよくするためのワークショップと位置付けています。

同じ、阿倍野市民学習センターで2016年1月31日(土)
14時〜 16時頃

料金はそれぞれ三千円ですが、通してのご参加ですと五千円とさせていただいています。

今までには、医師、薬剤師、看護師等の医療職、介護職、教職に従事されている方、『こころ』について学ぼうと考えておられる方、心理職、管理職や経営者の方、学生さん、子育てパパ&ママなど、様々な方のご参加を戴いています。子連れでいらっしゃる方も、大歓迎です(事前にお伝えくださると助かります!)。


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女が語る 女と男のための心理学vol.57










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        件名: SOFTLYのメルマガです〜女が語る、男と女のための心理学〜
        日付:
30.12.2014

        もう今年も、時間で数えられるほどになりました。
年の区切りなんて、あまり意味を考えたことがなく、仕事の区切り、季節の区切りというほどに捉えていた、情緒欠如的な年代の自分が懐かしいです。

しかし、強いて言えば長めに休めると言うだけ、と、今も思っています。そんな中でも、10代・20代の頃、家族や仲間たちと過ごしたお正月を思い起こしたりもしています。

  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪

テレビをつけると、『今年の10大ニュース』などをやっています。その番組や放送局で放映時間が長かったもの、などのようですが、それでも上位に挙がってくるものにそう変わりはありません。

そういったものの影響もうけつつ、私なりのBIGニュースを挙げてみました。
もちろん、順不同。思いついた順番です。

☆長男・次男が「メンタルヘルスマネジメント検定2種」を取得

これは、私にとって一番大きくそして嬉しいニュースです。(親ばか、の誹(そし)りをはばかりません、あしからず^^)

息子たちのプライバシーもあるのでたくさんは書けませんが、二人とも高校時代にしんどい思いをした時代がありました。親として、できることなんて殆どありません。皆無、と言ってもいいかも知れません。
ただ信じて見守るのみ・・・。

その前に、通称高卒認定と言われる「高校卒業程度認定試験」を揃って受けて共に合格。

親としてのふがいなさもさることながら、私自身も身を置いてきた『教育の世界』に対する想いや考え方を整理せざるを得ない出来事でした。そのせいと言う事はありませんが、私が20年お世話になった学校の仕事を辞したのも、同じ時期。

3人それぞれがいろんな想いを抱え、葛藤してきた日々も、かれこれ10年近く。それぞれの方向性の一つとしての、今の状況です。
ですが、息子たち自身はもちろん私にとっても大きな変化への第一歩と感じています。

☆ゴーストライター事件

実は・・・このことが騒動になる直前、昨年の11月に友人と3人で当時佐村河内さんが作曲したとされている「HIROSHIMA」コンサートを聴きに行っていたのです。
元々私は音楽が好きで、ジャンルを問わずコンサートやライブに心が躍るのですが、このコンサート、実はけっこう重い感じがありました。
周りで鼻をすする音、つられたと言うより一種の不思議な感覚でみんな泣いていた・・・と思います。

音楽自体も演奏も良かったのですが、音楽=音を楽しむと言う感じではなく、少しもったいをつけているような印象もありました。また、最終章は唐突なくらいに明るく華やかな曲調となるのですが、その印象もあり不思議な感覚を持ったものです。

同じ指揮者(金聖響さん)が振ったコンサートに別の友人と行った際には、もっと音楽そのものが生き生きとしている気がしたので、よけいにそう感じているのか、とも思いましたが。
聴きながら、これだけの音楽を聴力が失われた状態で創れたとしても譜面として再現するのは大変だろうな、と醒めた印象も感じたのもあります。

そういったこともあり、ゴーストライター事件は私の中では2位です。来年は素敵なコンサートやライブにもっと行きたいなあ!誘ってくださいね♪

☆長田区小学生殺人事件

心に刺さること、一際辛い想いも多くありました。
・・・と言うのは、私の育った町での出来事だったからです。

このあたりは神戸の真ん中よりやや西で、いわゆる山麓部になります。
事件があったとされる辺りは、私も普段行くことが余りありませんが、時々ウォーキングのルートに選んでいました。
アップダウンが多く、不規則な階段があり、ちょっとした運動になるからなんです。その上、よくわかっているエリアなので(幼なじみが住んでいたり子供の頃に遊びに行った場所だったり)、いろんな想いを感じながら空気を楽しむ、ということもありました。

亡くなった子供さんは、私にとっても息子たちにとっても、後輩になります。また、親御さんは年齢的に息子たちの少し上、お祖母ちゃんとされる方は私と同世代なのかな、と思います。

普段からバスが通る道なので、そう狭くはないのですが、道路の両側に黒塗りの車が昼夜を問わずびっしり・・・ためしに数えてみましたが100台を越した辺りで根負け。

一部は警察車両でしょうが、殆どは報道車。もちろん、大きなアンテナを立てた車も何台か。少し離れたところにある病院の前にまでそう言った車が駐車してありました。

さらに、早朝から夜半まで報道のヘリが。報道番組の時間帯に合わせたように一度に何台もの爆音がします。
もうすぐ20年になる震災の直後を想い出さずにいられず、軽いフラッシュバックを起こしてしまいました。

  *フラッシュバックとは*
『過去に起こった記憶で、その記憶が無意識に思い出されかつそれが現実に起こっているかのような感覚が非常に激しいときに特に使われる。フラッシュバックが起きた場合には、必ずしも映像及び音が存在するとは限らない。記憶には様々な要素があるため、フラッシュバックは「恐怖」などといった感情や味覚、痛覚など、感覚の衝撃として発生し得る。』とされています(wikipediaより)。
私の場合は、倦怠感や喘息の発作、涙が止まらない、恐怖感が出て来るなどです。

まあ、原因が解っているので、ゆっくり休む、症状の緩和に努める、などで治まってくるのですが、震災では実家が裏手にある石垣の崩落で全壊し、母と妹が生き埋めになる(その後無事生還)と言う経験をしているので、起こっている出来事を見るとか、そのことを取材に来ているということに対する理不尽な想いが強くあるのだろうと自己分析しています。

私だけではなく、当時近くに住んでいた友人たちも、その想い(報道車やヘリに対しての)が少なからずあるようです。

亡くなったお嬢ちゃんのご冥福を祈るばかりです。

☆STAP細胞

これも、神戸が舞台となりました。
私、STAP細胞の最初の頃の報道、実はよく知らないんです(汗。何か言ってるなあ、と言うくらいで。
今から言うのは、ちょっと後だしじゃんけんみたいですが、変わったこと言ってるなあ、という印象で、山中教授のiPS細胞の時には、かぶりつくようにニュースを見ていたと言うのに(笑)。

私自身、子供の頃の大けがと言う体験があり、若干の不自由さなどからもこの分野の発展には大きな希望を持っています。
仮に人間の歴史がこれから先塗り替えられたとしても「今」を生きる私たちには欠かせないのがこういった医療や科学の研究だとも思うのです。

それにも拘わらず、STAPのニュースは私の関心を全くと言っていいほど引きませんでした。

頻繁に流れてくるようになり、私の中で違和感は強くなったのですが(何と言っても傍観者なので♪)、やはりあの弁明会見でしょうか、私の想いが一層強くなったのは。

今までかかわったうちの何人かのクライアントさんの話を聞いているのと似たような感覚に陥りました。

その方たちはある種のパーソナリティ障害をお持ちの方々なのですが、DSM(精神障害の診断と統計マニュアル、Diagnostic
and Statistical Manual of Mental
Disorders)でB群・劇場型とされる人のもつ独特の空気感に、似てるかな、と。

自分の世界に「誘い込む」のがとても巧妙で、また気づいて離れようとする人に対しては離れられないように(意識しているしていないにかかわらず)自分の『劇場』をただ実現することにだけ心血を注ぐ、といった印象。

言い過ぎに感じるかもれませんが、私のクライアントは心療内科を3つつぶした、と自称していました(これさえも自称なので、事実はわかりませんが・・・)。

私がぎりぎりのところで巻き込まれなかったのは、前の会社の社長のお陰だと思っています。組織がある心強さ、ですね。何度か守っていただきました。
今も、病院で関わらせていただく患者さんの中に、そう言った傾向や既往がおありの方もおられますが、私たちとの接点があくまでも『緩和ケア』と言う医療の一分野でのことなので、以前のようにその瞬間の「人生を賭ける」ような感覚にはならなくて済んでいます。

そういったことをあらためて考える機会になったと言う意味もあり、この事件を挙げました。

☆ソチオリンピック

たくさんの記録が生まれ、人の想いも集まりましたが、何といっても、浅田真央ちゃんの「ごぼう抜き」でしょう! 大切なのは『メダル』の色ではない、と言うこと。それこそが自分に負けない、と言うこと。
やりきったことの満足感。
何よりも、あのさわやかな表情は忘れられません。

こういった経験は、実は日常でもよくあることなのではないでしょうか。「心が折れる」と言う表現、最近はよく使われていますが、私の記憶ではメジャーリーガーのイチロー氏が使って以降によく聞かれるようになった気がします。

「何度も心が折れそうになった」と言う言葉を、メジャーに行ってまだそう経っていないころに使われていたのが、私にはとても印象的でした。

イチローでも心が折れそうになると言う表現になるような想いをしているのか、と言う想いや、だからこそ今の彼があるのだろう、と言う想いが入り混じったような感嘆を当時、覚えました。

スポーツはてんでダメですが、その時々の『舞台』に全力で向かう姿には心を惹かれてやみません。

私の目線ではありますが、音楽やスポーツ、芸術、映画など、生活にダイレクトに必要ではないものが、ひとの気持ちを一つにしたり自分の心のありどころを知ることを、改めて感じることの多い年でした。

その他、自然災害や紛争などでの悲しいニュースも多い年でした。

自分の中に「こころ」があるのだということを、強く感じたことの多い年と言えるかもしれません。

お仕事の面では、以前から戴いていたお話が一つ、二つと、年明けを待って動き始めそうです。

さて、このメルマガやこれまでに出してきたコラムなどを、上西が選んでブログに毎週月曜日UPしてくれています。

→http://blog.livedoor.jp/cs_peco/archives/50409326.html
今月は、12/1、12/8、12/15、12/22、12/29と毎週月曜日の発行となっています。
宜しければ、お読みいただければ幸いです。

2015年、みなさまにとって、世界にとって穏やかで喜びの多い年でありますように。


来年もたくさんの笑顔に逢えることを楽しみにしています。
      (知)


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女が語る 女と男のための心理学 vol.56









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        件名: SOFTLYのメルマガです〜女が語る、男と女のための心理学〜
        日付:
07.12.2014

        またやってきた、この季節。

この数日で、一気に冬の気配が増しました。12月の街は、きらびやかで楽しげです。

息子たちが幼かった頃や、私自身の子ども時代や若い頃の想い出がそこここにひそんでいるようです。
  
 ♪ ☆ ♪ ☆ ♪

いつの間にかすっかり大人になり、いや、大人過ぎる年代ですが(笑)・・・ものごと、ことがらだけではなく何となくワクワクする想いは、消えることはないんですね。

子どもの頃、今の私の年代の人はとってもとっても大人に見えました・・・いえいえ、それが30歳くらいでも大人に見えたものです。

まさか、こんなに変わりがないなんて。あ、もちろん外見はすっかりおばさんですが。

30才半ばの私には、この季節に大きな出来事がありました。
父が亡くなって、もう20年になります。当時子どもたちは小学2年生と保育所の年長。

悲しみのなかで子どもたちがしでかすことは、周りの悲しみを和らげることと言いますが、まさしくそういうことが。

何のきっかけかは、もちろんもう覚えていませんが、夜になって二人が取っ組み合いを始めたのです。
そして・・・次男の泣き声が。

何と、肘内障(ちゅうないしょう、ひじの靭帯(じんたい)がずれる状態)になってしまったのです。

妹と二人で、連絡がついて外科の先生は不在だけど肘内障なら何とかできるだろう、とのことで向かった最寄りの病院。

まだ若い先生が対応してくださったのですが、先生は一生懸命なのだけど次男の泣き声は大きくなるばかりで・・・。

おかしいな、おかしいな、と呟きながら色々されるのですが、泣き声は増すばかり。自分自身の体験や息子たちの経験からも、これは、、、と思ってしまい。

申し訳ないと思ったけど、途中でやめていただいて整形外科の先生がいる病院を探して仕切り直すことにして、無事治りました。

実は、長男も次男もよく肘を外し、この病院や近所の整骨院、弟の友人の整骨院・・・と色んな所でお世話になっており、かつて夜診で処置してもらったのに、一晩中痛がって泣いて・・・翌朝再度通院して別の先生に診てもらったら、だっこしてもらうと同時に治してもらった、ということもあったのでした。

そして、かく言う私も子どもの頃に二度左の肘を痛めているんです。

一度目は年子の弟をふざけて背負って転んだとき。当時は近所に整骨院や病院がなく、母が私を背負って商店街を走り(80になった今も一万歩歩こうと心がけている母です・・・怪我はしないでね)、整骨院につれていってくれました。

うまく戻ると、けろっと痛みもなくなり動くということは、このとき身体で学びました(笑)。

二度めは、小学2年の時。学校の中でのできごとです。
休み時間の終わりを告げるチャイムがなったとたん、私は仰向けにひっくり返っていました。

青い空を覚えています。何が起こったかわからず、声も出ませんでした。

「ごめんな」
と、起こしてくれた高学年の男子が、教室に急いで戻ろうとして私の背後からぶつかったようでした。

その時は、何もなかったのです・・・いえ、ちょっと動きが悪かったのですが、大丈夫だと思っていました。

幸か不幸か、次は音楽で合唱の練習。立って並んで、手を後ろで組むのですが、その途端に激痛が!!

泣きました。大声で泣きました。目の前もなんだか真っ暗で。今思うと軽くショックを起こしていたのではないかと思います。

手が痛い、と何とか泣きじゃくりながら伝えて、保健室に連れていってもらいました。

学校の目の前にある開業医の先生(家族中でお世話になっている先生でした)に連れていってもらったら、完全に脱臼しているということ。後ろに回したときに完全に外れたようです。

タクシーで病院に行き、大人4人がかりで整復・・・もちろん、大絶叫でした。
(この年の夏休みには扁桃腺の手術も受けていたので、痛いこと満載の8歳児)

そして、固定して三角きんで手をつるという、見事な姿で、昼食時間になったので何と保健の先生(養護教諭)にお昼ご飯をご馳走してもらったのでした。

あらら、クリスマスのきらきらした楽しい想い出を書こうとしたのに(笑)。

さて、ここで質問です。

楽しい時を共有できる人。
辛い時を共有できる人。
どんなことも共有できる人。

一緒にいたいと思うのは、どんな人でしょうか。

これは、個々の考え方や年齢、人生経験、価値観にもよると思いますが、この季節を楽しく過ごすこと『だけ』(だけと言うこともないのでしょうけど^^)が目的となっているカップルが多くなっているような気も・・・。

おばちゃんのひがみですかね(笑)。

永遠の愛なんてない。
恋と結婚は別。

なんて、言っていた友達も、今は気の良いばぁばになっていたり。

歳月は人を育てるもの、ですね。

どの生き方も、幸せを掴む方法はたぶん、たったひとつ。

自分が選び、決めたことには、どんなことが起こってもしっかりと受け止め対応ができるのではないか、と思います。

だけど、一見自分の選択に見えることも、周りの意見だったり、誰かとの競争心だったり、つまり本当の自分の心の声をどこかで無視していたとしたら。

ぎすぎすした空気や、疲れはてた自分の心身、持っていきようのない気持ち。

どんなに忙しくても、どんなに過酷な状況に見えても、自分自身が決めたことであれば、しんどいこともあるとしても、向き合ったり頑張ったりできるのではないかな、と思うのです。

心も体も、無理をすることでバランスを崩してしまいます。

大きな目標があるのであれば、自愛をすることも大切です。それは、楽をする、好きなことをするだけではなく、ちょっと努力したり、我慢したりすることも時には要るように思います。

ストイックな考え方だと思いますか?

そう、かも知れません。
でもそういうなかで時々、自分を甘やかす。もちろん、パートナーや友人、仲間、家族にも優しくゆったりした時間を作る。

そして、自分が決めたことには忠実でいること。

恋愛相談などで、お相手に疑いが出てきてしまった方に私がよく口にする言葉があります。

―――彼(彼女)になら騙されても良い、と思えますか?―――

嘘をつかれたくない、そのあまりに相手を強く疑い気づかない間に大切な人を縛ってしまう。その大切な人が自分に対して隠し事をする。
そして、悪い循環にはまっていく・・・というようなケースでよく話すことです。

誰だって、騙されたい、隠されたいとは思わないものですが、相手の価値観に気づかなかったり、時には気づいても自分の気持ちを優先させてしまうことが続いているような時に、お話しすることが多いのです。

与えたもの・ことしか返ってこない、とも言います。
パートナーや親子間、友達との関係、職場での対人関係・・・どんなところでも、もしかしたら似たことが起こっているかもしれません。

あなたが、相手を丁寧に扱っても、相手からはひどい言葉や反応しかないということもあるでしょう。それは、その相手が自分自身に向かって吐いている言葉なのではないでしょうか。
だとすれば、あなたがその人に対する態度を、相手がしたのと同じようにしたくなる気持ちを少し横に置いておいて、挨拶から始めてみたら、何かが変わる日がやってくるかもしれません。

煌めく夜、贈り物が気になる季節。

そんなことを想いながら、どんなものを届けるか、考える時間にしてみるのも素敵ですね。

 ♪ ☆ ♪ ☆ ♪

余談になりますが、勉強中の産業カウンセラー養成講座を修了しました。ドキドキしていた実技試験は、無事免除になりました(*^^*)

あー、ほっとした。

時々、自分のカウンセラーとしての能力を省みるできことがあるのですが、これもまたその一つでした。

後は、筆記試験です。わぁぁぁぁ。20代の頃に(記憶力だけ)戻りたい(笑)。   (知)

                                      
 ♪ ☆ ♪ ☆ ♪

師走の慌ただしい中ですが、ゆったりと過ごす時間を一緒に過ごしませんか?

12月14日(土)、阿倍野市民学習センターで、二つのセミナーを開催いたします。

午前中はゆったり過ごしながら五感を使って表現をする、ゆるゆるセミナー。

10時から正午までの開催です。


午後2時からは、私たちのカウンセリングで得た「スタイル」「形では分かりにくい大切なもの」をお伝えする、カウンセリング/コミュニケーションスキル講座となります。

どちらも少人数で、しっかり学びたい方にもおすすめです。

費用はそれぞれ三千円となりますが、カウンセリング/コミュニケーションスキル講座は春より内容とともに変更を予定しています。

今のスタイルで受けられるのは、もうわずか。この機会にお越しくださいませ。

なお、二つの講座を併せて受けていただく場合は、お一人五千円となります。
年末、ほっとしたひと時を一緒に楽しみませんか?

ミ☆;`.☆SOFTLY°.★・*。☆彡

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女が語る 女と男のための心理学 vol.55








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        件名: SOFTLYのメルマガです〜女が語る、男と女のための心理学〜
        日付:
21.10.2014

        天高く馬肥ゆる秋。

はい、毎年のように書いていますとも。殆ど自戒のためですとも・・・。

実は・・・少し前に、"人生最大"になってしまいました。
こりゃいかん、と思って、気持ち減量中・・・2キロほど戻せました。

足に負担をかけないようにしなくてはなりませんし、ちょっと工夫をしてみました。足腰に負担をかけないような軽〜い手抜きの運動。
食事時間。食事の内容。

それくらいなんですが、それで2キロ減ると言う事は、どんな生活してたんだ、私。

しかし、この季節。
大好きな果物が、お野菜が、美味しい季節。惑わされる日々でございます。

♪  ☆  ♪  ☆  ♪

ダイエットに、糖質制限と言う方法があるのですが、私の性格ゆえそれは無理でございます。あ、食いしん坊と言う事だけではないのですよ。

何事も極端に偏ることが出来ない、と言う性格です。違う言い方をすれば、疑い深いと言う事が言えるかな、とも思います。

何にしろ、色々考えてから、できる範囲で検証してから。

用心深いと言う事も言えると思いますが、こういった態度は保守的とも言えると思います。怖がり、とも言えると思います。

あ、怖がりです。でも、いきなり突き進んでしまうこともあります。あれだけうだうだ言っていたのに、気づくと渦中の人・・・なんてことはこれまでに何度あったことでしょうか。

ははは。

それはさておき。

食べることは、命を続けていくことです。

それは、食べることで体を維持できると言うだけでなく、食べ物のすべては『命』からできているからです。

ヒトは、多くの場合はそんなに仕組みが変わりませんが、代謝と言う言ってみれば化学反応をする仕組みが、個々によって違うこともあります。

※代謝・・・(たいしゃ、metabolism)とは、生命の維持のために有機体が行う、外界から取り入れた無機物や有機化合物を素材として行う一連の合成や化学反応のことであり、新陳代謝の略称である[1]。これらの経路によって有機体はその成長と生殖を可能にし、その体系を維持している(wikipediaより)。

それが様々な症状や病気を引き起こすこともありますが、自分の代謝の個性を知って食を楽しめたら、こんな幸せはないなあ、と思ったりします。

ちょっと意識的に、炭水化物(ご飯や麺類)を減らしているのですが、先日誘惑に負けた私、栗ご飯をお代わりしてしまいました。

このところ、お豆腐やお野菜、ゆで卵、肉類、果物・・・を中心にしていたのですが、さらに翌日は、またまた誘惑に負けて、白いご飯を・・・。

すると。

胃がもたれてしかたありません。本当に、びっくりしました。

自分の身体を使って実験、と言うわけでもないのですが、私の身体は反応が良いらしく(マッサージをしてくれるお友達にも、「素直な体」だと言われたことがあるな)。

国によって好発するがん種の違いは、肉体的な(遺伝的と言うか)要因、生活環境、そして食生活なのだろうな、と改めて感じておりました。

・・・まあ、これが10年前だったら何てことはなかったんやろな(ひとりごと)。

でも私は、炭水化物を敵(!)だとは思っていません。

何にしても、「過ぎたるは及ばざるがごとし」。
そういうことなんだろうな、と思った次第であります。

知的障害のある子供さんが通う学校に勤めていた時に聞いた話なのですが、その方は養護教諭(保健室の先生)をされておられました。

研究会で聞いてきた話で、つまり出典も文献も今・ここにはない話で、全くの伝聞になると言う事に加え、私の記憶の曖昧さもあるということを承知していただかなければならないのですが、興味のある話をして下さいました。

ある多動的な自閉症の子供は、台所に行っては塩をなめていた。塩分の取り過ぎは身体への負担が大きくなると言う事で、家族と学校で協力して塩をなめさせないように注意をしていた。
ところがその子供は徐々に弱って、ついには命を落としてしまった。
解剖の結果・・・NaCl(食塩)を外から摂りいれないといけない体だったと言うことがわかった、と言うもの。

詳細は、教えてくれた彼女も覚えていなかったのですが(まだ新人の頃だったし)、その話が余りにもインパクトがあった、と話してくれたのでした。

子どもの頃からの何らかの障害(ホンマにこの言い方嫌いですわ)があることは、わかりにくい『個性』が身体の中で働いている可能性は、元気でいる子供より多いのかもしれないですし、どんな人にも多かれ少なかれそういうことはあるとも言えると思います。

また違う話なのですが、これは私の友人の話です。

彼女は40歳前で乳がんに罹ってしまいました。美人で、豊かな感性を持った彼女、ようやく好きな仕事に進める、という時期でした。

久しぶりに電話をしてみたら
「知子さん、良い時に電話をくれてありがとう。私、病気になってしまったの。乳がんよ。気づいたらもう・・・(涙)」

十何年も前のことです。今の私だったら、少しはできることがあるかも知れませんが・・・。その日は彼女の得意分野の話をすることしかできませんでした。

そして、しばらくして会うことにしました。

笑顔は変わらず美しい。でも、上半身のバランスは崩れていました。

「知子さん。母はね、私と同じようにがんで死んだのよ。病院で管だらけで最後はご飯も食べられず、喋ることもできないで逝ったの。父とももう何年も会ってない。一人っ子だし、動けなくなる治療はしたくない、と思ってる。」

東北の、温熱療法のメッカに行ったり、砂風呂がいいと聞けばそこに行ったり、身体に良いと言われるお水を何リットルもカートに入れて持ち歩いて飲んでいる。

確かにその日も、重いカートを引きずっていました。見かねて私が持ったから、その重さがわかるのですが。

「知子さん。私、偏食でね。家族もいないでしょ?栄養のバランス、と言う事は全く考えなくて、お腹がすいたらカロリーを補給すればいい、くらいに考えていたのよ。だから、毎晩の食事は、ケーキにシュークリーム。お菓子ばっかり食べてたのよね。何てバカなことをしたんだろう、と思う。」

「知子さん。私みたいになっちゃだめよ。あなたは大丈夫だろうけど。身体は大切にしてほしいわ。」

彼女を、一人暮らしのお家まで車で送った帰り道。涙が止まりませんでした。

結局、いわゆる三大治療は一切受けず、痛みや体調のコントロールで残りの時間を生きる、と言う選択をしました。

親しい人がいる大阪に転居して、最期まで一緒に過ごしたそうです。

亡くなった一報が入った時、私はカウンセリング講座の講師をしている日で、所属していたカウンセリング会社の事務所からでした(彼女も少しの間一緒に学んだ仲間でした)。

私には伝えてほしい、と言う伝言だったそうです。

その日の講座は何とかやり終えましたが、結局彼女を見送りに行くこともできませんでした。

そのことが良かったのか悪かったのか・・・。
今でも彼女のことを考えることがあり、その笑顔は美しく思い出されます。

私の歳になると、少しずつ冥界に入る知人が増えます。これは、生きている限り必ず決まっている節理ではあります。

生まれた生物は、必ずいつかは死ぬ。

死に方そのものもですが(不慮の死ほど、切ないものはないですが)、どう生きていたかは、一緒に過ごした人の人生にも、その人の周りの人生にも、影響があるのだと思います。

どちらかが離婚を考えているようなケースで、配偶者が病気に見舞われることも少なくなく、そういったお話を聞くこともあります。どのような場合でも、二人で築いてきた時間の決着は、二人でつけなければ仕方がないと言う、究極の想いをされることもあります。

でも、寄り添うことを決めたら、どんなにつらい時間があっても、しなかった後悔よりは前に進めるのかもしれません。

私には、その経験がないので、言う資格はないとも思うのですが、その気持ちの強さ、人柄の優しさを深めた方にも何人もお会いできました。

私たちには、そういった幸せをおすそ分けしていただける。私たちの仕事は、さらにそれを広げていく。

そんなことを想ったりもします。

限りのある人生、悔いのない生き方をしないと、と言う事に尽きますね。

秋の優しい陽射しは、そんな想い出と一緒に揺れているようです。

さてと・・・私はと言えば。
引き続き、もうちょっと減量しなきゃですわ(~_~;)     
                      (知)


★神戸でセミナーやりますよ〜★
いつもの、ゆるゆるセミナーと、カウンセリング/コミュニケーションスキル講座をダブルヘッダーです。

【日時】2014年10月25日(土)  14時〜16時(ゆるゆる)
17時〜19時(カウンセリング)
【場所】あすてっぷKOBE
(神戸市営地下鉄「大倉山」駅、阪急・阪神・山陽・神戸高速各線「高速神戸」駅すぐ、JR「神戸」駅北へ徒歩5分
【受講料】各講座 3千円
(2講座連続でのご参加は、事前のお申込み・ご入金で5000円)


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たくさんのご参加、楽しみにしています\(^o^)/


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女が語る 女と男のための心理学 vol.54






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        件名: SOFTLYのメルマガです〜女が語る、男と女のための心理学〜
        日付:
24.09.2014

        秋の空が美しい季節。
虫の声も、賑やかしさから静寂を強調するような、やさしいBGMに変わってきました。

穏やかな、優しい季節を書けるな・・・と思っていたのですが。

今も上空をヘリが飛び交う音が、まさに間断なく朝から響いています。
また神戸、と言うような何気ないかも知れない言葉も、心に突き刺さります。

救われることのなかった小さな命に想いを馳せると共に、この爆音が引き出す私自身の心の奥を、探る機会にしたいと思います。

付き合っていただけると、とても幸いです。

  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪

昨日の秋分の日、大阪は阿倍野、「ハルカス」を仰ぎ見る場所でセミナーを開催していました。
今回来ていただいたのは、医療にかかわった(仕事として、ご自身の体験として)ことのある方が大半でした。

やり始めたころよりは、少し形を成してきた「ゆるゆるセミナー」と言うのを午前中にしていたのですが、まあネーミングの通り、いろいろゆったりとしています。

楽器や描画を使ったり、お話し会のようになったり、小さな子供さんが来られたり、またご参加くださる方も様々な経験・個性をお持ちの方です。

基本的に、私たちはある大きな目的があり(そのことについては後で書きます)、その目的を少しずつ実現することが、今の時点での目標になっています。

昨日の午前のテーマは「心象風景」でした。

心の中の風景について、どのように表現するかと言う事なのですが、今後もこれについては続けていこうと思っています。
表現の方法についても、また風景を想起する方法についても、頭の中の抽斗を整えて色々準備していこうと思います。

午後からは、カウンセリングのスキルを生活やお仕事に生かしていただけるように、と、より広く具体的な内容のレクチャーを心がけた「カウンセリング/コミュニケーションスキル講座」を開きました。

ここでは、私たちの大切な「仕事」と考えていることをベースに、どんな立場であっても心を通わせることが出来ること、そのためにできることを一緒に考えたり実習する場、と定義づけました。

私たちのセミナー・講座は、来ていただいた方が創ると言っても言い過ぎではないくらい、毎回違った運びになります。同じメンバーが揃ったとしても、決して同じ内容でのワークが行われることはありません。
まさに、総ては「プロセスを信頼する」ということで動いていくわけです。

そこには、トレーナーである私たちの想いやコンディションもまた、一つの要件となりえます。
まさに、人ありき、なんですね。

さてこのところ、私(昨日のトレーナー)に起こっている出来事と言えば、毎日メディアで流れる、幼女行方不明事件が、私の幼少期から馴染んでいる場所で起こってしまったと言うこと。

そのこと自体にも心が痛み、とても切ない想いがあるのですが、それ以上に、自体が進展していくにつれ増えていく、報道車の数、ヘリの音、夜になるとフラッシュがたかれ、そこここでカメラ。
まあ、これだけの事件ですから当たり前のことなのですが、このヘリの音、そして今日のどんよりした空は、どうしても私の心にしまいきれないものを喚起してしまいます。

少しずつ、いつもより体調の変動が出てきはじめ、・・・幸いにも早めに戴いていた漢方薬で体調管理が出来ていたのですが、今日の早朝からのヘリの爆音に、またしてもフラッシュバックが起こってしまっています。
前にも似た状態になったことがあるのですが、それは、東日本大震災の報道がきっかけでした。

友達が何人か東北にいたこともあって、テレビで情報を収集を、と思ってみていた報道番組での数々の場面・・・。
報道の状況、そして自分の住んでいた町の空からの風景。

繰り返し繰り返し流されることに(見なければいいと言えばそれまでですが、どこを見てもその情報ばかりでした)、気がつけば身体にいくつかの症状が起こっていました。

当時、ある支援事業に応募して必要書類を作成していたところなのですが、それさえもできないようになってしまっていました。

今日の私は、朝から涙が止まらない、震えが出る、呼吸が浅くなり咳が出る、微熱が出る・・・と言う状態ではありますが、原因もわかっていることでもあり、むしろ、何かをしている方が、そう、自分の心と向き合いながら、今の気持ちを表現することが一番いいように感じています。

昨日、セミナーで提示したテーマ、「心象風景」。

私の中の風景は、一階が崩れ、その瓦礫の上に、ひしゃげた二階部分が乗っかっている実家。
その『絵』と共に、独特のにおい、混じってくるガスのにおい、がれきの上で救助をしている弟、妹の恋人(現・夫)、その他の人々の姿、見守るしかない私をはじめとした近所の方々、救助されて無事だった顔見知り・・・。

感情が引き出す想い出や記憶もありますが、五感(聴覚、視覚、触覚、臭覚、味覚)で感じたものが風景の記憶に繋がり、処理しきれなかったり隠しておいた感情や、感覚が甦ってくる。

その体験はそれでも、理性で制御ができると言うこと。
しかし、制御して抑圧した感情は、決して消えることはなく時には沸々と身体の奥で燃えていること。

まさに体感しています。

私が自分を制御しうるのは、自己理解を深めること、自分以外の周りにも関心を持ち自分の存在をしっかりと感じること、そして、そのことを伝えていくこと。
だと、思っています。

こうしている今も、ヘリは行き交っているし臨時ニュースも入ります。心のスイッチに触れることばかりなのです。

つまり、そのたびに・・・と言ったら大げさかもしれないのですが、腕が振るえたり、呼吸が浅くなったり、咳き込んでしまったり、不安定な感情に襲われたりするのですが、そのこと自体を伝えることが、私を支えてもいるわけです。
今回、タイミング的に自分自身と向き合うワークショップを運営するサイドの私が、たまたま自身の環境に影響を受けていたことも、"二度とないセミナー"の一つの要因だったと思います。

とは言えこれは、私自身の感覚なので、外から見ればいつものワークショップで、今回もいつも通りにいつもと違うと言う程度なのだと思います。

まさに、参加するものと場所・地域が創るもの、なのです。

そう、間近に大学病院があるのですが、参加していただいた中に、その病院で命を助けられた方がいました。
医療不信、医療不要を謳う書籍が売れ行くこのご時世に、私は苦い思いをしているのですが、彼女の口から出たことほど、生きている今の素晴らしさを感じたことはないと言って過言ではないと思います。

検査と言う行為自体が怖いと感じたり、結果(つまり自分の身体に起こっていること)を知ることが怖かったり、結果次第で選択肢に入る治療自体や副作用、自分が思っていたように人生を過ごせないことへの不安や怒り、色々なことが検査や治療から遠ざかりたい想いを構築するのだと思うのです。

その気持ちは、自分自身の体験も含め理解はできますし、もしも自分が・・・と考えたら怖いことこの上ないものです。

しかしさらに、私たちの経験、つまり見聞してきたことから考えると、医学は「人が人を想うこころ」からできている、と私は思います。

その時のつらさも大変なのですが、目をふさいでしまうことでさらにつらい想いをご自身も周囲もしてしまうことは、少なくありませんし、そのことは長々と引きずってしまうことも多いものです。
私たちにできることは細やかなのですが、ひとがひとを大切に想う心の架け橋の一つに慣れたとしたならば、とても幸いです。

そんな風に思うと、ヘリの爆音もきっとそういう想いをたくさん抱いている方の声にも聞こえます・・・どこにも、ひとに対する想いは必ずあるものだと。

願わくば、その想いが、できるだけ多くの心にやさしさとして届きますように。

そして、亡くなったお嬢ちゃんが、どうか優しい手で抱かれるようでありますように、と、祈ってやみません。
  (知)



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女が語る 女と男のための心理学 vol.53








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        日付:
29.08.2014

        激しい天候で、この夏は多くの命が奪われてしまいました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

それにしても、いつにも増して激しい季節ではなかったでしょうか。

皆さまや周りの方々にも、いかがな夏だったでしょうか。また、機会があったら教えてくださいね。

  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪
蝉の声が、オーケストラからアカペラコーラスくらいに感じるこの頃。秋の気配をはらんだ風が吹き始めました。夜になると、競い合うようなコオロギ、鈴虫、キリギリス・・・。今年は秋の到来が早いのでしょうか。

空に浮かぶ雲も、入道雲(かつての同僚に、積乱雲だよと訂正されましたが^^;)と、いわし雲(うろこ雲ともいう、正式には巻積雲(けんせきうん)と言うそうです)が入り混じっていて、この季節のなんだか名残惜しい感じにぴったりです。

今月はまだ終わっていないのですが、今年の8月は学ぶイベントがたくさんありました。そう言えば、学校で仕事をしていた時代にも、研修が多くありましたよ。仕事に直結しないことを学ぶ機会でもあるわけです。今年は久しぶりに(・・・でもないか)そんなチャレンジもありました。

病院で一緒に仕事をしている仲間と、高野山の宿坊体験。写経や朝の勤行、「阿字観」と言う瞑想など、少しは"下界"と離れられたかもしれません。

随分昔になりますが・・・えっと、45年くらい前でしょうか?(ほとんど四半世紀やがな)

おばあちゃんの喉仏の納骨に行った(と言うのが私の記憶)と思います。当時も宿坊に泊まって、綺麗な中庭にはまだ紫陽花が咲いていて。ひんやりとした空気の中、朝のお勤めに出て。

子どもながらにピンと張りつめた空気、下界より涼しい気候を覚えています。小学校2年生の頃です・・・9つ離れた妹はまだいなかった。

この歳は、扁桃腺の手術を受けたり(普通の歯医者さんみたいな診療椅子に座って、「あーん」をしてごらん、と言われて、いきなり機械を入れてバチン!と3か所です・・・今ならあり得ませんよね)、そのご褒美でリカちゃんハウスを買ってもらったりと、絵日記のネタには事欠かない夏休みでした。

今年は、・・・随分大人になったものですが、そういう気分を感じています。

私たちの仕事の半分以上は病院の仕事になります。がん関連の患者さんではありますが、その内容は多岐にわたっています。身体の状態により、言葉での会話が難しいこともありますし、活発すぎるくらいのコミュニケーションを望まれる場合もあります。

電話や面談でのカウンセリングと一番違うところは、悩みの根源がはっきりとしていること。

そう、病気が根底に必ずあると言う事です。もちろん、病気によるしんどさなど体についての悩みもですが、副次的に起こってくる・・・たとえば治療による辛さ、経済的な問題、社会的立場が変わってしまうことやそうなるかもしれないと言う恐れ・・・家庭内での問題。

もちろん、身体的に大きな問題がない場合でもそういうことはあるものなのですが、自分では解決のしようがないことがあり、それが病気由来であると言うことです。

そういった状態でいちばんの問題は?と言う"開かれた質問(はい、いいえの簡単な回答ができないような質問)"を受けたとしたなら、たいていの人はこう答えるでしょう。

「体を元に戻すにはどうしたら良いでしょか?」

生きている限り、身体が常にいい状態であると言う事はあまり考えられません。風邪やちょっとした感染症にかかったり、怪我をしたり、不注意から体調を壊すこともあるのではないでしょうか。しかし、多くは大体元に戻ります・・・時にははしかや水ぼうそうの痕が残ったりしますが。

でも、時に病気やけがが大きかったり深かったりすると、痕がのこったり後遺症が残ったりすることがあります。

怪我をしたことがない人はあまりいないと思うので、どなたも経験があるともうのですが、やがて血は止まり、瘡蓋(かさぶた)ができてその下には新しい皮膚が生まれています。

病気が治らないと言うことは、怪我でたとえるならこういったプロセスをたどれないと言う事になります。つまり不可逆(ふかぎゃく、元に戻せないと言う意味)な状態、もとの元気な状態と全く同じにはならないと言うこと。

今まで手の中にあり、できていたことができなくなることがあるわけですから、それは心身ともに大きな苦痛を伴うことになります。

最近、気になる書籍に、医師が書いた医療批判・抗がん剤や向精神薬への批判の本があります。なぜ気になるのかと言うと、「抗がん剤はがんの完治を目指すものではない」「有害な毒物である」と言ったことが綿々と書かれているのですが、その面もあると同時に、抗がん剤の奏功例だってあるからです。

そしてその逆に、術後の抗がん剤を自己判断で止めてしまい、残念ながらすぐに再発して、幼い子供を遺して人生を閉じなければいけなかったケースや、きちんとして検査を受けずに"優しい"治療を選択した結果、決して楽とは言えない状態で苦しんだ人にも、私たちは会ってきているから余計にそう思うのです。

精神疾患の薬にしても、薬でうつは治せない、とか、統合失調の症状に対しての諸説がたくさん出回っています。

ここにも書いたかもしれませんが、それでも私の考えは「医学は人の叡智、努力、想いの積み重ね」だと考えています。

選択肢が多いのは良いことかもしれませんが、たとえば「がん」と言う病気に対する恐れが強いあまりに、検査や診断を後回しにすることで後手後手に回ることもありますし、診断を受けないまま「代替療法」を受けることもあるでしょう。

否定はしないのですが、その後、悔やまれることも見てきているので(しかも、何年もたってから訪れた病院で治療の手立てが取れて、延命が叶い、望む時間が持てたケースもあります)、しっかりとした診断を受けた上でどのように病気と向き合うかを決められる方がいいのではないか、と思っておりますし、私たちもそういったことを核に決められた方針で暮らしていただくようにお手伝いできれば一番素敵だな、と考えています。

こころの状態にしても、よく似たようなことがあると思います。やはり、早い時期に気づいて治療にかかられた方が後々の状態が良いように印象を持っています。

しかし・・・医療にかかわる方の多くは、何とか自分でしようと考えるので、ちょっと大変になってしまうケースも見たことがあります。精神疾患に対してやはり難しいらしく、風に対応するようにはいかないようです。

専門の同僚や友人に診てもらって、良くなった体験談を聞くこともあり、何事も自分一人で抱えないことも、病気やしんどい想いに対する良い方法ではないかと思います。

ただ、あまり若い時期・・・思春期やそれ以前に、気持ちの幅が大きかったり、生活が荒れているように感じても、薬で「いつものように」状態を整えることが必ずしもベストではないように思います・・・だって、子どもはだいたいおとなしく出来るばかりではないし、オトナになりかかっている思春期であれば、もっと幼いころと違った表現をしても当たり前なんですから。

往々にして、親が子供の成長について理解が及ばないことだってあるのではないか、と思います・・・子供の精神性が早熟だったり、親よりも哲学的だったりすることだってあるわけですから。

統合失調の症状にはお薬で対応するのではなく、家族が愛情をもって接すればいい、と言うことを謳(うた)う方もおられますが、家族の存在や家族への感情が、心の働きを複雑にしてしまうケースも少なくないので、うまくいくケースもあればそうではなく家族全体が大変なことになってしまうことも却って多いのでは、と感じています。

いずれにしろ病気の治療は、とても個人的なことでもありますが、患者さんを取り巻く家族や社会のものでもあると、最近の私は思っています。

さらに、自分を掛け値なしに想ってくれる、本気で愛してくれる存在は、どんな病気でも、どんな状態でも、良い方に進む力になるのは間違いのない事だ、とも思います。それは、ただ甘やかす、やりたいことをさせるだけではなく、時には愛情を持って厳しく断る、注意する、と言ったことができるかどうか、でもあるようにも思います。

「がんもどき」と言う言葉があるそうですが、自分はきっと「がんもどき」だから大丈夫、と信じようとして、時間が無くなってしまった方にも何人もお会いししていますし、こころの不調に関しても、同じような印象をもつこともありました・・・一緒に語ることは決してできないのだと思いますが。

状態として、治療を受けた方が良いと診断されても、自分の生き方ややりたいことがある方は自分で選ぶことをされます。

そこを基準として考えると、「がんもどき」であってほしいと考えて、「がんもどき」としての対応をすることは、もしかしたら自分自身と対峙するせっかくのチャンスを手にしていないのかもしれません。これは、周りにとってもそうかもしれないと思います。こころの不調であれば、本人もですが、周りが(特に若い患者の場合)大切な人が心を病んでいることを受け容れたくない気持ちが、治療だけでなく人生に向き合うチャンスを「病気」に捉われて失くしてしまうこともあるように思えて仕方がありません。

病気や事故、災害などは、人生に関する様々なことを奪っていきます。でも、決してそれだけではないと思うんです。ネガティブな出来事が、逢えるはずのない人との縁を運んでくれることだってあるし、決して気づくことのない自分の才能に気づく大きなきっかけになることだってあるはずです。

昨今、たくさんの災害や、地球規模でみると大きな事故に・・・忌むべき戦争で、生活はおろかその人生を絶たれた方も多くありました。

ここで、うまく言葉にできない自分がとても歯がゆいのですが、「今を限りの命と思う」ことと、「永遠に生き続けられる運命である」と思うことの両立ができたなら、どんなアクシデントがあっても、少しは強く生きられるのかもしれない、と感じています。

今在ると言うことは、いつかは消え去る運命を知ることでもあると思います。
Mement-mori(メメントモリ、ラテン語で「いつか自分が死ぬことを思え」と言う意味)を、久しぶりに強く感じた夏でした。悲観的な意味ではなく、"そこ"に辿りつくために日々、歩んでいるわけです。

美学とか価値観とか、そういったことのもっと奥深くにある、自分自身の「生」といつかは必ず来る「死」について。死に対する恐怖ではなく、いつかはやってくると言う現実。それは、月の満ち欠けにも似ているかも知れません。
大きな自然や宇宙のなかでは、それくらいの偉大でありながら当たり前のこと・・・それが私たちの人生であり、生命なのではないかと思う私の前に、あでやかな秋の扉が立っているようです。
                (知)

   ♪  ☆  ♪  ☆  ♪

さてさて。
この数年、医療介護多職種連携の会_Medical Learning Bar
と言うイベントを、ボランティアでお手伝いさせていただいています。

今回も、BGMの担当は私になりそうです・・・ふふふ。これが楽しみで(笑)。

今回は、"地域の問題を、チームのチカラで解決する"をテーマに、医療従事者、介護福祉従事者、心理職、公務員、それぞれの分野で学んでいる学生さんや、これから関わりを深めようと考えておられる方、医薬品会社にお勤めの方、など幅広い方に参加していただき、楽しく双方向で学ぶ機会とさせていただきます。

今回は、尼崎で地域の問題に現在進行形で向き合っておられる、
尼崎医療生活協同組合ナニワ診療所
所長 田原先生を演者にお招きします。

あんまり医療に関わりがないけど行ってみたいな、と思われた方も大歓迎、色々考える機会にして戴いてはどうでしょうか。

お問い合わせは、http://www.link-japan.co/
または、私たちまでお問い合わせいただいても大丈夫ですよ(^^)/
(info@softly-softly.org  または softly@kra.biglobe.ne.jp)


※日時 :2014年 9月6日(土)
18時〜21時 
※場所 :THE PLACE  http://the-place.jp/
〒531-0075
大阪府大阪市北区大淀南1-1-16
※会費 :5500円
(軽いお食事と2ドリンク付き)


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女が語る 女と男のための心理学 vol.52









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        件名: SOFTLYのメルマガです〜女が語る、男と女のための心理学〜
        日付:
24.07.2014

        暑い!暑すぎる!!
無理です・・・。外歩いたら溶けそうです・・・溶けてほしい体脂肪は溶けへんやろな。

祇園祭が華やかに過ぎていきました。地元の神戸でも、京都でも、そして大阪でも、ほんの少し香りを味わえました。

来年あたりはゆっくりできればいいなあ・・・と毎年思っています。

  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪

激しい季節の変化に、身体がついて行きません(涙)。昔はもっと違ってた、なんてつい口をついてしまいます。

まあ、元気いっぱい、だったのもあるとは思いますが、どうも季節の変化が急激になっている気がしてなりません。

時々、台風でもないのに強風だったり時と場所によっては雹(ひょう)が降ったり、竜巻が起こったり・・・。

地球も星と言う生き物であるならば、押さえつけられて反発しているに違いない、と思うのは私の投影(*)かもしれませんが・・・。

*投影(projection)とは・・・自己の悪い面を認めたくないとき、他の人間にその悪い面を押し付けてしまうような心の働きを言う。一般的には悪い面を強調することが多いが、良い投影も存在する。投影は日常生活においてよく起こっている。例えば、なんとなく嫌いだった人物が、実は自分の否定的な、認めたくない面を体現していたなどである。(wikipediaより抜粋)

まあ、星には寿命があるということからの発想なのですが。

―――何億光年輝く星にも寿命があると教えてくれたのはあなたでした
季節ごとに咲く一輪の花に無限の命知らせてくれたのもあなたでした―――
      (「さよならの向こう側」より 詞 阿木耀子)

ある四十代の患者さんのことを思い出していたんです。

お元気な時には俳優の内藤剛志さんのような風貌で、家族を守ることしか頭にないような方。気が付いた時にはすでに進行がん、残された時間を提示されていました。

自分にできることは、子供に不自由をさせないお金を遺すこと。治療に使うなんて考えられない。

初めてお会いした時に、激しい口調で、涙交じりのそんな訴えがありました。病気に気づかなかった自分へ、完治することのできない今の医療へ、そして、もっと大きな運命と言うものに対しての怒り、と感じました。

私たちには、患者さん自身の時間を取り戻すことも、身体の具合そのものをよくすることも到底できないのです。

僅かにできることがあるとして・・・ただお気持ちを伺い、考え得る方法があれば時には提案し、気持ちを添わせることくらいなものです。
ですが、今の状態でこのまま家族の前から去ってしまわれることは、どう考えてもだれにとっても幸せなどあるとは思えないと言うのが、まさに彼でした。

話をしっかり伺った上で、蓄えや保険の一部をご自身の治療に使うことで、家族との時間は作れるし、必要だと思われる準備もできるのではないか、と言うことを一緒に考えていくことにさせていただきました。
心理的なカウンセリングだけではなく、社会保障や地域との取り計らいを担当する部署へもつなぎました。

その後、ご自身で銀行や各方面の役所に出向けるだけの体力をつけるべく、リハビリも頑張っておられました。

それから間もなく退院されて、次にお会いした時には緩和ケア病棟でした・・・一年ほど経っていたでしょうか。

奥さま(と言っても実は少し前に離婚されたところなのでした)、奥さまのお母さま、子供さん・・・。いつも来られるのはその顔ぶれ。
伺うと、ご両親も既にもう亡く、縁のあるのはその方たちだけとのこと。

緩和ケア病棟で何か月か過ごされ、徐々に弱っていく彼は、家族に内緒で歌の練習をしていました。

それが「さよならの向こう側」だったのです。

細い声で一生懸命、奥さまに向かって、
「last song for you、last song for you
涙をかくしお別れです・・・」
と歌い、○○ちゃん、今までありがとう、と話されたのでした。気丈に振舞っていた奥さまは泣き崩れてしまわれました。

私たちとも最期までお付き合いをさせていただきました。そんなこともあり、耳にすると涙がこぼれそうになってしまいます。

奥さまはもちろん、奥さまのお母さまも「お疲れさま。ありがとう。」と息の止まった後もずっと頬を撫でていました。

「緩和ケア」に関わりながら、いつも「緩和ケア」に疑問も抱いているところが私にはあるのですが、・・・その真意が届かないための誤解によること(末期医療でこれから死ぬ人のための医療、というような)もなのですが、緩和ケアはもっと広範囲に行われても良いのではないかと個人的には考えています。

緩和ケア的医療は、生活の質を上げると思うからです。その定義づけと言うよりも、心持を、と言う意味で。

痛みや吐き気、言いようのない不安感は、受けられるはずの治療はおろか、検査を受けることすら遠ざけてしまい得ることもあると思うのです。

この方の場合は、心身の症状もおありでしたが、それ以上に家族に対して、しておきたいことが多く、病気になったこと・治らないことへの怒りととまどい、様々な想いが入り混じっていた上に、社会的・経済的な不安もお持ちでした。
また、血のつながったご家族が既にないということもあり、まさにスピリチュアルペイン、といった状態でしたが、少しはお役にたてたのではないかと考えています。

がんかも知れない、と思ったら検査を受ける。

一見当たり前なのですが、「がん」と言う言葉の持つ響きは、暗闇に突き落とすくらいの強さがあるように思います。

早期発見・早期治療が謳われていますが、検査そのものの心身に与える辛さも、検査を受けたくない想いに繋がっていると思います。

なぜなら、ひとはそんなに強くはないから。

理解してもらいたい、大切にしてもらいたい、ひとりになりたくない。私なんてそんな塊(かたまり)です。だから、どんなひとにも本当は寄り添うひとが必要だ、と言う事がとてもよく理解できます。

がんの治療は、確かにしんどいものかもしれません。でも、無治療で生活することも、とてつもなく苦しいものだと思います。治療にまつわる苦しみか、病気に関する苦しみか、などとも言われます。
ドラマや映画のように、がんなのにばたっと倒れたり寝ている間に・・・ということは、なかなか難しいことに思います。

見えないところで、病気は進んでいきますし、そのことがもたらす症状も一律ではありません。どこかで具合が悪くなってしまい、救急車で病院に運ばれたとしても、手の打ちようはなく、痛みや苦しみの多い症状のコントロールもおぼつかないことだって起こり得ます。
せめて、症状のない時間を増やすこと。そう望んでいても、医療機関を遠ざけていたとすれば、思ったような穏やかな時間は難しいことかもしれません。

でも、今の医療にできることで、そういったことが軽減できることはある、と私は思います。
医療は、ひとが積み重ねてきた叡智と愛だと思うからです。

こんなことを思ったのは、つい2〜3日前、私の持病の一つ・・・右の腰にあるヘルペスが暴れだしてしまったからなのです。
重々用心していたのですが、気づいた時には・・・!

前触れはありました。でも、今回はなんとなくちょっと横に置いてしまってました。忙しかったと言えばそうだし、でも何より自分に対する関心が少し薄れていたかもしれません。

気づくと、右足(私にとっては健側・・・元気な方の足なんです!)の膝周りと足首に、神経痛が起こっていました。さらに、腰のあたりにも鈍痛。
右足に痛みがあると言う事は、あまり丈夫でない左側に負担が行ってしまうことになります。

これはちょっとまずい・・・。

耐えかねて、いつもお世話になっている先生の所に(私の地元でないところで開業されているのです)。

何かあると、いつもお任せ、助けていただいている先生なのですが、こちらのクリニックへは初めてなのでした。

無駄のない、静かな空間がそこにはありました。そう、例えるなら禅寺のような無駄がなく、雑念がないような印象。
それでいて、本当に大切なことはしっかりと守られていて、無駄な装飾のない空間。

先生の人となりを改めて感じさせていただいていたのですが、「引き算」はとても大切だ、と感じたのでした。

つまり、無くしてはいけないことをしっかりと知る必要がある。省いてはいけない手順ははずさない。

今まで、いろんな医療機関にお世話になったりお仕事などで関わらせていただきましたが、こんな整理された空間は、初めてでもあり、どこか懐かしさも感じました。

懐かしさについて、少し考えてみたところ、建築士をしていた父の抽斗(ひきだし)の中が、こんな感じだったことを(印象ですが)思い出したのでした。

大切なものだけをきちっと整理してしまってある抽斗。誰かが開けようものなら、そのちょっとした位置の動きで分かってしまうくらいの。
・・・かと言って、無機的ではなく。

不思議な感じがしました。

ふと、見上げたところに、たくさんの認定証などに交じり、緩和医療の老舗ともいえるY病院の「緩和ケア研修」の修了証が。

ふと、ほおが緩んでしまいましたよ。

「緩和ケア」の研修では、そこに用意されていること自体も、まだまだ不充分に感じるのですが(とても生意気な意見かもしれないのですが)、普段気づかないことに気づき、学ぶ機会でだと思うんです。

今年も、こういった研修にいくつか参加します。私がお仕事をしている病院では、各専門分野の先生方が、他府県からも講師をしに来られるのです。私たちは、ちょこっとお手伝いをさせていただきます。また、コミュニケーションに特化した研修にも、秋に参加しようと思っているのですが、私たちの視点や経験も多少はお役にたたせていただいているようです。

緩和医療は、「障がい児教育」と少し似て、究極の個人を見るところ、と言う印象も個人的な意見として持っています。そこで仕事をし、学ばせていただいていることを、しっかりと伝えていきたいな、と改めて思いました。

そして今日は、戴いたお薬が効いて、体調は上向きですが(*^
^*)、今回はもう少しかかるかもしれません。若くないことをしっかりと考えつつも、止まるわけにはいかないんですけどね。

何か支離滅裂な気もしますが、今回のヘルペスは、色々気づくための機会だったのかもしれません。(知)


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女が語る 女と男のための心理学 vol.51







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        件名: SOFTLYのメルマガです〜女が語る、男と女のための心理学〜
        日付:
02.07.2014

        7月になりました。今年も折り返し地点。昨日が誕生日だったので、一際そんな想いも強くなります。

須磨の海は10日から海開き。今日から水族園のイルカ2頭が海で泳いでいるんだそうですよ。

夏らしい休暇、最近取ってないなあ。今年は、どこかに行きましょうか♪

♪  ☆  ♪  ☆  ♪

週に3〜4回行っている京都の病院では、私と上西が緩和ケアチームに心理職としてお仕事をさせていただいているわけですが、心理職の必要性はわかっていても、なかなか病院でのお仕事は機会が多くありません。

話せば長いので省略しますが、私と上西はとても幸運に滑り込んだと思います。

そして、がん治療の中心である国立がんセンターでの研修で、「がん専門相談員」と言う認定をいただいているわけなのですが、これも国家資格ではありません。

私と上西は、国家資格のない心理の世界でお仕事をしているわけですが、しかも、国家資格取得者だらけの病院と言う場所で・・・(上西は薬剤師資格を持っていますが)。

初めは、傾聴ボランティアの延長のようなイメージでとらえられていたのだと思いますが、振り返ってみると病院で仕事をし始めたころの方が、緩和ケア病棟*がまだなかったこともあり、患者さんとじっくり時間を持つことが多かったと思います。

*緩和ケア病棟・・・緩和医療(心身の苦痛を和らげる)に特化した治療を行うことを目的とした病棟。ホスピスとほぼ同義語に使われることもある。
因みに、ホスピスとは終末期ケアを行う施設や在宅でのケアを言うが、起源は中世ヨーロッパにおいて巡礼者の宿泊をさせる教会のことであり、病院(Hospital)の語源ともなった。
病院以外に虎児を預かる施設、老人ホーム、行き倒れた人の収容施設なども指した。日本では、淀川キリスト教病院・聖霊三方病院が厚労省の認可を初めて受けた病棟を持つ。
また、ホスピスがキリスト教的風合いなのに対し、仏教的彩りの「ビハーラ」と言う言葉がある。ビハーラとはサンスクリット語で僧院、安住・休養の場を意味するとされており、仏教ホスピスを指す。

緩和ケア、と言う言葉の響きが、どうしてもターミナルケアと結びついてしまっているの
は、お上の皆さまの説明が行き届いていないことも、これは絶対に居なめないと思いますが、やはり、漠然としていることも否めません。

心理の仕事についての曖昧さにも似た感じがしています。まあ、区切りをしっかり決めない、とか、スムーズに流れるように、と言う事を目指すのであれば、これもまた致し方のない事なんだろうと思います。

かと言って、緩和ケア病棟を最期の場にする方だけではありません。

今はとても需要が高く(何と言ってもがんの罹患率が二人に一人の時代ですから)、必要度の高い人に入っていただけるように、スタッフが検討して入棟ただいている状態。

個人的には、ゆったりと過ごして戴きたい方はたくさんいるのですが、なかなかそうはいかないのも現実です。

ここでは多くは書きませんが、看護師の数が多く、行き届く看護を目指しています。ただ、対象の疾患に対しての積極的治療はしないことになっていることが多く、合併症がおこった場合には治療のできる病棟への移動が必要になることもあります。

とても、わかりにくいので列挙してみますと、

・「緩和ケア」とは命の危機に瀕した疾患に対する積極的(目標を完治とした)治療以外の痛みや痺れ、食欲不振と言った病気や治療による副作用の症状に対する治療、病気になってしまったことからの不安さからくる精神的な不安定さなどに対する治療やケアで、積極的治療(がんであれば、外科的治療、抗がん剤治療、放射線治療)と並行できる。

・「緩和ケア病棟」とは、積極的治療を行わない人に対する、様々な症状の緩和を行う病棟で、その目的から結果として、がんの終末期の方が多く入院されているが、終末期医療を行うのみでなく退院して在宅で治療をする方もある。

・「緩和ケアチーム」は、元来の「命の危機に瀕した」疾患に対する心身の苦痛を緩めると言う目的であるが、がん罹患率の高い現状から、その組成はがんの患者さんを想定して作られている。しかし、そうでなければならないと言う事ではない、とされる。
役割は、病院内チームでは他領域のスタッフに対するコンサルテーション、患者・家族への直接的なケア。

うーむ。。。
「STAP細胞」と「STAP幹細胞」、「STAP現象」のようだ・・・。

しかし、です。
大切なことは、それがいったい何のためにあるか、なのです(STAP細胞も誰が作るのかが大切ではなく、万能細胞が希望となっているわけで)。

昨今は、代替・補完療法が台頭してきていて、そのことは良い事でもあるのですが、エビデンス(一般には、医学および保健医療の分野では、ある治療法がある病気・怪我・症状に対して、効果があることを示す証拠や検証結果・臨床結果を指す)を度外視していることも少なくない印象です。

たとえば、古くからの治療法は、何か根拠があって(ツボや経絡、漢方薬、アロマなどもそうですね)効果があることが、徐々にわかってきているのですが、こう言った治療法は、効果があるから続いてきたことには間違いはないと思うのです。

抗がん剤や放射線は、それに比してみれば新しい治療ですが、治験を行ったり数々の研究がなされているため、その治療法がどういう作用(効果的に現れるだけでなく、良くない体調としても現れるいわゆる副作用も含み)があるのか、どういう効き方をするのか、と言ったことが数字的に管理されているので、何が起こるかの想定はしやすいのではないでしょうか。

個人的に思うのは、どんなことも身体に影響はあり得ると思います。例えば、食中毒もそうですし、アレルギーもそうです。

副作用と言うほどではなくても、効きやすい薬とそうではない薬があったりもしますし、アレルギーと言うほどではないけど、食べると具合が少しいつもと変わることがあります。

例えば、お肉を食べるとお腹を壊しやすい、玉ねぎやニンニクの匂いがいつまでも口の中に残る感じなども、不快感があると言う意味ではそうではないでしょうか。

抗がん剤や放射線治療のように、身体全体に大きな影響があり得て長引きうる作用ではないにしろ、蓄積した結果、身体の変調の原因になっていることもあるかもしれません。

しかし、エビデンスがあると言う事は、そういう事態も統計的な面で考えられるので予測出来うると言う事です。

これは、民間療法・代替療法・補完療法と言ったことを否定したくて行っているわけではなく、がんであるならば、あるがんや(たとえば子宮がん、肺がんなど特定の部位のがん)状態には効果があっても、総てに効果があるわけではないこともあると思うのですが、
「どこそこさんのお父さんががんになった時に効いたから」
と言って、食品やサプリメントを使うことが良いのかどうかは、しっかりとした研究がなされていなかったりすることもあるのではないか、と思うんです。

まあ、これは、風邪を引いたからと言って家族が病院からもらってきたお薬を確かめないで飲むのと似ていますね。

でも中には、成分がはっきりわかっていて、少なくとも今の症状に悪影響が無かったり、治療中であればその効果に拮抗(きっこう、相反する効能)することがなければ、その食物やサプリなどを使うことで、精神的に安定することはあるのだろうと思います。

がんは、風邪や下痢のように、お薬が効いてすっきり治る、ということは残念ながら現在の医療ではまだまだ難しい領域です。だからこそ、慎重に自分の身体や、気持ちに向き合っていくことが大切だと思います。

私たちが病院でさせていただいているのも、そういったことの一端です。

これから、病院以外の場所でもどんなことを表現して、何を伝えたら・・・今ある命に、生活に、納得できる生き方が出来るのか。

最近はずっと、そんなことを考えていて、先日はある製薬会社(バイアグラの会社なんですが)の市民研究支援のプロジェクトに応募してしまいました!

だって、緩和ケアチームで仕事をしている私たちが、緩和ケアのことを書くのに、こんなに苦労するんですから!

一つの夢は、院外緩和ケアに心理職を定着させること。必要だと言われているのに、需要と供給が余りにも不一致だと思うからです。

  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪

「役に立ちたい」

私自身の言葉ではなく、ある患者さんの言葉なのですが、こういったことを考えるきっかけの一つでもあります。

その方は(Aさんとします)、私と同世代。診察に来てそのまま入院、半年で亡くなってしまったのですが・・・。通院のきっかけは、腰痛でした。

子どもさんに障がいがあり、抱えて歩いたり時には肩車をして歩いたり、優しく活動的なお母さんだったようです。

ある時、腰が痛くて痛くて、もうたまらなくて・・・最寄であるこの病院を訪れました。最初は整形外科を受診。

普通にレントゲン写真を撮った時にすぐにそれとわかる、骨転移が腰椎にあったと言います。原発は結腸でした。

日常生活と家族のことで、気づくのが遅れたのでしょう。私たちがお会いした時には、骨の転移が全身に至っており、脳にも病巣がありました。

ご挨拶に初めて伺った時に、自己紹介をするや否や、両手を伸ばし私の手を握って「ありがとう!ありがとう!」と涙を流されたのでした。

お母さまがずっと側に付き添っておられ、上西と4人で話したり、入れ代わりながらお話を聞いたり握手をしたり、そんなお付き合いでした。

おんなどうし、というちょっとした気軽さもあったと思いますが、齢が近いということもあったのでしょうね、後の方は言葉は発することがなかなか難しかったのですが、おっしゃってることが何となくわかることも。

脳にも転移があるので、お元気な時には決してなかったような言動もあるんですね。ある時、子供さんのお話をしていました。

お姉ちゃんはスポーツが得意で、真っ黒に日焼けしているとかそういった他愛のない話でしたが、その後私が隣の病室でカウンセリングをしていると、彼女の大きな泣き声が聞こえてきました。

「○○ちゃん!○○ちゃん!会いたい〜!○○に会いたいの!○○ちゃーーん」

私は、タイミングが悪くその場に行くことが出来なかったのですが、後で聞くと、障がいのある下の娘さんは、ご主人がなかなか連れてきてくれないとのこと。

このことがきっかけで、下の娘さんを病院に連れてきて会わせてあげよう、とスタッフが色々取り組みを始め、10日くらい後に面会することが出来ました。

そのころから、彼女は「役に立ちたい」と言う言葉を言い始めました。ペンが持てる間に、と、家族に宛てて書いた手紙。
たどたどしい筆跡にこめられた家族への深い愛が、そこに並んでいました。

喋れなくても、会話はできます。目を合わせたり、手を握り返したり。私たちは毎日、少しずつでも必ず顔を見に行きました。

彼女がいた部屋の隣室も私たちの担当の患者さんで、やはり私と同世代の方でしたが(Bさんとします)、このお二人はおそらく面識がありません。

何故なら、二人とも一人では病室から出られない状態なのです。
私たちも、患者さんの話はお互いが知り合いである以外は一切しないので、全く知らない同士。

Bさんは、数日後に大切なイベントを控えていました。ですが、急に状態が悪化し、間に合わないかも、と言う事態になってしまいました。

Aさんは、それより早く空に帰って行かれ、お嬢さんたちと私は話をしました。

Bさんの容体も悪いまま、イベントは意識がないまま進みましたが、その翌日、病室を訪れると、Bさんはベッドに座り、普通に話しているんです!

「私、意識がなかったみたいね。全然覚えてないのよ。みんな心配してくれてたんだけど。マリア様にあったような気がするの。」

満面の笑顔。

家族と、もう一度時間が持てたのですが、ひと月は持たないでお空に帰って行かれました。

Bさんの笑顔と共に、Aさんの「お役に立てたかしら?」と言う声が聞こえた気がするのは、きっと気のせいだと思うのですが、確かにマリア様のような神々しい方でした。

数字や言葉で表せないことの方が、本当は大切なんじゃないかな。いつも私はそう思います。

「大切なものは見えない。ものは心で見るんだよ。」
星の王子さまに、きつねが教えた言葉なんですが、時々思い出します。
 
できるだけ楽に過ごして戴くには予測もつけなければいけない。難しいですね。

だけど、そこにどんな想いがあるのか、想いを重ねて叡智を重ねたことが、医療なんじゃないか、と若い女性医と話したことがあります。

私たちには、たくさんの「チームメイト」がついてくれている、ってよく考えるんです。もちろん、空の上にも。
(知)

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女が語る 女と男のための心理学vol.50








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        件名: SOFTLYのメルマガです〜女が語る、男と女のための心理学〜
        日付:
18.06.2014

        六月・・・水無月。空の上に水が無くなるくらい雨が降る、梅雨の月。

あでやかな紫陽花の葉っぱを返すと、キョロキョロと辺りを見渡す風情の蝸牛がいるかも知れません。

一昨日、友人が急逝しました。カウンセリングを学び始めたころの、『先輩』です。

数年前の24時間テレビでのドラマ、「車イスで僕は空を飛ぶ」の原作者・長谷川泰三(やすぞう)さん、車イスのカウンセラーとして知られている方。
ティーンエイジャーの頃の交通事故で脊椎損傷となり、以来車イスでの生活。

まさに怒涛の人生を過ごされた泰三さんは、金沢でのセミナー中に体調を崩され、そのまま帰らぬ人となりました。
上半身の静脈からの出血とのことでしたが、永年の車イス生活で様々な不調が少なからずたまっていったのかもしれません。

享年48歳。

もう今ごろは、雲の上で雷を鳴らし雨を降らしているような気がします。冥福を祈る、という言葉よりも、彼にはこんな言葉の方が似合います。

「たくさん、ありがとう!」という声が、空まで届いている。そんな気がします。

 ♪  ☆  ♪  ☆  ♪

産業カウンセラーの勉強も佳境を過ぎ(私にとっては、です)、ちょっと一息。

この講座では、今まで超実践なカウンセリングのスタイルだったものの整理が進む気がしています。

大体、月に一回のペースで、土日のスクーリング。月に1つの提出物。

一応採点があり、今のところは取敢えず合格点をいただいているのですが、『集中力』のみで回答に取り組んでいる毎月末なのです。

スクーリングは大阪・天満橋まで行くのですが、この会場実は以前所属していたカウンセリングサービスのイベントで、よく使わせて戴いた所。
つまり、私にとってもなじみ深い場所。

この間はついに、バッティング!仲間や後輩たちが講演会などのイベントを、二つ下の階で行っていました。
余裕があれば陣中見舞い、なんて思っていたのですが、自分の事で手いっぱい(笑)。

しかし、以前に私たちのセミナーにも来ていただいた方に、バッタリ!まさに、『エレベーターピッチ』、エレベーターの中で近況など伺いました。
*エレベータピッチ・・・アメリカ・シリコンバレーが発祥。起業家が忙しい投資家に乗り合わせたエレベータで短いプレゼンテーションを行う、と言う意味で、エレベータで同席している時間程度の30秒で自分の言いたいことを伝えるという取り組み。

今回が佳境だった理由は、逐語(ちくご)記録を起こし、相互に検討すると言う、未だ経験のないことが課題だったからてす。

*逐語記録・・・カウンセリングのときのやりとりを録音し、カウンセリング終了後その録音聞き返して、特に重要と思うやりとりの部分を一言一句漏らさないように文字におこすこと。


しかし、基本的にカウンセリングは、クライアントのプライバシーを扱うため、その内容は機密となります。一方で昨今の情報公開の必要があるケースもあるので、記録は必要とも考えられており、まさにその取扱いにはとても注意が要ります。

そんな、苦楽?を共にする仲間と学び始めて半年が過ぎ、講座も後半に入りました。
12人のグループ、男女比は半々。私の属するグループ内では私が最年長、最年少は息子と同い年(^◇^)

今までの学び方と違い、同じ案件を検討し意見交換するので(病院や学校ではこういったスタイルでの会議はありますが)、自分と違う角度での考え方・ものの見方に触れることが増えます。
男性と女性の、同じ事柄・同じ表現に対する受け取り方が全く反対の傾向で現れることも少なくなくて、これはジェンダー(社会的性差)のなせる業なのか、脳の構造の差なのか、はたまた性ホルモンの影響か?

・・・などと考えてしまったのは、私一人ではなかったようです。

カウンセリングには正しい答えがない、と私は考えていますが、互いの『正しさ』をつきあわせるだけ、と言う組み合わせに苦しむカップルへのカウンセリングは、個々に丁寧な聞き取りを大切にする、と言うことを改めて実感。

毎回、そういった気づきや思い出すことがいくつもあるんです。

帰りは、しばしば梅田まで歩きます。天満橋からだと、大体30分ほど。長〜〜い天神橋筋商店街を歩いたり、川沿いの近道を歩いたり。
いつも決まったメンバー2〜4人で、講座のこと、仕事のことなど話しながらの、楽しい時間です。

因みに。
歩き組は、私以外は男性。

たまたまそのうちのお二人が、山登りの趣味を持っておられ、最年長かつ運動不足の私に歩みを合わせてくださる、というわけです。

歩きながら話し、色々想いを巡らせます。彼らのお仕事や家庭の話から、私が出会ってきた患者さんを思い起こすこともあります。

例えば。年代は私よりうんと若いのですが、人事に携わっている方。

彼と話していると、ある方を思い出しました。

今の私と同世代(50代前半)の男性の患者さん、20年以上連れ添ってこられた奥様との二人暮し。出張も多く、『ひとりずつ』が二人いるような生活だった、とも話されました。
あと数年で早期リタイヤし、二人での時間を多く持とうと考えられていた矢先、体調に異変が起こりました。

消化管の出血があり精査したところ、遠隔転移も起こっており、姑息的(こそくてき)治療つまり根治を目指すのではなく、起こった症状に対応する治療が行われていました。

転勤を繰り返し、今は営業所のトップとして職場をまとめておられ、そろそろ後進に譲り夫婦で世界旅行に、などと夢を語っていたのだそうです。

「今まで、妻には本当に甘えてきました。」
「色々思うこともあったとは思うんだけど、僕の考えに反対することもなく、よく支えてくれましたよ。」
「これから、妻に恩返しをし、一緒にいろんなところに行こうと考えていたところでした。」

そこまで一気に話し、声を殺し涙をこらえる姿がそこにはありました。

奥さまは、本当に穏やかなたたずまいで、そっと寄り添い、ドアの外で時折涙を流してはまた笑顔で戻ってくる。

それまでの間、想い出話を伺ったり、だるい足腰や背中をさすったりして、ご一緒するのですが(カウンセリングの技術で言えば、傾聴・受容・共感、と言った本当に基本的なものだけに見えるのですが、振る返ると結構難しい関わりも少なくないことにも、最近気づきました)、どうもお互いに想いや感謝を伝えていない様子。

多くの患者さんは、私たちに対してはパートナーや家族への感謝や愛情を話されますが、まあ、ほとんど直接伝えることはされていないんですね。

この方もそうでしたが、お話しすることが難しくなったころに(うなずきや離握手、まばたきなどでの意思表示はされることができました)奥様に、
「いつも、妻には甘えてきた。支えてもらった。感謝している。そう話されていますよ。」
などとお伝えさせていただきました。

「この人が病気にならなかったら、こんな時間は持てませんでした。」と、奥様。

ご主人は涙を流し、奥様は黙って手を握ってやはり涙。

そういう時に私にできることはただ一つ。

そう、そっと去るのみ。

ご夫婦の一方が病に倒れられた時に、残りの時間を数え始め、気づいた時にはこんな状態・・・。

そんな風に悲観的になるだけではないんです。

生きてきた時間がどれだけ長くても、短くても、二人にしか解らない気持ちのやり取り。
どんなに離れていた時間があったとしても、深いところで繋がっている想い。

そのことに『今』気づくことができるかどうか、と言うことは、残る者の先の人生の彩りを違えてしまうのだろう、と私は思います。


定年直後に倒れられたご主人は、たいていが「団塊の世代」、そう、「24時間戦えますか?」世代。

仕事が終わっても、お休みの日でも、接待や職場のお付き合いなどなどで、家族と過ごす時間があまりなく、さあこれからだ!と言う方々は、様々な形で『悔い』を教えてくださいます。

ご家族がおられ、伝える相手がいる場合はまだいい。

家族や友人が誰も来ない病室、カーテンで囲まれたスペースだけが自分の場所。
ご多分に漏れずの、絶縁状態の家族、時には、天涯孤独。
時には、家族を持つ兄弟姉妹が、ほんの時々顔を見に来る。
誰が悪いということではないのですが、そんな想いを伝える人がいない。

『私たちの仕事』のひとつは、その想いを伝えても良い場所になること。

そんな話はしなくても、家族としたかったことが一つでもできること、それが家族とではなくても。
ほんとうに、一緒に散歩するとか、食事の時間のご一緒するとか、好きな歌を歌うだとか、そんなささやかなことなのですが。

『私たちの仕事』のもう一つの目標は、ご家族や寄り添っておられた様々な方にとっても後から考えて良い時間・良い想い出になるきっかけを作ること。
病院の中だけではなく、ご自宅での療養や、介護をされている方・仕事として寄り添われている方々の、さまざまな気持ち・想いを、伝えあえる場所を作ること。

想いをこめて患者さんに『今』できることを探し、一緒に悲しみ、時には涙を流している(こっそりであっても)スタッフは少なくないのですが、日々の流れはその想いを取り残してしまうことも少なくありません。

感じそこなった想いは、心の中で思わぬ辛さとなって、時に自分に向けた攻撃の矢にしかねないのです。

『私たちの仕事』は、言葉にしづらいのですが、がんはもちろん、思わぬ病気やけがで先の見えない時間を過ごしておられる方、寄り添っておられるすべての方に、そういった「場所」をつくるということ。

そんな目標をもっています。

もしも、
「今はどんなことをしているの?」
だけではなく

「どんなことを考えているの?」
「一緒にどんなことができるの?」
「ここでは、どんなふうにできるの?」

など、どんなことでも私たちにご連絡を戴けると幸いです。

私と一緒に、素晴らしい『時間』と『場所』を作りませんか?

ご提案、ご質問、下記の連絡先までどんどんお待ちしています\(^o^)/

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livedoor プロフィール
Profile
中村ともみ
カウンセリングサービス所属カウンセラー。
なかむら・ともみ
大阪地区を中心に担当。2人の息子の母でもある。
夫婦・家族・子育て・子どもの教育問題を得意とし、自身の経験から離婚問題も数多く取り扱う。女性としての感性や考え方を大切に、じっくりと向き合う姿勢をポリシーとしている。
 また、友人・知人に医療関係・福祉関係の従事者が多く、自営業の両親を通して得た知識や体験、自身の地方公務員として20年間教育行政の現場で勤務した経験、医療機関での経験などを活かし、守備範囲は教育や子育てにとどまらず、医療や介護、事業や経済面に関わる悩み、複雑な夫婦関係や恋愛など、多岐に亘る。
昨今は、グリーフケアやターミナルケア、自死、さまざまな疾患や後遺障害に関する問題などに興味を深く持ち、学んだことや体験を活かすカウンセリングを心がけている。
 また、子育て・教育に関する分野においては、親・子それぞれの立場を踏まえたカウンセリングに定評がある。
 包容力があり、時には気さくに、時には専門的に、また時には親の立場で、あるときには娘の立場で、友人やきょうだいの視点で、と様々な方向からのカウンセリングを行う。
 カウンセリングの手法としては、インナーチャイルドセラピーや音楽を効果的に使ったイメージワーク、対話と中心とするもの、感性を中心に扱うもの、深い痛みにアプローチをするなど、「その時」ほしい具体的なアドバイスなど、「こころ」の色んな層・いろんな状態に、フレキシブルに向き合う、バリエーション豊かな内容である。

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