◆みずがきひろみ

◇こちらは心理カウンセラー達が作る癒し系サイト「カウンセリングサービス」のカウンセラーのプロフィールページです。

カウンセリングサービス所属カウンセラー。
「問題」は自己成長のチャンスをくれる。「成長」とは「自己を十分に生きる」こと。「自己を十分に生きる」ことで「問題」は乗り越えられる。みずがきはそう信じてクライアントさんの心の成長に寄り添う伴走者になりたいと願っている。
産業カウンセラー。 東京地区担当。

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【恋愛テクニック】私から「しあわせ」になる

こんにちは。先週の寒さが厳しかったせいでしょうか、体調不良の声がそこここであがっているように思います。皆さまは風邪などひいていませんか?どうぞ、お身体を大切になさってくださいね。

今日は、アメブロ【恋愛テクニック】にUPしました『私から「しあわせ」になる』のご紹介です。

この数週間、星のめぐりなのか、とても辛いお話を伺うことが多かったように思います。ドン詰まったというか、にっちもさっちもいかないというか、そんな途方に暮れる状況で、心が死んだような状態になる局面を、わたしたちはよく「デッドゾーン」と呼びます。

そんな「デッドゾーン」のお話を伺いながら、カウンセラーも「助けたくても助けられない」という無力感を覚えるのですが、そんなときでもクライエントさんと辛い想いを話し合い、共有していると、ふとしたことから、クライエントさんご自身がわずかな「光」を見出す瞬間がやってきます。それは、最初は、とても儚い、一筋といえるかどうかもわからないようなかすかなものだったりするのですが、その頼りない「光」に必死に焦点を合わせていくと、やがてそれは二人ともがはっきりと「光」と感じられるようなものに成長していくことがあります。カウンセリングをしていて、二人ともが、「あぁ、救われた」と思える瞬間です。

その瞬間、何が起こっているのか考えてみると、簡単に言えば、他人に手渡してしまっていた幸せになる決定権を、もう一度、自分の方へと手繰り寄せる、そんなパワーシフトが起きているように見えます。

誰かが変わってくれなければ幸せになれない、という心のポジションから、今、この状態でも、ありのままの自分で幸せになる、と思えるようになるとき、エネルギーが大きく変化するようです。

「幸せ」を作り出す力がある(かも)と思えるようになると、人は優しくなれるのでしょうか。人が近づいてくるようなのです。生活に笑顔が戻ってきます。あんなに孤独な戦いだと思っていたのが、どこかしら手が差し伸べられてきます。「幸せ」には、人を巻き込む力がありそうです。

そして、もうコミュニケーションはムリ、と思っていた相手とも、再び話し合うチャンスがめぐってきたりします。

そんな状況の進展も、はじめの一歩は、

「陽だまりで飲むお茶はおいしい」
「今日の空気は、ひんやりとしているけど気持ちいい」

といった他愛もない「しあわせ」のかけらであったりします。

辛い時こそ、そんな「しあわせ」のかけらを大切にしてほしい。
そう願っています。



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【オバフォーの独り言】たかが鍋、されど鍋。

こんにちは。
ここ数日、毎日のように日本海側の雪景色がテレビに映ります。豪雪に見舞われている妙高や飯山は、子供が小さかった頃に隔週で訪れたところで、見覚えのある場所です。どうか怪我や事故のないようにと願います。

昨年末に少しですが鍋を整理しました。

結婚して二つの世帯が一つになったけれど、ダーリンも私もそれぞれに愛用の鍋は譲れず、我が家には鍋が2セットありました。でも、私が持っていた鍋のいくつかが取っ手が壊れて、さすがにあきらめざるを得なくなって、何が必要なのか見直すことにしたのです。

これは、きっと20年後も使っている。
これは、今は使えるから使うけれど、多分、壊れたら買い替えない。
これは、もっといいモノがあるかもしれない。

鍋は、家庭の食生活と直結しているから、家族構成やライフスタイルが変わることで魅力的に見えるものが違うのですね。ある程度見極めをつけて、とりあえず、壊れたもののうち20年後も使いそうなものを買い替えました。

断捨離というほどの整理ではありませんでしたが、「20年後から今を見る」という作業をしたせいか、私の中で何かが変わったように思います。

それまでダーリンの鍋、私の鍋、だったのが、20年後の二人の暮らしを考えることで、名実ともに「二人の鍋」になったように思うのです。

そして買い替えたニューフェイスのお鍋たちのぴかぴか度を見ては、年季が入り、まっくろになった20年選手の鍋たちに感謝するとともにちょっと申し訳ない気持ちにもなりました。もっと磨いてやればよかった、と。

というわけで、最近の私の朝の日課に、鍋磨きが加わりました。前日使ったお鍋を、軽〜く(あくまでも軽く)、クレンザーで磨いてあげるのです。ダーリンの鍋も、私の鍋も、新しい鍋も、古い鍋も。これから20年をともにするかもしれない鍋たちのお世話です。

不思議なもので、そんなことを始めてから、人が私に「優しい」と感じることがまた増えたように思います。

いえ、「気のせい」かもしれませんが。
でも、みんなに大切にされているような気がするのです。

心理学でいうところの「投影」でしょうか。

私の「鍋たち」への気持ち、ひいては「これからの20年の私たちの暮らし」を大切にしたいという気持ちが、ブーメランのように戻ってきただけなのかもしれません。

「自分が大切にしたいと思ったから、みんなにも大切にされていると思った」だけ。

でも、もし、私の、そんな「大切にしたい」思いが、無意識的に、無自覚に、ちょっとした一言、ちょっとした仕草に浸み出て、誰かが「大切にしてもらった」と思ってくれていたら嬉しい。さらに、そんな私を、それこそ無意識的に、無自覚に、「大切にしたい」と思ってくれていたとしたら、やっぱりそれもとても嬉しい。

それが、ただの「投影」、単なる私の、自分に都合がいい思い込みだったとしても、こんな「幸せ」な思い込みなら、それも罪がなくていい、と思うのです。


【恋愛テクニック】「ごめんなさい」が絆を紡ぐとき

こんにちは。

ふと思い立って、数年ぶりに新しい口紅を買いました。普段、あまりしっかりとしたお化粧をしなくなったこともあり、関心がなくなっていました。しかも、口紅の色を確認しようとカウンターで塗ってもらった時の私は、まったくのスッピン。お店の人のおススメの色を塗ってもらっても、なんだか色が明るすぎて浮いているような気がしてしかたがありません。

「ちょっと、これ、カワイすぎない?そんなに若くないし、、、」を繰り返す私に、店員さんはきっぱりと言います。
「いいんです。もう春なんです。全部、春色なんです!」

この言い切り方に押されて、「春色」の口紅をお家に連れて帰りました。「寒い」「冷える」を連発している私ですが、せめて色だけでも「春!」にしていこうかと思います。

今日は、アメブロの【恋愛テクニック】にUPした『「ごめんなさい」が絆を紡ぐとき』をご紹介します。

私たちの心に届く言葉は、4つしかないと言います。

「ありがとう」、
「ごめんなさい」、
「お願い」、
「愛している」。

そして、私たちの怒りの下にあるのは、

「もっとわかってほしい」、
「もっと愛してほしい」、
「もっと助けてほしい」。

「ありがとう」や「ごめんなさい」や「お願い」や「愛している」という気持ちを上手に伝えあうことができたなら、もっと「わかってもらった」「愛してもらった」「助けてもらった」と思えるのでしょうに、どうもこの4つの言葉を素直に言うことも、素直に受けとめるのも難しいときがあります。

だから、本来仲良くしたくていっしょにいるパートナーとも、ケンカします。

どんなにパートナーと仲良しで、お互いのことをわかりあっていても、人は皆、それぞれの世界観があって、その世界観で起こっている事柄を【無意識的に】評価し、判断しています。だから、自分的には、いつも、少なくともそのときは、「正しい」と思った反応をするのですが、しばらく時間がたって、違う視点でその出来事を振り返ることができるようになると、「あれ、私、本当にあんなことを言ってしまってよかったのかしら?」「こんなことをしてしまったけれど、やっぱりまずかったかな」と反省することになります。

そんなとき、きれいに「ごめんなさい」が言える人はステキだな、と思うのです。
自分の中の善意を認めつつ、それでも、相手の世界観からすると時と場合によっては、自分の善意の言動も迷惑になることをわきまえた大人でありたい。視点が変われば、違うモノが見えてくることを知っているから、相手に媚をうるためではなく、そんな世界観の違いを理解し合うために、「ごめんなさい」を言えるようになりたい。

「ごめんなさい」のたびに、二人の距離が縮まり、深まる。
そんな「ごめんなさい」を目指したいと思って書いた記事です。
皆さんは、そんなしんみり、じんわりの「ごめんなさい」を味わっていらっしゃいますか?



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【使えるビジネス心理学】部下が攻撃的になる(2)〜上司だって怖い〜

こんにちは。東京は久しぶりの晴れ日です。目の前の公園は、雪化粧をしてキラキラ光っています。朝から電車が止まって通勤に苦労された方もいらっしゃるでしょう。たまに雪が降ると、とたんに生活に支障が出てしまうのが、東京のありのままの姿です。慣れない雪道、どうぞ滑って怪我などないようにお気をつけください。

22日のワークショップに向けて、過去に自分が書いたさまざまなヴィジョンを掘り起こしていたら、2009年3月18日にこんなことを書いていたのを見つけました。

Q: 成功したあなたは、誰にどんなサポートをしたいですか?
A: 社会的勝者に、自分の弱さを知ることでもっとパワーアップして、社会全体のリーダーシップを発揮してもらいたい。社会的弱者に、自分が思っている以上にパワーがあることに気づいてもらい、自分の人生のコントロールを取り戻してもらいたい。


こんなエクササイズをやっていたこともすっかり忘れていましたが、読み返してみて、今ならば違う表現のしかたをするかもしれないけれど、エッセンスとしては、これは私の「活きている」ヴィジョンの一つだな、と再確認。

ご紹介が遅れましたが、アメブロの【使えるビジネス心理学】にUPされた、『部下が攻撃的になる(2)〜上司だって怖い〜』も、そんな私の想いが書かせたブログだと思っています。

感じとっていただけたら幸いです。


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昨日の心理学ワークショップにいらしていただきありがとうございました。

こんにちは。今日も、空気が白っぽい東京です。

昨日は、寒いなか、大勢の方に五反田・ゆうぽうとまで足を運んでいただきました。初めて心理学のワークショップに参加されるという方も多くて、とても嬉しかったです。何よりも、ワークショップが進むにつれて、皆さんがお互いに打ち解けて、話がはずみ、熱気が上がっていくのが嬉しかったです。

100%参加していただき、ありがとうございました。

ヴィジョンを描こうとするとき、私たちは、つい過去の自分を基準に考えがちです。過去の自分のありようから思い込んだ「私ってこういう人」という枠を超えるのが難しくて、心の深いところにある「私は、こう生きたい」「こんなことやれたら楽しそう」という自分の声に耳を傾けられないことが多いです。

そんな自分が自分に課した枠を少しでもゆるめて、自由に夢を見ることができたら、もっと自然体でヴィジョンを生きられるのではないかしら。

そんな私の想いから、昨日は、皆さんに、くりかえし未来志向でいきましょうよ、と訴えさせていただきました。

自分やまわりにがっかりしてしまった自分もいるでしょう。大人ですから。
そんな自分を不甲斐ないと感じて責めたくなる自分もいるでしょう。
そんなまわりの対応に理不尽だと怒りたくなる自分もいるでしょう。

それでも、幸せな未来を夢見ることを選択しませんか?

ヴィジョンを受け取りにくくする心の罠の代表的なものに、影(シャドウ)と私たちが呼ぶものがあります。影(シャドウ)とは、私たちが「これが自分だ」とは認めたくないと感じている自分の姿です。

大人である私たちは、「こんな自分はいやだなぁ」と、心のどこかでネガティブな影(シャドウ)の存在を感じています。そして、そんな自分を受け容れることができずに、自分を責め、自己嫌悪に苦しむ人も多いです。

でも、そんなネガティブな影(シャドウ)以上に、「これが自分だ」と認めにくいのが、ポジティブな影(シャドウ)です。自分の中の「偉大」な自分。愛にあふれ、自分がやりたかったことを全てやっている自分、本当になりたかった自分こそ、「自分にはムリ。自分じゃない」と遠ざけてはいないでしょうか。

怖いから。

そんなに立派な人になったら、大変そう。
夢がかなったら、そこで終わってしまいそう。

意識の上では、「素晴らしい自分になりたい」と願っていても、無意識的にそれを怖がっているのかもしれません。

でも、無意識のもっと深いところには、「みんなを愛したい」「みんなの役に立ちたい」「世界を救いたい」という、スピリチュアルな願いがあります。

そのスピリチュアルな願いと意識上の「なりたい」「やりたい」が協力できると、何かが動き出しそうです。

昨日は、皆さんに、日頃は、「ムリ。自分じゃない」と、表現することを自分に許していない「素晴らしい自分」「偉大な自分」「愛にあふれた自分」「夢をかなえた自分」「世界を救いたい自分」と触れ合っていただきました。

遊び半分、「みんなで渡れば怖くない!」というノリでやっていただきましたが、ワークショップでもお見せしたように、日頃の自分と心の向きを正反対に変えることを、無意識のレベルではやっていました。感情的には、相当怖いので「恥ずかしい」「なんだかいや」「くだらない」「こんな気持ちでいいのだろうか」など、「楽しい」「ワクワクする」といった暑くなるような感じについていけない気持ちを感じた方もいらっしゃったと思います。

それは「普通」の心の反応です。

私たちは、「怖い」と感じたものを意識から締め出し、無意識に留めおくので、無意識から出てくるメッセージは、最初は「イヤな感じ」がするものです。無意識と触れ合う経験は、気持ちがいいものとは限りません。

それでも、やっぱり未来志向で生きよう、と選択しませんか?
幸せな未来があると信じて、今日を生きることを選びませんか?

最後に、昨日、楽しく10年後の自分の姿を描いてみたものの、今日になって、今日の自分を見て、ふーっとため息をつきたくなっている方もいらっしゃるかもしれません。

もし、昨日楽しかった分、今日淋しい気持ちになられているなら、やっていただきたい宿題があります。


昨日受け取った10年後の自分を思い浮かべてください。
その自分なら、今の自分、そして過去の自分をどう見るでしょうか。
10年後の自分になったつもりで、
今の自分、あるいは過去の自分を見てあげてください。
そして「ゴメンね、自分」と、そっと呟いてみてください。


今夜は、新月です。
みなさんの人生の新たな1章を、幸せな夢を見ながら書き始められますように。





いよいよ明日!CS心理学ワークショップ『幸せな夢を見よう〜ヴィジョンを招き、ヴィジョンに近づく心理学〜』

こんにちは。

吐く息が白いよぅ。手がかじかむよぅ。北国の方は、「何言っているんだろ?冬だから当たり前じゃないか!」ですよね。すみません、軟弱で。でも、東京にしては、えらく寒いのです。昨日も、今日も。ふぅ。

でも、宣伝させてくださいね、明日はCS心理学ワークショップの日です。
テーマは、ヴィジョン。題して、
『幸せな夢を見よう〜ヴィジョンを招き、ヴィジョンに近づく心理学〜』。

折しも、1月23日は新月。
星占いでは、新月に新しいことを始めると長続きしてかなえられると言うそうではありませんか。
前日の22日にしっかりと先のヴィジョンを描いておいて損はない。

あなたは、どんな人になりたいと思っているの(TO BE)?
そして、どんなことをしたいと思っているの(TO DO)?

あなたが幸せな顔をしているときはどんなとき?

たくさん、たくさん、幸せな夢を見ましょうよ。

改名されて、一足早く、リニューアルされた安池泰子カウンセラーも、ゲストでいらしてくださいます。

心の中を温かい夢でいっぱいにしましょう。お待ちしています。


甘酒をなめながら、明日のワークショップの幸せな夢を見ているみずがきより、、、。


CS心理学ワークショップ
『幸せな夢を見よう〜ヴィジョンを招き、ヴィジョンに近づく心理学〜』

日時: 2012年1月22日  18:30〜20:30
場所: 五反田・ゆうぽうと
料金: 3,150円

詳しくはこちら>>>>>>>




きくまるに去年の感謝祭の時の講演がUPされました!

こんにちは。

きくまる、をご存知ですか?
聴いていただいたこと、ありますか?

私たちカウンセラーの、感謝祭やフェスタ、ワークショップや講座での講演をダウンロードしていただけます。

あの時、行きたかったけれど急に風邪をひいて行けなかった。
他の予定とバッティングしてしまった。
行ったし、聞いたけれど、もう一度聴きたい。
まだ一度も講座やワークショップに行ったことがないけれど、どんな話が聞けるのか、試しに聴いてみたい。

きくまるで、聴いていただけます。

1月に新しくUPされたなかには、私が昨年11月の東京の感謝祭で行った講演もあります。
あのときは、予約で満席になってしまい、感謝祭にいらしていただくことのできなかった方も多かったとききます。
ごめんなさい。
もし、きくまるで、私がお伝えしたかったエッセンスを感じていただければ、とても嬉しいです。

きくまるの頁はこちら>>>>>>>


そして、感謝祭についての私のブログはこちら>>>>>>>

22日は、ご一緒に幸せな「夢」をみませんか?

こんにちは。東京は曇っています。陽がささない分、よけいに寒く感じます。こんな日ほど、心の中に温かさを感じたいですね。人とつながる喜びを大切にしたい、と思います。

さて、いよいよCS心理学ワークショップが今週末(22日!)に迫ってきました。

今回のワークショップのテーマは、、、

「幸せな夢を見よう〜ヴィジョンを招き、ヴィジョンに近づく心理学〜」

です。

夢、という言葉から、皆さんは、どんなことを思いますか?

夢は、睡眠中に見る、わけのわからない、けれど心に響く映像だったり感覚、です。
夢は、「アメリカン・ドリーム」のような、現実化したい願望をさします。
夢は、「はかないもの」「頼りないもの」という意味もあるようです。

昔から、初夢で一年を吉凶を占う、など年の始めの「夢」を大切に考える人が多かったようです。
そこには、「一年の計は元旦にあり」と言うような「初志」を大切にする気持ちと、意志だけではどうにもならない人生の幸せを手の中に掴みたいという祈るような気持ちが混在しているように私は感じます。

意識は、「夢」を「わけのわからない」「とらえどころのない」ものと感じているようです。
それは、「夢」が、意識の側から見ると「実態がない」からで、それだけに頼りなく、はかないものに思われます。
そんな「意識」からは捉えきれない「夢」ですが、もしも、私たちが無意識も含めて「夢」を見ることができたとしたら、そこにはもっとはっきりとしたストーリーがあるのかもしれません。それどころか、意識のある私たちも、所詮は、無意識のもつ「夢(ストーリー)」に操られているだけなのかもしれません。

「夢」は、意識と無意識の境目あたりにある私たちの観念をチラッと見せてくれるメディア。
一方で、「夢」は、現実に起きたことを脳の中に書き込む作業だ、とも言います。
だとすれば、「夢」は、意識と無意識の「対話」の場、なのかもしれません。

今回のワークショップでは、私は、そんな「意識」と「無意識」の双方向性を大事にしたいと思います。

誰しもが「自分らしく幸せになる」というプロセスをもっていたとします。
でも、あなたが意識で考える「幸せ」と無意識が抱えている幸せのストーリーが食い違っていたとしたら、「幸せ」はなかなか感じにくいものになってしまいます。この場合、無意識の幸せのストーリーをあなたが受け取る、ということが幸せになるポイントです。

ところが無意識のストーリーは抽象的です。抽象的なストーリーに、具体的な肉付けをするのは意識です。

意識と無意識が協力し合えたなら、楽にヴィジョン(=幸せなストーリー)を生きることができそうです。

もっと楽にヴィジョンを生きられるように、
幸せな夢を見ましょうよ。

1月22日は、そのための「意識」と「無意識」の「対話」の場を作りたいと思っています。
「夢」の中で遊ぶつもりで、お越しください。


CS心理学ワークショップ
   『幸せな夢を見よう〜ヴィジョンを招き、ヴィジョンに近づく心理学〜』

日時:  1月22日(日) 18:30〜20:30
場所:  五反田・ゆうぽうと
料金:  3,150円

* ワークショップ後、打ち上げも予定しています(別途料金・自由参加)。

詳細はこちら>>>>>>>















【恋愛テクニック】「手放し」上手は「愛され」上手

こんにちは。寒いですね。どうか、風邪などひかないように、ご自愛ください。

さて、今週のアメブロ恋愛テクニックの記事は、「手放し」です。

「手放し」と言えば、「執着を手放す」という文脈で読んだり、カウンセリングサービスのカウンセラーにアドバイスされることが多い言葉です。

カウンセリングをしていると、「手放さなければ」という気持ちを「(別れた彼or彼女を)忘れなければ」という想いでお話しくださる方が多いように思います。

もちろん、世紀の恋が破れたとき、それでも幸せになろうと思ったら、どうしたって執着してしまう彼(女)をなんとか「手放さなければ」という話になるのですが。

今日、私が皆さんにお話したいのは、そんな大きくて大変な「手放し」ではなく、日常の生活の中にある、ちょっとした「して欲しい」「わかってほしい」、そして「正しくありたい」という気持ちの「手放し」が幸せなパートナーシップにとってどれほど大事か、ということなのです。

お正月の過ごし方と「おせち」に対する私の思い入れを通してこのことを考えてみます。

私の実家は、そんなに「おせち」にこだわっている家ではありませんでした。私が子供の頃は、祖父母の希望もあって、祖父母や母の兄弟の家族を含めた大家族でお正月は旅行に行くことになっていたので、お正月はいつも旅館のご飯でした。正直なところ、「おせち」がおいしいと思ったことはありませんでした。

ところが最初の嫁ぎ先では、お姑さんは「おせち」を全て自分で作る人でした。商家の出であるせいか、縁起を大切にする人だったので、「おせち」は無ければならないようなもので、私も生まれて初めて「おせち」を美味しいと思いました。おうちでちゃんと手作りすれば美味しいんだ、と思ったのです。

離婚しても、息子にそれまで彼が味わっていた「お正月」を失って欲しくないという想いで、かつて自分が美味しいと思った「おせち」を作り続けていたのです。家族の人数が少なくて、品数の多いおせちは食べきるのが難しくなっていたにもかかわらず。鯛も必要、お煮しめも必要、数の子も、いくらも、エビも、もちろんお雑煮は外せないし、、、。

再婚して新しい家族ができても、私は年末は「おせち」を作るのに忙しい想いを(勝手に)していました。再婚相手のダーリンは合理的な人で、縁起担ぎをあまりする人ではありません。それよりも、大晦日は家族3人で大好きな交響曲でも楽しんだ方がよっぽど嬉しい人です。

「そんなに頑張らなくても、お雑煮さえあればいいんだよ。それでもおせちが必要なら、デパートで買ってきたらいいじゃないか」

と毎年言われてきました。

でも、私は、自分の手で「おせち」を作ることにこだわり、その一方で新しい家族で音楽を楽しむという年末の過ごし方も大事にしたかったので、年末がものすごく忙しくなってしまいました。大掃除があるでしょう、「おせち」があるでしょう、コンサートがあるでしょう、、、という具合に。家族の絆を確認するいい機会のはずが、毎年、大げんかになってしまう。

それを何回か繰り返して、やっと私も気づいたのです。
何故、私は、こんなに「おせち」にこだわっているのだろう、って考えてみることができたのです。

それは、最初の結婚の、まだ幸せだった頃の「家族」の在り方に私が執着していたから。
そして、それが幸せだった分、それを失ってしまった悲しみに執着していたから。

「あのお正月の良さを失っていない」ということを証明したかった。
私だって、全部手作りの「おせち」の良さを再現することができる、と思いたかったみたい。

でも、時は流れ、
ダーリンは、「そんなにこだわりはないよ」と言い、
「日本の文化を大事にしてほしい」と思う息子も、「ま、わかったし、いいから」と思う(らしい)ほどに成長したことに私だけが気づいていなかったのかもしれません。

ダーリンも息子も、
「あんなに一生懸命にやっているんだから、付き合ってやろうか」くらいに思って、私が作る「おせち」を食べてくれていたことを、やっと受け取ることができたのです。

それはきっと私の料理の腕の問題で、私が上手に作れれば認識が変わるかも、と私は思っていたのですが、それも私の勝手な思い込みだったのかもしれません。

新しい家族揃って、年末にコンサートに行く。
3人で、そのコンサートの話ができる。
今、ここ、では、そのことがどれほど大事か。

手作りの「おせち」の素晴らしさにこだわるばかりに、その新しい「素晴らしさ」を受け取れずにいた私がそこにいました。

どんなに「いいもの」であったとしても、
それを「手放す」勇気をもてないと、
なかなか今、ここ、の「いいもの」を受け取れない。

「おせち」の中身を、今の、新しい家族が喜べる、品と量に絞り込み、時間的なゆとりを「コンサートを楽しむ」ことをはじめとした、今、ここ、の家族の楽しみにフォーカスすることで、私は、これまで以上にのんびりとした「幸せ」なお正月を過ごすことができました。

執着や悲しみを手放すといい、というのはわかりやすいです。
でも、それ以上に、幸せを手放し続けることが、
新しい幸せを呼び込むことになる、
そのことを実感した年末年始でした。

皆さまも、去年の幸せに執着することなく、
今年の幸せを受け取れることを願っています。



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あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
今年も、自分らしい幸せを探す人たちのお手伝いができるように、精進していきたいと存じます。
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

さて、皆さまは、どんな年末、お正月を過ごされましたか?

暦の制約もあって、サラリーマンはお休みが少ないと感じていらっしゃるかもしれませんね。うちのダーリンも、「今年は短い」とぼやいておりました。

お休みが少ないことを言い訳に、私は、大掃除もほどほど、忘年会もほどほど、おせちもほどほど、お年始のごあいさつもほどほどと「ほどほど」を合言葉に過ごしてみたところ、これまで以上にのんびりとしたお正月を過ごすことができました。

以前、このブログでも少し書きましたが、昨年に両親が金婚式を迎えて、家族揃ってお食事会をしたのですが、そのときのスナップ写真を弟が編集して音楽もつけてCDに焼いて、お正月に集まったときに配ってくれました。そこには、たくさんの笑顔があり、仲の良い家族の姿は間違いなく幸せそうで感動的でした。

が。

「私、あまり笑わないのね」、と言うと、
「そう。こういうとき、あなたはあまり笑わないね」、とダーリンが頷きます。

楽しかったはずなのに。
みんな楽しそうに笑っていたのに、私は、あまり笑っていない。

「責任感が強すぎるんだよ。お正月にみんなが集まっても、鍋の心配ばかりしているだろ?」、とダーリン。

確かに。
でも、こんなに笑顔が少ないとは、自分は思ってもいませんでした。

つくづく「力を抜くこと」が苦手なのだ、と再認識するとともに、「ほどほど」と思いながら過ごしたお正月の「のんびり」感がとても心地良かったので、今年は、もっときっちりと、「ほどほど」になるように取捨選択して、「のんびり」と「笑顔」を生みだしたいと思います。

取捨選択する力がつきますように!

皆さまは、どんな1年にしたいですか?


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大学卒業後20余年、外資系の証券会社や運用会社で株のアナリストとして活躍。自身の離婚問題をきっかけに心理学を学び始める。人生の転機を心理学を使って乗り越えてきた経験をもとに、特に、コミュニケーション、パートナーシップ、自己成長に関わる問題に独特の強みと実績がある。

自分では気づきにくい微細な感情や願望に光をあてることで、クライエントさんがより深く自身を見つめ、新たな視点から問題を捉えなおして自分の進むべき道を探し、自分で選び取るプロセスをサポートする。

「自分らしい生き方」「自分らしいあり方」を模索する人の「魂の声」の聞き役になりたいと願っている。

深い洞察力と母性的な大きな包容力で支持を集めていて、「まるでおふとんにくるまれているよう。」「まだやれることがあるとわかり救われた。」などの声を寄せていただいている。

最近は、再婚相手であるパートナーと大学生の息子との三人の生活を楽しんでいる。
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