日本というシステムとけんかをしていた?

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こんにちは。
みずがきひろみです。


写真は、ウィスラーのリゾート村の中を流れる川です。初日、まだお天気が良かったときに撮ったものです。

「師匠の師匠」は、5日間という、長いようで短い日程の中に、癒やしの課題をびっしり詰め込んだプログラムを用意していました。気迫というか、気合というか、言葉の端々に「思い」の強さを感じたセミナーでした。

社会的差別が色濃く残っているところで、「和解」をテーマにしたセミナーだったので、 「許し」が課題になるのはわかっていましたけれど、先祖を遡って痛みを癒やすことが必要だということで、くりかえし、いろいろな角度から、世代を遡って「痛み」を手放すセッションをしました。

「世代を遡る」という想定をするだけで、潜在意識、無意識レベルで、これまであまり気にもしていなか自分の思い込みが浮かび上がってくるのが、とても面白かったです。

先住民族の参加者が多かったおかげで、世代を遡れば、そこにはどうしても自分たちの祖国を奪った近代国家への恨みつらみが上がってきて、それを一つ、一つ許す作業をすることになります。

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そんなことをしていたら、セミナーも大詰めの5日目に、「私、『日本』というシステムを許さなくっちゃ!」と閃いて、バディさんにお願いして「日本」になってもらって向き合ってみたら、自分でもびっくりするような感情が突き上げてくるではありませんか。

ええーーー?もう、英語よりも日本語の方が楽になってから40年以上は経っているのに。教育も日本で受けたし、仕事も日本でしたし、日本人と結婚したし。日本に、日本人として住むのが楽でいいって思っているのに?

私が自分から言わなければ、子供の頃に海外で生活していたなんてことは誰にも聞かれません。適応障害を起こしているとも思いませんけれど、生きづらかったんですね。

それも「日本」と「和解」できていなかったからなのだ、と気づかされました。日本でワークショップに参加しているときには、これは出てこなかったなぁ、と思うのです。


きっと、また、もっと自由になれますね、これで。



love and abundance,
みずがきひろみ