新約聖書の4つの福音書のヨハネ、ルカ、マルコ、マタイ福音書はギリシャ語で書かれていてもちろんグノーシス主義の影響を受けている。

 普通のキリスト教徒の一番の正典は4つの福音書でイエス・キリストの十字架の出来事が書かれているのだが、古代のキリスト教の正典で新約聖書の4つの福音書は一番、正しいものであるという信仰がキリスト教の真髄でもあるのだろう。

 もちろん正典の4福音書もギリシャ語である以上、グノーシス主義の影響もあって古代ギリシャのプラトンの思想も多かれ少なかれ影響しているという。

 イエス・キリストの十字架の死と復活の原点はグノーシス主義の影響であったらしいし、グノーシス主義はキリスト教の異端ではあったが、正統の4福音書にももちろん大きな影響を与えているということなのだろう。

 いわば正統の4福音書ですらグノーシス主義という異端の影響を受けながら成立しているので全くの初めから全面的に正統で異端がなかったというわけではなかった、ということなのではないか?

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 最近、話題になった『ユダの福音書』や『トマスの福音書』も新約聖書の外典で昔の原始キリスト教の世界では読まれていたともいう。

 新約聖書の外典というのはいろいろあったらしいが、異端とされたのはキリストを売り渡したイスカリオテのユダがイエス・キリストより偉大な存在であってはもはやキリスト教ではないので異端ということで焚書みたいになったのだが、実は異端とされた新約聖書の外典の多くはグノーシス主義の影響でも弟子がイエス・キリストより偉いような教義になっているという。

* トマスによる福音書
* フィリポによる福音書
* ペトロによる福音書
* (マグダラの)マリアによる福音書
* エジプト人の福音書
* ヘブライ人の福音書
* 真理の福音書
* ユダの福音書

 もちろん異端の新約聖書の外典の多くにもイエス・キリストは十字架で死んだことはしっかり事実と書いてはあるが、ユダの方がキリストより偉いということになって異端となったということだろう。

 キリスト教の正典の4福音書をローマ・カトリック教会が正典としたのはキリストが旧約聖書でいう神と同じ存在であるということであって『良いグノーシス主義』のようにもとらえているからだろう。

 もちろん異端とされた『ユダの福音書』は『悪いグノーシス主義』のようなものではあるが、もちろん異端がすべて悪いというわけではなくてキリストが十字架で死んだことはしっかり歴史の事実であると記されているのだろう。

 エホバの証人はよく自宅にきてイエス・キリストは苦しみの杭で死んだというおかしな解釈をするが、このような考えは古代の異端とされたグノーシスの福音書にもない統治体が妄想した完全な間違いでしかない。

 ナグ・ハマディ写本でキリスト教会が今まで完全に異端として悪しき考えとしていたグノーシス主義は実は4つの福音書にも良い意味を与えていた、となって神学でもグノーシス主義の評価が変わったというのもうなずける。

 今のキリスト教では多かれ少なかれグノーシス主義と福音書の影響が相関関係になっていて、異端とされたグノーシス主義も実は正統の4つの福音書に大いなる貢献をしているということだろう。

 正統の4つの福音書もまた異端の良きグノーシス主義の影響もあってキリスト教は成立しているのだろう。