san giovanni battista
1505年からレオナルドが描いたといわれる『洗礼者聖ヨハネ』。右手の親指と中指で十字架をもち、人差し指は天を向いています。ニスと黒い背景に埋もれようとしている聖ヨハネを救おうと、修復が決定しました。



美術ニュースからです。

ルーヴル美術館が所蔵しているレオナルド・ダ・ヴィンチ作『聖ヨハネ』の修復が決定しました。
右手の指に十字架を持つ豊かな巻き毛が特徴の『聖ヨハネ』は、黒い背景に埋没し何度も重ねられてきたニスによって本来の線の判別が難しくなってきました。
ルーヴル美術館は、作品のオリジナルの姿を保つために修復を決定したと発表しています。



修復のために作品が引き上げられるのは1月下旬の予定。
ルーヴルにおいては、『聖アンナと聖母子』、『貴婦人の肖像 ( Belle Ferronnière ) 』 に続きレオナルドの作品の修復は三作目となります。
『聖アンナと聖母子』の修復が行われた際、修復チームに参加していた各国のスペシャリストの間で論争が巻き起こったことは、こちらに記事にしています。
あの時も、レオナルドの後の時代にほどこされたニスを除去するための修復でしたが、除去した結果、聖母マリアの顔の線がキツくなりすぎた、という批判がありました。

今回の『聖ヨハネ』の修復は、レベルとしてはそれほど高いものではなく、本来の絵画の線を保護するためのニスの除去は最低限にほどこされる予定。
しかし、修復のために行われる事前調査は、レオナルドの研究にはけっして無駄にはならないだろうと記事は結んでいます。


修復の難しさについて読むと、かつて記事にしたヴァティカン図書館の研究員の言葉を思い出します。
修復とはいずれにしても作品に負担を与えるものであるからなるべくしないほうがいいのか、あるいはオリジナルの姿を保つためにほどこしたほうがいいのか。しかも、本来の作品の姿、を本当に知っている人は私たちの時代には存在しないのです。考えていると混乱してきますが。

ところでレオナルドの『聖ヨハネ』ですが、制作年は1505年ごろ、推定ではフィレンツェの裕福な商人ジョヴァンニ・ベンチ ( Giovanni Benci ) の注文であったそうです。
この作品の存在を証明するものはわずかで、フィレンツェの古文書館に残る作者不明の写本 ( l’anonimo Gaddiano o Magliabechiano 1540年ごろに書かれたもの )、枢機卿ルイージ・ダラゴーナ ( Luigi d' Aragona ) の秘書であったアントニオ・デ・ベアティス ( Antonio de Beatis ) の旅行記の記述がそれにあたります。
後者によれば、1517年10月10日、デ・ベアティスはフランスのクロ・リュセ城 ( Château du Clos Lucé ) でレオナルドと面会、その際にレオナルドの部屋には2枚の肖像画 ( そのうちの1枚はモナリザであったと言われています ) 、『聖アンナの膝の上に乗る聖母子 ( cucciola注:現在ルーヴル美術館に残る上記の作品です ) 』、そして『若き聖ヨハネ』の4枚の絵が飾られていたと記されています。

この『聖ヨハネ』は、1519年にレオナルドが亡くなると愛弟子であったサライに贈られました。
そのサライも、1524年に若死してしまいます。残された遺産記録では、「n.° 1 quadro cum uno Santo Ioanne piz. zoveno」と筆頭にこの『聖ヨハネ』が記述されていますが、サライ自身も師に倣って同じポーズの『聖ヨハネ』を残していて、目録に残る『聖ヨハネ』はレオナルドのものかサライの手によるものかは今でも謎なんだそうです。ちなみに、目録に残る『聖ヨハネ』の評価額は25スクード。レオナルドの作品としては安すぎ、サライの作品としては高すぎる感じ。

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サライが描いた『聖ヨハネ』。遺産目録に残っていたのは、レオナルドのものなのか、はたまたサライのものなのか。 ( Milano, Pinacoteca Ambrosiana )


ひょっとしたら、サライの死後に彼の縁戚がこの作品をフランス王に売ったのではとも言われています。
消えた『聖ヨハネ』の名前が再び世に出るのは1630年。フランス王ルイ十三世の侍従であった Roger Duplessis de Liancourt の所有で、彼は英国王チャールズ一世所有ハンス・ホルバイン作『エラスムスの肖像』とティツィアーノ作『聖家族』の2枚と『聖ヨハネ』を交換しています。
チャールズ一世所有となった『聖ヨハネ』は、1649年に王が失脚すると英国議会により競売にかけられました。
絵は1651年に再びフランスに戻ります。フランス人の銀行家Everhard Jobach が新たな所有者となりますが、彼の膨大な美術コレクションは1660年に競売にかけられており、のちにドイツに渡ったようです。というのも、太陽王ルイ十四世の情報員によって、1666年の在庫目録にはフランス王コレクションになっており、その際の記録にドイツの商人より購入、とあるのだそうです。
『聖ヨハネ』はそのままフランスに残り、現在に至ります。


一口に「500年以上前の作品です」と言っても、絵画がたどった歴史というのは深いものがありますね。
修復も慎重になるわけです。



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