dio fluviale
ミケランジェロが50歳前後に制作したといわれる「河神」。そのもろさのために、50年も放置されたままでした。




夕方になって登場したミケランジェロの記事です。

ミケランジェロが制作した作品の中でも、材質の特異性から脆弱なことで知られていた作品「河神( Dio Fruviale ) 」が、3年の修復を終えてこの秋にストロッツィ宮殿にお目見えするそうです。

さまざまな新聞のニュースをまとめるとこうなります。


ミケランジェロが1526年頃に制作したといわれる「河神」。
等身大の人間の肉体をそのまま写したような、触れれば筋肉まで感じることができそうな「河神」はしかし、非常にもろい素材で作られています。
フィレンツェの輝石修復研究所 ( Opificio delle pietre dure ) における3年の修復・補強を終えた「河神」は、制作当時の白い輝きを取り戻したそうです。

この作品は、1583年にフィレンツェに創設された「アッカデミア・デッレ・アルティ・デル・ディゼーニョ ( Accademia delle arti del disegno ) 」に、建築家で彫刻家でもあったバルトロメーオ・アンマナーティが寄贈したと伝えられています。
ミケランジェロの作品の中でも特異なのは、その脆弱性でした。
粘土や砂、植物や動物の繊維を混ぜた材質から構成されており、1500年代からすでに修復が施されていたことが判明しています。

「河神」は、50年以上もの間、フィレンツェの「カーザ・ブオナローティ」に保管されたままでした。あまりにもろくて動かせない、というのが理由であったようです。
「河神」というモチーフは、古代ギリシアのパルテノン神殿の浮き彫りが有名で、古代ローマ時代にも数多くの作品が彫られたようです。
この異教の神を、ミケランジェロは自身が設計・製作したサン・ロレンツォ大聖堂の「メディチ家廟」に設置する予定でした。

実際、当時の古文書にも、ミケランジェロが「河神」を墓の一部に置こうとしていたという記録が確認されるのだそうです。
推測によればミケランジェロはまず模型としてこの「河神」を制作、注文主の承認を経て、大理石で彫り上げる予定であったとのこと。結局、大理石で制作されることはないまま終わったのですが。

粘土や砂を材料に制作された彫刻は、当時の記録では二体あったそうです。
一体は「河神」、もう一つは実際にサン・ロレンツォ大聖堂内ウルビーノ公爵の墓の左側に設置された彫刻の模型であったと伝えられていますが、行方は不明。


「絵画技術の面からいえば、この作品にできることは限られていました。亀裂を埋めるくらいが可能なことであったのです。それよりも、今秋の公開に向けて、展示に絶えうる強度を与えることが最重要課題でした」

と、アッカデミア・デッレ・アルティ・デル・ディゼーニョの保管責任者ジョルジオ・ボンサンティ氏 ( Giorgio Bonsanti ) は語っています。

また、輝石修復研究所のマルコ・チャッティ氏 ( Marco Ciatti ) は、
「科学的な分析によれば、彫刻の表面を覆っていた物質は硝酸塩でした。推測するに、ミケランジェロ自身が、白の大理石に似せるために作品制作後に塗布したのではと考えられます。変色してしまったその塗料を除去し、さらにその下の層の損傷を修復し、可能なかぎり制作当時の色をよみがえらせたのです」
と、修復について伝えたそうです。


ミケランジェロのレベルでも、注文主に「プレゼンテーション」する必要があったのか、とそちらにびっくりしましたが。
ミケランジェロについては、2020年にルーヴル美術館とスフォルツェスコ城美術館が「ミケランジェロ展」を共同開催する、と発表されたばかり。
2019年のレオナルド500年忌にむけてレオナルドファンは鼻息ふんふんですが、ミケランジェロも負けてはいません。


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