f:id:cucciola:20090624002436j:image


1570年刊行の「料理術」





イタリア料理と言えばトマトが欠かせませんが、アメリカ大陸が発見されてヨーロッパに種が持ち込まれ貧困層に受け入れられるようになったのはなんと18世紀。


だからと言ってそれまでのイタリア料理が貧しかったはずがなく、最近日本から取り寄せて読んだ彌勒忠史さん著「イタリア貴族養成講座~本物のセレブリティとはなにか~」によれば読んでいるだけでメタボになりそうなメニューがずらり。比較的小規模の晩さん会で供された料理数、前菜からデザートまで合わせて28種類、なんてのもザラなのです。内容もウズラ、キジ、ハト、ヒラメ、マス、ウナギ、メバル、エビ、インゲン、オリーブ、フルーツ、ブタ、牛、なんでもござれで、さらに調理法も「ハンガリー風マスのワイン煮」とか「大型イワシのフライ オレンジと砂糖をかけて」などという現代の創作料理も真っ青のバラエティーに富んだメニューばかり。貴族の晩さん会とはいえ、つまり勢力誇示の演出もあったとはいえ大変豊かな食材と料理法が並んでいました。


最近、イタリア語でもルネサンスの台所について読む機会があってそれには当時の調理道具が並んでおりました。彌勒さんが参考にされたのはエステ家の晩さん会担当であったメッシブーゴというフランドル人の「饗宴 Banchetti」という書物。


私が目にしたのは1570年にヴェネツィアで刊行されたバルトロメーオ・スカッピ( Bartolomeo Scappi )作、「料理術(Opera dell’arte di cucinare )」なる本。彼は法王シスト五世のコックでした。1536年に枢機卿のロレンツォ・カンペッジョ( Lorenzo Campeggio )という人の晩さん会を演出し名をあげました。メッシブーゴもそうですが、コックというだけではなく演出の才も必要だったんですね。


料理法が豊富であったのと比例して台所の道具も大変細分化されております。


まずは台所


f:id:cucciola:20090624002553j:image


かまどの右には様々なナイフを突き刺したワラのかたまりみたいなものがぶる下がっています。いつでも用意万端、といったところ。天井からは肉がつるされ、テーブルの上にはお皿、浅鍋などの料理道具、左手には水ガメ。かまどの火は昼夜怠りなく管理されていて、主人の求めに応じていつでも料理できるようになっていたそうです。





f:id:cucciola:20090624002630j:image


さまざまな調理道具。鍋、フライパン、玉じゃくし、スプーン、フォークなど現代とあまり変わらないよう。





f:id:cucciola:20090624002711j:image


刃物もさまざま。ケーキ用、パスタ切り用、こそげ落とすための刃物、左の下の注射器みたいなものはデコレーション用。これらの道具を使って様々なパスタが形成されたそうです。


トマトソースもピザも存在しない時代でもイタリア人はおいしいものへの探求に熱心であったようで。


実際、エステ家の枢機卿イッポーリト( Ippolito d’Este )の死因はエビを食べたことによる消化不良だそうで、おいしいものを食べた後に絢爛なヴィッラ・デステ近くのサンタ・マリア・マッジョーレ・ディ・ティボリ( Chiesa di Santa Maria Maggiore di Tivoli )に葬られるという結構な人生の終わり方だったようです。








にほんブログ村 歴史ブログ 世界史へ
にほんブログ村





人気ブログランキングへ








ヨーロッパ在住の日本人によるブログ