黒帯

 中年空手百条委員会の有明省吾です。

 中年空手が続けられない理由はいくつかありますが、その上位を占めると思われるものに
 「組手が怖い」「組手で怪我をするのが怖い」というのがあります。
 これを理由にやめてしまったとしても、別にそれは臆病であるとか、そんなことはありません。
 そもそも、殴り合いを行うことは異常なことです。それをいやがるのは健全さの証です。

 また、怪我は空手を中断する大きな理由になります。
 我々は生活者ですから、仕事に支障の出るようなことに手を出すべきではありません。
 稽古であばらを折った人が、翌日の配送業務でとても難儀したという話を聞いたことがありますが
 こういうことまでして空手を続けても仕方ありません。ここは重要です。

 とはいうものの、なんとかそれを乗り越えて続けて行きたいと思っている方もきっと多いでしょう。
 今日はそんな方のためにヒントになるようなことをお話します。

 若い頃に「喧嘩上等」の日々を送られた方はともかくとして
 平凡な日々を送ってきた人にとって、「殴り合い」はやはり抵抗があります。
 殴られるのはむろん、殴るのも嫌だというのがきわめて普通の神経です。
 空手のかっこよさ、美しさに憧れた人が,実際に空手をやってみて、今更のように痛感するのは
 「実は空手も殴り合いだった」ということですね。
 日常見ることのできない、相手の強気さや凶暴さに直面して足がすくんだりしますし
 時折やってくる痛みに心も折れそうになります。
 ものすごく客観的に見れば、思っていたことと現実は違うということですが・・・・・・・・・。

 しかし、いい大人になってくると、人生の中でそんなことは何度も経験していますね。
 空手にもそれがやってくる時期が来るというだけのことでしかありません。
 そして、人生の試練には対処法が簡単に見つからないことが多いのですが
 空手の場合には、対処法はいくつかあります。むろん簡単に身につくことはありませんが、
 こうすれば解決するのだというはっきりした道筋は見えます。

 まず最初に、たったこれだけのことを頼りに組手に取り組むことをおすすめします。

 空手を長くやっている人から見れば、殴り合いを怖がる神経が理解できないところもあり
 指導する側も「まず慣れろ」という言い方をすることがほとんどです。
 精神的な問題なのでアドバイスも精神論になりやすい。
 時に指導する側も「強気、凶暴」に見える物言いをする道場もありますが、こんな道場だと
 デリケートなおじさんは萎縮してしまいますね。

 空手の場合の対処法とはずばり「稽古に出る」ということです。

 私は最初の道場で黄帯のころに、当時の師範に「いまでも組手が怖い」と話をしたことがありますが
 その師範は「怖いからこそ稽古するんです」と言ってくれました。
 ちょっと見、ただの精神論に見えますね。しかし、今思うとこれは恐ろしく正解でした。
 
 確かに技術を身につければ組手も怖くなくなるという面があります。
 精神論ではなく、技術論で乗り越えていくところも現実的です。
 しかし、今思うと、ここにはもっと重要な問題があるように思うのです。

 稽古を重ねると言うことは、稽古に参加することも日常の一場面となることです。
 空手が日常の一場面になるということですね。
 稽古でやることは、基本や移動、形だったりもしますが、このような動作を日常の一部にすること。
 これが重要だと思うのです。

 どういう重要性かというと、
 たとえば、試合の前などに、緊張をほぐすために選手は体を動かしますね。
 軽いシャドウをやったり、ミットを蹴ったりしていますが、これは体を温める効果のほかに、
 体に言い聞かせる効果があります

 「これは稽古と同じなんだ、稽古と同じなんだから、緊張しなくてもいいんだ」

 頭の中でこういう言葉を繰り返しても緊張は解けるどころか重傷になることの方が多いです。
 しかし、頭を通さずに、体で稽古を追体験することで、体が稽古と同じような状態になります。
 そうすると、心も落ち着いてきます。
 ラグビーの五郎丸選手の、かつて流行になったルーティーンルワークと同じですね。

 稽古を重ねることの意味がおわかりいただけるでしょうか。
 稽古と同じだから落ち着ける・・・・・・こんな状態になるまで稽古を続けましょう。
 稽古の中で突き蹴りの動作が日常的な、自分のものになってくれば
 組手が始まって突き蹴りを出しても、体が自分に言い聞かせてくれるようになります
 「これは稽古と同じだ。ただそれだけのことだ」
 そして、一分程度の組手であれば、すぐに終わってしまいます。
 その間に恐怖が全然ないとは言いません。恐怖心ゼロになることはたぶんないでしょう。
 しかし、このように、心を通さないで、体で心を落ちつけることができるようになればだいぶ楽です。
 稽古がまだ「非日常」な状態であれば、こういう境地はなかなか難しいと思いますが
 一刻も早く日常にすべきでしょうね。

 さらに、古来から伝えられている、究極の方法も活用できます。
 我々が日常もっとも頻繁に行っているルーティーンワークとは何でしょうか?
 そうですね、「呼吸」です。

 江戸時代に名僧、沢庵禅師は
 「心を心でコントロールすることはできない。心は呼吸でコントロールする。」
 と述べていますが、これは本当だなあと思う機会が多いですね。

 組手で恐怖を感じているときを冷静に振り返ってみると、まさにそうだなと思います。
 相手の強烈な攻撃にたじたじとなり、中段回し蹴りをかろうじて受けたものの、
 そのパワーに恐怖を感じたりもします。これ,当たったらアバラ折れてるなあ・・・・・という感じです。
 確かにこの中段回し蹴りが恐怖の原因と言えなくはありません。
 しかし、こうして手に負えない攻撃に押されて息が止まり、呼吸が乱れていること。
 これもまた大きな恐怖の原因です。
 呼吸の乱れが恐怖を生む部分が間違いなくあると思います。

 かつて、昇段の10人組手を迎える前、持久力不足できわめて頭を痛めていました。
 なんたって、そのとき私は54歳でしたからね。体力的には相当きついです。
 その対策として、組手の中でいかに上手に呼吸をするのか・・・・・ということを試行していましたが
 これがうまくいくようになると、持久力はむろんのこと、実は心も安定してきます。
 冷静に相手を見られるようになります。
 こういう状態になると恐怖を感じにくくなりますし、また、感じたときには呼吸を整えると
 ある程度まで恐怖を克服することができます。
 呼吸を整えるとは、攻撃時に吐き、受ける時に短く吸う。この繰り返しです。
 (あまり相手に見えないように小さく呼吸する)
 ある程度技が身についてきたら、基本稽古、移動稽古のときには、
 この呼吸のリズムでやるように心がけていくと、組手の時にもそれが活かされます。
 こうして、心を安定させることも重要な技術です。
 
 極真空手では形の前に「息吹」を行いますね。
 「君ぃ!闘いの前に呼吸を整えるのよ。」
 という大山倍達先生の言葉が聞こえてきそうです。
 
 さて、以上から、中年の初心者の皆さんが、恐怖を感じた時には

 ① それが日常の一場面になるほどに、稽古を重ねる。
 ② 呼吸を整える。

 この道筋を追いかけて努力していきましょう。
 恐怖は決して消えるものではありませんが、しかし上手につきあっていくことはできます。
 そして、今思うと、恐怖を克服しようとしていろいろな取り組みを行うことが
 実は技量の向上の役に立ちます。
 
 組手とは別に、道場のあり方自体が「恐怖」に支えられているようなところは別です。
 中年のデリケートなおじさんが道を追求できる場所とは思えません。
 さっさとよそへ行った方がいいでしょう。
 しかし、純粋に組手が怖いと感じているあなた。
 それもまた空手の味わいです。この味わいは、技の上達に欠かせません。
 怖いと思ったときは、あなたが伸びようとしているときです。
 ぜひ、頑張って乗り越えていきましょう。
 
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