2009年08月29日
子規の奥の細道。
司馬遼太郎の長編小説「坂の上の雲」の第1回が今年11月29日(日)から平成23年秋まで、スペシャルドラマとして放映される。
この物語の主人公の一人は正岡子規で、これから間違いなく子規ブームが起こるだろう。
その話題の一つ、ミュージカル「正岡子規」が来年4月から、愛媛県東温市の「坊っちゃん劇場」で上演される。
制作は秋田県の劇団「わらび座」(秋田県仙北市のたざわこ芸術村)で、脚本・演出はジェームス三木。
俳句の革新に命を懸けた晩年の病床を死神が訪れ、小説「坊っちゃん」の登場人物が出たり、子規が批判した松尾芭蕉と句を競うなど喜劇になるらしい。
病苦に耐える古武士のような子規ではなく、生き生きと笑いに包まれた子規の姿をぜひ見てみたいものだ。
この「わらび座」は有力劇団だが、秋田県の劇団がなぜ子規かと考えると、明治26年に俳句革新運動を始めた子規は芭蕉の奥の細道を1か月ほど歩いているのだ。
元禄2(1689)年6月、松尾芭蕉は「奥の細道」北端の地秋田県の象潟(にかほ市)に足を踏み入れ、有名な一句を残している。
「象潟や雨に西施(せいし)がねぶの花」
子規はこの象潟を通り越し、八郎潟を望む三倉鼻(八郎潟町)を訪ねて句作している。
「秋高う入海晴れて鶴一羽」
秋田県六郷町(現在美郷町)から黒森峠を越えて岩手県の町湯本温泉に入っている。
「蜩(ひぐらし)や夕日の星は見えながら」
「山の温泉(ゆ)や裸の上の天の河」
芭蕉の向こうを張ったこの旅で、子規は東北の地に元気な足跡を残しているのだ。
8月22日ブログ「忘れられた俳人たち」に一句があった。
「相蚊帳や見ぬ象潟のはなし声」 白川槙舎
「奥の細道」にある名勝象潟を詠ったもので、幕末、無名の俳人の憧れが透けて見えるようでとても面白いので再録した。