インド料理研究家 香取薫 日記

インド家庭料理からアーユルヴェーダまで、香取薫が語るインドなあれこれ

チェッティナードに魅せられて その2 【200食の調理現場潜入記】

トゥルシー
いよいよ200人分の食事の仕込み。
その前に、この旅の経緯は1つ前のブログ(長くて倒れると思うけど)をご覧ください。
チェッティナードに魅せられて  その1【旅のなれ初めとチキン65のルーツ】


・・・・見てきた?
もう疲れたって??ww

どんまいっ。

写真は古いお屋敷の中のトゥルシー(ホーリーバジル)の鉢。
チェッティナードのお屋敷には必ずあるそうです。
このことだけでも語りたいけど我慢します。
話そらしてる場合じゃないですわ。

イドゥリグラインド
私とChiliちゃん、前日に一旦下見。
彼女はチェッティナードのイドゥリがフワフワで柔らかく美味しい、その秘密を見たくてウキウキです。ドーサ用と別に浸水した豆を、現代ではグラインダーで挽きます。

これがね、いつまでもいつまでもどこまでもとことん挽くのよ。
わたしはケララでもウドゥピでも感じたけど、ウラッド豆って挽いてるそばから発酵してくるのよね、向こうの気候だと。
それを、もういいやと思ってもまだまだ挽くの。
それから更に一晩発酵させるというわけです。

昔の臼
これが昔の臼です。
手動でごろごろ。
いつまでもごろごろ。


たいへんだったでしょうね。
延々とごろごろ。

コーヒーフィルター
これも前日の仕事。
サウスインディアンコーヒーの仕込みです。

コーヒーに仕込み?と思いましたか?
伝統的なやり方ではこんなコーヒーメーカーでデコクションという濃いコーヒーの素を作るんです。
それにしてもこのコーヒーメーカーはお化けのようにデカイです。
私が買ってきたのは一番大きいサイズでも日本の茶筒くらい。
一晩かけてデコクションを落とすんですって。

感動とともに、私が思ったこと、それは
明日は絶対にこういうものをこぼしたりして迷惑かけてはいけないということ。

事務所ではいつもいろいろ蹴飛ばしたり引っかけたりして
「ひとりドリフ」やってるの。

見学のための動線もしっかりシュミレーション。
きりりっ。
本気はいると香取、大丈夫。

冬瓜おろす
ハルワーという練り上げて煮たスイーツを作るための冬瓜をおろしています。
これもまた、延々とやります。

この人ヒマというか飽きてるもんだからいろいろ話しかけてくれましたが、タミル語のしかも方言なのでChiliちゃんもまったくわかりません。

面白かったのは何か話しかけられるたびにChiliちゃんがチェンナイにいるご主人に電話して「この人なんて言ってるの!!」と聞くんです。

ご主人、そんな電話が日に10数回???
それでもご主人にも聞き取れないこと多し。
おそるべしインドの言語の多様性。

並んだ食材
翌日使う野菜がキッチンとホールの間の通路にきれいに並べられていました。
これはいいやり方です。

私もかつてインド人の家族として妹の結婚式などを仕切りましたが、調理人にどれだけの食材を渡したか、それをごまかされていないか、用意したものは新鮮か、使い忘れはないか。
そんなことが何の会話もせずに雇い主と料理人たちとがオープンに見てとれます。
ここにあれば誰も盗めませんし使うときに取りに行くにも近い。
ご主人が見ると思えば虫食いだらけの野菜なんか使えません。
なんのごまかしもできない、しかもスマート。

こういう小さい事が合理的に決まっているというだけで、インドではかなりインテリジェントだと思います。

夜明け前に到着
当日。
夜明け前に到着です。
ドライバーさん、明日は朝5時前に来てと言われて泣きそうになってました。
ごめん。
調理スタッフたちが「あ!この外国人本当に来た!」という顔で少し嬉しそうに迎えてくれました。

本当はものすごく綱渡りだったんです。
マダムの許可は得ていましたがそこはインド。
婚約する息子さんのご家族の女性に話が行ってなかったので、朝5時からの見学を断わられてしまったのです。
お忙しいマダムに泣きつくのは最終手段。香取49歳、なんとか自分の力で乗り切りたい。
Chiliちゃんも青ざめています。でも私たち頑張った。
ちょうどそこで新聞を読んでいたジェントルマンにビビビっときたので、世間話をして名刺など渡し自己紹介し、目的を告げ、どうしても調理の見学がしたいのですと話してみたら、
ビンゴ!その家の家長でした。
快くご許可を得て、2人で大喜び。インドは何ごともトップダウン。
そして運も実力のうち。今回はイケるというノリがあった。

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まず始まっていたのはコルカッタイ包み。
ポテト餡とスイート餡の二種類ありました。ギョーザみたいな感じで揚げたのと蒸したのを両方作ってましたね。
これはおそらく誰にでもできる作業なんだろうね、マネージャー氏(左端の大きな男性)やら中学生みたいな子やら、あとから洗い物や下働きのオバサンまで駆り出されてましたよ。
見に行ったらあまり上手じゃなかったよ。遅いし。
私がやってあげたかった(生意気)。

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その反対側では、親方とみられる親父さんがどんどんと時間がかかるものからカレーを作ってゆく。
若いのも無言でテキパキ働いてるけどこの親父さんの進める鍋の進行に沿っていたと思う。
香取、まずは離れて凝視。
混ぜるときの親父さんのリーチとか油などの危険物の位置とか鍋の通り道とかを確認しながら再現できるレシピをメモしてゆく。
真剣勝負の始まりです。

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前日、泊まっているホテルのオーナー(マダムの妹さん)からも、
200人分の仕込みなんか見ても実際に個人で作るのと違うんだから意味無いじゃない。と言われました。
まあ普通はそうなんだろうな。
だけど私は100とか200とか300とかの食数の経験はたっぷりあるの。
ポイントを見逃さず入れていたスパイスの種類が見抜ければ再現する自信がありました。
いろいろ話した後で、
「で、行くのね」と呆れられ
「Sure !!!」と大きな声で大きな目で返事。
彼女はついに笑い出し、
「I like this woman(苦笑)」と私の肩をポンとたたいて去ってゆきましたよ。

親方を見つめる香取
見れば見るほど、この親方プロでした。
Chiliちゃんの作ってくれた彼女のブログの動画にも出てきますが、キモの作業は外さない。香菜なんてインドの水で洗った後一旦刻んでしまったら即刻腐り始めるんだけど使う直前ちゃんと確認をする。
唐辛子のデコクション(香取の造語)作りも量をぴたりと決めてましたね。かっこいいなあ。


wスパイス(セイロンシナモン)
粉のスパイスは小さなバケツに入っていました。そこからお玉ですくってジャバジャバ目分量で入れてゆきます。早い早い。
インドの料理人の一番カッコいいところです。
でもメモとるのはたいへんよ、
邪魔しちゃいけないからね、料理教室じゃないんだからいちいち聞けません。
これはホールのスパイス。
チェッティナードフレイバーを出す秘密たち。
解る人は解りましたね。インド料理として大きな違いがあります。
セイロンシナモン使ってた!!!!(割って香り確認済)
さすが海沿いからの移住なのだ。

親方とコーヒーブレイク
そして親方が一息ついたときに、言葉は通じないけど、各鍋に入れたスパイスをスパイスコーナーから1粒ずつ手に乗せて鍋の横で親方に見せて、
「これに入れてたのはこれで全部か?」という顔、をする。
親方、興味深く覗いて、合っているのでうなずく。
「こっちのはこれでよかったか?」香取再び聞く。
親方、「これが足りない」と1粒持ってきて足す。
そんなやり取りを経て、私が観光客じゃなくて料理人なんだってわかってきたみたい。
しまいにゃー親方がコーヒー淹れてくれただよ。うっしっし。

職人の爺さんと
このおじいさんはね、やはり難しいキメの調理もやってたからベテランさんですね。
このチームがすごいのは、時間ぴったりに温かく仕上げたこと。
ドーサもワダも冷めてなかった。
プーリもパーンと張ってしぼんでなく、サックリしてた。
パニヤラムの形も美しかった。
たぶんかなり信頼されて任されているのでしょう、流れるような動き。誰も怒鳴らない誰も焦らない。
そして時間ぴったり。

ココナツ削った殻
だいたい、こんなにココナッツ割るのも削るのも、嫌になっちゃうよね。
北インドじゃ正当な料理人修業では石ミルでのマサラ挽きを三年やるって友人のシェフのナシームが言ってた。
挽きながら先輩の配合を自分で勝手に学ぶんだって。誰も教えてくれないって。

はあ。ごめん、まだ続くの。

これからは料理の写真よ。

ペッパーイディヤッパン
巨大蒸し器ではイドゥリの前にまず果てしなく大量のイディヤッパンが蒸され、それはどんどん大きなたらいのなかへ。
これすごい量なのよ。この容れ物すごく大きいんだからね。

たくさん溜まったらそこに胡椒やカレーリーフやら味付けして、千切れてしまってもかまわずグルグル混ぜます。
チリチリになって味もついてまったく別なものになりました。

ペッパーイディヤッパンと呼ばれていました。

イドゥリ蒸しあがり
イドゥリです。

この量を淡々と蒸しつづけます。タイマーないのに時間ぴったりに蓋あけます。
布から剥がすのもするっとうまくいく。
蒸し足りてなかったり温度が下がりすぎたりするときれいに剥がれないのにとても上手。これはたぶん専門職なんだろうな。
オーケストラみたいに、打楽器じゃないけど蒸し物って分野なんだと思う。


ドーサ
はい。ドーサもどんどん焼けるよー。

一人分ずつのミニサイズ。他のものもたくさん食べるからね。
これくらいのサイズで焼き立てをどんどんくれるほうが確かにいいわ。
Chiliちゃんの動画をみると、鉄板の温度慣らしに水かけて、あるもので鉄板を撫でていて・・香取はツボでした。
すてきだとおもった。

女性並ぶ回廊
婚約式がはじまるというので、私たちもサリーを整えホールへ。
昨日見学の許可をくださったご主人が入り口でお客様をウェルカムしてらっしゃいました。
やはり私たち、一番重要な人を捕まえたみたいね。うふ。
そしてホールには着飾った男女がびっしり。
1つ気付いたのは、子どもの姿がなかったことです。通常インドではこんなファンクションの席は走り回るガキンチョ・・いえ、お子であふれ返っています。
ここでは、大人の席には大人だけ。
拝火教徒が例えば35歳とか年齢がおちくつまで結婚しないように(だから子どもの人数が極端に少ない)ここにもなにかそんな匂いがします。
婚約は、この婚約を認めますと参加者全員が署名をします。花嫁はいません。結婚するまで婚家には入れないそうです。全員が署名し終えると僧侶が呼ばれマントラと共にそれを読み上げて儀式は終り。ダラダラ長くやりません。
違う・・・普通のインドの社会と全く違う。
一族が認めたかどうかで結婚が決まり署名が残る・・・・・
うーーーーん。どうなんだろ、これ離婚しにくいな(そういう問題っ?!)


お食事スタート
お食事がスタートしました。お隣の中庭で30人位ずつが入れ替え制。早朝コルカッタイを包んでいた人たちや野菜を切ってた人たちが給仕で大忙し。
女性と男性に向かい合って別れて二列でいただきます。
食べ始めがスイーツだったり、いろいろと面白い。
もちろんものすごーーく美味しかったのですが、

なにしろ香取、すっかり厨房のマドンナ(自称)と化していたため、
つまみ食い・・・じゃなくって、貢がれ食いばかりやってたもんだから・・・

だって・・・揚げたてはうまいっす。

女性たち退場
女性たち退場。
アップで写真に撮るのはさすがに差し控えましたけれどとにかく女性の貴金属がすごい。
銀行業が主と言われるコミュニティーだけのことはあり、女は皆「歩く金庫」!

一流ホテルの宝石店のウインドーにライトが当たって飾ってあるような、総ダイヤモンドのチェーンと巨大色石、
というようなネックレスの本物を、

全員が、

お召しです。

ここまでなのは初めて拝見ですよ、まったく。

メニュー会議
興味深かったのは、近しい親族の女性だけが集まって食後にこのカップルの結婚式に出す食事のメニューの話しあいが始まったこと。
もちろんヴィサラクシマダムが最上の上座です。
おもしろいから末席で混ざってみました。
タミル語になったり英語になったりで半分くらいは聞き取れました。
あれが食べたいこれが食べたいとみんな好き勝手。
北インドのパラタどう?おいしわよーという人には「それって何?」が殺到。
これこれこういうものよ、と解説する横から「高く付きそうね」
しばらく勝手に話させた後マダムがたまに
「話がそれたわ、戻してちょうだい」とピシリ。
翌日マダムにインタビューに行ったときにこの会合のことも質問してみました。
これはここの一族が特にグルメなので毎回やっていて、たいへんなのですって。
どうやらマダムにはどうでもいいことみたいでした(笑)


引き出物
これが帰りに配られた引き出物。
ステンレスのボールにビンロウジュの実、ビンロウの葉(パーン)、
キャッシュの入った封筒(21ルピー)
インドではぴったりの金額にしないで最後に1ルピーを足す習慣があります。
そういえばチェッティヤールの人たちは結婚のダウリ(持参金品)のなかに食器や鍋などの台所の金属製品を50セットか100セット、どちらかを持ってくるとのことです。
なぜか51セットではなく50。99じゃダメで100。
うんうん、すごくコミュニティーに特徴がありますね。

ミュージアム
マダムはご自宅のお屋敷(くどいようだが実情はパレス)を文化継承に役立てようとされています。
二階の細長い回廊スペースに、こんな博物館を作られました。

チェッティヤールの人々の歴史が詰まっています。
単なる民族歴史館というよりは、
人の手間やセンスにあふれた空間です。


トラベラーズキッチン
そのひとつの例がこの「トラベラーズキッチン」
旅行中の煮炊きに必要なものがコンパクトに詰まり、背負えるようになっています。
旅しつつビジネスをしていたんですね。
こういうミニチュアな丹精な世界って日本人も得意とするところですよね。

装飾ココ削り
包丁とか、ココナッツ削りにもアンティークにはこんなに装飾が施されています。
美しく飾るのは建築だけではないのです。
この美意識はインドでも最高のものなのではないでしょうか。
インタビューでマダムに質問してみました。
建築などへの美意識、装飾への情熱の源は何なのでしょうかと。
マダムの答えは、
ここは今でこそダムができたりして水運が変わったけれど昔は砂漠と言ってもよいような場所だった。緑がない。景色が乏しい。
すると人は自分の周囲に「美しいもの」が欲しくなるのだと。

同じ事をラージャスターンの砂漠でも感じたことを思い出しました。
かの地では派手な派手なサリーが灼熱の陽射しと砂漠に映えます。
けれど住まいや生活は地味。
両者の違い、やはりそれは財力だけなのでしょうか。

・・・教育ですよね。とてもとても大事なことです。

クリシュナWエンジェル
こういうデザインがほんとうに、チェッティナードの面白いところです。
ヒンドゥーの神、クリシュナに羽が生え、エンジェルと一緒に昇天しています。
素材はミラー、グラスカッティングまたはガラスエッチングのような加工。
きれいです。

城塞の遺跡
すぐ近くには城塞もあります。
一面が見渡せ、大砲があります。
見渡すと、生活用水のための人造湖や貯水池がたくさん見えて、津波から逃れるために移住してきた際の苦労が偲ばれます。

Kバターボール似の石
そうそう、マハーバリプラムで見た「クリシュナのバターボール」と同じような不安定巨石がここには3つもあったっけ。


次回につづく。チェンナイでチェッティナード料理を習います。

【ねぎらい】ここまでよくお読みになりました。長かったでしょう。
休んでください。

チェッティナードに魅せられて その1【旅のなれ初めとチキン65のルーツ】

ニューハウス
チェッティナード料理って聞いたことありませんか?
南インドTamil Nadu州の料理で、グルメなインド人なら目を輝かすという通な料理です。
またはチェッティナードは土地の名前でもあり、チェッティヤールという銀行業などで世界的な財を成した一族のホームタウンでもあります。
このブログの最後にチェッティナードのことがよくわかる動画を貼りました。
ペイズリー帰国子女スタッフががんばって訳し香取が補足し、それも貼りました。聞き取れなかった単語もありますが、かなり参考になると思います。よろしかったらまずそれをご覧ください。

出会いは・・私が過去あるときチェッティナードのドライチキンを食べたのです。そのとき、その香りと味が何をどうしてどうすればこうなるのかが全く解らずしかもノックアウト級の美味しさで・・・いつか必ずこの謎を調べる!と誓ったのでした。
でね、今思うとあの料理は有名なチキン65の原形です。詳しくは動画を見てね。

ところがこの町は建築でも有名でした。この写真はかつてのチェッティナードスタイルの邸宅にきちんと手を入れてある有名なお屋敷です。
ああ、何から話せばいいんでしょう。私たちここに泊まるはずだったんです。

でも地図でみるからにそこはとんでもない田舎で、周囲には何もなく、そこにだけなぜこのような食文化や建築があるのかが、全く解らない不思議な場所。


チャトニバー
スリランカでツアー一行と別れた私はそのあと単身チェンナイへ。
初日の夜まず今回一緒にフィールドワークをしたChiliちゃんとチェンナイにあるチェッティナードレストランへ。
これはそこの、なあんと「チャトニバー」!!ワゴンでやってきて、欲しいだけ取ってくれるのよ、チェッティナードのチャトニが20種類食べ放題!!
何気なく一種類を頼んでそのまま会話に戻るchiliちゃんにまず、香取あきれました。
「あなたねっ!いくらチェンナイ在住でインド料理に困ってないからってね、この、今目の前にあるチャトニバーが日本のインド料理ファンが泣いてひれ伏して拝むほどスゴイってわからないのっ!」
「はーー?」(彼女の口癖w)
「いいわ。とにかくね、私は今感動してるの。このチャトニバーだけのためにでもここに来る人絶対いるわよっ」
「はあ・・・」

in car赤パンジャビ
chiliちゃんのお家に泊めてもらって積もる話などもしながら夜は更けて。
チェンナイでの料理修業の話はまたあとから書きますね、まずは2人で「いざ!チェッティナード」
タミルナードゥは広い広い。まず飛行機でマドゥライへゆき、お迎えの車に乗り田舎道をすっとばすこと約3時間。それまで2人でメールをあれこれプランして・・だけどインドらしくどんでん返しの連続で、それでもやっと待望の地を踏む充実感といったら!

このブログはとっても長くなると思います、でも書きます。書きたいんです。お付き合いください。

cマンション1
マドゥライから車はどんどん奥地に入り、バードサンクチュアリを抜け、野生の孔雀とかが歩いてたりする「This is 大自然〜」なエリアに入り、
するとイキナリ付近には全く無かった大きな街!
さらに行くとどでかく古いお屋敷街!

マンション3
あっちにもこっちにも、一定の特徴を持ったインドと西洋をミックスした大きなお屋敷・・・それが有名な「チェッティナードマンション」でした。

手入れが行き届かないお屋敷
今では手入れが行き届かず寂れたものがほとんど。

そもそも、チェッティナード料理の修業がしたいという香取のためにchiliちゃんが駄目元で交渉してくれたのが、一族のトップに君臨する(と言って過言でない)マダム・ヴィサラクシー・ラーマスワミーでした。何がどう繋がったものやら幸運なことに直接マダムの助けを得て、マダムのお屋敷に泊まる手はずに。
そのときチェンナイ在住の有名料理家Viji先生ですらぶったまげて、
「あのかたの所に!信じられない!」
「きっとスゴイお屋敷なんでしょうね」
「お屋敷じゃないわよ!パレスよ!」

実際に行って見たらやはりパレスでした。部屋は60以上、窓の数は1000以上・・・
それが一番上の写真です。

雨期の田舎道
そもそも雨期のタミルナードゥ、田舎道はこんな感じなんです。
歩くなんて無理。夜は明かりもありません。地図もちゃんとない。迷惑かけないように車を雇って動きます。
節約のつもりで歩くなら行かないほうがいい。
サソリやヘビに対応できません。たぶん動物もいるよ。
今回は本当の本当の上流階級のかたにお世話になるわけで、しかもやはりオープンな雰囲気のコミュニティーでもありません。アポイントを秘書のかたからしっかり頂き身なりも整えそしてインタビューも何しに来たんだかと思われないような内容の質問ができるようでないと。
これは若い頃の私には無理でした。この年になり可能なことでした。
インドのコミュニティーは外国人ゲストに表面的にはよく接してくれます。けれど突っ込んだ取材や調査をするには内側の細かいマナーなどがわかってないと話になりません。
私がインドとの国際結婚経験者であることも今回とても役立ちました。もちろん現役在印邦人マダムであるchiliちゃんとのコンビだったことも良かった。
それでも私はチャンナイで、マダムの取材をしたことがあるジャーナリストの女性を事前に単身訪問してチェッティナードのことやマダムのことを事前勉強しました。この時点でもう、英語でパニック寸前でしたが、やりたい事がある情熱ってすごいですね、なんとかなるもんだ。
本当に不思議とchiliちゃんを通しいろいろな縁や運がつながり可能となったのでした。

エントランス
古いお屋敷のエントランスはこんな感じです。
ここでマダムのご親戚の若い人の婚約式があったのです。
私たちはそこに呼んでいただき、そして婚約式で出る200食のご馳走の仕込みを前日から見学させていただいたのでした。
当日はなんと朝5時から出かけてゆきました。

タイル
チェッティヤール建築の特徴のひとつ、幾何学模様のタイルです。
このデザインが敷き詰められたときにハッとするほど生きるのです。


ジャパニーズタイル
ジャパニーズタイルです。実際日本で焼かれ、輸出されたものです。
こういう洋風趣味な、少し東洋テイストなものが喜ばれていたのですね。
チェッティヤールの財力がまさか日本にこのようなものを発注していたとは。

チェティヤール籠
チェッティヤールの人々はとても独特な鮮やかな色彩感覚を持っています。
これが籠なのですが、とっても素敵。
マダム・ヴィサラクシーは、このような伝統手工芸で女性の自立を支援しているのです。その功績が認められ表彰され去年は雑誌の表紙にもなりました。
とても聡明なパワフルな素晴らしい女性です。

サリー選び中
このように、サリーの柄や色彩も特有のものです。
私はサリーのデザインを選びながらスリランカの伝統織物の柄との共通点に驚いていました。
あとから、スパイス使いにも共通点があることがわかりました。
スリランカ帰りだったからこその発見だったかもしれません。
そしてその疑問には鮮やかな答えが用意されていました。
下の動画を見ればわかります。
チェッティヤールの人々はスリランカ寄りの海岸からの移住者たちだったのです!

マダムと

この方はマダム・ヴィサラクシー・ラーマスワミー。
髪を剃って行う伝統のプージャ(ニームの葉だけでできたドレスをまとった女だけでその儀式のゆかりのお寺で行うお祈りの儀式)をされたばかりで剃髪されていました。
お写真を撮ってもいいですか?と聞いた私に一瞬
「髪がこんなだから・・・」とおっしゃったものの、
「ちゃんとそのプージャのあとだったことを添え書きします。とても素晴らしい伝統だと思います」
と言った私に対して一瞬考えすぐに頷いて
「わかりました、そうね、撮りましょう」と。
判断が速くてすっきりした思考の女性であるとよくわかりました。
このマダム、わたし大好きだな・・とときめきながらのツーショット。

重い木彫りの扉
マダムは一族の長であったご主人に15歳で嫁ぎ16歳で女の子を出産。そのあとは子どもに恵まれず、ご主人が先立たれるまで長く大奥様としてこのような見事な木彫りの扉(これもチェッティナード建築の特徴のひとつ)の奥で生きてきました。
雑誌のインタビューでは「その扉はまるで牢屋の扉のようだった」と、古い時代の女性の生活を語っています。
才能ある男たちが財を成す。女たちは屋敷の奥にいるが、女たちの才能もまた計り知れずただそれを発揮できないできた。これからの時代は変わってゆくべき。
これがマダムの主張ですが、これは普通の女性がいい出してもインドの世間は動きません。
マダムのような、トップにいる女性だからこそ、周囲が何も言えないのです。
未亡人になられてからのマダムの精力的な活動はまさに国から賞を取るに値します。

バンガラの部屋
実はマダムはチェンナイ在住。チェッティナードには親族の婚約式のためにやってきました。その到着が予定より遅れたため、私たちはマダムのお屋敷(というかパレス)には泊まらず、マダムの妹さんが経営されている古い邸宅をリノベーションしたホテルに宿泊しました。
結果的にはこれが良かった。お屋敷には連日通い中はしっかり見学できましたし、このホテルにはそれはそれで料理を習ったりさせていただきました。

ランチ@バンガラ
ホテルのランチは純南インド式。すっごくおいしかった。
ものすごく寛いで泊まりました。ランドリーも半日できれいに仕上がるなんて、こんな田舎町では普通ありえません。凄腕の女性マネージャーがいて何もかも快適。

ポロタのばす
でもですね、何だかケララの料理が多いの、で聞いて見たらケララからの出稼ぎの人がキッチンには多いらしい。でもってこれはキッチンスタッフと一緒にケララポロタを作って遊んで・・・じゃなくって勉強会してるとこ。私が生地を伸ばすだけで喜んでくれました。
厨房のひとたちとももっと仲良くなりたかったな。あと2日くらいいたら一緒にキッチンに立ってたねたぶん。彼らもだんだん私の事解ってきてくれて、帰る日のランチにはチェッティナード伝統食を用意してくれて「これもあるけど食べる〜〜?」ときたもんだ。
食べるに決まってるっしょ!もーそれ作れるならもっとはやくやってよー!

さあ、ここまでがイントロダクション。
長いブログでごめんなさい。

これはね、もうオタクの世界なの。
突っ走っちゃったの今回。
呆れた人も惰性でここまで読んでしまった人も、
この動画は観たほうがいいよ。

そして次回はようやく、チェッティナード料理の修業のお話。

では、以下、チェッティナードのことがよくわかる動画とその翻訳です。
これをご覧になれば本当のチキン65は干した肉からつくらなくてはならないことがわかります。
そして私が初めて食べて感動したあの味は確かに、干した肉独特の歯触りや旨みでした。

貧しい土地で保存食として肉を干した。そして海外へ出て仕事をする事が多かった。
航海には軽く持ち運びやすく保存の利く干し肉が最適だった。
そしてそれはチェッティヤールの人々のフレイバーで料理された!!

そう、本当のチキン65のレシピは単なるスパイシーな唐揚げではないのです。




チェッティナードにようこそ

チェッティナードは 大きな古い邸宅(mansion) その独特の食 また受け継がれている文化などで有名。
75の村(village)から構成され 約70キロにわたります。
カライクディはその代表的な地域で 中でもカナルカタン村はチェッティナードの邸宅のある村で、近年インド政府により遺産として登録されたため重要な地域です。
チェッティナード カナルカタン村は Madurai Tiruchirappall Thnjavukそれぞれの街から約80キロに位置しています。
11,000以上の古い邸宅があり、その多くが、チェッティナードの人々がインドの他の都市や海外に住んでいたころに得た富で建てられ、バハマ・マレーシア・セイロン・インドネシア・シンガポールなどの海外とのビジネスにより富を得た時代に作られたものです。
第二次世界大戦勃発をきっかけに、海外とのビジネスは破綻し、チェッティナードに人々が戻ってきました。ただ チェッティナードは水不足の影響で農耕や産業には向かない土地柄のため、仕事を求め、チェッティナードの人々は大きな街へ出稼ぎに行った。ただし、家族の行事や寺院の祭りなどに必ず戻るので、邸宅のメンテナンスはなされていたのです。
ナガラタークスともよばれ9つの寺院があります。
・Iraniyur
・Ilayathangudi
・Valravanpatti
・Velangudi
・Mathur
・Pilliarpatti
・Nemam
・Soorakkudi
・Iluppakudi
もともとチェッティナード人はチョーラ王朝時代、海岸沿いの「カヤルパティナム」(Thanjavur=タンジャーヴールの近く)に住み、ビジネスセンスに定評があった。特に、船乗りたちは遠く広く取引をしていた。男は外で働き、女性と子供は家に残っていた。あるとき 男たちが外へと出ていた間に津波に襲われ、男たちは家族を失ってしまったのです。
そのころ、チョーラキングの取り立てが機になり王朝のもとで、ビジネスの再建と繁栄を試みた。
村は72となり、チェッティナードとなった。現在のチェッティナードとなった。
海からの影響が多大だったことから、海から遠く、降水量の少ない地域を選んだのにもかかわらず、警戒心から、邸宅の1階部分は地面から4〜5フィートのところに作られ、中庭と他の居室には1フィートほどの段差が設けられ、水の浸入を防止した。
雨水は水路をとおり街の低い位置にある池に流れ込む様に整備された。
第二次世界大戦をきっかけに、人々はチェッティナードに戻らざるを得なくなった。
人々は充分な資産や収入を得ることができなくなってしまった。人々は大邸宅ともに残され、生活はままならなくなった。
チェッティナードは降水量の少なさから農耕や産業に適さないため、やがて人々は他の大都市へ移り住み、子供には熱心に教育を施した。現在その子供たちは成長しエンジニアや医師や高い教養をもつ世代となり、インドの年や海外にも多く暮らしている。しかし、チェッティナードの大切な役割がのこっている。例えば結婚式や還暦おお祝いや家族の行事などには、今でも邸宅で行われている。

マンションの説明
この100年前のマンションは、人工大理石ででき、100部屋 チェッティナードの生活様式に則り、SARラーマスワミー・チッティヤールという高名なSA家により建てられたもの。
1902年に建設が開始され完成までに10年を要した。
4万平方フィートの広さにおよび、角部屋はそれぞれ念入りに仕上げられている。
ビルマの木、イタリアの大理石、イギリスの鉄を使っている。
10年以上の歳月をかけて建設された建物は、大変な労力がかかっており、ほとんどの資材は海路で運ばれた。木はビルマから、大理石と御影石はイタリア、鉄はイギリス、タイルは日本から、またその他の資材も世界中から取り寄せた。
近くに港はなく、トラックなどの車両もない時代、働き者の男たちによって牛などに荷を積んで目的地まで運ばれた。
その正確な仕事ぶりは、柱や木造部の完成度の高さや全体のデザインや建築そのものからも分かる。
邸宅に入ると、まず前庭の横をとおる。そこには、伝統的なトゥルシーの木があり、ポルチコにつながる。ポルチコの先には美しいベランダがあり、その奥の大理石のホールへとつづく。この大理石ホールの床は白と黒のイタリアの大理石。柱は黒く輝く大理石で作られている。結婚の間(marriage hall)と呼ばれている。
このホールの先にメインの中庭があり、2階建ての造りは、1980年代初頭バーミングハムから輸入された鉄の柱で支えられている。
2階部分のベッドルームは絵などの装飾はなく、バスルームが付いていて、角室には共有の長く広いバルコニーへの出入り口があり、そこから村を一望することができるようになっている。ここからは人々の日常生活を見ることができる。
バルコニーからは、近くのほかのマンションのチェッティナードのスカイラインをつくっているすばらしい屋根の部分も見える。
メインの中庭の奥にはまた別のホールがある。
そのホールの先にはさらに中庭があり、その中庭は通路に囲まれ床には手作りのタイルが敷き詰められている。
中庭の両側には2つの大きなダイニングルームがあり、現在1つはミュージアムとして、またもう1つは視聴覚室として使用されている。
中庭を囲んでいる柱は厳選された資材で作られ、前庭の柱は石灰と卵黄、結婚の間は黒い大理石、メインの中庭に続く通路の柱は45本の「?の木」でできており、他の木より加重に耐え、磨くと光る。
2つめの中庭の柱は鉄の1/3は石造りである。
フロア材も石灰・大理石・タイルやレンガなど庭ごとにちがうものが使われている。
また金属製の板はあちこちにはめ込まれている。

チェッティナードの食について
アジア中で有名なチェッティナード料理は、今では世界中で知られる料理となりつつあります。
チェッティナードの人々が世界中を旅したことにより、様々な材料を持ち帰り独特なレシピが生まれた。ほとんどのチェッティナード料理にはスパイスが使われているが、スパイスのフレーバーを引き出していることが大切な要素である。
米や豆、麦や穀類を基本に、シナモン・クローブ・カルダモン・カスカス【注:ポピーシードのことですがこの写真は粒が長く大きく不明】・胡椒・ベイリーフ【注:テージパッタではなくヨーロピアン種の写真になっているのが正確なのか不明】などのスパイスをあわせる。
チェッティナード料理は素材にバリエーションがある。
例えば、色やサイズに違いのある様々な種類の米や、砂糖にも精製糖やジャガリやカルパティなどがある。
【注:正確にはカルッパッティーは砂糖椰子(パルミラ椰子)から作るジャガリー(画面の右側)、左側がサトウキビのジャガリー(ヴェラム)です】
パニヤラム・クニパニアラム・コルカッタイ・チアムはたくさんあるチェッティナード料理独特のスナックのごく一部です。
チェッティナードチキン・ウプカリー【注:去年『食楽』誌に紹介したウプカレー、チェッティナード料理だったのです】・オクラのカレー・・・などは独特なサイドディッシュです。
デザートでも甘いコルカッタイやパニヤラムなどが代表的です。
食事はバナナの葉で供され、ビンロウは消化を促すために噛みます。
研究者によると、世界中で有名なチキン65という料理もチェッティナード自慢料理の1つといわれている。
チェッティナードの人は、チキンを防腐剤とともにマリネしたあと日干しで乾燥させ、その軽くなった肉は持ち運びに適し、調理しやすいため、航海中のキッチンでは重宝した。このチキンは65日間悪くならないということから、チキン65と呼ばれるようになったと。

【ご案内】
次回のブログの予告はchiliちゃんのブログ でみる事が出来ます。
私が食べすぎで困っている顔はスルーしてください。.

12人でのし歩いたスリランカ その3【ココナッツ農園で大宴会】

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いよいよスリランカ旅行も大詰め。
今回はペイズリーの生徒さんとの旅でしたが、同じ飛行機便でスリランカ料理本(河出書房新社より6月に出版予定)のスタッフも勉強のためにスリランカ入り!違う日程で動いていましたがキャンディー近郊でお互いがすれ違う日があることがわかり、双方のドライバーさんが携帯で連絡をとりあって見事ご対面〜〜!
カメラマンと編集とスタイリストの三名の女性、自腹で旅して本のイメージ作りとはスゴイでしょ。ちゃんとした食文化やその国のイメージを伝えたいという意気込みが伝わりますか?
これはそのほんの5分の逢瀬の間に本の中で使うための香取@スリランカの写真を撮ろうとしているところ。出版のあかつきにはこのイメージのカットを探してみてね。

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珍しいからこの写真も。
この実、猛毒なんです。食べると自殺できるので田舎では昔から命を絶つために食べる人たちがいるそうです。とても苦くて致死量食べられないそうですがあるものと一緒だと食べられてしまうのだそうです。おいしいフルーツもあればこういう実もあるのですね。やはり旅行者が興味本位でなんでも口にするのは危ない。地元の人の案内がいります。

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では旅の最終日、通常の旅では絶対に味わえない素敵な経験です。
友人のぶっちさん(岐阜出身)のご厚意で彼女のご主人の経営するココナッツ農園の中に入れて頂いて、地元のお料理上手な主婦の方々が作ってくださる土地の料理を特設テント@ファームのど真ん中で振る舞っていただきました!
なにしろ広い広い!
右も左も360度ココナッツの畑が延々と続きます。
心配していた雨もあがって・・・・

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当初はね、私とぶっち(以後ぶっきーと呼ばせていただくわ)さんの素敵すぎる計画ではね、
このココナッツ運搬用のトラクターで、この荷台にうちらを満載にして、表の道からゴトゴトと畑に入ってゆくというはずだったの。
でもね、雨でね。
うん、まあいいや。次ね ( ̄ー ̄)ニヤリッ

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ウェルカムのタンビリです!
ココナッツウォーターを飲むためのココナッツ、タンビリ。そのなかでもぶっきーご夫妻が選びに選んでくださった最上等品だよっ。ものすごくめちゃめちゃおいしかったんだよ!
香取、今まで飲んだ数知れないココナッツのなかでこれがもう文句なしの最高のココナッツ。
この準備だけでもお心尽くしが伝わりますって。
一同これを堪能しまして・・・・

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調理場などをチラと見学に。
作ってる作ってる!
なんだかわかんないもの、作ってる!
このメニューも、練りに練ってあったんだよ。
ぶっきー、実はものすごいもてなし上手なんだから。
ご主人(河内弁ペラペラのスリランカ人でイケメン)にあれこれダメ出しされながらもなにがいいか、ちゃーんと用意は完璧だった。


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これが特設テントよ!
わたしたちのこの一食のためにしつらえてくださいました。
ビールやジンジャービアを冷して、運んでもくださいました。
手を洗う水からデザートまで運び込んで、トイレの心配もしてくれて、ほんとうにほんとうにありがとう!

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じゃーーん。メニューはね、なんと事前から予約して手に入れてくれた山羊肉のカレーとターキーのカレー。これは予約しても手に入るかわからなかったの。
あとポロスというジャックフルーツのカレー。ご存知の人もいると思いますがこのフルーツ、上手に調理されたものは肉か魚か、、とにかくノンベジの味がするんです。それを、ポロス・アンブルという酸っぱいスタイルで。
そして「デル」ブレッドフルーツ(パンの実)のカレーです。めっずらしーーー。
あとはパパダムとキリホディ、


そして・・・・・・


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Labukolaというかんぴょうの種類の植物の葉で包んで揚げたモルディブフィッシュ味の練りもののスナック・・・・

これがもう、・・・・

かとり、過去のスリランカ料理での最高の味でしたの。
ああああーーー食べたいよーーー
食べたいよーーー

超美味。
もう、倒れるから。


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でもってマッルン。葉はアグナコラという、香取が前年の料理修業で感激したアーユルヴェディックな葉っぱ。ものすごく身体にいい。特にお腹にいいのだが、定期的に食べると寄生虫の予防にもなるというすぐれもの。苦さもすごいけど、ちゃんと料理が上手な人がつくるととてもおいしい。

サンスクリット名がそのままこういう風に薬草の名前にそのままついてるんだね、
アーユルヴェーダを勉強した人ならアグニの葉で何のことかわかるでしょう。

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これはまあ、
衣装はワケアリにつき・・・

さらっと。 (笑)

香取&ぶっきーの記念の写真なの。深く考えなくてもいいわ。
これに隠れたストーリーは長すぎてね・・・・
知りたい人は直接わたしに聞いてね。


あ、イケメンの河内弁夫さまが写ってましてよ。

あとこのKちゃんのほかかわいい2人のチビッコがいるのだけどやはりネットに顔出しはやめておくわ。でもものすごくかわいいんだよ。
ここに写ってないけど、この日はイエスタデイ伊藤さんも息子のTくんと一緒に参加してたの。

ああなんて楽しかったことでしょう。

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最後におまけ。

スーパーで売ってたヘアーバンドよ。

なんで、吉永さゆり??? Σ( ̄ロ ̄|||)

というわけでこのあとまた、ぶっきー様ご計画の買い物三昧プラン&最後の夜の「屋台っぽい料理@おいしく清潔だけどモロ地元の味な店」による晩餐を済ませ、一同は空港へ。

そして香取はぶっきー宅にてお泊まり&くっちゃべり大会を楽しみ、翌日は新しくできた英国式フィッシュマーケットを見学し、3人のチビッコと楽しく戯れ遊び、ひとりチェンナイへ向かったのであーーる。

ぶっきーご夫妻とイエスタデイ伊藤さんに心からお礼を!!
ありがとうございました!

そしてお世話になったサミーラ一家のみなさん、ありがとう!!
みなさんのおかげで素晴らしい旅でした。


12人でのし歩いたスリランカ その2【食べ物&お勉強編】

DSCF2614はいっ、二回目です!
ブログ書き始めたらこっちが楽しくなってしまった香取は本日原稿の締め切りを忘れています。
クリスマスだから大丈夫です!

写真は、ホテルのブッフェでのアーッパ(インドのケララ州ではアッパム)焼きコーナー。
たくさん並んでます。

「これは何を焼いてるところ?」
と、もし香取が聞いたら、

「アーーッパー」

と、ジャイアント馬場の声で答えるんですよ、教室でこれができた人には何かあげましょうね。

・・・・さて、力が抜けたでしょうか!?
ではどんどん次の写真にゆきたいと思います!!


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わたしの師匠です。コワオモテないい男です。
サミーラ宅にてこの日は全員弟子入りです。

料理するとき師匠はすっごく手が早いです。
おそらく若い頃女性にも・・・・

いやいやいやいやーーー師匠に限ってそんな。

とにかく料理が旨くできてばっちりキマると、
ニヒルにニヤッとするところが好きです。

師匠、今回はすごく珍しい料理も用意してくれましたのでご覧くださいませ。
【一応予告】
真ん中あたりに閲覧注意なお肉の画像あり。ベジタリアンさんは読み飛ばしてください。

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これは何かと言うと!

ビンロウ椰子の花、というかツボミのなかのエノキダケですっ
(・・わかりにくいにも程がありますね・・・汗)
でもエノキに食感はそっくり。
原形はこのページに出てきます。

とにかくね、サミーラ一家やガイドさんなど、スリランカ人も全員が初めて食べたって。

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これができあがりですっ。
バカウマですっ。

そう、わたし師匠がドヤ顔で「これを作る」とおっしゃったときからときめいてました。
あなた様が自慢気なときは本当にすごいんですもの。

あ、関係ないですけどね、上の写真にちらっとコーラのペットボトルが写ってますね、半透明の白い液体が入ってますね、

・・・採れたての「椰子酒」なんです。はい、トディーでございます。
これもまた、ものすごく珍しいもので、田舎ならではの100%天然のすごい贅沢品。
今回のメンバー酒豪が多かったので、私は「勿体ねえ」と思ったのですが、なんと鼻の利くやつらなんでしょう。これをぐびぐびと回し飲み。
「えっ、なにこれ、うまいっ」ときたもんだ。
わかってたのでしょうか、それがどんなに贅沢なことかって。

っつーか、そんなもん調理台になんであるんだよ!サミーラ!!
(インドじゃありえないこのユルさ、結構好きですけど)

料理教室のはずが、3品目くらいからはノートをとっているのは香取だけ。
みんな座って赤い顔をしてるじゃないですか・・・ま、いいか。

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バナナの包葉(花序)の中心のみを使った料理を作るところ。
花序って珍しいですけど、私はあんまり美味しいものじゃないと思ってたんですね。でもこれは違った。秘密はココナッツビネガーを使うところだと思う。
今後バナナ花序の料理はこれにする。

花序
ちなみにね、紫色のツボミ型のやつを私も昔はバナナの花だと思ってた。でも花はこの写真でいうところの根元から出てる白とオレンジ色っぽい小さな点々とたくさん並んでるの、それがバナナの花。
花の根元がどんどん長くなって実になる。
紫色のツボミ型部分(可食部分)は花じゃない。包葉または花序が正しい。

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お次ぎはなるほど〜と唸った魚の下処理。
この辺り(ベントータ付近)はサスガに魚使いに慣れている。この日用意されたこの魚。
つぶらな瞳がとてもかわいいでしょ。コラリっていう名前なの。
見れば見るほどかわいい。
クチビルも、かわいい。かなり好みな顔。

でもね、うえの方にもう一匹たてかけてありますね、
頭が削いであります・・・なんだかかわいそうですね。

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それをこんなふうに切るのーーーー
頭を削いでから、ヒレも尻尾も勿論ワタも切り取って、エラの部分はもぎとって、ウロコを取って切れ目をいれて・・・・

目は残す のよ〜〜〜

目の周りが、おいしいからよ〜〜〜

ごめんなさい、ごめんなさい、こっち見ないで。
ちゃんと残さず食べるね、ありがとう食べられてくれて・・・・
だからこっち見ないで〜〜〜〜。

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今度は干し魚。
こんな風にして売っています。切れ目が入っているのは切りやすいように。

カッタカラワラって言います。
カッタは魚の種類。カラワラは干し魚という意味。

もちろん由美子と香取はここで
♪ カッタカラワラ ♪ピーヒャラピーヒャラ、パッパパラパ〜

と歌いましたとも。

教室ではね、歌の決まりごとがあります。
タマリンドをつぶしながら歌うのは、
♪ リンドリンド〜タマリンドリンドリンド〜〜 ♪
ノリは縦位置の頭の振りね。

チャパーティーを焼くときは
♪ チャーパティーーー焼いてどうなるのか〜〜♪

ごめんなさいごめんなさい、
でもこんな料理教室ですが生徒さんはたくさん来てくださってます

ではここらで、香取が「おっ」っと思って撮ったお肉屋さんの写真いきましょう。
ここまできちんと上手く並んでることは珍しいんでね、いい教材だと思いました。
見るのが辛い人はごめんなさい。でも載せるよ。
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山羊です。
黒山羊と茶色いのと。皮をはぐまえはこのくらいの太さ。
左端が皮を剥いだところ。
インドでは足はスープをとるために、薬用につかうことが多いです。おそらくこの辺りの事情はスリランカも変わりないと思います。
黒山羊がいいんだとかの薬用処方があるのでこのまま置いてあり、注文があると皮をむきます。
たいへん新鮮ないい肉です。店も清潔でハエもいません。上には頭、隣に脳みそも見えますね。
こうなってると本当は睾丸もあるはずなのですが売れたのでしょう。
不妊治療をしている夫婦が食べるので需要があるのです。
アーユルヴェーダで山羊の肉は人の身体にとってたいへん近いそうでとても滋養があるとされ、一番奨励される肉です。
感謝して調理することを私たちは忘れてはいけないです。
必要なときにだけ、必要な量だけ、残さずにいただくというお肉とのお付き合いをしてゆきたいものです。

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それでは次も叉お勉強編ね、
これはシナモンの葉です。
この仲間、インディアンベイリーフと呼ばれるインドでいうところの「テージパッタ」もそうなのですが、丸くまるで病気のようにこういうのがたまにできます。
日本に輸入されたテージパッタにも、たまにこれが付いています。

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やがてこの丸いものは真っ黒になり盛り上がります。

・・・もうわかりましたか?
これ、種なんです。

葉っぱの上に種っ。人生まだいろいろ面白いです。



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それでは、このシナモンの木の向こう側でゴトゥコラ畑の収穫をしていたのでその写真にて次の話題と切り替えとしましょう。

でも「これって畑?」と思った方もいらっしゃるでしょうね。
ゴトゥコラ(ツボクサ)ってね、単品で植えないで他のものと一緒に植えた方が斑が入らずきれいないい葉っぱになるんです。だからたいていはこんな感じ。



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これはサミーラ宅で買っておいてもらったワンゲディアとモールガハ(臼と杵)。モルジブフィッシュを砕くのもこれなら力要らずでちょうどといサイズになるし、ポルサンボールもねっとりと私好みに。
調理器具は極限、現地のものを使うことが食文化理解につながると私は考えます。
自宅ではどう代用すればできるかはちゃんと案内する。だけど教室では異文化体験をしてもらいたいのね。これで突きながら、日本の鰹節とモルジブフィッシュの固さの違いとかはどうしてだろう、なんて考えてほしい。

ワンゲディヤ
そして、このように教室に設置されました。
長い杵は一番固いということで上等とされるキトゥルの木製です。握った感じもしっとり。
日本でのすり鉢にあてる擂りこぎは山椒の木が最上。こすり削られ微量に口に入る成分が身体によいそうです。そういうストーリーを大切にしたいです。
飛行機にチェックインするとき、この荷物はカウンターのスリランカ人スタッフにウケましたよ〜。
とにかくね、私は貴金属とか服とかもういらないの。こういうものにお金をかけたい。
重量オーバーもきっちり払いましたよ。^^

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ワラン(土鍋)も、今回たくさん買いました。
これじゃないと美味しく料理ができないということで、スリランカの家庭ではいまだにほとんどの家庭が使っています。やってみるとたしかにそうなんです。特にゴラカをたっぷり使う料理や、豆をホックリと茹でてカレーにする時など最高です。
そこで、ワランを焼いている工房へ。

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これ、おおきな釜なんですよ、というか「半野焼き」ですね。
ここでよ〜く選んで、今回時間が無かったのですが本当は一旦水を入れて水が漏らないかを確かめてから購入するのだそうです。
今回のツアーグループのなかには陶芸が趣味のかたがいらして、彼女がたたいて音を聞いてしっかり焼けているものを選んでくれたので、全部が当たりでしたよ。いい買い物をしました。

煮沸中

そして東京まで私が機内持ち込みで溺愛しながら運搬(笑)
なにしろ、このためにプチプチ(エアーパッキング)を1ロール日本から持って行きましたからね、香取が本気入ると「マジっすか?」と良く聞かれますが、思いっきりマジっす。
機内でもパーサーさんに強力な目力と共に「ワランなんです、割れないように上手く乗せてね(キラッ)」と預けました。

そしてここは東京の私のキッチンスタジオ。
使い始めの慣らし炊き。
古くなった上新粉を溶いて野菜くずと一緒にコトコト。日本米の粉は澱粉が多いからきっといいと思ったんです。
そしてそれは正解でした。前回買ってきたワランよりずっと調子がいいです。

スリ撮影
それでは、せっかくなので6月発売予定のスリランカ料理本の撮影風景をチラリと。
ワランが大活躍です。今までにない本になりますよ!

ウェーワラ
最後の写真は、スリランカで香取が買ってきて実は一番気に入っているもの。

ウェーワラという「お仕置き棒」です。

学校の先生とか親が子どもを叱るときに使うという、
そしてそれがスーパーに売ってるという・・・!

香取、スリランカがやはり好きです。

ということで、教室で授業に使います!

この棒、荷物に入らなかったので機内持ち込みの香取の荷物は山とくるまれたワラン(土鍋)そしてそこから突き出るウェーワラ(お仕置き棒)・・・・

あちこちでスリランカ人に笑いを振り撒いた、まあいわば親善大使だったのでありました。




【まだまだ続く】


お知らせ
キッチンスタジオペイズリーのスリランカ料理コースは2月開講からは会員以外の一般の方も参加ができるようになりました。25日26日にメール頂けれれば27日にお返事いたします。
(25、26日は連休、年内は27日が最終のため)
金曜クラスは空きがあります。ホームページはまだ直してませんが27日にお電話いただけるとありがたいです。
3回で完結のコースで、毎月1回のレッスンです。教室でお会いしましょう。
http://www.curry-spice.jp/school/course/srilanka.html

12人でのし歩いたスリランカ【バワ&象さん編】

DSCF3119アユボワーン!
(シンハリ語でこんにちは)
香取、帰国からはや20日以上が過ぎ、やっとブログに手を出しました。
遊んでいたのではないので許してください。
スリランカ料理のレシピ本の撮影をしておりました。順次ご案内いたしますが順調に編集に入っております。来年6月に河出書房新社さんから出版予定です。

今回はペイズリースタッフを含む総勢12名にて、スリランカに旅行に行った報告です。
添乗はお馴染、隠岐の海士町のサミーラ氏
もう12人がすっかり仲良くなって笑いの絶えない旅、全員体調も良く、たくさん食べてたくさん楽しんでそりゃーもういい旅でした。

毎日お互いに「アユボワン」と手を合わせて言いあっているうちに
「アーユーボヨン?」
「イエス、アイアム ボヨーン」と腹をつまんでいたのはナイショです。

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グループが1週間で帰国したあと私は一人でインドへゆきましたので、インド報告も含めて5〜6回にブログになると思います。
どうぞお付き合いくださいませね。

スリランカでは有名な建築家ジェフェリーバワの手がけたホテルを訪れることも目的の1つでした。
この写真は ヘリタンス・アフンガッラでのウェルカム。
ドリンクと、このスパイスがサービスされます。
インドでも縁起の良いそして気持ちを爽やかにしてくれるカルダモンと、フェンネル。併せて口に入れるインドではミシュリーと呼ばれる氷砂糖。
・・・わかってますねえ。

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そのヘリタンス・アフンガッラのエントランスのプールは本当に美しく、ここにいつか行きたいという夢が1つ叶いました。
記念にサミーラ(以下呼び捨て〜ごめーーん)と気取ってみました。

香取が履いているのは男性用のサロンです。
友人のイエスタデイ伊藤さんのアドバイスにより、最近の流行をとりいれてみました!
これはなかなか良かったです。
今後スリランカに着いたら初日にコロンボのパラダイスロードかベアフットに行ってこのようなカッコいいサロンを買って、滞在中楽〜に素敵に過ごすことにします。

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バワのホテルには、売店とかテレビとか、美しくないものはありません。
でもどこから何を見ても美しいものしかない。
従業員のサービスも穏やかで洗練されており、食事も最高に美味しく(※)そしてやはり美しい。
廊下の窓の切り取り方、中庭の光の差し込み、プールで泳ぎながら見上げるメインホールなど、ため息の連続です。

すごい。

ここの他、最高傑作と呼ばれるヘリタンス・カンダマラにもディナーに訪れました。
森に入ってゆくと忽然と現れるバワの世界。
あのジャングルのただ中で動物や虫がスゴイでしょうに、それを感じさせないケア、むしろ同化。

もう虜ですね、また行くー、もっとあちこち泊まるー。

※わたしが食事が美味しいと思ったのはヘリタンスグループのバワのホテル。他の経営のバワのホテルに関しては今後楽しみに!

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今回はサミーラ家からのプレゼントでサプライズがありました。
バワが自分のために作った理想郷であり終着点であったルヌガンガのガーデンツアー(ゲストがいないときにしか受けてもらえない)を申し込んでおいてくれたのでした。
ここが、バワが設計の仕事をしていた書斎です。

R3002109そしてこれがあの有名なラブチェアー、仕事部屋にある、バワが座っていたものかしら。
モデルはサミーラのご両親。
素敵だーーーー。
バワのラブチェアーが似合う両親・・・
素敵だーーーー。

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もう一枚だけ、バワの世界にお付き合いください。
バワがランチをとっていたお気に入りの場所。
ここは、ガーデンが丘そのものなんです。
朝食の場所も決まっていておそらく朝の時間の陽が素敵なんでしょうね、ここはランチの場所。
鐘が吊るしてあって用事あるとこれを鳴らす。
すべての鐘は違う音色を出し響くので使用人はそれを聞き分けてその場所にやってきたとか。

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そのあと一行はイカダでルヌガンガから見下ろす池へ。
これは私的にはかなり楽しく素晴らしい、絶対に普通は経験できない旅の目玉だったのですけどね、ルヌガンガがちょっと頭固くてイカダに乗り込む場所が変わってしまって、皆にはなかなかサバイバルな経験を・・・。
でもそれもまた良かったと今は思います。膝まで泥に漬かるのは何かそんな縁があったんだと思っています。(着いてすぐにヒルとかがいないことは確認済でした)
だけどそんな苦労を共にして、そしてこの気持ちよい水上の景色!
イカダを二つ用意してくれるのにどれだけ師匠ががんばってくれたことか。
水上を濃いできてくれたのか、陸上で車を使ったのか。
大事なところでは雨があがる。
それは何かをふりかえた証拠だと思うのだ。とにかく今回の旅は雨(水)の縁が深かった。でもここぞというところでギリギリ雨があがる。これは意味があったんだよ。一緒に歩いてくれてありがとう。(すみません、参加者以外にはわからんね^^)

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今度は「象の孤児院」ね!
ここはリクエストであとから入れた訪問だったのですけど、とっても楽しかった。
群れで生きる野生の象は、病気になった象や迷ってしまった象を受け入れない。はぐれた象は生きてゆけないので、そんな象を引き取って政府が育ててきたそうです。
ここで生まれた赤ちゃん象を入れて今は50頭くらいが生活しています。

待っているとね、時間になると水浴びにやってくる象たちが、このように、どどどどーーーっ!!と歩いてくるわけですよ!
すごい迫力ですよ!

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どんどん来るーーー

まだまだ来るーーー

すげえーーー

じゃかじゃかくるーー

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みてみてー
赤ちゃん象を守ってるのー

孤児たちの集まりだったのにファミリーが生まれる。
野生じゃないけど余生を送れて、
私たちも楽しませてもらえる。

これはとってもいいことね。

外国の動物園に象を送るときもここから選ばれるのですって。

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じゃ、長くなるけどもういっこ行こう〜!
シーギリヤロックに登ったよ。

これは実の父を生きたまま壁に塗りこめて殺して王座をうばったものの、弟の復習を恐れて普通に暮らせなくなった狂気の王、カーシャパが宮殿を建てた石。
何もこんな石の上に・・・・・。

写真は少し暗いですが、雨だったのですよ。でもね、晴れてたら暑くて登るどころじゃないんだって。
ところが、登り始めたら、晴れたの。また。

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だって、こんななのよ、
ひどいと思わない?49歳に登れってそれ・・・
って言ってたら、ガイドのスリランカ人のアーナンダさん、60歳なのに毎週登ってるって・・・
でもってみんなでがんばったわけよ。
ええ、全員登りましたさ。
あとからわかったんだけど高いところが苦手な人だらけ、トラウマやら心臓やら、かなりみんな抱えながらも登ったのでありました。

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あ、手前がうちの由美子です。
はい、香取の片割れ(?)の由美子49歳です。
常にいい味出してる由美子です。

彼女もかなり実は下りが怖いというんで、私とふたり、
「歌でも歌わなきゃ登ってらんねえよ!」
「じゃあ何歌う?」
「ここはやはり、岸壁の母でしょ」
ということで、
「♪この岸壁に〜きょうもき〜た〜♪」といい調子で歌っていたら、メンバーから「恥ずかしいからやめろ」とダメ出し。
へへ。

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そこで、
じゃーーん、特別付録だよ!

これは同じ場所を登っている、1984年、22歳の香取。というか、矢内薫(旧姓)。

昔はもっと整備されてなかったんだよ、かなり怖かったのを覚えてる。今回は確かに楽だったのである。
こんなとこ無かったもん。



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では今回の〆はキャンディーの歴史あるクイーンズホテルのダイニングルームで、歌うサミーラ。
流しの楽団を捕まえ、リクエストを出し、恋の歌を歌うサミーラ。
楽団の帽子を取り上げ、歌うサミーラ。
写メ撮りまくられてる、人気者サミーラ。

ヘリタンスカンダマラのダイニングのドレスコードにひっかかった、
その夜オシャレのつもりで日本の甚兵衛着てたサミーラ。



【楽しい旅はつづく】

24日PM6 追記
スリランカ料理教室、若干まだ空きがあるようです。
今回から会員以外のかた、BGコース未終了のかたも参加可能になりました。
一般のどなた様も参加できます。

http://www.curry-spice.jp/school/course/srilanka.html
(HPまだ直っていませんが大丈夫です)
年内のお申し込みは25,26が連休のため27日にお受けいたします。
2月から4月の3カ月、毎月一回です。
金曜コース若干空きあり、土曜コースはあと1名でキャンセル待ちです。
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スリランカのミニ写真集