問題は、早急に事を運ばせたがる焦る心にある。・・・・


<上杉鷹山の多難なる船出>

 鷹山が上杉家に養子に入った頃の上杉家は、全国でも指折りの強大な藩であった。けれども、その後、大きくなってきたその勢力を警戒して、太閤秀吉によって、その勢力を大幅にそがれた。さらには、その後の関が原の戦いで、反徳川方にまわったため、もちろん、敗れた側のほうにあったため、徳川方のほうからの制裁により、石高は激減した。

 鷹山が藩主になった時、上杉家の石高は十五万石であった。けれども、家臣は昔の百万石当時のままの規模で、そのアンバラスが財政をひっ迫させていた。そのツケは、領民を直撃し、税とそのきびしい取り立てが、容赦なく領民を襲っていた。

 そんな領内に、鷹山がはじめて来た時の様子が以下のように記されている。

≪・・・・藩主の地位に就いてから二年後、鷹山は、はじめて自領の米沢に足を踏み入れました。それは晩秋のことで、ただでさえ悲哀のたちこめる状態であるところへ、「自然」が、さらにもの悲しさを添えていました。

 行列が、荒れ果てた、だれ顧みるものもないさびれた村を、一つまた一つ通るたびに、目の前に展開する光景を見て、多感な年若き藩主の心は深い衝撃を受けました。乗り物のなかで、鷹山が、自分の前にある火鉢の炭を一生懸命に吹いている姿を、供の家来が見かけたのはそのときでありました。

 家来の一人が、「よい火をお持ちしましょう」と申しました。

「今はよい。すばらしい教訓を学んでいるところだ。それは後で言おう」と、鷹山は答えました。

 その晩、行列が泊まった宿で、藩主は供の家来を集めて、その午後に学んだ新しい、貴重な教訓を説明しました。

「この目で、わが民の悲惨を目撃して絶望におそわれていたとき、目の前の小さな炭火が、今にも消えようとしているのに気づいた。大事にしてそれを取り上げ、そっと辛抱強く息を吹きかけると、実に嬉しいことには、よみがえらすことに成功した。同じ方法で、わが治める土地と民とをよみがえらせるのは不可能だろうか、そう思うと希望が湧き上がってきたのである」・・・・≫


<しっかりとした「おもい」を持ち続ける>

 どんなにひどい絶望的な状態にあっても、心さえしっかり保って、希望をもっていれば、必ず、事は善いほうへと向かう。問題は、早急に事を運ばせたがる焦る心にある。しっかりとした理想的なビジョンをもって、ゆっくりとひとつひとつ確実に実行して行く堅実な心を持ち続けることが重要である。

 要は、「おもい」の部分である。しっかりとした「おもい」を持ち続ける、ということが、事を成就させる重要な要因となる。ゆっくりと暖めてゆくことで、不必要な災いを未然に防ぐことができるのである。


<協力する側の気持ち>

 同じ「おもい」を持ち続けていると、協力する側も、協力しやすいのである。あれもしたい、これもしたいと、心を散乱させていると、「協力者」のほうも、道筋を立てにくい。道筋をたてるにも、やはり、ある程度、時間がかかるため、やっとめどがたった頃に、もう、心変わりをしていて、また、別のことにおもいをはせている、というようでは、「協力者」のほうも、面食らってしまうであろう。

 「協力者」は、すべての人の正しい願いを、かなえてあげようと、「見えざる手」によって、見えない空間にて、人知れず、動き回って、調整しているのである。何の報償もなく、無償で、ただ、愛するゆえに、奉仕しているのである。




【参考文献】
『代表的日本人』 内村鑑三著/鈴木範久訳
〔岩波書店〕 P58~P59







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