わが子の障害がわかるまで

  • author: cyam
  • 2005年02月10日

 
◆自閉症の診断がつくまで――
 
・お子さんはどんな状態でしたか?
 生まれてから1歳過ぎまでは多少手が掛かったかも知れませんが、初めての子だし比較できないのですが体の成長(寝返りやハイハイ等)で言えば普通の子でした。大変だったのは少し眠りが浅いって事くらいですかな。
 しかし1歳半頃からおかしなことに気が着きだしました。
 2歳を過ぎても「電車」しか言えず、指差しもなく、どこでもぱーっと走っていってしまい戻って来ない、目が合わない、名前を呼んでも振り向かない、クレーンをすると自閉症の特徴にぴったりでした。
 
・不安を感じ始めたのはいつ頃でしたか?
 1歳半検診を受ける前に市から問診表が送られてきましたが、その項目を見てビックリ何一つ出来ませんでした。これは遅いとかそういう問題じゃないかも…と始めて気がつきました。
 それまでも遅いとは思っていたけど個人差があるとかそういう言葉を信じてたし、同じ年のお友達がいなかったから為比較対照がなかったので余計になんとも思わなかったんです
 
・診断は、どんな経緯でわかりましたか?
 1歳半検診でまず耳を疑われ、耳鼻科に行きました。すると『浸出性中耳炎』になっていてまず治療。完治しても言葉が出ないので脳波、MRIの検査をしたが異常なし。「様子を見ましょう」となり保健所主催の言葉の遅れのある子を集めたサークルに行きだすが、依然言葉はなし。2歳4ヶ月になって専門医院を受診し『広汎性発達遅滞』と診断される。その後2歳8ヶ月で『広汎性発達障害』と診断された。
 
 ・そのときどんな気持ちでしたか?
 2歳4ヶ月で『広汎性発達障害』と診断された時は嬉しかった。というと変かもしれないがそういう気持ちだった
 この診断が下るまでがまさに訳がわからなかった為、なんでこんな風に育ってしまったのか→あたしの育て方が悪い→じゃぁどうしたらいいのか→あたしは要らない?他人に育ててもらおう。となっていた、だからあたしのせいじゃないんだ。と言う喜びで一杯だったし、障害ならば育て方も教えてもらえると思っていたから目の前が明るくなった感じだった。しかも「遅滞」なら障害児にはならない(治る可能性あり)みたいな勝手な思い込みもあって嬉しかった。
 もちろんその後、複雑な障害であり治らない事を知って再び落ち込むのだけどこの時はニコニコだった。あたしはこの子を手元に置いて育てる権利があると言ってもらった気がした
 現在は『広汎性発達障害』と診断され療育機関への入所も決まっており、自分自身も自閉仲間が周りに出来たことで落ち着いてきた。まだまだ浮き沈みだけど、あたしにはこの子を育てる権利があるんだから大丈夫さ♪

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