Precious Memories

日常の事や趣味であるゲームやらアニメやらの事。 後は仕事についてもぼちぼちと。

ここ数日のニュースを観ていて思うこと いくつか3

政治経済編

・人手が不足している業種と、人手が余っている業種の落差が激し過ぎる。

・今この時期に人件費を抑えるため生産の拠点を海外に移すことは、企業としては間違っていないが、日本企業としては間違っていると思う。
それに、そういう企業はたとえば今から半世紀後には大企業であっても相当苦労することになると思う。

・自分で何とかしなくてはならないことや感性によることまで、全て学校で他人から学ぼうとしている人は大抵社会に出てから何もできていない気がする。

・麻生内閣の支持率の低さがよくわからない。
早いうちから手を打っていて頑張っていると思う。
日銀のCP買取や一般企業への公的資金投入は実現すればGood Jobと思う。
半端なことが多く、言ってる内容も変わったりするが、
指摘を受けても頑固に直さないより遥かにマシ。
漢字が読めないなどどうでもいい。言われる筋合いはない。
テレビでどうでもいい批判を観ていると、
麻生首相個人ではなく、麻生ひいては自民党を選んだ私たち国民をバカだと指摘しているようにしか見えない。

・自分達だって2007年の参院選などではバラマキについて述べていながら、
与党の給付金についてだけバラマキだと大声で批判する民主党が謎。

・郵政解散の時には自民党へ投じておいて、今年の衆院選では自民党を批判している人は「自業自得」ではないのか。
特に雇用問題では段階的に規制緩和が進められていて、今日のような事態が起こり得るというのは当時からちょっと考えればわかっていたはず。
先見性がなかったとしか言えない。

・自民党と民主党のどちらが勝つかはわからないが、
今予想として言えることは日本共産党が議席を伸ばすのではないかということ。
もちろん不況・失業率の増加という追い風もあるが、支持の集め方が巧妙でジワリジワリときている気がする。

・ちなみに私自身は今年の衆院選では自民党に入れる予定。
この不況下で政権を担ったことがない野党に政権を移したら、ますます混乱するだけのように感じる。

以上

他の編があるのかと言われれば、きっとないと思うよ。

伝えたい言葉は思い出せなくて1

私達のうち大部分の人はきっと、自分が生きている事を当然と思っている。
そのこと自体が素晴らしいという事に気づいていない。

昔はわかっていたはずなのに。
少なくとも高校生、そして大学生の頃までは理解をしていたはず。

当時つけていた日記を見直してみた。
やっぱり当時は解っていたことが、今ではすっかり忘れてしまっている。

私はとても大事で、決して忘れてはいけなかったことすらも忘れていた。
今日、とある方のブログを見ていてそんな事に気づいた。

自分に対する衝撃、そして自己嫌悪。
情けない。
最低だ。
反省。

たとえば自分が何かの病気にかかって、
医者から「貴方は余命3か月です」等と血も涙もないことを言われる。

そうなったら、貴方はどうしますか?
私自身はどうかといえば、よくわかりません。
とりあえず、はじめは色々考えると思います。

死にたくない!!
誰か助けて!!
何故私が?
ふざけるな!
嫌だ!!

まあ、実際にはどんな事を思うかはわかりませんよ。

ただ、最後に行き着くことはひとつだと言うのはわかります。
それは「生きていることは素晴らしい」という事実に辿り着くと言う事です。

皆同じだと思います。
ここに辿り着いて、命の大切さを身を持って知る。

でも、これじゃ遅いんだ。
そんな時になってこんな当たり前の事に気づいてもきっと遅過ぎる。

こんな当たり前のことはいちど理解をしたら、それからはひと時たりとも忘れてはいけないことだったんだ。

そこに在ることの素晴らしさ。
自分がわかっていなければ他人を尊重することなんてできない。

それが欠けることの苦しさ、辛さ。
自分がわかっていなければ他人に優しくすることなんてできない。

一体私は今まで何をやっていたのか。
自分に問いかけたい。

情けない自分。
何とかしなければ。

どうすれば何とかなるのかなんてわからないけど。
それでも必死に何とかしなければならないんだ。

そう思う。

昔、「変われる強さ、変わらぬ想い。」という言葉を何かのキャッチコピーで見たことがある。
変わってはいけないものだったのに、あまりにも安易に流されていた。
それが悔しく、情けない。

変えていかなければならないことと、
変えてはいけないこと。

ちょっと整理をしていきたい。
何も変わらないかもしれないけれど。
きっと、これがまず第一歩だと信じて。

何気ない一時 宝物さ5

最近、不登校ということにちょっと関心がありまして。
それで、高校生のブログとかをちょこちょこ観たりしてたんだけど。

そこから転じて、ここ数日は不登校とかそういうのは関係なく、
学生とかちょっと歳が離れた世代の人が書いたブログを読んでたりします。

もともと他人様の描いた絵とか書いた文を見るのが好きなんで、
「あ、これいいな」なんて直感で感じたものには、
コメントを残させてもらったりしてます。

それでね。

最近思ったのは、私は昔と比べていつの間にかすごい汚れたんだなーということ。
何をもって汚れなのか、何をもって綺麗なのか。
そんなことは私自身にだってよくわかってないのだけどさ。

別に綺麗なのが自分に合っているとも思わないんだ。
だけど、改めて自分が汚れているって感覚を唐突に持つようになっちゃって。

例えばえっちぃゲームをやるようになったから汚れたのかといえば、
そういうことじゃないんだな、、、これが。

私からすればどんな作品でも「内容次第」なので、
それがたまたま年齢制限有ったり無かったりでそんな事は気にしてないんだ。

それどころか、私からヲタについてちょっと書かせてもらうと、
自分は別としても、そういう人たちってむしろすごい純粋だと思うんだ。
変なこと言ってるかな? そう思われたとしても仕方ないんだけど。

そういうことじゃないんだ。

どう汚れているのか。
それは残念ながらうまく言葉にすることはできない。

別に汚れていることを私は恐れはしていない。

「何かを失ってでも手にしたいものがある。」

それは昔、私がまだ高校生ぐらいだった頃に決めたことで、
決して負けちゃいけないこと。譲っちゃいけないこと。折れちゃいけないことなんだ。

それを手にするため、汚れることを恐れてはいない。
傷つくことだって覚悟はしている。


でも、この感覚。
たしかに心の中に今強く在るこの感覚。
これは決して忘れちゃいけない感覚だって。
それだけはわかる。

なんだかなー。。。

リフレクティア5

またちょっと間が空いてしまいました。

最近「true tears」ってアニメがお気に入りです。
超唐突ですが、ええ。(´ー`)

最初は主題歌をたまたまYou Tubeで聞いて気に入ったのがキッカケなんだけど、
調べていけばいくほど良い作品でした個人的に。(´ー`)b

アニメのクオリティが高い高い…驚いちゃったよ。
最近見たアニメの中だと、京都アニメーションと同じぐらい、
もしかしたらそれ以上かも? あくまで個人的には、ね。

物語の舞台が富山で、アニメ作ってる会社も富山にあるらしいです。
地元への愛ってやつかな・・・?
とにかくオススメです。^^

ネットカフェ難民って言われてもね

ネットカフェ難民という言葉がある。
住むところすらなく、ネットカフェに寝泊りをして暮らす人々を指す。

住所が無いという状態は、実際になってみないとわからないが、
仕事を探すということに関しては、相当に厳しいものであるらしい。

定職に就くことがなかなかできず、日雇いの仕事で食いつなぐようになり、
そのうち長期的な視野を持つ余裕もなくなってきて、
遂にはその日を生きることに必死になって、明日のことも満足に考えられなくなってしまう。

自分の今の状況からするとこれは可哀想とも思える。
でも、一方では自業自得じゃないのかという思いもある。

たまにネットカフェ難民に関して特集を組む番組をテレビで観る。
よくよくネットカフェ難民になった人の話を聞いていると、
どうも発端は自分自身の選択であるケースが多いように思える。

たとえば、38歳になって夢に挑むため初めて上京をした男性。
何故もっと早く出てくるか、そうでなければ地元で地道に仕事を続けることを選ばなかったのか。
まさか、「東京に行けば何とかなる」等と甘い幻想を抱いていたのではないか。
どこの中高生なんだこいつは。
そして実際に職が得られず貯金も無くなり、住む所を追い出されてネットカフェ難民に。

可哀想とは思う。
けど、感情的にどうにかしてあげたいとは思えない。
それが本音だ。

ただ、日本という国の将来を考えた場合、
社会問題としてのネットカフェ難民について考えた場合には、
どうにかしてこの数を減らすために考えていかなければならないとだけ思う。

そんな中、厚生労働省が「職業訓練を受けることを条件に、ネットカフェ難民に対して月15万円の給付を行う方針」というとんでもないニュースを目にした。

何とか数を減らしたいという一念であることは理解できる。
けれど私はこの政策は大きな誤りであると感じる。
これではむしろ、ネットカフェ難民という道へ安易に堕ちる人が増えてしまうのではないかとすら思えてくる。

そもそも「ネットカフェ難民」とはどのような定義なのか。
ネットカフェに住んでいたら皆そうなるのか?
マクドナルドじゃダメなのか?
住んでいること+何か特別な条件が他にもいるのか?
たとえば20歳でも70歳でもネットカフェに住んでいれば条件は同じなのか?
知り合い等でツテがあるくせに自ら進んで住んでいる者はどうなるのか?
まずここが明らかではない。

さしたる条件も設けずにこんな制度を始めては、
「ネットカフェ難民になった方が楽だな」と考える者が出始めてもおかしくはないだろう。
そのように思う。

また、職業訓練を受けるというが、受けたところで就職が決まるという保証はない。
そもそも訓練を受けても住所がないという状況に変わりはない。
まさかその15万円で家を借りろということか?
保証人は誰がなるのか? 職が決まらなかったらまたネットカフェに逆戻りとなるのか?
疑問が尽きない。

現金で与えるぐらいなら、その金で仕事を作ってやったり、公営の共同住宅のようなものを作ってそこに住まわせるとか、そういった事をやった方がいいのではないか。
お金を持ったところで1人の人間にできることは1なんだよ。
国がそのお金を使えば少なくとも2以上のことはできるだろう。
そう思うのだが。

また、個人的には今ある制度に当てはめてこの問題を解決しようという発想がそもそも間違っている気がする。
職業訓練はそもそもネットカフェ難民のために創設された制度というわけではないはずだ。

こういった人材を活用して、かつ永続的に続けることが可能なシステム・仕組みを作った方が良い。
もっと言えば、利益を上げさせて回収できるぐらいのものを用意すべきだ。

税金は国民が汗水を垂らして稼いだお金から納められているものだ。
それをわざわざネットカフェ難民という限定された状況下にいる者たちに使おうというのだから、合理的な説明が必要だ。

この制度ははたして合理的なものか。
発想から、金額や受給条件などよく練った上での結論なのか。
そのようには思えない。

憲法に規定されている生存権を遥かに超える優遇ぶりで、
もっと他に助けなければいけない人というのはいるのではないのか。

今回の政策についてはニュースサイトに記載されていた断片的な情報しかまだわからないが、それだけ見ていると愚策としか思えない。
この政策は、今後も後追いをしたいと思う。

納得できないというか、私は怒っているのだ。

もう大丈夫よ 貴方の前にはまっすぐに伸びてる 未来への道が5

タイトルは「it's just farewell」という曲より。

普段、私は仕事に関して感情的に怒るということはほぼありません。
特に人前で怒るということはほぼありません。
冗談で怒ったポーズをとることはあっても、
本気で…となると、ほぼ無いのです。

仕事に関しては何らかの意図を持って理性的に怒ることはあっても、
感情の赴くままに怒るということはこれまでも、
過去覚えている範囲では一度しかありませんでした。

その時はたしか、仕事の範囲を後付けで増やしてきた営業担当者に対して、
その時に私が見ている人数だけではどうにもまわせないため、
何とかならないかと掛け合ったという状況だったと思います。
まあ、結果として覆ることはなかったのですが。

その時に節操なく怒ったり泣いたりする自分自身に嫌気がさしたため、
少なくとも仕事に関しては二度と人前で感情的に怒らないようにと自制をしてきました。

ところが先週の金曜に、またも人前で感情をあらわにして怒るという失態をおかしてしまいました。

簡単に経緯を書くとこんな感じです。

昇進のかかっている部下がいて、私や私の更にひとつ上の上長は課題を提出させたり、色々アドバイスを行ったりしていました。
それこそその人にとっては人生全体に影響を及ぼす重要事と考え、
こちらも業務時間後や休日等の空いている時間を使っていたわけです。

ところがある日、その者が仕事でミスをしたため、とある方からお叱りを受けた。
その時、彼が言い放った言葉が私の怒りを呼び起こしてしまいました。

彼はこう言ったのです。
「もうこんなところは辞める」と
そして業務時間後すぐに帰ってしまいました。
課題に関してその後に話をする予定であったにも関わらず、です。
しかも私が見ていない間にです。

私はこの一言と行動が頭にきて、すぐ彼に電話をしました。
そして、その後は頭に血が上り過ぎて正直全てを正確に覚えていないのですが、

「ふざけんじゃねぇ」
「戻ってきやがれこのバカ野郎」
「仕事をなめてんのかテメェは」

と言った暴言のオンパレードを電話中に展開してしまったようです。

相手も頭に血が上っていたらしく、もうしばらくの間は言い合いです。
お互いの立場とか関係なく、言いたい放題。

もう一度書きますが、私は普段感情的に怒ることはありません。
そのためか、電話の相手はもちろんのこと、
電話を周りで聞いていた人ですらとても驚いた顔をしていました。
私がこんな怒り方をする人間だとは今まで思っていなかったんだと思います。

結局、上長の仲裁もあってその人を呼び戻し、
冷静になって仕切り直しとなったことはなったんですが。
私は上長がその者に話をされている最中、不覚にもまた泣いてしまいそうでした。

何故こんなにも怒って、そして泣きそうになったのか。
それはきっと、あまりにもその人自身の人生に対する考え方が薄いと感じてしまったためだと思います。
こちらとしても人生に関わる大事なことだと言う前提で、一生懸命何とかしようと画策を続けていたところです。
そこで本人がこのような態度をとったことによって、私がこんなにも熱意を傾けてやる意味がはたしてあるのか?という疑問が生まれてしまいました。
もちろん、本人が真に辞めようと思っていたのかと言えばそうではなく、
一時的な感情に流されてしまったのだと思います。

ただ私からは、そんな一時的な感情に流されてしまうような軽いものなのかという疑問。
そしてこんなことで感情に流される者を上に上げて、下をまとめることができるかという不安。
そんな考えばかりが頭をよぎりました。

別に仕事中に怒るなとは言いません。
会社を辞めたければ辞めてもいいと思います。心からそう思うのならば。
ただ、そんな事を考えた時にはよく考えた方が良いと思います。
「はたして自分はどれだけ本気で考えているのか」ということを。

私は冷静になった後、その者に言いました。

「謙虚な心で怒られたことはすべて正しいと思うこと。
どれだけ自分がそんな事はないと思っても、相手からそう見えればそれまでなんだ。
自分の評価を作るのは自分ではない。
他人の評価こそが全てなんだ。」

と、このように。

私自身どれだけ謙虚さを持ち合わせているかと言えば、吹けば飛ぶ程度のものです。
他人の事は言えないのかもしれません。
それでも、自分のことは棚に上げてでも伝えなければいけないことはある。
だってそれを伝えることこそが自身に与えられた仕事の一部なんだから。

私は上記の戒めをその者に説いて聞かせるとともに、
自分自身に対しても戒めとして再認識するよう言い聞かせました。

はたしてこの世の中に「謙虚な人」なんて存在するのか。
それはわかりませんが、多分いないんじゃないかと思います。
だって、どこまで行っても終わりがないんですから、謙虚さなんて。

たとえ終わりがないとしても、それを知りつつも必死でそこに至るために努力をしなきゃいけない。
そんなものなんだと思います。

謙虚さを持ち、自分の人生に対して本気で考えその重みを知る。
それは仕事に限らずどんなことにおいても重要であると私は思いました。

自分じゃない誰かのためなら その何かを今変えられる

タイトルは「Tears Infection」という曲より。

この数年間、逃げていたことがありました。
でも、もう逃げてばかりもいられないというところに至りました。

だから、一石を投じてみようと思います。

どのような波紋が生じるのか。
それは投げてみて初めてわかることだけど。

後悔もあるかもしれないけど。

でも、逃げてばかりいるよりはマシ。
そう考えて、投げる時にはためらわない。

そう決めたから揺るがない。
もう決めたから。
最後までやり抜くしかないのだから。

頑張ろう。

ゲームとか漫画とか

□最近買ったゲーム
「テイルズオブシンフォニア ラタトスクの騎士」(Wii)
「テイルズオブヴェスペリア」(X-box360)

□最近買った漫画
「紅 kure-nai」(集英社/ジャンプスクエア連載中)
「ギャグ漫画日和」(集英社/ジャンプスクエア連載中)
「チェーザレ」(講談社/週刊モーニング連載中)
「ひぐらしのなく頃に解 目明し編」(スクウェア・エニックス/連載終了)
「ひぐらしのなく頃に解 罪滅し編」(スクウェア・エニックス/連載終了)

ゲームについて書くと、最近はX-box360が盛り上がってきたね。
「ファイナルファンタジー13」がX-box360版も発売決定というのが一番大きいところだけど。(このニュースを聞いてPS3買うの止めました。)

FFだけじゃなく、他にも良作が多く揃ってきている予感。
一番大きいのは、スクウェア・エニックスの存在。彼らは本気だね。

これから出る作品を見ていると「インフィニットアンディスカバリー」「ラストレムナント」「スターオーシャン4」といった具合ですが、全部今のところプレステでは出ない予定みたいです。(あとから出すと思いますが。)
挙げた作品は全部買う予定です。
特にインフィニット〜〜は開発がトライエースなので相当期待しています。


最後に、ヴェスペリアはまだプレイ開始していないので、感想は後日。
ただ、ヒロインの女性がややバカっぽく見えるので一抹の不安が有る今。(´Д`)

漫画については、ひぐらしは引続き皆殺し編と祭囃し編の漫画版が連載されているので、これらも全部でそろった段階で買おうと思っています。
2-3年後でしょうけど。

「紅」は原作の小説を読んだことないんだけど、漫画の設定とか登場キャラとか観ていると、話だけでも色んな方向に話を持っていけるし、キャラ同士の関係とかも目が離せなくていい感じ。
これアニメ化してくれないかしら? きっと面白いよ。

「チェーザレ」はもうなんかルネサンス時期の欧州を描いているという時点で個人的に買いだったり。結末はわかっているけどどう展開していくのかが楽しみ。
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