2015年09月02日

『降伏文書』調印70年を迎えて

『降伏文書』(さきの大戦の休戦協定)の調印から70年を迎えました。さきの大戦は休戦となり、『ポツダム宣言』が法的拘束力を持ち、それに基づき、日本は連合国軍の占領下に置かれることとなります。
その後、連合国軍の占領下において、戦後の「日本のかたち」が形成されていくことになります。その後『サンフランシスコ平和条約』の調印をもって、国際法上、正式に太平洋戦争が終戦となり、日本の占領は終了することとなります。
私が非常に憂慮しているのは、占領下において形成された憲法、そしてその憲法秩序を基にする政治体制、そして歴史観を占領下であったことを理由に不当だという主張が、特に政権中枢からにじみ出ていることです。もちろん、連合国の戦後処理に対しては、私自身も思うところがたくさんあります。
それがなぜかと申し上げれば、私たちは『ポツダム宣言』の履行を条件に休戦、そして講和を成し得たわけで、それを否定することは、さきの大戦の講和の条件に違反するわけですから問題になります。もちろん、言論の自由がありますから、民間レベルで出てくる分には問題ないでしょうが、政権中枢から出てくることは問題になります。
さらに、『サンフランシスコ平和条約』に加わらなかった国とは個別に講和する必要がありますので、『日ソ共同宣言』、『日韓基本条約』、『日中平和友好条約』、が調印されていくことになります。学校の歴史の授業では、流れるように説明されてしまいますが、全て日本の戦後処理の流れの中にあるということを理解しなくてはいけません。
私たちのかかえる領土問題などの諸問題も戦後処理の中で発生した問題だといえます。そのように考えていきますと、さきの大戦がいかに大きな戦争であったかということを改めて想起させられます。
私たちの抱える国際的な諸問題は、さきの大戦を起点に考えていかなくてはならないでしょう。そうすると、見方が変わってくると思います。
時代は変わります。私たちの置かれている国際環境も変化し続けていくでしょう。しかし、様々な理由があったにせよ、私たちがさきの大戦の引き起こし、そして、それがどのような経緯でもって終わりをみたかということを常に頭に入れて、行動するべきではないでしょうか。

daboso1985 at 11:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年07月18日

戦後日本の安全保障の歴史

日本の安全保障を歴史を改めて振り返ってみると、
「ポツダム宣言」の受諾と「降伏文書」の調印による
帝国陸海軍の武装解除と進駐軍の進駐

戦力不保持を定めた「日本国憲法」と施行と「サンフランシスコ平和条約」及び「日米安保条約」の発効により
進駐軍が駐留軍に移行

朝鮮戦争の勃発による駐留軍の戦力不足を補完するための
自衛隊(警察予備隊・保安隊)の発足

朝鮮半島有事、台湾海峡危機に対応するための
「日米安保共同宣言」の発表による「周辺事態法」の制定

というように、第二次大戦終結後、武装解除されたままの日本に戦力を置いているのは米国で、それを補完する形で日本の政策があるのです。

そして今回は米国のプレゼンス低下を補完するために、それを世界中で(それが大げさなら少なくともアジア太平洋地域で)してしまおうということで、かなり異質といえます。

ここまでやるなら、憲法の改正と日米安保の改定をしなくてはなりません。対米自立を志向するならば、これは以前、小沢先生だったと思いますが、「日米がより対等になるには、もうちょっと自分のことは自分でできないといけない」という趣旨のことをおっしゃっていましたけれど、そのとおりでしょう。

このままでは「日本を取り戻す」どころか「日本を売り渡す」というのが実際のところです。
私の認識はそんなに突飛なものではないと思いますけれど、ってかこの認識こそが「保守本流」ですよ。

daboso1985 at 13:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年05月14日

大都市地域における特別区の設置についての考察

今回のいわゆる「大阪都構想」なるものの目的が二重行政の解消と経済の発展にあるというのは真実ではないというのが、きのうの記事だったのですが、きょうは橋下維新が掲げる目的の完遂のためにはどのような行政組織の改革が行われるべきかを考えていきます。
最初に断っておきますが、私は大阪には仕事で1回、弟のラグビーの応援のために2回ほど訪れた程度なので、すべて机上の空論に過ぎません。大阪市民の皆さまには本当に失礼なことだと思っています。

二重行政の解消が目的であるというのであれば、市会野党である各会派が主張するように、府市で調整をする機会を設ける(法的拘束力がないといけないので条例などでの裏付けが必須)、政令市を府県が独立させる「特別自治市」構想が手っ取り早いように考えます。

橋下維新の主張する目的というのは、One大阪、大阪を東京並みの国際都市に引き上げるなどというものなので、上記の案ではインパクトが薄いように、感じられるのも事実です。
しかし、地方自治体の枠組みをいじった程度で、都市が自動的に発展するわけは当然なく、そもそも行革というのは不断の努力で徐々になされるべきであって、組織の看板の書き換えなどではなく、運用の改善が日々努力なされるべきです。国政において維新が掲げるところの統治機構の改革で国家の状況が劇的に改善されるとは考えられません。また行政の継続性も重要です。

ですが、これまでの大阪府政、大阪市政が大阪の閉塞感をうみ、橋下維新が相当程度の支持を集めているのは事実でありますので、維新の掲げる「大阪都構想」により、行政の効率化、そして経済の発展を成すためにはどうしたらよいのかを考えていきます。

その前に、そもそも都区制度のはじまりは、戦時法制である東京都制(昭和18年法律第89号)の施行によるものです。東京府および東京市を廃止し、帝都における内務省の統制を強化するもので、従前の東京市に置かれていた区よりも権限が弱くなりました。
まとめると戦争遂行のため、帝都への国家の統制を強化し、行政を効率化するというのが東京都設置の目的です。
その後地方自治法(昭和22年法律第67号)の施行により、現在の基礎自治体としての特別区となりますが、当初は、都の内部組織としての区としての側面が強く、都から権限の移譲が徐々に行われ、現在に至ります。

今回も、行政を効率化するのであれば、当初は大阪都の権限をなるべく強化して、特別区の権限をなるべく弱くしたほうが、維新の掲げる行政の効率化という目的は達せられるように考えられます。

さらに、経済の発展を都主導で強力に行うには、特別区を設置するエリアを、より広域にしないといけないでしょう。きのう指摘した欠点を補うためには、少なくとも大阪府全体の人口の過半を超える地域に特別区を設置するべきです。東京都区部には羽田空港もありますし、関空の立地する泉佐野市や伊丹空港のまたがる豊中市や池田市まで特別区を置くくらいの大胆さが必要でしょう。当初、維新が出した「大阪20区構想」の方が都構想の理想には近いですね。

いま、維新以外の大阪市会各会派は、都構想に反対していますし、堺市における特別区の設置は頓挫したように、権限と税源を奪われる方は、当然反対します。
現状の大都市地域特別区設置法(平成24年法律第80号)では、対応できないでしょう。やはり過去において東京都を設置したように、大阪都設置法といった法律で強引に進めないと不可能でしょうね。当該自治体の議会の承認もなしに市を特別区にするのは、あまり民主的な手法には思えませんが、憲法95条に定める特別法に該当しますので、住民投票(行われれば史上初)になるので、最低限の民主的手続きは担保されるでしょう。(そもそも都制度自体があまり民主的な制度ではない)

大都市地域特別区設置法ができた時点で、橋下市長は(当時はまだ知事かな?)これじゃ不十分だ、国政にでてやる!くらいやったほうが良かったと思いますね。どうせ大阪以外には使われない法律だろうし。都への名称変更もまとめてできますしね。国政進出への大義名分にもなったでしょう。橋下市長のいうとおり、都は首都(capital)の都というより、大都市(metropolis)の都と解釈していいでしょうね。今さら、名称変更のために法律をつくるとか言い出しても遅いです。最初から都の設置自体を法律でやるべきでしたね。

よく、石原都知事が「国がやらないなら都がやる」と言って、実際いろいろできたのは、東京都の税財源と権限が強力だったからです。(いらんこともたくさんやってくれましたが)
一気に書いたので疲れました。乱文でごめんなさい。楽しみといってくれた方がいらっしゃったので張り切って書ききりましたが、事情が許せば、いつかもっときちんと書きたいものです。

daboso1985 at 12:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

いわゆる大阪都構想の本当の目的

日本における過去最大の住民投票になる、しかも法的拘束力があるという点です。市民が街の将来を考えて一票を投じることということは画期的です。
しかし、私は大阪市における特別区の設置の目的がいわゆる二重行政の解消であるとは考えていません。
一番の目的は大阪府の財政基盤の強化ではないでしょうか。東京都の場合、通常は市に課税権がある財源のうち55%が財政調整交付金として特別区に分配されています。つまり残りの45%は都が使ってるわけですね。東京の場合、人口の7割が区部に集中していますが、大阪の場合は区部に3割の人口しかありませんので、市部への予算配分が優先される可能性が大きいと考えます。(知事も議員も選挙で選ばれるわけですから)
郵政民営化も公務員の削減(郵政事業は独立採算だったので税金は投入されていなかったから行革にはならない)だとか、サービスの向上が目的(民営化してサービス良くなった?)だと宣伝されましたが、実際は財投の入口改革です。要するにおカネの問題です。今回もそうでしょう。
ある意味においては中心部の財源を地方に分配するわけなので、「民主的」な改革といえます。
東京における特別区よりも権限が大きいようですが、財源が府に吸われてしまうので区民サービスの向上がのぞめるとは思えません。さらに通常は組織が分割されると行政は非効率になります。しかし基礎自治体が小さくなる分、住民の意思が行政に反映されやすくなるかもしれません。そういう意味では、「民主的」な改革といえます。
結論をいうと、大阪市において特別区を設置した場合、区民の利益にならないかもしれませんが(より民主的な行政になるかもしれないけれども)、大阪府全体にとっては悪くないかもしれません。私が大阪市民だったら反対しますね。

daboso1985 at 10:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年05月30日

デフレを脱却する最も確実な方法

私は経済学をきちんと勉強をしたことがありませんので、
細かい数字やグラフをあげて説明することはできませんが、
だからこそ考えられることを述べたいと思います。

なぜ、物価の下落が生じているのか。
これは需要が不足しているからという説明で皆さま納得いただけるのかと思います。
「アベノミクス」の第一の矢といわれる今般の金融緩和では、
将来のインフレ期待を高めることで、
企業の設備投資、個人の消費支出を増大せしめ、デフレからの脱却を目指すというものと認識しています。
問題なのはデフレ脱却の成否が、インフレへの「期待」に頼っているということです。
「期待」なんていつまで続くのでしょうか、少なくとも私は期待していませんし、世論調査を見るに、国民の半数近くがデフレ脱却するとは考えていないのです。

私は確実な経済回復を期すのであれば、需要を増大させるしかないと考えます。
そのためには、雇用の安定、賃金の上昇、公共投資の拡大、、、などと言っているとこれまでの議論と変わりがないので、そのような議論を私はするつもりはありません。
雇用の安定も賃金の上昇も公共投資も先立つものが必要であり、それには経済の成長がないと難しいと考えるからです。
しかも、仮に私たちの可処分所得が増大しても、私たちは現状でそれなりに豊かでであり、生活必需品に事欠いておりませんので、そんなに消費が増えるかなとも考えるからです。

私の結論は、要は人口が増加していけば、当然内需は拡大しますので、人口を増加、とまでいかなくても人口減少を食い止めることだと考えます。
その結果、内需は拡大し、経済は成長し、財政健全化への道がひらけ、社会保障制度に対する不安感も減退し、経済成長のよい循環に至るのではないでしょうか。

では、人口の減少を食い止めるにはどうすればよいのか。
やはり「少子化対策」には先立つものが必要ですし、そもそも子どもを持つか否かは個人の人生観に基づく問題でありますから、経済問題の文脈から少子化問題を考えるべきではなく、子どもを持ちたい方が、金銭的な事情で持てないことが個人の幸福追求を妨げている点で問題なのだと考えます。

結論を述べると、足りないものは、他所から持ってくるしかないと思います。
さあ、労働者を海外から入れるぞとなると、ただでさえ海外から人が来るのが嫌で嫌で仕方がない日本人には難しいと思います。私は官民をあげて、留学生の受け入れを野心的に拡大することから始めるべきだと考えます。日本で学びたい、そしてその能力がある方々を受け入れるのであれば、起こりえる様々な摩擦は少なくすることができるのではないでしょうか。そして、日本の企業が(これは大企業も中小企業も含めて)グローバル化を生き残る上でも有意義ですし、日本の大学、学生の能力向上にも資すると考えます。大学の経営も少子化で厳しいでしょうしね。問題は、大卒の求人倍率が跳ね上がってしまうかもしれないことでしょうか。
しかし、長期的な経済成長を考えると私は必須の政策だと考えますし、最終的には私たちの利益になる話だと考えます。

daboso1985 at 22:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年05月23日

二院制の重要性と選挙制度改革についての考察

最近、つぶやきばかりで長文を書いていないストレスが溜まっていたので私見を長文乱文で自らの欲求を満たすがためだけに書き記したいと思います。

最近の政治情勢を鑑みるに、やはり二院制というのは日本に必要なのだなとあたらめて感じています。
一院制であると、その一時のノリで国の運命の全てが決まってしまう、これは大変な危険を伴います。
維新の会という非常にポッと出のよくわからない政党の躍進により、憲法96条の先行改正論が降って湧いてきたとき、この思いを強くしました。
さらに私たち日本人は、私たちが考えているよりナショナリズムが強いと思います。
これは私自身も含めてですが。
少し脱線しますが、飯島内閣官房参与が訪朝された際、金永南最高人民会議常任委員長に頭を垂れて握手している写真が配信されてしまいましたが、やはりムッとしましたよね。
天皇陛下とオバマ大統領にも似たようなことがありましたけれど、その際は、米国人は細かいこと気にするなあと思いましたけど。
やはり、一回の選挙で国の全てが決してしまうのはうまくない、ただ衆議院の優越がもう少し強化されることは必要だと思います。
例えば、国会同意人事など再議決さえ、できない案件が多いのでは国民生活に重大な影響を及ぼすと考えます。この点は法改正でも対処できると考えますから、二院制の弊害だと言われる前に対処すべきでしょう。
民意というのはその時々に、いろいろな角度からよくわからない形で現れるものだと思います。
できるだけ多様な民意を国政に反映せしめることは重要だと思うと同時に、いわゆる「決められない政治」を打開する知恵も絞っていかなくてはならないと思います。

そして、この民意をどのように反映させるかを衆参両院の役割とともに考えていきたいと考えます。
衆議院はやはり政権のメインフレームを決める選挙です。
私は、どうも日本人は政党というよりは候補者を見ていると思いますし、私も政党も大事だけど候補者もみたいです。
日本は戦前から一貫して定数3から5の中選挙区制を採用しています。同じ地域の中で切磋琢磨して多様な代表を国会に送る意義は大きいですし、中選挙区制であれば、そこまでの多党制になるとも考えにくいので政権が不安定になることもない。以前からの制度なので保守からリベラルそして革新勢力に至るまで理解を得やすいと思っています。現在、様々な党から選挙制度改革案が出て暗礁に乗り上げていますが、私は落とし所はここじゃないかなと思っています。まあ一党優位政党制と派閥政治の温床だと指摘させていますが、中選挙区制下で細川連立内閣が成立したことを考えれば、政権交代も可能なシステムだと思っています。
他を考えると、ドイツのような制限条項のついた小選挙区比例代表連用制でしょうか、多党制も排除しつつ地域で候補者も選べ民意もきちんと反映されますが、超過議席の問題なども考慮しないといけないですね。
中選挙区制をとるなら、以前「たちあがれ日本」の案にもありましたが、地方が3、都市部が5の定数配置になると思いますので、各都道府県に最低3は割り振られることになると思いますが、一票の格差が最高裁の認める2倍を超えないような全体の定数を決めないといけないと思います。
最近は、まず定数削減ありきなので、どのように民意を反映させるか、どのような選挙制度にするかが、先で議員定数はその結果だと思います。
私たちが国会へ代表者を送っているという意識が不足しているから(いわゆるおまかせ民主主義の問題)まず削減ありきなのだと思います。
国会議員が減れば、その分民意の反映はされなくなる事実を考えないといけません。
もっとも多ければいいってもんでもないですが。(全人代なんて2985人も議員がいるのに民意を反映してるのかってww)
予算が足りないのであれば、政党助成金や議員歳費などの経費の削減を行えばいいように考えると同時に、個人が政治活動家や政党、政治団体にもっとコミットなり資金的な援助をしていくようにしないといけないと思います。
その意味では、先日結成された「緑茶会」など特定のイシューについて、それに賛同する候補者を党派を超えて支援する運動は非常に意義を感じました。

次に参議院ですが、衆議院よりもより多様な民意を反映させるのが参議院の使命であり、さらに憲法制定の際の衆議院の付帯決議で「参議院の構成については衆議院と重複する機関とならないよう留意し、社会の各部門・各職域の知識経験者が議員となり得るよう考慮すべきである」とありますので、当然、そのような選挙制度でないといけないと考えます。
そういうところでは、まず全国区の意義は非常に大きいと考えます。前述のとおり、政党よりは個人を選ぶほうが私は好ましいと思っているのと、ネット選挙解禁もありますので、全国区は非拘束名簿式比例代表制ではなく以前の通り単記非移譲式大選挙区制でも構わないと思いますが、あまり定数が大きくなると地元の票だけを獲得すれば当選でき、制度の趣旨と反するので、ある程度人数を絞ってもいいと考えます。
地方区は現行では都道府県ごとの選挙区になっていますが、一票の格差がとんでもないことになっており、最高裁でも「違憲状態」との判決が出ているのと同時に、都道府県ごとの選挙区が必ずしも期待されていないとの意見もついていますから、これは再編の必要があると考えます。
さらに衆議院よりもより多様な民意を反映させるとなると一つの選挙区と定数は大きくなってよいと思いますので、都道府県の垣根を超えた大選挙区を設ける形が自然ではないでしょうか。

いろいろ考えると、戦後からの制度を多少手直ししたものに落ち着きますね。
戦後日本の民主主義の原点に立ち戻り、新しい時代を切り拓いていきたいです。

daboso1985 at 17:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年09月07日

最近、

インドカレーがマイブームです。

自宅と職場の近くのお店を少しずつ攻略しています。

しかし、香辛料をあれだけ使って料理するとは贅沢ですね。

欧米人は香辛料欲しさに戦争したわけですよね?

そういえば、カレーを食べると賢くなるんですよね?

頭がシャキッとするとか、、、

てなわけで、お昼にカレーを食べるのですが、

ナンの食べすぎで眠くなるわけで

daboso1985 at 05:53|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2008年08月09日

絶対に死なないと

思っていた、

赤塚不二夫さんが亡くなられました。

実は、赤塚先生と私は少々縁があったようです。

一つは、私は小さい頃チョロチョロしていたそうで

「チョロ松」と呼ばれていたそうです←覚えてないけどね


二つ目は、

当時、私は東京は落合に住んでいたので、

近所の病院の待合室で偶然、赤塚夫妻にお目にかかったそうです。

ちなみにこちらも全然覚えていません。

母の話によると、

妹(当時おそらく幼稚園児未満?)がでっかいスリッパをはいて、

ペコタンペコタン無愛想に歩いていたところ、

「子どもはええなー」と赤塚先生、

そして奥さまが

「子どもというのは、、、」

と母に話しかけたとのことです。

私への言及はなかったのでしょうか


末筆ながらご冥福をお祈りいたします。


daboso1985 at 00:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年07月04日

上野駅を

発車した電車のアナウンス。

「きょうもお疲れさまでした」

うん、きょうも一日がんばったなヽ(´▽`)/

daboso1985 at 23:58|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2008年07月01日

昔好きだった

アニメってありますよね??

自分の場合、

『キャッ党忍伝てやんでえ』

がものすごく見たいです。

って言っても知ってる人いませんよね

幼稚園行く前くらいの時間にテレ東でやってたんですが、、、

DVD化しないかなー

ツタヤ行ったら、あったりするのかな?


もう一つ懐かしいのが

『ゲンジ通信あげだま』

なんですが、

こっちはDVD化されてるようで、

動画サイトにあがってました。

今見るとすげぇくだらないですね。

でも面白いですね。

今の子供にはウケないだろうな〜

daboso1985 at 02:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)