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前回まで廻ったところはすべて米沢駅の西口にあっ
て、市街地循環バスで廻れる場所でした。
こんどは米沢駅の東口になります。
米沢駅東口をまっすぐ行くと国道13号線に出ます。
国道13号線を右、福島方面に。羽黒川を万世橋で渡っ
た先の交差点を左にはいったあたりが米沢市万世町
です。

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1枚目の画像の左側に石碑がある交差点を右(右側に
コンビニがあります。そのコンビニから撮った画像です。)
に行き、すぐ左の旧道にはいります。

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旧道の途中には庚申供養塔と湯殿山と書かれた石碑
が。かつて行屋でもここにあったのでしょうか?

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庚申供養塔の先の集落が堂森という集落になります。
この集落の先にあるのが、松心山光照院善光寺です。
一般的には堂森善光寺とか出羽善光寺と呼ばれます。

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この堂森は原哲夫(「北斗の拳」で有名)の漫画「
花の慶次」の前田慶次郎利益が隠居した場所なんです。
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慶次郎は一夢庵ひょっとこ斎と名乗り、堂森清水に
一夢庵という庵を結び、余生を送ったといいます。
その堂森には善光寺というお寺があり、昭和55年に
建てられた前田利貞供養塔があります。(利貞は利益
の別名)

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前田慶次郎利益の供養塔です。前に来たときには祠
はなく供養塔は剥き出しでした。

前田利益は織田信長の重臣滝川氏の生まれといいま
す。荒子城主前田利久には子供がなく、弟、安勝の
娘を養女としその婿養子として迎えたのが利益でした。
しかし、信長の命令で利久は家督を、信長の小姓で
あった利家に譲ることとなりました。
1581(天正9)年、利家が能登国を与えられると、利
久・利益親子もそれに同行しました。この翌年に本
能寺の変が起きました。

1587(天正15)年、利久が亡くなると、利家は家を利
益ではなく利益の子、正虎に嗣がせます。このあた
りから、利家と利益の関係に大きな亀裂が入りまし
た。そして1580(天正18)年、利益は前田家を出て行
きました。
その後、京都で過ごした時代は穀蔵院瓢戸斎を名乗っ
ていたようです。この時代、利益は文人としての才
も発揮しています。
その後、上杉景勝に客将として迎え入れられ、会津、
米沢と移動しまました。

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善光寺内にあるお土産店、一夢庵です。慶次グッズを
売っています。
隠居後の利益は歌や「史記」の注釈に明け暮れたと
いいます。直江兼続が所有した「史記」は現在、国
宝となっていますが、この「史記」に注釈を入れた
のは利益かどうかは不明だそうです。

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米沢の観光ポスターとなった利益の朱甲冑です。
米沢藩武具目録には利益は3着の甲冑を持っていた
ことになっています。(3着とも米沢市内に現存)
前田慶次は身長182僂梁臙砲箸い錣譴泙垢、どの
甲冑も標準サイズです。大男なら着れないそうです。

では次回も善光寺を紹介します。