タスク管理ツール「#たすくま」に関する泉のtweet、感想など

タスク管理ツール「たすくま」の使用感想を記録として載せます。 「たすくま」userが増えて、多くの人が楽になってくれるといいなあ(*´▽`*)と思います。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ※このブログはあくまで「たすくま 使用感想を記録するためのもの」なので、コメント等にお答えする余裕がないので、受け付けておりませんm(__)m

1,951日目
(5年4ヶ月3日、最初の日を含めます)



「読書の時間をどうやって捻出しているか」 質問が(ずっと前から)あったので、
たすくまの記録から検討していきたいと思います。

まず、タスクとして「読書」という時間を設けているか。
はい。
設けています。
が、これは1日7分です。
駅のホームで通勤電車を待つ。
その時間だけが、独立した「読書」の時間です。

じゃあ、それ以外には本を読んでいないのか?
と言うと、そんなことはありません。
むしろ、
「ながら読書」や「すきま時間読書」、「すきあらば読書」で、
読んでいる時間の方が圧倒的に多いです。


「ながら読書」は、
通勤電車で立ちながら(文庫か新書じゃないと無理)、
食事をしながら(一人なら確実に)
歩きながら(安全を確認しよう)
入浴しながら(紙本を捨てる覚悟で)
筋トレしながら(プランクなら出来る)
ストレッチしながら(開脚なら余裕)
掃除しながら(kindle読み上げ)…など。

ちなみにkindle読み上げは、私は全く頭に残らないので、
3回くらい同じものを読んで(聞いて?)しまったり。
感情的な抑揚が、予想したものと異なる電子音声の読み上げは、印象に残りにくいのかも知れません。 私に固有の特性かも知れませんが……。


次は「すきま時間読書」ですね。
待ち合わせで待っているとき。定番。
お風呂のお湯を張る間。
アップロードに時間がかかっているとき。
サーバが混んでいるとき。
順番を待っているとき(病院とか)。
美容院で。

3番目は「すきあらば読書」ですね。
人と食事をしていても、相手が中座したら読み出します。
親戚付き合い等で行事があっても、メインの行事が済んだらさりげなく消えて、
使っていない部屋やロビーで読み出します。
始業1分前までロッカールームで立ち読みです。


まあ、これらは混じり合っていると思うのですが、
歯を磨きながら(電動歯ブラシです)読むし、
ドライヤーを賭けながら読みます。
音楽会でも映画館でも、暗転する直前まで読んでいます。

そして最後に。
こうやって書いていて気付いたのですが。
独立して「読書」の時間はほぼ設けていませんが、
私のタスクには「図書館」があります。
「図書館に行く」のは 「本を読んでいる」という感覚ではないので、
全く意識に上っていませんでした。

京都市内は図書館や資料館(美術館や博物館に併設の資料室も含む)が多いので、
割と近所に図書館があるものなのです。
それに、私は大学職員さんなので勤務先に図書館があり、
休み時間や退勤後等のわずかな時間に寄ることができるのが、大きいかも知れないですね。

図書館や資料館では、
大型図鑑や画集、図版や雑誌、絵本類を見ることが多いので、
「読書」とはまた違う気もしますが……。

これが日常のなかで、読書に割いている時間の総量です。
「ながら」が多いので、計測は諦めました。


私自身は、
自分の読んでいる本の量や時間が多いとは思ってはいないです。
日本社会でフルタイムで働いていて、
確保できる量としては比較的多いだろうとは思いますが、
全く満足できるものではありません。
もっと読みたいし、もっと出会いたい……。
読める本に限りがあるのが残念至極な人生です。


私が本を読む(図鑑や絵本を眺めるのも含む)のは、
それが幸福だから、に尽きると思います。

「世界は広く、自分の視野は狭い」
ことを教えてくれる。
精神だけは遠く遠くどこへでも行けることを、
教えてくれる。
逃避とはまた異なりますが、現実が生き辛いからこそ、
だと思います。


1,947日目 (278週1日、63ヶ月29日、5年3ヶ月29日)


突如、早朝に「最低限のノルマ達成」タスクを実行できるようになって5日目
(1/6月の早朝からそれは始まった……)。


今日は寝坊しました。
というか、生活リズムが安定しなくて睡眠不足だったのを、取り返したという感じです。


本日、寝坊して感じたのは、
「けっこう残念……」
という感覚です。


3連休の初日なので、寝坊して起きてから、
タスクを実行してノルマを達成すればいいのです。
しかし、
「早朝に起きて、やってしまうと、ものすごく肩の荷が下りた感じがある」んだなー
と思いました。

だから、休みの日であっても、
「さっさと肩の荷を下ろしたい」
のです。

この「肩の荷を下ろしたい」感覚は、
「最低限、これだけのことをやらないと、お前(自分)は生きてる価値ない」
というような誤った認知が、根底にあるからでしょう。

言い換えれば
「早朝からこれだけはやってきたから、何を言われても平気」
という感覚。

自己肯定感と大きくかかわっており、
本来なら「どんな自分であってもよい」
と思えるのがベストなんでしょうが、
まあ現状、そう思えるわけではないので。

早朝にノルマを達成してから一日を送ることで、
自己肯定感を強く持てて、安定した精神状態で一日を過ごせるなら、
いいことだなと思っています。

当面の課題は、
睡眠リズムを安定させて、十分に睡眠をとった状態で早朝に目覚められるようになること。
ですね。

|д・).。oO(「どのような自分であっても肯定できる」って、実現できる精神状態なんでしょうか……?


1945日目(5年3ヶ月27日)



何年振りかに、「日付変更時刻」と「セクション開始時刻」を変更しました。
ずっと朝4時に設定していたんですが、今回夜中の2時へ変更。
細かく振り返れば、どれだけの期間、朝4時に設定していたか分かるんでしょうけど、
そこまでは追求しません。

今回、夜中の2時に変更したのは、夜更かしの習慣が改まりそうだから。
夜更かしをずっと止めたいと思いながら、ずっとやめられなくて、
ときには午前4時を過ぎてもまだ起きていたりしました。
しかし!
早朝に起きてノルマをすべて達成してしまう方が、
ずっとずっと幸福(罪悪感が減る)ことが実感できて
途端に、早朝に起きられるようになったんです。

むしろ、早く起きたい。

出勤前に、「どうしてもやらなければならないこと」の全てを終わらせたい。
生活費を稼ぐための仕事は淡々と務め、定時に終業して帰宅したら、
だらだらするか、だらだら勉強したい。

それを繰り返したい。

今まで夜更かししていたのは、
「クソみたいな人生を変えるために、どうしてもしなければならないこと」を
夜にしようとしていたからかも知れない。
仕事で疲れて認知資源は残っていないのに、
「しなければならないこと」は山積みで
手を付ける気力がなくて先延ばし。
手をつけられない罪悪感で更に下がる。

何回も「朝に持って来よう」としてはいました。
その度に失敗したのは、
たぶん炭水化物(血糖値?)と睡眠時間が足りなかったから。
無理な計画(「3時間書く」とか)だったから。

それぞれ最低20分のノルマを達成すればいい、としたから、
上手く行っているのかな。
それだけで、罪悪感から解放される。

「私は何もして出来ていない」
「このクソみたいな人生を変えたいのに、変えるための何もできていない」
という焦燥感や罪悪感から解放されることの、圧倒的な楽さ。
一度味わったら病みつきです。
続きますように。



こんばんは。

1,858日目です。

台風一過、突然寒くなりましたね。
2019年の台風19号の被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。
避難されている方々は、どうぞ健康にお気をつけください。

さて。

皆さんは、人さまへの感謝の意を表すことを
どのようにコントロールされていますか?

何かを頂いたり、
何かをして頂いたり、
日頃の感謝を表したり、
日頃の感謝の気持ちを先様の誕生日に伝えたり……

ハッキリ言って、私は忘れます。
本当に失礼なんですけど、もらったことすら忘れることもあります。

というか、生きていると、
あまりにも多くのことをして頂き、また物を頂くものです。
すべては覚えていられない。
残念ながら、覚えていられないです。

「このことは決して忘れない」と思っても、
忘れます。
というか、折に触れては思い出しても、
日常では忘れています。

忘れていて、何度失敗したことでしょうか。
相手の顔を見てから「あっ……この前、〇〇を頂いたのに、お返しを持ってきてない!」。
相手の微妙な表情を見てから、「んん?もしかして何かお礼を言うべきことを忘れているのでは……!!」
極め付きは「ああ!!!!お礼の訪問自体を忘れた!」
「何をもらったか思い出せない!!」

相手の気持ちを考えたら、本当に申し訳ない。

それに、自分がそういうことをされたら、きっと
「ああ、私のことを軽んじているんだなあ」
と思う。
そして、微妙に心が離れていく……。
その積み重ねは、きっと膨大なものになる。

それは万人に共通する心性じゃないかなあ、と思います。
(恐怖政治で君臨する独裁者でもない限り)

人間関係ってそういう機微こそが、根幹なのではないか、と
記録を取っていて思います。

そこで、私は
もう完全に記録に頼っています。
何かをもらったらたすくまに記録する。
振り返ったときに、もらったものとしてEvenoteに登録しておく。
これは、何かをしていただいて嬉しかったこととかも登録します。
誕生日は知ってる限り、Googleカレンダーに登録して、たすくまに読み込ませます。
その人と会うときは、たすくまやEvernoteを検索して振り返っておく。

忘れるから。
覚えていられないから。
相手を大事に思っていても、覚えていられないから。

そして、こういう記録をつけているうちに、
本当に大事な人にだけ思いをかけられるようになることにも気づきました。
誰が私を大事にしてくれているのか、ということが、
「気持ちをもらった記録」で浮き彫りになってくるんですね。

同時に、誰が私を削ってくるのかも反対に浮き彫りになるわけです。
たとえば、職場全体に差し入れをしたときに、わざわざけなしてくる人とか。
無償でチケットを譲るときにケチをつけてくる人とか。
記録に残さなくても、記憶に残ってしまう(苦笑)。

大事に思っている人と、大事に思ってくれる人は、だいたい一致してきます。

大事にしたい人を大事にするために、感謝の意を表したい人の記録を残す。
そして、忘れないように、タイミングを逃さないように、相手に感謝の意を伝える。
(あと、わざわざケチをつけるようなことは言わない)
そのために記録を取って振り返る。

そういうことで、有形無形の温情を私は受けられてるのではないかなー、
と最近は思います。


以上です。


2014 年 9 月 13 日 から数えて2019 年 10 月 14 日 は、
1,858日、265週3日、61ヶ月2日、5年1ヶ月2日
(最初の日を含めます)

こんばんは。



さて。

一番たくさんタスクがこなせるときは、どういう状態か?
という話。

結論から先に言うと、
【小さなタスクを細かく積み重ねる】
ときです。

これは直感に反しています。

たくさん時間があって、あふれる情熱をもって
徹夜なんかしちゃって、
一気にまとまったところまで仕上げてしまう……

そういうやり方の方が、捗るように思えます。

まあ、そんなことはありません。
一気に仕上げてしまうことは、生産性は高くないです。

ある程度以上の難易度のものを
ある程度以上の形にしようと思ったら、
かなりの認知資源を使います。

そして、毎日の生活の中で
認知資源は常に枯渇しています。

そんななかで、一気に仕上げるような形で
認知資源を使うと……。
短時間を繰り返したときよりも、遥かに疲労します。

たすくまで、記録し続けて、ようやく自覚できるようになりました。

「根を詰める」と
ものすごく認知資源を使うのです。
同じ姿勢でいることとか、
同じことを繰り返していることとか、
飽きが来るとか、
そういうことも疲労度を加速させて行きます。

休憩をはさみつつ、小さなタスクを積み重ねること。
遠くまで行くには、常に疲れない速度で、小さく進んでいくこと。

5年近くたすくまを使ってきて、
心から実感していることです。



2014 年 9 月 13 日 から数えて2019 年 9 月 2 日 は、
1,816日(259週3日、59ヶ月20日、4年11ヶ月20日)です。

皆さんも無理をせず、
適度な速度で、疲れないように、遠くまで行きましょう。

ではまた。

こんばんは^^

1,810日目です。
258週4日、59ヶ月15日、4年11ヶ月15日。


たすくまのタスクから
「明日朝食準備」をアーカイブへ移しました。

2014年9月18日から登録されていたタスクです。

1,805日目、4年11ヶ月10日の間、
タスクとして登録されていました。

なぜアーカイブへ移したかというと
(削除してもよかったのだが、完全に削除していいかわからないため)

前の晩から朝食のことで
頭を悩ませなくてよくなったから。

その理由は……

単純で、メニューが固定したから。
そのメニューが起きて、すぐ準備できるものだから。

そのメニューは

・バゲット
・パックヨーグルト(オイコス)
・糖質オフ野菜ジュース(パック)

です。

7月20日にバゲットにブルーチーズ挟んで食べたら美味しくて
そこらへんから徐々にバゲットをメインで食べるようになっています。
(これも記録があるから、いつから食べ始めたか分かる!)

私は、食べることのコントロールが本当に上手にできなくて、

・元気でいること
・必要な栄養を満たしていること
・必要なカロリーを満たしていること
・食べ過ぎないこと
・苦痛でないこと


という条件を満たした食事が、
ずーっと出来ないでいました。

特に白米はやばいです。
美味しすぎて、美味しすぎて、食べても食べても満たされません。
もっともっと食べたくなる。
うどんも同じで、脳の中から何かが出て鼻の奥を通って、
欲望みたいなものが器ごと吸い込みそうな勢いです。
欲望に火がついたようになって、苦しくなっても、もっと食べたくなる。

たぶん、柔らかいから口の中の刺激が足りないのかと思いますが。
とにかく、白くてやわらかい炭水化物は、美味しすぎて。

そんなこんなで
人生でようやく、
「なんてことはない日常の食事」で
準備に手間がかからないスタイルに出会えました。

ということで、4年11か月たって
タスク「明日の朝食を準備する」が、
毎日のタスクとして現れなくなったのです。

こういうスタイルに出会えて、もっとも助かったのは、
認知資源です。
そして、いつもいつも食事のことを考えてなければならないのは、
ほんとうに苦痛だった。
ほんとうに重荷だった。
心の重圧でした。

ということを、その重荷が取り除かれて
初めて分かるのです。

美味しいものを食べることは楽しい。
毎日の食事に頭を悩ますのは、苦しい。
その食事が、食べても美味しくなくて、美味しかったら食べ過ぎて苦しくて、食べ過ぎる自分が嫌いで、食べるのが苦痛で、食べないことでしんどくて、何を食べたら良いかいつも分からなくて、いつもいつも栄養素とカロリーと生活習慣病を心配しているようなものなら、なおさら。

記録を取ってきたからこそ、
こういう認知資源と自己嫌悪と体調不良の苦しみから、
逃れられる重みを痛感する。

よかったと思います(乾杯)。


#たすくま 1803日目 257週4日 59ヶ月8日 4年11ヶ月8日 だそうです。

毎日書こうとするとハードルが上がりすぎて書けないので、ぽつぽつ書こうかと。

 
もうそろそろ5年ですか。感慨……は特にありません。
毎日続けていると、こうなる、ということくらい。
たすくまを使わない日は、年に2日間だけ。
1月の第3週の土曜日曜の恒例行事のときだけです。

まあ、それで使い続けるなかで、最近は自分にとっては重大事が起こりました。
あっさり言いますが、「食生活の安定」です。

私のたすくまブログ(いつから途絶えている?2018年の3月?)を読んでおられた方はご存じかと思いますが、
私は食生活が不安定でした。
それがようやく安定して「食べたくなくても食べる」(食べられる物が見つかった)ことで、
めっちゃ元気になってきて、
これがたすくまを始めて以来の大事件だと思います。

ていうか、物心ついて以来の重大事かも知れません。

まあ、それで早速、今夜はその生活を失敗したわけですが(早い)、
その原因について。

(1)退社直前でクソみたいな他人のミスで修正が入って残業
(2)睡眠不足 のどちらかもしくは両方で、
 だらだら食べ(好きじゃない物を)と不毛なネットサーフィンで2時間が溶けました。

その後、ちゃんと食事をして、
ジョギングしたわけですが、体が重かった。
反省。

久しぶりにたすくまについて書いたら、具合がわからず、
オチのない文章になりました(終了)。

こんばんは。

実は2019/03/18です。



職場で異動があり、
前の前の前の上司(前回は違う部署だった)が、再び上司になったので、
たすくまの記録を探ってみた。

たすくま第一日目は、2014年9月13日である。
ブログの方にもつぶやきは載せているが、
たすくま自体の記録が衝撃的である。

タスク名がないまま、タスクが開始され終わっている。
そのオンパレードである。


初日は、ただ開始ボタンを押して終了ボタンを押しているだけだったのだろう。

たったひとつだけタスク目名が入ってるのは、「情報収集」である。

なかなかシュールな記録である。


それとともに、このまるまる4.5年、

人生はほとんど「繰り返し」で成り立っていることを思い知らされて感慨深い。


途中で、タスクは追加されたり削除されたりしながら、

眠って食べて仕事をして本を読んで美術館に行って……

というのは、繰り返し続けられているのである。


当たり前だが、人生は毎日の積み重ねであり、

毎日はほぼ繰り返しなのである。

そのことを図らずも、改めて意識させられた。


なお、上司に関する内容はすぐには見つけられなかった。

たすくまを始めた当初には、違う上司に変わっていたのかもしれない。


しかし、自分の考え方も、人間関係の捉え方も在り方自体も大きく変わった。

たすくまを始めてから。

記録があるから、実感できるだけかも。


タスクは変わらなくても、内面は大きく変わるのかも知れない。

こんばんは

実は、2019/03/16です。



仕事では誤解が頻繁に生じる。
記録をつけていると分かる。

実際は仕事だけではなく、その他のあらゆることで誤解は生じているのだ。
生じまくっていると言っていい。
仕事だと、誤解によって広がっていく傷が、
成果の質として如実に表れるから意識に上るだけである。

相手の発言の意図を正確に読み取るのは難しいが、

記録を取ることはできる。

記録を取ることで、(相手を糾弾するためではなく)、

議論されたことを、後日、関係者の誰もがだいたい正確に確認することができる。


発言の意図を完全には汲み取れなくても、

発言そのものを想起することによって

だいたいの方向性を間違わないで済む。

人は思い出す間に、自分のバイアスをかけて議論を見直してしまう。
それは避けられない。
だからこそ、議事録は必要なのである。  

このような「だいたい正確」という基準を守れていたら、
仕事では大きなミスをしないように感じる。

「正確なつもりで、まったくの記憶違い」

「こうあってほしいという気持ちのバイアスをかけてしまった」

ことで、

二度手間三度手間をしている人を、仕事では頻繁に見る。


それだけ生産性を下げているということでもあるし、

大きなミスにつながることもある。


「正確なつもり」は危ないのである。


そして、「それが正確か否か」は、人間は記録なしに記憶だけでは判定できないのである。

残念なことに、人間の脳はそうなっているのである。

こんばんは。

実は、2019/03/16です。


記録をつけ続けていると、
人間の記憶がいかにあやふやかを思い知ることになる。

時間の感覚は、時計の時刻とは大きくズレるし、
食べたものの記憶は昨日と一昨日では混じり合う。

あまりにも記憶がいいかげんなので、
たすくまを使い続けるうちに、記憶自体を全然信じなくなった。

記憶全てが信頼できないわけではなくて、

「全体としての印象」や「自分が受けた衝撃」等は間違っていないのだと思う。


ただ、数値や日付、誰が何を言ったか等は、

あてにならないことが、記録上分かっている。


だから、仕事の打ち合わせでも家族会議でも正確な数字が必要なときは、

かならず、記録を探ることに決めている。
記憶は探らない。

しかし、こんなにも記憶があてにならないことは、一般的に知られていない。
みんな、自分の記憶を探る。
そして、大抵、間違っている。
仕事では致命的なのだが、
人は記録をとって振り返らない限り、記憶が全く信用ならないことを実感しない。


なんかポエムか……?
みたいな文体に。。。
Twitterで書くとこうなるのかな。

おはよう。


実は2019.3.16です。


なかなかブログをかける時間がないので、Twitterに投稿したものをこちらに転記。


記録をつけ続けていて痛感するのは

「その人の本質は変えることが出来ない」ということ。

日常の些細な記録にこそ、その人の根幹は現れる。

どういう作業は得意で
どういう作業は苦手なのか、
どういう作業にやる気を感じ
どういう作業に早く飽きを感じるか。


しかし、私が、
「作業が不毛であっても、指示された作業を淡々と黙々と積み重ねる」ことは
得意になることはないだろう。
命がかかっていたらやるだろうけれど、強いストレスは免れない。

しかし、世の中には
「作業が不毛か否かを考えず、指示された作業を黙々と積み重ねることが得意」
だという人もいるのである。

その人に「自分で改善案を考えて企画を出せ」という指示は向いていない。


それは持って生まれた性質の違いで、

どちらが良いとか悪いとかの問題ではない。


記録をつけ続けていると、そういうことを目の当たりにする日が来る。


しかし、性質が違ってもその人と共存したり友人になることはできるのである。

 実は2019/03/10です。


お昼に食べ過ぎてしまい体がだるく、その後1時間15分くらい、気持ちが沈んだ。
胃に血が集まることで、全身に十分な血液が供給されないのであろうか。

記録上、自分は割と気持ちが高揚した状態がキープできないと鬱っぽくなるのがわかっているので、機敏に行動できなくなる不快感を感じるんですよね。
その不快感とダルさが尾を引いて、夕方のオンライン英会話をキャンセルしてしまった。

朝から博物館に行って、図書館に行って本を読み漁って、夕方にはオンライン英会話というのは、体調がよければこなせるし、むしろ気分よく過ごせる高揚状態。

やっぱり自分には食事のコントロールは、1日を快適に過ごせるか否かにとても大きい影響力を持っている。記録して、失敗を潰していくしかない。 満腹にならないように。軽い食事を繰り返すように。 ブログの方でなかなか書けないのでこちらで書いてみました。

Twitterで連投して、こちらにコピペしました。


こんにちは。

2019.01.14です。

あー環境が変わると捗る捗る。

そして、今回、タスクを前に進める力には、
健康が大事、だと痛感しました。

まあ、上司が全然マネジメントをしない人で、
要求してもしない人で、
そのことで私はすごくストレスが溜まっていたのですよ。

できるだけ関わらないように、
自分の仕事以外を引き受けないように、
注意していましたが、
「管理職として最低限やるべきであろうこと」を実行する責任や誠実さを、
他者に求めることを自分の心のなかから消すのは無理でした。
関わりがなければ、見なければ済む部分もあるのですが。

傍目には、上司は「何もしていない」ので、
私が勝手に傷ついているだけです。
「何もしない」ことが問題なのですが。

で、私はこういう状態でいると、
いつの間にか体調を崩していくのですね。

それをあまり理解していませんでした。
単に、他の理由で体調不良になると思っていた……
というか、そんな「精神的に弱い」自分がいるとは思わなかったんです。

でも、

「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる  「繊細さん」の本

を読んで、
どう考えても自分はHSPだろうということと、
「繊細なままで生きていい」、克服しなくていい、という発想に出会って、
この体調不良ってストレスからですよね?
と思い当たりました。

いやあ、前もストレスで体調を崩してるやん。
記録を振り返ったら、めっちゃ多かったです(苦笑)。

記録を分析しても、思い込みがあったら、不正確なものになってしまうこともありますね。

心身の健康は、ほんとうに大事です。
起き上がれないのは、体調不良だからで、
回復してきたら布団から起き上がれます。

健康じゃないと、タスクは前に進められない。

こういう人間関係や環境に自分が弱いことは変えられない。
どうやって、こういうことからストレスを受けないようにするか
検討していきたいと思います。

命大事に(о´∀`о)








こんにちは

2019.01.14です。
成人の日ですね。

キーボードを買いました。
ダイナブックが壊れてから、MacBook本体のキーボードを操作していました。
HDMI標準ケーブルを購入するまでは、モニタ画面ではなくMacBook本体の画面を見ていました。

はっきり言って
操作が嫌になります。

MacBookは素晴らしいのです。
ただ、長時間にわたって、様々なウィンドウを開けながら操作するのは、
すごく負担でした。

ということで、
こうやってある程度まとまった文章を書いたり、
evernoteの整理をしたりするのは
自然と遠ざかり、

遠ざかると生活がぐちゃぐちゃになるわ、
しなければいけない投資(金融じゃない、勉強とか)もしなくなりました。

お正月休みにようやくゆっくり考えることができて、
ワイヤレスキーボードを買ってBluetoothで繋ぎました。


ああああ!!
どうしてもっと早く買わなかったんだろう!!!

ってなりました。

MacBook本体は横に置いて、大型モニターを見ながら作業しています。
MacBook自体の性能は素晴らしい。
使う環境次第だと痛感しました。

環境を変えることで、毎日の生活は変わります。
なによりも環境を変えることこそ、タスクを継続し捗らせる要素かもしれない。

よい環境を(о´∀`о)

こんにちは

なかなか手をつけられないタスクについて。

新しいPCを買わなくてはならないのに、決断できません。

候補を情報担当の同僚に挙げてもらって、そのなかから選んでネットで買う……

はずだったのですが。
決断できません。

が、唐突に通りかかったヨドバシカメラのPC売り場で
似た機種を見た途端、
買う気になった。

つまり、具体的に想像できていないと手をつけられない、
という事態があるということです。

手をつけられないタスクや
手をつけたまま放置してあるタスクの停滞は、
どうしようもない脳の癖(認知資源の節約、決断の回避)みたいなものが原因かもしれません。

そうならば、そのままではどうしようもないわけです。
ここで根性を使うのは、ナンセンスです。
より多量の負担(認知資源の負担)を使うだけだから、継続性がない。

なので、停滞しているときは
やはり環境を変えてみるしかないのでしょう。
環境を変えれば、突然進み出すことがある。

ということで、候補の機種を印刷した紙を持って、
ヨドバシカメラで見てきますよ。






おはようございます。

2019.1.6です。

いい加減、生活リズムを戻さないといけないのですが、
夜中に語学学習に盛り上がったりしてしまい、
夜更かし寝坊になっています。

さて。
最近振り返りをサボっています。
朝起きた時に時間がないから、というのが最大の理由です。

でもねー

たすくまの振り返りをサボっていると、虚しさが強くなってくるんですよ。
私は。

2019年のいちおうの抱負は、

₍₍◞('ω'◞) さておき 私は割に、虚しさとか悲しみとかに襲われる性格なんですが(脳内物質のバランス?)、2019年は虚しさを振り払える行動を増やして行きたいと思っています。虚しさを増やす行動を減らすことにも繋がりますね。 それには、やはり記録と振り返りだなーと。と、まあ軽い抱負です。

とtwitterに書きました。

なんの工夫もしないで生活していると、虚しくなるんです。
自然にしていると、虚しくてたまらないんです。
多くのタスクをこなしていても、
執筆をできていても、
語学学習をできていても、
ダイエットをできていても、
寝るときと起きるときに、ものすごく虚しさを感じます。
「取り返しのつかない人生を、ものすごく無駄にしたのではないか」
「わたしは、なにもなにも出来なかった」
という思いに襲われて
何かを求めて夜更かししてしまい、
また朝起きても虚しい、というわけです。


この虚しさを解消する方法としては、
記録によると
「この瞬間のために生きているんだ」と実感できることなのですが、
この瞬間は、受け身でいると1ヶ月に一度も訪れません。
オーケストラですごい演奏を聴くとか、
会議でものすごい人間模様を目の当たりにするとか、
素晴らしい映画に出会うとか
素晴らしい風景に出会うとか、

毎日は体験できないわけです。

他には、素晴らしい本に出会うというのもありますが、
そう、毎日は出会えないわけです。

ただ、ひとつだけ毎日できることで虚しさを軽減する方法があります。

たすくまの記録を振り返る。
それだけですね。

それだけで、自分が昨日、どれだけのことをしたか、目で見て分かる。
たとえば、
朝に執筆し、
昼から図書館で14冊図録等をチェックし、
美しいレストランで軽食をとって、
国立博物館のナイトミュージアムへ行き、
必要な買い物をして帰り、
英語と中国語を勉強し、
アメリカのテレビドラマを3話見たことが
すぐにわかります。

それだけで、自分の昨日は無為に過ごしただけではなかった、とわかる。
無為に過ごしたわけではなかった、
自分は少なくとも少しは意味のあることをやったのではないか、
という気持ちになれて、
心を押しつぶしそうな虚しさの重しが、しばらくは消えてくれるわけですね。
(夜にはまたやってくる)

この、たすくまの振り返りをサボると、
徐々に虚しさで心を、人生を押し潰されるわけです。

だから、まめに振り返りを。





こんばんは

2019年1月5日深夜です。

昼寝をしてしまったので、こんな時間に起きています。
不規則でいけませんね。

たすくまの記録をつけていて、痛感するのは
「体力一番!」
ってことです。

体力がないと欲望に翻弄されます。
記録にばっちり残っています。

一番大きく影響するのは、
就寝時間です。

体力がなくて疲れていると、
目の前の欲望に負けます。

だから、延々と漫画を読んでしまい、
延々とアメリカテレビドラマシリーズを見続けてしまったりします。
(今は The Mentalist です。3rd seasonに入ったとこ)

体力があれば、
切り上げて入浴して、洗濯を干して、寝床に入って目を閉じることができます。
が、
体力がないと延々と負け続けます。

私はそうです。

他の欲望にも負け続けます。
そして、その欲望に負けていることに気づかない。
というか、
負けている感じはないのです。
抗えない。

体力が戻ってきて初めて、
「欲望に抵抗する感覚」を思い出せます。
そのことで初めて、欲望に抗えないでいることに気づく……という感じです。

体力ですよ!
体力!


どうしたら体力がつくか、ってそれは、

私はそれなりにカロリーをとることと、血糖値を上げることです。

世間では、低炭水化物ダイエットが大流行り(今でも流行ってますよね?)ですが、
私はムリです。
血糖値が上がらないと、だるくて、活動量が激減します。
その結果、太る傾向もあるようです。

人それぞれの体質があるので、ここはやはり記録と振り返りで、
自分の体質の予測をするしかないですね。

体力がないと、私はしっかり眠ることもできない
(ただ、うつらうつらと浅い眠りを漂ってしまう)
結果、睡眠不足に陥ります。

記録をもとに、
自分の体力をしっかりと確保して、
自分の望みどおりの活動量を確保できるといいですね。








こんにちは(о´∀`о)


2019年1月3日です!

人生は、常に願った形とは異なる形で、突然暴力的に変わる。
の続きです。

人事異動により、新年早々、新部署に異動しますが。
それにより、ほんとうに「なんで私が全体をコントロールしないといけないんだ?」という部署のメンバーから離れるわけですが。

新しい部署が天国なわけじゃないですねー。
新しい上司は、かつて違う課で上司だったことがある人です。
ええ、私はよく知っていますよ。
彼女が、何人も潰していることも。
私が、かつてなんども彼女と怒鳴り合いをしたことも……。
(なんで、私を引っ張ったのか謎)

だから、彼女の仕事のやり方をよく知っていますよ。
何もかも抱え込んで仕事を停滞させて、決壊寸前で他人に丸投げしてくるタイプですよ。
疑心暗鬼の鬼(鬼×2回)で、
情報は誰にも渡さないけど、情報を自分のところに集めないと気が済まない。

さて。
彼女と働くとなると、
たすくまに長らく登録されているタスクが一つ、アーカイブに移動することになります。
「前もって仕事」っていうタスクなんですけど。

まあ、情報は教えてもらえない、疑心暗鬼で課員同士の引き継ぎもさせない、〆切りは常にギリギリ……
そういう人の下で、「前もって仕事」なんて出来るわけないので〜

上司によって、
同僚によって、
環境によって、
働き方を変えていかざるを得ません。
たすくまに登録しているタスクに種類によって、それが明確化されるというのは分かりやすいですね。

まあ、いつか
「前もって仕事」がアーカイブから戻ってくることを願って。

へらへら働いて、心身を守りたいな、って思います。

こんにちは(о´∀`о)

2019年1月3日です。。。


さて。

人生は、常に願った形とは異なる形で、突然暴力的に変わる、の続き。

と同時に、
私の隣席で、私を本当に悩ませて来てくれた契約社員さんが!
退職します!!

事情は明かされていませんが、
自ら退職されるとのこと。

いやあ……
ありがたいです。
仕事ができないとかそういう話ではなくて、
ミスの連発とかそういう話ではなくて(毎日、シリアスなミスをやらかしてくれますが)、
「ミスを認めない」
「ミスをごまかす」
「ミスを隠す」
「進捗状況の報告を求めても、正確な状況がわからない」
「不確定な情報を、学生に伝える」
「自分が言ったことを忘れる」
という、コミュニケーション上の爆弾を常に抱えているような状況だったのです。

これは同じ部署で働かないとわからないことでした。
他の部署から、他人事として見ていると、いつも愛想のいい人、という印象だったので。
(記録していると、こういう自分の目の曇っている加減も痛感させられます)


本当に悩まされました。
他の人と仕事の打ち合わせをしていても、
常に、朗らかに全然関係ない話をぶちこんでくる、みたいなことが毎日だったので。
重大なミスの連発の尻拭いに、どれほど駆け回らされたか……
走馬灯のように巡りますね、思い出が……
(いや、まだ死なないですけども)


彼女のミスの収拾のために割かれた時間は、
「トラブル」として、たすくまに登録されています。

いやはや、いやはや。
終わらないかと思われたアホみたいな時間も、
こうやって突然に終わるんですねえ。。。。

記録を取っていると、ほんまにそう思います。
そのとき出口がないように思えることでも、
いつかは終わる。

このアホみたいな時間を終わらせる努力をしなかったわけではないけれど
(ジョブトレーニングをやり直させるか、管理職が管理を徹底するか、契約を切るか、上司と人事に迫りましたが、誰も悪者になりたくなくて?うやむやに)
やはり、予想外の形で、人生は、常に願った形とは異なる形で、突然暴力的に変わる。

たすくまの「トラブル」タスクが減ることを祈って。








あけましておめでとうございます。

2019年1月3日です。実は。

そのうち、1年遅れになるのかもなー笑

さて。
年末に突然の辞令。
突然の異動。
異動までの実営業日、7日。

ははっはっは。

やはり、人生はわからないものです。

ある意味、私の職場(ライフワークではない、生活費のための仕事)の
現在の強烈な悩みは、いきなりの異動辞令で吹っ飛びました。

「管理職の仕事でしょ?」
と迫っても、
「管理職の仕事ってなんです?」
と、課全体のマネジメントをしない上司と
いきなりのサヨウナラ!

いままで、たすくまに「尻拭い」というタスクを設定していたのですが、
(もちろん、上司の尻拭いだよ!!)
このタスクは、もう消える、いや消した!

異動まで、残すところ実営業日2日ですよ!
引き継ぎ文書を作るだけで、終わりだもーん!!

もう尻拭いなんてしませんよ。

人生は、常に願った形とは異なる形で、突然暴力的に変わる。

というのは、たすくまのような記録をつけてきて痛感するところです。

新天地の部署……は、また新たなる地獄が待っているのは、わかっているんですけどね!!
続く!

こんばんは(о´∀`о)

2018年12月31日です。
大晦日ですねー

記録をつけていると
時間というものの少なさを痛感します。

そしてタスクの多さに驚きます。

やらなければいけないことは、どうしてこんなにも多いのか。
不思議になるくらいですが。。

さて。
年末年始、親戚づきあいが多くなりますね。
一般的に。

私は人生で初めて、親戚づきあいを放棄した年末を迎えているわけですが。
去年のたすくまの記録を見ると、
実家のお正月の準備、実家の大掃除、親戚の世話、写真の手配、仕出し屋さんへの連絡、おせちの受け取り、元旦昼夜の食事場所のリコンファーム……
年末年始がすべて親戚づきあい(という名の奉仕)タスクで埋まっています。

これが習慣だと言えばそうです。
いいか悪いかはわかりません。

ただ、精神的にリターンがあるわけではない仕事です。
もちろん給金が発生するわけではない。
ただ、常に人の世話をしている、そして当たり前だと思われている。
むしろ、「お世話できて嬉しいでしょう」と思われている仕事です。

こういうことをしている人は多いでしょう。
喜ばしく思ってやっている人は、それはそれで素晴らしい。
この仕事をすることで、何らかのリターンがある人はいいでしょう。
私は苦しいだけだった。
(友人は、「おつとめだ」と言っていました)

ただ、このタスクはものすごく時間を食います。
いいとか悪いとかではない。

自分がどこからリターンを受け取っていると感じるのか、は
記録からよくよく考える必要があります。
他者の方はリターンを与えているつもりでも、自分はそれをリターンと感じられない場合も多いからです。

自分がどこからリターンを受け取っているのか、
どこならリターンだと感じるのか、
をよく検討し、
リターンを受け取れる場所を掘るべきだと思います。

リターンを受け取れない場所を掘っても、
どこまで行っても満たされない。

私は、家族とか親戚とかお見合いとかはものすごく努力しても、
リターンを受け取れなかった。
(他者はリターンを与えてくれていたかも知れません)
しかし、職場の仕事はまったく思い入れが無いにも関わらず、
評価される(わかりやすいリターンです)。
特に嬉しいとは思っていませんので、
こういう形でリターンと感じるのが難しい傾向があるとは思います。

どこならリターンが受け取れるのか。
そこをよくよく見極めて、掘っていくしかないと思います。
満たされたいならば。

という大晦日。


こんばんは(о´∀`о)

2018年12月30日です。

人間関係のコストについて。

人間関係をコストとして捉えることは、
ある種の強い反発を招きそうですが、

人生においては、
認知資源も時間も体力もお金も限りがあり、
また自分の幸福をどこに見出すかという意味においても
コスト意識は非常に重要だと感じています。


削られる人間関係で失われる時間・尊厳・体力・機会等を考えれば、
コストを考えるべきだという視点は、重要です。

自分に責任のないことで傷つけられたりした場合に
立ち直るコストは相当なものです。
単なる相手の不機嫌によって傷つけられた場合にも
払うコストは高いものです。

時間的には、最低でも30分程度からときには何年もかかります。
その間に失われる冷静さや機会、なにより時間のことを考えると、
人間関係は慎重に検討するべきものです。

ただ、人は一人では生きていけないので、誰とも関わらないことは無理です。
他者によって支えられているから生きていけるということは、人生の基本です。

なので、
どの人間関係がコストがかかるのかをたすくまのような記録から検討し、
自分が幸福でいられるような人間関係を選択し、
自分が搾取される人間関係から距離を置くこと、
そのバランスを常に考え続けることが大事なのだと思います。






こんばんは(о´∀`о)

2018年12月30日です。
おどろきですね。
9ヶ月以上遅れていて、おまけに2018年は終わりそうです。

2018年のまとめなど。

記録をつけ続けてきて痛感するのは、
(この前twitterにも書きましたが)

最優先されるべきは

認知資源の節約

という姿勢だと思います。

時間よりも認知資源の節約(合理的配分)が優先です。

なぜなら、
たとえ時間があったとしても認知資源が残っていなければ、
時間を有効に使えないから。
むしろ、欲望を制御できなくて、時間を浪費してしまうことが多いから。

記録から確信するのは、
①認知資源の節約
②時間の節約
③お金を有効に使うこと

の順がベターな優先順位じゃないかと思います。

あっさりと
2018年のまとめ。


こんばんは

12月12日です。
あと少しで13日です。

先日、ひさびさにお会いした年上の友人が
「寝ないとパフォーマンスが下がる」
「22時に寝て5時に起きる7時間睡眠と、2時に寝て9時に起きる7時間睡眠の質は違う」
と言っておりました……。

いや、まさにそうだと思いますよ。

でも寝れませんね。

でも、寝てみました。

なんとか0時半に電気を消しました。
(それでも遅い)
たすくまの「睡眠」をポチと押して。

爽やかに目覚めるかと思いきや、
眠くて眠くて泥のような体を引きずりながら、
遅刻寸前で目覚めますよ。
たすくまをポチと押す……。

6時間18分……。

ひさびさの6時間超え〜〜〜!!

超だりぃ〜〜〜〜〜〜

たった1日で回復したりはしません。

でも、起き上がった後の行動が普段よりも早く、
決断も早く、
朝食の準備をしながら、出かける準備などもできて、
結局余裕を持って2分早く出ることができました。

起きた時は超だりいいいいいいいい
でしたが、それなりに元気になっているのですね。

次は、職場でだるいのをなんとかしたいなあ、と思います。
午前中と、昼食の後が、たまらなくだるいんですよね。

それも試行錯誤と記録から対策を立てるしかないでしょうねえ。

もっと寝たい……


こんばんは٩( ᐛ )و

12月9日……10日になりました。

でボダムのウォールグラスについて書きましたが、
後日談がありまして。

ボダムのウォールグラス(250ml、お茶用)に
味噌汁を入れて飲んでいました。
熱くないところがすごくよくて、便利に使っていたのですね。

するとフォロイーさんに割と驚かれて、
スープグラス(ダブルウォールグラス、キントー)を勧められました。

ボダムで味を占めていたわたしは、当然ポチりますね。

買ってよかった……!

結果として、毎朝、食事するようになったんですよ!
それも、いやいやじゃなく。
毎晩、食事するようになったんですよ。
うんざりしながらではなく。

考え事があったりしたら、食べることが億劫でたまらなくなるようなんです。
空腹も感じなくなります。
が、もちろんカロリーが必要ないわけじゃないので、
食べなければダウンします。
でも食べたくない。
誰かと会ったりしないと、なかなか楽しく食事ができない。

そこに現れたダブルウォールスープグラス。

ふつうにスープを入れるだけです。
わたしはスープならどんなときでも食べる、
ということが発見されただけなんですけど笑
これも手が熱かったら、きっとやる気をなくしているのでしょう苦笑

スープグラスがやってきて、
朝も昼も夜もスープだけは食べられるようになりました。

たすくまにちゃんと食事の記録がつく。
変な時間になっても、それなりにスープだけは食べている記録が残ります。

よかったです。
ダブルウォールグラスひとつで、こんなに変わるなんて驚きです。
ほんとうに環境に依存していることは多いのだと痛感。

もっとそういう鍵を見つけていきたいです。

スープ飲みましょう(о´∀`о)








こんばんは٩( ᐛ )و

もはや12月師走……

年を越して去年の分を書いているのは確実なようです。

さて。

やることが多いです。
それもルーチンじゃなくて、改めて検討したりしなければいけないタスク。

これが、私はとても苦手です。
火災保険の更新。
単なる更新ならいいんですよ。
二択になりました。
全部検討しなきゃいけないじゃないですか。
私は細かい約款まで全部読まないといけないんじゃないか、という強迫観念に駆られるので、
全然取りかかれません。

問題は取りかかれないことだけじゃなくて、
気にかかるタスクがあると、
気にかかる問題があると、

ルーチンの大事なタスク自体から逃避する、ということがわかったのです。

ああ、そうです。
私にとっては「書くこと」が最優先事項なのですが、

火災保険の更新とか
設備の交換とか
そっちが気にかかって(るのに取り掛からない)
「書くこと」に取りかかれずに、
部屋の片付けばっかりしてる。

みたいな状況になってしまうのです。

今回の師走は、なぜかもろもろそういう要検討タスクが重なって、
2016年末の引越し(12月28日に引っ越すのはどうかと思うが)以上の
精神的な負担があります。

あーめんどくさい。
あーいやだいやだ。

ということで対策を考えないといけないんですが。

1)さくっと約款を読まずに火災保険を更新し、設備交換も深く考えずに行う。
2)無理やり、やる気を出して、ルーチンに取り掛かる
3)もっとやることを減らす。

さて、どれが今後につながりますかね。

1)と3)かな。
2)は無い。いかん。

そして、やっぱり何より重要なのは3)でしょうね。

その特効薬はなくて、断腸の思いでタスクを切り捨てていくしかないのでしょうが……
気づいたらまた増えるという。

あああああ

こうやって書いているうちに、火災保険の選択肢は決定し、設備交換もやる気になりました。
うーむ。

4)ブログを書く
というのは一つの対策かもしれませんね。


おはようございます(о´∀`о)

11月30日です。
早くも明日から師走……

大幅に遅れておりますが気にしません。


最近、たすくまのタスクを減らしております。

まあ、こういう生活記録とか生活というのは
常に変わっていくものではありますが。

親族に手紙を書くタスクを減らしました。

これは微妙な問題……

といえば微妙な問題ですが。

フォロイーさんと話をしていて、
何年もまったく反応のないことを親族にする意味があるのか?
という疑問が生まれまして。
(相手が仮死状態とか認知症とかいうわけではないです)

私自身の「わたしが何かをしてあげないといけないのではないか」という不安?な気持ちが、
ずっとそれを続けさせていたわけですが。

最近は、とても忙しいので、
「私を大事にしてくれる人」を大事にするために時間を割き、
「私に反応しない人」「私をないがしろにする人」とは距離を置く……
ということが結局、大切なのではないか、
と思うようになりました。

そこで、サクッと「手紙を書く」「投函する」タスクを
削除……
はできず、アーカイブに入れておきました。

( ;∀;) 相手が変わってくれることを期待しているんじゃないですよ!
思い切り削除する決心がつかないだけです。
5年間書き続けてきたので。


やっぱりアーカイブに移しただけで、
心は軽くなるのです。
認知資源が節約される。

そして、「不毛なのかもしれない」と感じていたことを
「もうやらなくていいのだ」と思うと、
やはり心は軽くなるのです。


大事にしてくれる人を大事に。
ないがしろにしてくる人とは距離を。

よい日々を(о´∀`о)





こんばんは(о´∀`о)

11月24日ですよー

さて。
ハードルを下げることの重要さは、
強調しても強調しても足りないと思います。

師走に近づいてくると、
自分自身は忙しくなくても、
周りが年内に駆け込もうとしてタスクが増えてくる。

そして、それが意思決定が必要なことが多くなってくると、
途端に行動できなくなります。

私は、記録から振り返って、
3つ以上の「それなりに検討しなければ決定できないタスク」が発生すると、
どうでもいいことすら決定できなくなることが多いです。

例えば、
(1)新しいノートPC(サブ)を買わなければならない
(2)ジムの更新手続きをしなければならない
(3)マンションの仕様の変更のために、対処しなければならない
(4)iphone不具合のため、やったことのない初期化をしなければならない

です。
今はこれ以上に抱えていますが……

全く頭が働かなくなりますね。
本は読めるけど(これは、脳がハードルを下げているのでしょう)。

なぜそこまで決められないのかわかりませんが、
とにかく決められなくなります。

そこへ、もろもろの親戚のサポート等もあるわけです。

……ああ、もうAmazonから送ろう。
そうだ、あれもこれもAmazonから送ろう。

天啓のように閃きます。
今までは、事前に打ち合わせたり相談したりして、相手の気にいるものを、デパートで買うなどして、送ったりしていたわけです。
いや、無理。
もう無理。

ぽちっとな。
心に(正確には脳に)広がる安堵と幸福の快楽……。
これで2つ片付いた……。
Amazonありがとう。
プライム会員でよかった。
急いでいないから通常配送でね。

こうやってハードルを下げないと、
私は自分の大事なことも決められなくなります。
毎日やってることなら、明日もできる。
でも、新しい案件はいくつも処理できない。
無理すれば処理できるけど、認知資源的に負担がかかって、結局、後に響く。

それぞれのタスクを、自分の状況に合わせて目標達成率(完成度?)を下げていかないと、
ハードルが上がりすぎて、
どれもこれも実行できないわ、
締め切り間際に駆け込むことになるわ、
で余計疲れるのは、たすくまを使っていないときの経験からわかっています。

ハードルは下げていきましょう。
状況に合わせて、完成度もコントロールしていきましょう。

よって、このエントリの求める完成度は、著しく低いです(о´∀`о)



こんばんは(о´∀`о)

11月24日です。

ツール(環境)の大事さについて。

体調を崩すきっかけとして、
(1)食べられなくなる
(2)睡眠時間が減る

があると書いたことがあります。
(3/3分のエントリですが、引用するのが面倒なので、まるで「いつか書いたねー」みたいなノリ)

食べられなくなることの弊害としては、
カロリー不足に陥るのは当然として。

水分不足に陥ります。

カロリーだけはなんとか摂取していても、しんどくてしんどくてゴロゴロしてしまう日が続いて。
いろいろ試してみたら、
水分を一生懸命取ったら、みるみる元気になったことが3回以上ありました。
たすくまとにらめっこしながら、元気になるかどうかをチェックしていました。
元気になりました。
元気になりすぎて、夜中に活動するめちゃくちゃさ。

しかし、水分不足がわかっても、
単純に水をたくさん飲めるわけじゃないです……。
(やってみました)

で、たまたまフォロイーさんに勧められていたボダムのダブルウォールグラス
熱いものを入れても手が熱くないよ、と勧められていたグラス。
使ってみたら……

「はっ……!!なにこれ熱くない、ていうかめっちゃ飲みやすい。めっちゃ飲める」

と突然水分が補給できるようになりました。

口に入れたものを基本的に写真に残しているので、
突然、水分摂取の回数が増えていることがわかります。

いままでのカップやコップは、重かったり熱かったりで、微妙にストレスがあったのでしょうね。
こんな細かいことにうるさい自分が嫌になりますが、
こんな細かい環境やツールが、自分の行動をコントロールしているのです。

それは不満ですが、
仕方ないです。

こういう発見を積み重ねて、
環境を整えていくしかないんですね。。。

みなさまも、よい水分摂取を(о´∀`о)


こんばんは(о´∀`о)

11月24日です。
今年も残すところ、あとひと月……。

3月のブログを書いてるってどうなの?

気にしないことにします。

まあ、今年は慌ただしくて、
親が年を取ってくるといろいろ予想外のことが起こります。

あまり振り返りもできていなくて、
ただ、たすくまだけはつけ続けています。

で、ずっと記録をつけ続けていて思うのは、
「波がある」ということです。

体調には波があるんですよ。
あたりまえですが、まあ、はっきり言って自覚できていませんね。

妙に調子のいいときもあれば、
食べられなくなるときもある。
季節とか気温とかも関係があるのだと思いますが、
落ち込み始めるとある程度時間が経たないと、復調してこない。

そういう波は、
体調管理に気をつけていても避けられないことがわかりました。
自分が体調管理に気をつけていても、上司が風邪のウィルスを撒き散らしてくることもありますし。。。

それに、PCサブが壊れる、iphoneが壊れる、マンションの大きな仕様が変わる、実家の工事の采配をする、などが一気に重なるなどの波もあります。

こういうことは避けられないです。

できることは、
(1)波に備えて、前もって準備しておくこと
  例えば、保存食・非常食を常備しておく、アイスノンを冷やしておく。
(2)どうせ波があるのだから、調子のいいときに無理なく進めておくこと
  締め切りギリギリだと、倒れたらその時点で間に合いませんからね。
(3)下降の兆候を把握しておき、できるだけ早めに対処する。
 私は食べられなくなること、睡眠時間が減っていくことが危険な兆候です。
 食べられなくなること、睡眠時間が減ること自体は、むしろ実は調子がいいときなのです。
 食べることに意識が行かなくなり、寝る間が惜しくなるのです。
 が、当然、その後にドーン!と体調を崩します。

くらいですねえ。

いつも完璧にコントロールしよう!
から、
波があるのは仕方ない。
と思えるようになったのは、記録と老成のおかげですかね〜

いい記録生活を(о´∀`о)









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