2006年05月07日

MACH PELICAN

fd61391e.jpgえー、ゴールデンウイークは新日ドーム大会が無いとちょっと物足りないダイです。みんなはゴールデンウイークどう過ごしてたかな?
今回は5・31に金沢にやってくるマッハペリカンの紹介です!
知ってる人も知らない人も最後まで読んでね。


マッハペリカン(Mach Pelican)


オーストラリア、メルボルン発 日本人パンクロックトリオ!

700回を越すライブショウ、2枚のフルアルバムと数々のEP,シングル、コンピレーションCD、テレビ/ラジオ番組への多数出演、CMソングの提供、数々の野外フェスティバルへの出演(BigDayOut,Falls、Meredith,台湾HohayYan)、10カ国以上の海外ツアー等。。以上の経歴からも分かるようにマッハペリカンはオーストラリアでもっとも精力的に活動している日本人パンクバンドであることは明らかである。

その上、その多忙な海外活動の合間を塗って本国日本へのツアーを6回も行っている。

いったいマッハペリカンとは何者なのか??

話の発端は1996年、オーストラリアは最西の町パースにさかのぼる。当初、英語留学が目的で来豪した3人の若者Kei Nakamura(K−Rock/ギター, ボーカル)、Atsushi Omori(Atsu−C Roll/ベース)、Toshi Maeda(Toshi8Beat/ドラム)が学校の退屈な授業に飽き飽きし時間つぶしの為にパンクバンドを結成、生の英語を勉強すべきウェスタンオーストラリアのありとあらゆるPUBでラモーンズに象徴されるシンプル、キャッチー、ストレートなパンクミュージックをかき鳴らし始めた。

多数の海外、国内バンドのツアーサポートを経てそのエネルギッシュなライブ演奏の噂は東海岸まで広がり、豪州一のインディーレーベルSHOCK RECORDSのスカウトマンがその真相を知るために飛行機で4時間かけてパースまでやってきたことが彼らの運命を大きく変えたのである。

1998年8月、遂にマッハペリカンはSHOCKとの5年間のレコード契約を交わすべく全ての荷物を一台のヴァンにまとめ、オーストラリアを5日掛けて横断しロックンロールキャピタル、メルボルンに乗り込んだのである。知り合いも身寄りもいない3人はたどり着いたPUB兼バックパッカーに毎週火曜日のライブ演奏のギャラと引き換えに6畳一間の部屋を手にいれ、連日連夜メルボルン中のPUB/ライブハウスで精力的なライブ活動を行っていったのである。

その噂はたちまち東海岸中に広がり各主要都市からもライブの以来が殺到するようになった。そして1999年ついにデビューアルバム「マッハペリカン」をSHOCKより発売、シングル「ダンス イン シカゴ」はすぐさまトリプルJ、トリプルR、PBSなどのFMラジオ局のヘビーローテーションに取り上げられ、多くの海外アーティストとの共演(Rancid、Buzzcocks、Donnas、Blink182、GuitarWolf、5678s等)、野外フェスティバルの出演、全豪ツアーサーキットを経てマッハペリカンはオーストラリアのフェイバレット日本人パンクバンドとして不動の地位を得たのである。

来年2006年に活動10周年を迎えるマッハペリカンは新たな挑戦を始めた。まずは2006年3月に発売予定の3rdフルアルバムのレコーディング。それに伴うアジア/日本/ヨーロッパツアー。さらには日本/海外のバンドへの豪州ツアーの手助け。メルボルンのアジアンバンドばかりを集めたショウケース「Ausian Rock Explosion」の企画など海外で活躍する日本人バンドの先駆者としてその基盤をさらにグローバルに広げていこうとしている。

マッハペリカンの音楽への情熱と探究心は10年経とうとしている今でも変わらず、さらに向上している。彼らに終わりはあるのか?
音楽に終わりが来ない限り、彼らのその欲望が尽き果てる事はなさそうだ。。

2005年10月 六波羅 英斗

みんな、今月出るマッハペリカンのアルバム買って、5・31ノースペースに来るっきゃない!稚内!?
ゲッツ☆
dai_loser at 22:31