昨年秋から今年初めまで、夜の御堂筋を彩ったライトアップ、ようやく記事にすることができます。長い間お待たせしました。JR大阪駅ほど近くを起点にして、20分ほどあるいたでしょうか。LED電球を巻き付けた、いわゆる電飾として一般的な飾りつけをほんの少し変えるだけ ...

  阪神淡路大震災で犠牲になった方々を追悼する、鎮魂の色阪神淡路大震災の犠牲者をしのぶときイメージには東日本大震災の津波雪が舞う中での救助活動寒さをこらえ、不便な避難所生活に耐えるみなさんの様子が思い出されます。すでに阪神淡路大震災が特殊なことではなくな ...

もうすぐ阪神淡路大震災の日がめぐってくる。おりしも関西は、というより日本全国が数年ぶりの大寒波に見舞われている。そんな1月15日、六甲アイランドでは地域振興会と自治会の共催で阪神淡路大震災メモリアルウォーク&ランが行われた。ウォーキングは、一周5キロのシティ ...

さて、神戸どうぶつ王国のバードショーで、ハゲワシに続いて登場したのは……おおっ!お客さんたちが、みんな大喜びしているのがわかりますか(笑)?ほら、お客さんたち、のけぞるどころじゃなくてほとんどひっくり返ってる(笑)。茶色くって、ずんぐりむっくりで翼も大き ...

1月2日の朝、私はわくわくして目を覚ましました。妹と妹のお義母さんと一緒に、神戸どうぶつ王国へ遊びに行けるからです。身体が衰えてきたとは聞きました。確かに、 久しぶりにお会いしたお義母さんは、お姫様抱っこができそうなぐらい軽くてなんだか少しせつなかったの ...

すっかり上がりきった初日かい日の出を撮影して満足したのち近くの食堂(マリン食堂)で振る舞い酒をやっている自治会仲間(振る舞い酒は食堂の活動)へ新年の挨拶をしに出かけまたまた戻ってみると目の前を船が通り過ぎるではないか!大急ぎで撮影したけど絶好のシャッター ...

今年も、マリンパークに出かけて初日の出を拝んできました。 大勢の方がみえていました。私が初めてこちらを訪ねたのは、まだ母が存命中のころ。眠っている母の隣のベッドからそっと抜け出して、出かけたことを思い出します。それでも、初年度は、太陽が顔を出してずいぶん ...

おねいちゃん、この日、空いてる?妹はいつも私をおねいちゃん と呼ぶそれが愛らしく、呼ばれることに幸せを感じる。 12月23日妹とふたり、芦屋のラフィナートに出かけた場所を検索してああ、あそこね、と思う。二号線より上、いかりスーパーのすぐ南でずいぶん前から、そ ...

 JAPAN  PEARL  CENTER、   日本眞珠会館そこは、神戸が開港されてから現代までの歴史がぎゅっと凝縮されたような場所でした。神戸から亜細亜へ、そして世界へ飛躍しよう、飛躍しようとした時代の香りが残っています。真珠は、神戸自慢の産業でした。しかし、イミテーシ ...

古いものは流され新しいものが積もっていくそんな砂州のように瓦礫の山から立ち上がり美しくなった神戸の街でもその中に、時代に取り残されたように時代にあらがうように建つ建物を見つけると心が熱くなります。神戸真珠会館もそんな建物でした。レトロという言葉は好きじゃ ...

 年明けの1月1日神戸港は開港150周年を迎えます。兵庫津という小さな港が神戸港として開かれて150年その間に、第二次世界大戦での大空襲さらに阪神淡路大震災と二度も神戸は壊滅の危機に見舞われました。街はがれきの山と化し多くの人命が失われましたが人々はいつも絶望の ...

わたしがルミナリエを毎年訪れるのは お母さんにありがとう、と伝えたいから。あれはもう何年前でしょう。わたしと母は連れ添って美しいルミナリエを堪能し東遊園地のこのスッパエリアにやってきたのでした。今でも、どのあたりだったか、はっきりと覚えています。わたしが ...

お母さん今年もルミナリエの季節がやってきました。お母さんと歩いた道を今年もたどってきました。電球がLEDになり回廊が短くなりお祭り色が強まったり変わっていく姿をお母さんならなんと言うでしょうか。どんなに変ってしまってもわたしはかならず訪れたい。 ここを歩 ...

友 遠方より来るともにひと時を過ごすならばお連れしたいところは、そうはない。この日は、時間に余裕があるということでJR 芦屋駅で友を車に乗せ六甲山に向かう山の紅葉に目を奪われる友途中、車一台がようやく通れる小道をすぐ左手に小さな谷川を見下ろしながら着いたそ ...

雨やらタイミング悪いやらで68年ぶりとやらのお月様には、また会えなかったな……カメラなんて持っていても腕は悪いしセンスはないしもーいーやと思っていたらふつか後の朝玄関開けたらお月様が我が家を覗いていたんです。予備校に出かけようとする娘とふたり、しばらく見上 ...

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