スイスへ行こうかと思う
混み合った茶色い喫茶店
うまく いかねえよ
痰の絡んだ声でばばあ
或いは単に痰が喉を擦る音に過ぎなかったのか
「じゃスイス行けば?」
思いがけぬ孫の相づち
「スイス?ユングが住んでいたところ?」
思いがけぬ知的な返答
しかしこれも或いは単に痰の絡みに過ぎなかったのかも知れない
私は自転車で20-21の荷物を配りに配る
うまくいかねえからスイスへこのまま行こうかと思う
欠けた月を見上げながら自転車で海面を滑り
このままスイスへ行こうかと思う
レンコンの穴を通って
産まれた僕と
パイナップルの穴を通って
産まれた君とが 愛し合う
気が狂いそうな僕は
とうとうブルボーを読み
「生きるのつまんね」
が口癖の君は
『フォレスト・ガンプ』のバッバの台詞を丸暗記する
人は己れに関して信じた通りのからだになる
Yの帽子を深く被って
自転車をこぎ
首都高を進む
戦いの20-21
ソフトクリームを掲げる自由の女神
変幻自在の入金機にぶちギレる銀行員
清涼さん珍しくも不在
夜のコンビニ前でタブレット端末に照らされた若い女の顔面に
斜め前方からガリガリ君がぶち当たる
不在票を書く私の右手は小刻みに震えている
戦いの20‐21
予備バッテリーを準備してきた私は尚も進む
『とびだせどうぶつの森』のカートリッジを
上皿天秤に静かに載せる動きは
あの頃の君を思わせる
本を千冊読んだのに
ああ なぜ出口は見つからないのか!
炎天下に女神のソフトクリームは溶け落ちて
乳牛がそこへ群がって
翌日元気に乳を出す
タコスの魔法
インターネットの時代
端末と電波の呪い
あやふやなものを
飲み干したい
あやふやなまま
飲み干したい
なにか はっきり しないまま
「おれ、全盛期はさ」
寺川は寂しそうに俯きながら言った
「全盛期のときはさ、睾丸とチンポの配置、逆だったんだぜ」
「逆?」
「コウガンが上でチンポが下だったんだ。
今は、そうじゃなくなっちまったよ」
「別にいいじゃねえか」
「よかねえよ」
「ふつうのチンポ配置になったんだろ?」
「ちっげーよ、コウガンもチンポになっちまったんだよ。
チンポの上にチンポなんだよ」
「うわ」
「うわっ、て感じだよな」
「そだな」
「上手くいかねえよ。スイスにでも行こうかな」
「まあ、また睾丸が復活するかも知れないし、元気出せよ」
「なあ、世界って、プラスとマイナスで、
陰と陽で、調和とってるよな?」
「なんだ急に」
「てことはだよ、チンポ・チンポになった俺をバランスするために、
世界のどこかで、
睾丸の上に睾丸って配置になってしまっている奴がいるんじゃねえか」
「知らねーよ」
「辛いだろうな、そいつ」
「知らねーよ」
催眠術を駆使してね
ポリネシア人に挨拶してもらうよ
催眠術を駆使してね
たこ焼き姫どこいくの
汗水垂らして駆け回り
バカみたいに冷えたトマトを食えば
お前の人生は祝福される
あの事は 誰かが片付けてくれたらしいよ
もう充分確かめたでしょう
お疲れさま
君は 一生懸命 違う人になって 生きてきた
ボーナスで瓜坊を3匹買ったんだけど全然なつかねえの
テラ・パイパイという名の飲食店でサラミを斜めに切る仕事をしている24歳の巨乳に恋をした
女はおっぱい
男は祭の時のテンション
ひからびたケロリンに湯を
たこ焼き姫どこいくの
小田原?
たこ焼き姫小田原いくの?
鰹節も連れてくの?
あっ置いてくんだ鰹節は
たこ焼き姫また会える?
たこ焼き焼いて待ってるよ
くるん くるん くるん あっ くるん くるん くるん
ほうっとけよ 美しくなるから
妻よ
妻よ
白米のような美しい肌の妻よ
パール・ホワイトな妻よ
身籠った妻よ
私と似てすぐ笑う妻よ
私と似て簡単にふくれっ面になる妻よ
妻よ
私がお金を稼いでくるから
安心して美容室へ行っておいで
妻よ
妻よ
前髪を一直線に切り揃えて
丈夫な子供を生み
良い初対面を迎えておくれ
企画書
34にもなって企画書を書いたことがないから
義理の弟にTelして
「企画書って表紙つけんの?」
「基本付けないっすね。概要をまず書いて」
「ああ概要。なるほど。まず概要を。ああー」
一服しようと煙草を尻ポケットへ詰め
夜風に吹かれながら
大学芋色に光る星を見上げたその時
私はついに思い出した
生きる目的を――!
シェアした車でK海浜公園へ向かう
干潮時刻にクラゲの死骸
触れると寒天のようである
岩をどかした君のサンダルの上を
無数のフナムシが這い回った
5月12日私の生産性10.4
篠本さんは17とかいってるだろう
私は恥ずかしげもなく
カルピスばっかり 飲んでいる!
カルピスばっかり 飲んでいる!
想われている
ふみちゃんが煙草を止めてしまったので
わざわざ駅前の喫煙所まで出かける
近ごろにない 寒さに
コムサで買ったジャケットを 引っ張り出し
午前3時 インジゴ色の 空
そのとき 思わずかがみ込むほどの衝撃が
わたしの脊柱骨を 貫いた
想われている……!
世界にわたしは 想われている……!
わたしが小動物や 赤ん坊を見るような
そんな目で想われている……!
≪空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、
蔵に納めることもしません。
けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです≫
「マジだったのかよマタイ!」
心臓の鼓動が詩を打ち始めた
わたしは慌ててケントをもみ消し
マンションへ走って引き返した
エレベータを待つのももどかしく
階段を駆け上った
おお おお おお
おお おお おお
なんにもしていないのに私はゴールした
立ち止まって私は達成した
ただ茶飲んで終わる1日は百点満点だったのだコノヤロー!
ただ茶飲んで終わる1日は百点満点だったのだコノヤロー!
治癒
空に突き刺さる
曲がりくねった一本松
その強烈鮮やかな緑の針を医者は私のうなじに刺した
頭に溜まった宿便が
黒い竜や黒い鯰の姿で
私の眼窩や耳、顔面等からもがいて出ていった
牢の鉄格子を開けると
暗がりの隅にふてくされた子どもの私が体育座りをしていた
「開けておくよ」
とだけ私は声をかけ
長年守りに専念していた3人目の私と目で会話した
「あとは待つだけだな」
「時間がかかりましたね」
「ああ……時間が……かかったなあ」
足りていたのだ
足りなかったのはokであったのだ
準備が出来たら、ね、出てくるよ
焦らないで
取り出さないで
つつかないで
準備が出来たら、ね、出てくるよ
長い雨だったな、言った
最もしんどかったのは人々の途方もない無理解であった
長い雨だった、彼は答えた
少しためらって、育つために必要だったのかな、と私はありきたりな、誤魔化しに近い慰めを言った
雨でダメになる花もあるし――それは分からない、お空さんのやることは我々には分からない、けれども、生きている、生き延びた花だよ、我々は
ああもう充分だ充分だ
もうよいでしょう
わたしはわたしをついに根本から誇りに思います
光よ我々を照らしたまえ
光よ!
光よ!
あンたには生きるチカラが――上手いことやっていくチカラがもともと備わっている
そのことを信じられなくしたアホがおり、
あンたはそのアホが信じ込ませたことを未だに信じている
根源はただ それだけのことである
何か忘れ物でもしたかのように体が軽かった
不安になり確かめたけれど忘れ物はなさそうであった
最悪なだけだ
最悪なだけだ
スーパーに並んだ椎茸くらいの日常性だ
動揺も不安も不快もいらぬ
最悪を厭うな
何、最悪なだけだ
ただ最悪なだけだ
激しい竜巻の中 目の前のちんすこうに手が届かない夏があった
強力接着剤で何度固定しても亀頭がこぼれ落ちる秋があり
歯茎から縮れ毛が群生する冬があった
私はフルートの演奏される暖かい陽光の注ぐ春をまちつづけたがそんなものは来なかった
最悪なだけだ
綿棒やフライ返しくらいの日常性だ
動揺も不安も不快もいらぬ
最悪を厭うな
何、最悪なだけだ
ただ最悪なだけだ
スイスに行く必要はないのだ
了)