2008年02月16日

バレンタインデー

 バレンタインデーという日に良い思い出はないけれど、今年は娘からチョコをもらいました。嫁さんと娘からのプレゼントということで、父親に渡す時でも、恥ずかしいらしく、もじもじしている娘はとてもかわいらしいものです。
 ただ、もらえるのも後数年ぐらいに覚悟しておかないと…。少し早めに帰宅したおかげで、娘が起きていて、直接貰うことが出来ました。
 先日幼稚園で、指人形劇があったり、餅つき大会があったりして、イベント目白押しのこの頃、地震だ、なんだとありましたが、お姉ちゃんらしく健やかに育って欲しいと願っています。

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2007年12月11日

地震7

職場は避難場所から5分の距離です。そこらじゅうで、テレビカメラを持った人とすれ違い、自衛隊の車両とすれ違い、表現するならば「戦場」のようだと戦争を体験していない人が言っていました。でもそれぐらいの表現をしたくなる気持ちも分かります。
まず水・ガス・電気の無い状態で、会社に行ってもいつものような仕事にはなりません。しかしながら、まずは倒れている物を立て直したり、片付けが多数ありました。
お昼ごはんはコンビニが近くにありますし、カップラーメンをたくさん持ってきていただいていました。炊き出しもしばらく行けばあります。
あっ…もう思い出しにくくなってしまった。
風化という言葉、実際に自分の中でも起こっているかも…続く…。

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2007年09月29日

地震6

 とにかく子供のことを最優先し、ふとん、おかし、おもちゃをもって避難所へ向かいます。たしか19:00ぐらいだったような?市役所の方が受付をしており、名前を書いて人数分の食べ物と飲み物をもらいます。この施設はこの当時トイレ、電気、冷房が使えたんです!なんとかおなかも膨れほっとしたのもつかの間、最初のうちは静かだった怪獣たちも寝る前になるとぐずりだします。周りの子供たちも走り出します。なんで子供の足音って大きいんでしょうか?授乳場所もままならなかった我々は特別扱いをしていただき、別部屋にて寝ることができることになりました。だって国会議員さんがお見舞いに来た時だってふとんをかぶって授乳中でしたから…。
 小部屋に移った我々ですが、私妙に頭が冴えて寝れません。怪獣君たちはすやすやと眠っています。こっそり抜け出し、コンビニへ。前回の地震の教訓か?陸路がつながっていたからかコンビニの品揃えのスピードはすごかった!助かりました!お酒を購入し、外でいっぷく…。中には自宅が倒壊した人がいたりしてお酒なんて飲もうものならヒンシュクです。集団での生活のため大きな声での会話も迷惑でしたから。自衛隊と警察の車がブンブンと走っています。仮設トイレのとてもいいにおいのそばでした。次の日は早く起きて会社に向かわなければ!続く…。

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2007年09月20日

震災5

 安全確認がとれた方は6割ぐらい、残りの方は電話がつながりません。個人情報のため、あまり社員さんの携帯電話を知らなかったことも原因かもしれませんが…。「電気が通電していないと機械のチェックができないので」「自宅がすごいんです」という返答に、「会社大変なんです」ということぐらいしか伝えることが出来ませんでした。
 例え普段の生活に戻っても、仕事が無かったら収入が無くなる?という複雑な心境の中、夕方に嫁さんの「今日ごはんと寝るところどうするの?」の一言に我に帰りました。自宅はガラスの破片を掃除できず、掃除機が無いと、ハイハイをしている怪獣が危険なため、住むことが出来ません。近くの施設は満員とのことで途方にくれましたが、なんとかマイナーな施設を探すことが出来ました。かなり快適な施設ですが、長所と短所のある施設でした。続く…。

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2007年09月15日

震災4

 もちろん会社の電気はつきません、窓が少ない会社のため、昼間でも電気をつけなければ暗い会社です。自宅を見て予想をしていたものの、前回の地震とはまったく違う酷い情景が目の前に広がっていました。
 父親はいません。積んである紙はくずれ、棚は崩れ、様々な機械が移動しています。中にはコードごとぶちきれているものもあります。動くかどうか壊れていないかは電気が通らないと確認は出来ません。2Fへあがります。様々なものが机から落ち、ディスプレイ、PCが床に横たわっています。余震が来ることをおそれ、とりあえず液晶ディスプレイを横に倒します。前回の震災の勉強からカメラを取りに帰り震災の状況をカメラに収めました。被災の証拠が後になって重要になってくることがあるのだそうです。
 掃除を開始する前に余震が来ることを予想し、避難経路を作り始めました。非難経路すら無いアスレチックな状況が広がっていたのです。中には納品前の商品もありました。これは納品できるのか?会社は大丈夫なのか?頭の中をよぎりながらも、できることをするしかないという心理状況でした。作業を進めていると電話が引っ切り無しに鳴り出しました。取引業者や関連の会社からの連絡です。ありがたい応援の連絡ですが、掃除の合間に一人で対応するため、応対だけで手一杯で有り難味が薄かったです。しかし、この時の連絡のおかげで、社内の機械の復旧が急ピッチで行うことが出来ました。午後になり、「新聞を発行したい」と父から相談を受けました。そんな状況ではないとわかってはいても、父の目は真剣です。社員名簿を取り出し、本人・ご家族が無事かどうか電話をかけ始めますが、電話はいっこうにつながりません。
焦りが生れますが、何件かつながりだしました。まず本人、ご家族の無事を確認でき安堵します。本人が無事であっても、この状況の中でご家族が被害を受ければ、仕事などやっていられる状況ではないのはあきらかです。私もこの時に祖母の骨折がわかっていたら会社には向かっていられなかったと思います。
 今思うとなぜか電話はうけることはできたんです。聞くとバッテリーがあってしばらくの間は使えるのだそうですね。2日後ぐらいにバッテリーがなくなり電話はつながらなくなりました。続く…。

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2007年09月05日

震災3

 自宅へ帰る途中、メールで母親と無事確認のメールはとる事ができていたので安心はしていましたが、目で確認するまではほっとすることは出来ませんでした。3年前の時もそうでしたが、携帯電話はつながりにくくなり、唯一メールが短期間のみ使えた覚えがあります。
 まず、自宅で麦茶を一口飲み、のどの渇きを潤しました。その時祖母は腰が抜けたとのことで、玄関先にある石に腰をおろし辛そうにしていました。骨折であったということに気が付くのは3日後病院に行ってからのことでした。
 自宅のルビー(犬)が心配で、救助に向かいますが、住んでいるマンションのエレベーターはもちろん止まっています。お隣さんとすれ違い、お互いの無事に安堵しあいました。大きな余震がまだ来ていなかったので、一人で部屋に向かいます。玄関を開けると、すぐそこに愛犬が待っていました。怪我はなさそうで震えていなかったのですぐに抱き上げました。家の中をざっと見てみるとすごい状況です。家にいたら少なからず、怪我をしていたと思いました。
 実家に戻ると父親はいつの間にか消えており、会社に向かっていました。後を直ぐ追いかけ、会社の裏口から手提げのライトで確認すると、そこもまた、見たことの無い会社の状況となっていました。続く…。

daityan321 at 09:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2007年08月12日

地震2

 裏道を抜けようと進んでいると、とうとう陥没で通行できない箇所が出てきました。前方の車がユーターンしてくるのが見えたので、わき道から国道へ出ることにしました。
 しかしというかやはり、国道は渋滞、何とか入れてもらい進むと、橋があります。作り直したばかりの橋ですが、継ぎ目がズレ、15cmぐらい差があります。バイクはアクセルを吹かしてもその段差を乗り越えられません。何度も何度もドンドンと段差を乗り越え、時に車の下をこすりながらも先に進みました。
 すると、普段どおりの道が続く一帯がありました。「あれ大丈夫だね?これなら問題ないかも…」そんな思いを覆したのが、私の育った町内に入った時でした。古い家屋が多かったのですが、明らかに今まで通ってきた国道沿いとは違います。アーケードは曲がり、倒壊もしくは半壊している箇所が多数あります。不安になり実家に向かうと、両親、祖母が外に出て休憩しているところでした。他にも町内の人が何人か集まり、お互いの無事を安堵していたのでした。続く


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2007年08月10日

地震直後を思い出す…。

 7月16日(月)10:13地震当時、私は娘をおんぶしてスーパーのレジ脇におりまして、足を踏ん張って天井を睨んでおりました。棚がいっぱいこと倒れてきましてびっくらこきました。嫁さんは支払いを済ませた直後で、カートの上に次女を乗せており、コロンコロンと転がっておりました。カートをつかんでいたが故にころころ転びましたが、購入したもの(トイレットペーパー以外全て)持ってきたことは根性だと思いました。
 出口付近にはメロンがたくさん転がっていました。まわりからは煙?ゆげ?のような粉塵があがっていました。
 何とかスーパーから脱出して外にでると、たくさんの段差ができて、カートだとうまく進めませんでした。今思えば、カート置いてくればよかったのに…。命より大切だったのかしら?
 車に逃げ込みラジオをつけると、地震の被災を放送していました。駐車場はいたるところで、ひび割れ、隆起していました。両親には連絡が取れず、おそらく渋滞していると思い、裏道を選択し、自宅へ向かいました。いたるところで、家が倒壊し、その規模がとても大きかったのだと認識しました。生きていて良かった。偶然にもおんぶしていた娘は混乱はしていたものの、怖がってはいませんでした。続く…。

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2007年07月11日

パイナップル娘

モーニング娘ならぬパイナップル娘!最近の次女の洋服は黄色のパイナップルっぽい。ムチムチしているからなおパイナップル。あっつモー娘とは何もからんでなかった…。切腹。

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2007年07月10日

事件です

 昨日、我家のそばで窃盗事件があった。おじいさんが狙われた!我家の嫁さんは犯人と被害者の両方とすれ違ったらしい。

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