2005年07月17日

マイチャウでまいっちゃう??

83a56c3e.jpg ベトナムでマイチャウという少数民族が暮らす村を訪れた。そこは四方を山に囲まれており田と織物が豊富なところであった。

  現地のツアーで訪れた僕は宿である高床式の住居で他の参加者と共に夕食を食べ、これから始まるショーを楽しみにしていた。ここマイチャウはターイ族という民族が住んでいて僕ら宿泊客のために村の娘たちが古典舞踊・民謡を披露してくれるのだ。

  程なくすると10人くらいの民族衣装をまとった娘たちがやってきた。鮮やかな水色と黒の衣装をまとった彼女たちは少し恥ずかしそうにしながらも次々と踊りや歌を披露してくれた。太鼓や弦楽器に合わせ、扇子を使い、時には独唱をしたりしてくれた。

  1時間くらいそうしてショーを見ていただろうか。彼女らは竹の棒を持ち出してそれを使い踊り始めた。バンブーダンスだ。小学校のときに良くやったなーと懐かしみながらそれを見ていた。と、突然女の子の一人が僕を踊りに誘ってきた。。逆ナン?? それはどうでもいいとして突如として僕とツアーの参加者であるニュージーランド夫人がその輪に加わることになった。さてどうしたものか・・・

   オチだ。突如僕の脳裏に閃いた。普通に踊ってはつまらない!・・・悲しいかな日本人である僕はその性としてオチというものを求めてしまった。(ここはあの竹にわざと挟まれ、転倒してもがくべきか? はたまた、女の子と一緒に突如としてワルツで竹を跳んでいくべきか?? それともヒップホップか???)様々な思想が僕の頭を巡った。そして僕は竹のところへ。。

            ピョン ピョン (うっ…) … ピョン

  ・・・出来なかった。なにも出来なかった。。僕は女の子に普通に手をとられ半ばリードをされながら普通に竹をピョンピョン跳んだ。そう、ごく普通に。途中、竹に足を挟まれたが痛くもなく、ノーリアクションで動きだけが止まる気まずい雰囲気。。そうだ、忘れていた。僕はヘタレだ。女の子に手をとられただけで緊張・意識してしまうヘタレくんなのだ。いくら楽しそうなことを思いついても実行できるわけがない。 はっはっはー( ̄^ ̄)  …はぁ〜

 ・・・反省 \(_ _ )

 関連(第7回旅行記5話

  
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2005年07月10日

ぼれ ぼらる ぼられよ!

「年々増え続ける外国人旅行者の数に比例して、旅行者を巻き込んだ犯罪件数も急増している。−中略− 近年、外国人旅行者の殺傷事件、ホテル内でのレイプ事件が相次いで起こり、犯罪は凶悪化の一途をたどっている。特にホーチミン市、ハノイといった都市部の治安の悪化は著しい。」 〜地球の歩き方ベトナム2004-2005年編より

 ベトナムは社会主義国である。社会主義国、ベトナム・ミャンマー・キューバ・ラオス・北朝鮮・中国(?)などがこれにあたるが、現在はあまり聞かなくなった言葉である。社会主義国というものは現時の世において発展から遅れているところが多い。個人が競争で切磋琢磨してきた資本主義と違い、国に頼りのんびりしてきたからだろうか? ちなみにベトナム人の平均月収は1万円弱だそうだ。

 そんなベトナムに行く前に僕が受けた印象は、とにかく人々がルーズでお金に対してずるい(ぼったくり・詐欺上等!)ということである。実際かなりの人がぼられたりしているようで、一説には ぼることに関してはインドを凌ぐとまで言われている。なのでベトナムに行く前、僕はかなり身構えそしてちょっと楽しみにしていた。

 ハノイの空港に降り立った僕に一人の男が声をかけてきた。
「Taxi?」
タクシーの客引きである。今の世の中たいていの空港にはタクシーカウンターがありそちらを利用するのが安全かつ確実なのだが、僕は興味半分でその客引きについていくことにした。空港の施設を出て、とぼとぼと雨の中を歩いていく。(俺をどこへ連れて行く気だ??) ちょっと不安になりながらもつれてこられた先にあったのは、、、 普通のタクシーだった。僕が「いくら?」と聞くと、客引きが「20ドルだ」と。うれしかった。期待どうりにぼったくり額を提示してきてくれたから。本当は12ドルでいけるのだ。「12ドルッ!」僕がそう言うと運転手はあっさりと「OK。」と。あれっ??以外だった。いきなり4割引を受け入れたものだから。タクシーの運転手は30代くらいのきちっとした男性だった。車内でも英語が堪能ではないらしいのだがいろいろと話しかけてきてくれる。(おかしいな??) しかしまだまだ僕の不安は消え去らない。途中、幹線道路を外れると(どこへ連れて行くつもりだ??)と一人で緊急避難訓練を頭の中で行っていた。しかし、無事に到着。(何事も起きずに)なんか悔しかったので12ドルに+1ドルをして運転手に渡した。すると
「ベトナムドンで払ってくれ」
おおー!きた−−!!ようやく俺からボル気になったかと感心していた。が、、請求してきた金額は200,000ドン。(-_-メ)、、それって俺が払った13ドルより安いじゃん )`ε´( !!!

 ぼられたい、ぼられたい、ぼられたい!

「おつりはとっといて」(-.-;)y-~~~
何かがおかしくなった。こうなったら自らぼられてやる。。そして僕のベトナム滞在は大盤振る舞いとなった。レストランに行くたびにおつりをチップに。水を買うにしても4000Dなのに5000Dを払い、バイクタクシーにまでチップをやる始末。でも、結局誰も僕からぼったくろうとしてくれなかった(ToT)

 日本人は金払いがいい。そう思われていたら、それに寄与しているのは僕ですよ!被害を被るみなさん、ごめんなさい。

 ベトナム・・・ そこは優しい人々とおいしい食事にあふれるところでした(゜дÅ)  
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2005年06月25日

ベトナムに行ってきましたー!

3660cbfe.jpg 6月15日から22日までベトナムに行ってきました。1週間ではありますが、ハノイを中心として、山村部であるマイチャウというところ、海では世界遺産であるハロン湾というところに行ってきました。

 ミャンマーに続き2カ国目の社会主義国であります。社会主義国というとお金に対してがめついというイメージがどうしても浮かびます。じっさいお金に関する事件が多発しているそうです。しかし、食事のほうは同じお米の国でご飯はよく日本人の口に合うそうです。

 さてさて、実際に行ってきて色々なことがありましたが、いい経験ができました。これからどんどん旅行記をアップしていきたいと思います。  
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2005年05月30日

値切る

 海外でお土産などの買い物をしようとするとき、値段交渉というものが必要となる場面が多い。

 タイ・チェンマイでのことである。ナイトマーケットで自分への土産物として何か欲しく色々と物色していた。いろいろなお店を見ているとシルクのベットカバーをおいているところが多く、それを買おうと決めた。

 種類が何種類かあって、象の柄のベットカバーに決め、値段交渉へ。まず最初に提示された金額は700B(2000円)。そこで僕は400Bというと、500B,450B,400Bと希望金額まで強気で下げた。これより下がるかと聞くと、これがラストプライスであるらしい。そこで僕は、他の所にも行ってみてあなたのところが一番安かったら買うよと言いその場を去った。

 他のお店でも同じ品はやはり400Bがラストプライスであった。品物にはどうやら最低基準価格というものが決められているらしい。そんな中、それを360Bまで下げてくれるところがあった。駆け引きである交渉はとても和やかなものである。そしてまた「あなたのお店が一番安かったらまた来る」と言うと今まで笑顔だったおばちゃんの顔が曇った。明らかに嫌な顔をしたのだ。そりゃそうである。時間をかけ好意で360Bまで下げてくれたにもかかわらず僕はそれを裏切り、スパッと切断したのだから。。結局この360Bが安くまた訪れ、「あなたのところが一番安かったです。ごめんなさい。。」と苦笑いをしながら10Bのチップとともにこのベットカバーを購入した。おばちゃんも苦笑い。

 たかが数十円程度のことでも、現地に行くとどうしてもケチになっていってしまう。というかたぶんそれより負けず嫌いなのであろう。どうしても価格交渉なんて普段することのない日本人にとって、現地でのそれは金持ちの日本人だと思ってなめられるまいなどと張り切ってしまうのかもしれない。でも、買い物は現地の人との交流の場でもある。それは人と人とのやり取りであって、お互いが気持ちよく納得いく買い物ができることが一番だと感じた一件でした。  
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2005年05月22日

名古屋トリップ

b9047f2a.JPG 先週名古屋に行ってきた。と、いっても万博に行く為ではなく、就職活動のために1泊2日のショートトリップとなった。

 中学の修学旅行以来の東海道新幹線に揺られながら、日が落ちると同時に名古屋に到着した。まず向かったのはレストラン。駅の周りをいろいろと探して1件の味噌カツ屋に入った。当然味噌カツを注文。しかし、味噌カツデカッ!大盛りご飯を2杯と共に食した。しかし味が濃かった。甘く、しょっぱく。やはりトンカツはソースがよい。

 名古屋は現在万博中である為にホテルをとるのに苦労した。どこも満室。結局とれたのは、ビジネスホテル銀座。何故に銀座?という疑問はおいといて、まあ\5,000なのであんなもんだろう。風呂とテレビがあればよし。東南アジアで\5,000出せば・・・ということは考えてはいけない。・・・バンコクで88階建てのホテルに泊まれるなぁ。。

 名古屋観光。名古屋の駅は大きかった。245mのセントラルタワーというのが建っていて、展望室に行ってみた。200m以上の高さから見る夜景はやはり良かったが、どこか味気なくも感じた。何でだろう? とりあえず1人で感慨にふけっていた。中部国際空港にも行った。おじいちゃんおばあちゃんが多かった。田舎の空港? 成田と違いどこか活気がないような気がしたのは僕だけであろうか。。

 名古屋で感じた事として接客がきちんとしている事があげられる。レストランに入ってもみんな元気がよく丁寧。コンビニでも必ず挨拶はする(頻繁に)。などしっかりとしていた。

 今週も名古屋に行かなければならない。新幹線を使うとコミコミで¥30,000かかる。2回で¥60,000。馬鹿にならないなあ。パックでハワイに行けてしまう。今週は海老ふりゃあーでも食べようかな♪  
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2005年05月15日

吉野家選手権!

僕はこれまで海外で吉野家に何度か行きました。今日はそれを紹介します。

アメリカの吉野家−ニューヨーク
  ビーフボウル(牛丼) $4.33(460円)

 タイムズスクエアのはずれにオレンジに輝く大きな店舗。牛丼は肉が厚かったが、味は薄いため食べやすい。量も多いような気がした。他にBeef&Chicken Comboというのを頼んだが、チキン・・・まずい。チキンにかかっているたれが(苦く)漢方みたいな味がした。牛丼はもちろんおいしいです。

台湾の吉野家−台北
  ポークボウルセット T$90程(300円)

 台湾も日本同様アメリカ産の牛肉輸入規制で豚丼でした。豚丼セットは豚丼とキムチとコーラです。ただ、味はだめ。。ご飯は台湾産のものだと思うがちょっと湿っぽいし豚は(厚さが)薄い。
*台湾のお米自体はちょっと小ぶりで甘みがあっておいしいです。

マレーシアの吉野家−クアラルンプール
  ビーフボウル大盛 R9.9(270円)

 クアラルンプールのジャスコなどが入っているミッドバレーモールにて食す。店の前でクーポンを配っていたのでコーラがタダになった。味は日本のものと違いがわからない!食べている途中でちょっと飽きてくるのも日本と一緒。完璧でした。

シンガポールの吉野家−オーチャード
  ビーフボウル ラージ・バリューミール S$6(400円)

 オーチャードロードにある高島屋にて食す。バリューミールとは味噌汁つきのセットです。牛丼は味が少し濃かった。でもおいしい。日本と同レベルで食べられた。他に比べお客の入りがあまりよろしくない気がしました。

ということで独断によるランキング〜♪
日本=マレーシア>シンガポール>アメリカ>台湾
となりました!
吉野家は他に中国・フィリピン・オーストラリアにあります。行く事があれば食したいです^^

 (写真はマレーシアの牛丼)牛丼  
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2005年05月08日

チェンマイでチャレンジー!

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    *注意:真面目に読まないでください

 第4回目の旅行でチェンマイに行った。ここはタイ北部最大の都市であるがバンコクと違い静かでまさに古都であった。僕はタイ人であるOilとJug(大学生21才女性)と行動を共にしていた。

 チェンマイのナイトマーケット。ここは毎晩 道の脇に露天が並び、民族衣装を着た人や観光客と様々な人達で賑わっている。日本の夏祭りの雰囲気とどこか似ている。そこの一角を入ったところにやつはいた。

 巨大な壁。茶色い肌。・・・うぉーるくらいみんぐっ

 昨日、同様にこの場所に来てOil&Jugから「これやろう!」と誘われていた。でも、僕がちゅうちょした為に本日やる事になってしまったのである(泣)(決して僕が高所恐怖症などというものである事を強く否定 しない でおく)

 (感動に)打ち 震え ながら200B(540円)を支払い、専門の靴を履き、いざ壁の前へ。やはり高い。ビル5階くらいはあろうか・・・。命綱をつける。3人で同時に登る事ができ、Jugが「(場所は)どこがいい?左が一番簡単で右が一番難しいけど。」と言ってきた。もちろん男である僕は「 左っ!左がいい!! 」とサラッと 必死に 言い放った。

 いざ鎌倉!気合を入れて日本人のいっぱしの武士として挑戦は始まった。3人同時にスタート。登り始めるとある事に気づく。つかむ取っ手が、 ただの岩 ではないか!ちゃんと握れるようになっていると思っていたのに(泣) それからは必死だった。死なないように。。命綱の存在なんて忘れている。一歩一歩慎重にというか、もう必死にひたすら上を目指す。下は見ない。景色がよさそうだけど、男は振り返らずに進むべきだ。誰が下など見るものか!

 もうどれくらい登っただろうか・・・。ずいぶんと長い時が過ぎている気がする。。もう汗ビショだ。そしてふと左に目をやると・・・鉄骨が見える!僕の左は上級者コースになっている為、角度が違い(僕ら=90°,上級者の角度>90°)二つの間には鉄骨が見えている。これを登れば楽チンである!でも武士はそんなものに頼らずに行くべきだという思いが込み上げてくる わけがなく 、何のためらいもなく僕は鉄骨を登りだした。助かった・・・。小さい頃ジャングルジムの帝王と呼ばれていた僕は、同じ要領で登る、登る。下では係員が見ているが、そんなの関係ない。命の為ならば。欲しがりません勝つまでは。普段の行いが良いと天は助けの手を差し出すのだね。良い子でよかった。・・・しか〜し、天は僕に最後の試練を出した。最後は鉄骨で行けなく、壁は90°以上の角度ではないか!インド人もびっくりである! ・・・タイ人はびっくりしないのか? ・・・。そういうのはトム・クルーズやスパイダーマンに任せておけ・・・(泣)。でも、頑張った。体が落ちそうになりながら、泣きそうになりながら、全ての力を出し頑張った。そして、・・・登頂〜〜!いえいっ!任務完了であります!お母さん、僕はやればできる子なのですっ!!

 無事人生の壁に打ち勝った僕は、意気揚々と吊るされながら壁を降下(何故に最後に(泣))他2人はまだ壁の中間である。はっはっは。

 地上に帰還した僕はベンチに座りながら2人が登るのを見ていた。そして、Oil,Jugの順に登頂していった。それぞれが登頂すると、それを称えるように後ろから拍手と歓声が。いいことである。・・・。・・・?・・・えっ??・・・後ろ? あっ・・・。実は後ろは広場でベンチがいくつも並べられていてこのウォールクライミングを見学するようになっている。白人やら現地人やら。。すっかり忘れていた。みんなずっと僕らを見ていたのである。 全てを 見ていたのである。でも僕のときはたしか、黄色い声があがったような聞いてないような全く聞いてないような・・・。
 ハッ!僕はわかった。わかってしまった。。これが アウェーの洗礼 なのか・・・!セルジオ越後も松木安太郎も「アウェーは不利だ」と言っていたが、僕はあまり動じなかった。またひとつ男の子として強くなってしまった。。

 いい汗を流した僕らは、タイ式マッサージで体を揉まれ、お互いの検討を称えあうのでした。

 ちなみに翌日にバンジージャンプに誘われたが、これ以上僕の勇姿をお見せするのは忍びないので丁重にお断りした。。  続きを読む
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2005年05月01日

2月の車窓 〜小説風?〜

 まだ夜の明けきらない2月の寒空の下、僕はニューヨークのペンシルバニア駅を目指していた。これからカナダにあるモントリオールに向かうからだ。アメリカの鉄道であるアムトラック、大陸横断でも知られるこの鉄道に1度乗ってみたく、これから10時間かけての旅となる。

 午前7時過ぎ、軽い朝食を済ませた僕は待合室で案内がかかるのを待っていた。周りにはサラリーマンと思わしき黒人やバックパックを背負った若者など様々な人がベンチに座って眠そうに待っている。しばらくして案内がかかりパスポートのチェックを済ませた後に、ホームへ降りる為に人の列に並んだ。この列車に乗るのは若い人が多いようだ。そして照明が暗いホームに降り、列車へと乗り込んだ。列車は席のピッチが広くとてもゆったりしてた。快適な旅ができそうである。

 乗ってすぐに列車は動き出した。席はまだ空席が目立っている。車窓からはニューヨークを過ぎ閑散とした街並みが足早に流れていく。

 車窓をしばらく眺めていたが、それに飽き、僕は本を読んで過ごしていた。ふと通路を隔てた座席に目をやると、そこには1人の女の子がいた。僕より幾分若い20前後といったところであろうか。彼女は僕の方に足をむけ、窓に寄りかかるように2席を使って体を横たえている。その瞬間に、僕と彼女の目が合った。「Hi」。僕がそう言うと彼女も優しく微笑みかけ「Hi」と言ってくれた。そしてどちらが誘うでも誘われるでもなく、僕は彼女の隣に席を移していた。かわいくも見えたその顔が近くで見るととても綺麗にも映った。澄み切った白い肌、青と灰が混じった目、金の髪、、全てが自分にとって新鮮で魅力的にみえた。
 カナダ人であるJennyはモントリオール在住の学生で、ニューヨークには学校の慈善事業で訪れていたらしい。お互いの事を話し、お互いの国について語り僕らは話に花を咲かせていた。
  「モントリオールについたらどうするの?」ふと彼女が言った。
  僕はそのままホテルに泊まり、翌日モントリオールの観光をすると答えた。
  すると彼女はすこし遠慮しがちに「私が案内してあげようか・・・?」と言った。
 僕はもちろん断る理由もなく快く「ありがとう」と。明らかに違う人種である2人の距離が近づくのを感じた。まるで自分がアメリカのドラマの主人公にでもなったようであった。それから僕とJnnyは話を続け、疲れたら寝たり、ラウンジカーに行き大きなピザをお互い分け合いながら食べたり。そんな風に時を過ごした。朝日だった太陽はいつの間にか傾き始めていた。
 10時間という長い時間、彼女がいたおかげでその時間が短く感じられた。

 終着駅モントリオール。僕らは再会を約束し、握手をして別れた。その夜、僕はJennyの夢を見た。雪の中の彼女は優しく微笑んでいた。。

・・・というのは、まったくの妄想である!・・・。・・・(泣)。確かに僕はモントリオール行きの列車に乗ったが、隣に座っていた女の子のことなんて知らない!これは僕の妄想&理想である。本気で読んだ人、ゴメンナサイ。。

 本当はというと、確かに通路を隔てた僕の隣には女の子がいて僕の方を向き横になっていた。が、英語ができん僕は顔を合わせるわけでもなく、ただ瞑想をしながら時の過ぎるのをじっとこらえていた。その後、僕の隣に少し黒い学生風の女の子が座ってきた。ここで本当なら「どこへ行くの?」「どこから来たの?」から話を始め、盛り上がる予定だったのだが、彼女の一言目、「Do you know ×△○○×・・・?」、、・・・諦める(泣)。。その後、彼女は降り、今度はアジア系の女の子が僕の隣に座り夕日を一緒に眺めていた。が、、彼女とも言葉を交わさず。。彼女は「(夕日が)キレイ」とか言っていた。でも、知らん。こちらは英語という言語はまったく知らんのだ(そう自分に言い聞かせている)。

これにより僕のヘタレ伝説は始まった。。挽回なるか!?  続きを読む
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2005年04月24日

スマイル 0円

 タイ、チェンマイのナイトマーケットにてマクドナルドに行った。そこは他と変わらない普通の店舗だった。

 店に入り、メニューをながめながら「何を頼もうかな〜・・・」と考えていた。すると1人の若い女の子の店員が僕に話しかけてきた。

「日本人の方ですか?」
僕が「うんそうだけど・・・。」と言うと、
「ちょっと待っててください!」とあわてた様子で店の奥に駆け込んでいった。

しばらくしてその女の子は2人の店員を連れてきた。1人はその子同様若い女の子で、もう1人は30歳を過ぎたような男の店員である。最初に話しかけてきてくれた女の子、なんと日本語がすこしできる女の子とお店のマネージャーを連れてきたのだ。

日本語ができる女の子:「こんにちは!」
僕:「・・・こ、こんにちは。。」

3人ともとても笑顔でうれしそうだ。そして、カウンターに並ぶとすかさず日本語ができる女の子がそのカウンターの前に立ち注文をとってくれた。

しかし何故だ!?
僕はただポテトが食べたくて来店した若造に過ぎん。そしてここはタイ北部最大の都市チェンマイの中心であり、日本人などたくさん来るはずだ。それに注文くらい英語でもタイ語でも(?)できるぞ。いつもこうなのか?

こんな事を思いつつ、僕はポテトのLサイズとアイスクリームを英語で注文し、買った。そして、VIP待遇を受けた自分は気分よく店を出たのでありました。

マクドナルド チェンマイ・ナイトマーケット店、僕のマクドナルド人生で一番の接客を見せてもらった。  
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2005年04月17日

中国よ。。

 中国での反日デモが続いています。これについて心を痛めている人も多い事でしょう。自分もそんな一人です。そして自分の心を静めるべく(?)、中国の方数人にどうなのか?とメールをしてみました。今日はそれに対する回答(一部抜粋)を掲載します。

中国人・20代女性・学生

 Regarding the situation between China and Japan, I'm really very sorry
about it.I don't know why it becomes like this. My parents told me not all Chinese are against Japan, only in major cities like Beijing and Shanghai. So don't worry too much, i think they have some diplomatic issues.
 Personally, I'm not against Japan, that's why I'm learning Japanese
language. 日本がとても好きです。ぜひ行きたい。
 I think not all Japanese are against China either, right? So only
minority of people made this protest, I really don't want it to
happen.

*diplomatic issues:外交問題、minority:少数

 彼女は日本語を勉強していて日本について情報を仕入れているのでこのように書いてきてくれたのだと思います。しかし、多くの中国人は共産主義・社会主義的な中国によって情報を統制されていて日本の自由な情報が入ってこないのではないのでしょうか。反日教育がなされていては日本を嫌いになるのは当然のこと。日本についての様々な情報を個人が仕入れ、個人の考えで判断できるようになればいいのにと思います。グローバルスタンダード、お互いがお互いを理解し仲良くなれる日が早く来るといいですね^^  
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2005年04月10日

物乞い

 ミャンマーでの旅行中、バガンという土地で物乞いにあった。正確に言うと物乞いではないのだがお金を求めるという意味でそう表現させていただく。

 ミャンマー6日目でこの国の人はとても親切でボッタクリもなく気持ちよくこの国を旅行できていた。しかしバガンという土地は仏教3大遺跡群であるという観光地であった。そのため観光客目当ての商売がなされていた。それまでミャンマー人のお金に対する欲求を見てこなかっただけに少し残念な気持ちになることが多々あった。

 バガンのニャンウー村にあるシュエズィゴンパゴタ(お寺)にて1人の女性が僕に話しかけてきた。「このお金とあなたのお金を交換してくれませんか」。続けて「子供に服を買ってあげたい」とも言った。女性は僕と同年代で少しくたびれた服を着ている。彼女はいくつかの日本の硬貨を手に僕にそういってきた。僕のミャンマー紙幣と交換して欲しいのだ。このとき僕はこのパゴタで無理やり商品を手に持たせお金をせびろうとされたりしていたので、少しお金に対して過敏になっていた。この人はお金が欲しいのか・・・、そう思ってしまった。お金が欲しい→お金に対する欲求→物乞いと同じ、という図式が自分の中に出来上がった。ただ、交換するのであれば特に問題はないので130円と1,000K(チャット)を交換した。実勢レートは1,000K=120円なので少し自分がボッている。しかし彼女の手の中にはまだ数十円残っていて、これも交換してくれと必要に迫ってきた。しかし僕には必要ないし、これ以上硬貨が増えるのは嫌だったので断った。それでもまだ換えてくれと迫ってきたので、「Go Away!」と強い口調で言うと渋々彼女は去っていった。

 自分に対する自己嫌悪感はすぐにやってきた。何故自分はあれだけ強く彼女を拒否してしまったのか・・・。これは彼女だけに限ったことではないが、自分は物乞いには金をやらない、お金を欲する人には金をやらないとただ一方的に決めつけていただけではないかと思った。お金をやると限りがないから、お金をやるのは傲慢だから、そういった理由をつけてただ拒否いただけではないか。そういった自分の考え方が貧しいのだ、ケチだと思った。物乞いにあった後は嫌な気持ちになる。もしかしたらそれはお金を渡すことのできない自分に対する気持ちなのかもしれない。自分はお金がある、相手はお金がない。これは事実であって、お金をあげることで自分も相手も満たされるのであればそれでいいのではないか。欧米人が物乞いにお金をあげる場面はよく目にする。それが自己顕示なのか慈悲なのかは知らないが、それでいいのではないかと思う。これに対する自分の解答を示すことはできないだろうが、金額は小額でも自分に素直に従うほうがいいと思った出来事でありました。  
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2005年01月09日

激走!対決!!日本代表vsミャンマー代表

21871090.jpg 第4回旅行、ミャンマーのバガンにて夕日を見た後に自転車で宿に戻るときのこと。僕とダモンは舗装された道路を暗くなる前に帰ろう(街灯がないため)と自転車で走っていた。

 夕日を見たところから宿までは4km以上ある。僕らはふざけながら結構なスピードを出し、半ば競争のような感じで暴走をしていた。馬車や他の現地の人の自転車を抜かしながら。そんな中、10代後半と思われる男性2人(自転車)を抜かした。そのとき男2人はなにやらひそひそと話し合っていた。と、次の瞬間。ものすごい勢いで僕らに追いつき抜き去っていった。

 ここより暗黙の自転車レースが始まった!お互い目もあわせず、声もかけずに。

 レースは僕らが抜いては相手が抜き、それをまた僕らが抜くというまさに白熱状態となっている。結構なスピードだ。でも、顔は平静を装い立ちこぎはしない。もう2kmくらい走っただろうか。ミャンマー組がスパートをかけ始めた(彼らが先頭)、でもスタミナにそれなりの自身をもっている僕はチャンスをうかがっていた。そして彼らがスピードをゆるめたとき、イッキにスパートをかけ直線を指しきった!抜き去ってからもスピードをゆるめなかった。そして彼らが追ってくることはもうなかった。ダモンも追ってこなかった。。こうして日本vsミャンマーの対決に勝利した!

 ちなみに翌日に筋肉痛になったことはいうまでもない・・・。

                     (写真はバガン)  
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2004年12月28日

タイより帰国

 昨日タイ・バンコクより帰国しました。

 皆さんもご存知の通り、26日の朝バンコクでも地震がありました。本来地震のない国なので揺れている時はビルの建設ラッシュで地盤が崩れるのかとも思って震度1か2程度でしたが少し怖かったです。タイ人(oil)はとても怖がっていました。

 揺れは5分近く長い間続いて、終わったときはいい話の種だくらいに思っていたのですが、ホテルのフロントでインドネシアで地震が起こりM8.1(当時)だと聞いたときは、とてもびっくりしました。一応気象予報士ですのでその被害の大きさは容易に想像できます。

 このクリスマス直後の年末休暇にこんな災害が。。
亡くなられた方のご冥福を祈ります。  
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2004年12月19日

明日からバンコク

明日から約1週間タイ・バンコクへと言ってきます!
真夏(?)のクリスマスを堪能してきます。
バンコクは国際都市なので、クリスマスも結構賑わうみたいです(イルミネーションetc.)。

今回はみんなで(8人位)クリスマスパーティーも計画しておりますが、まだ何も計画は・・・。ポッキーとかたくさん持って生きたいと思います。

帰ってきたら、レポートします!!
  
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2004年12月12日

外国で食べたトンカツ

61055f41.jpg 僕はトンカツが大好きだ。ゆえに海外でも食べたくなってしまう。

 初めて(海外で)カツ丼を食べたのはミャンマーであった。バガンの富士というお店で2100K(240円)で食べた。期待していたが、味はちょっと・・・であった。そのあとバンコクのフードコートに入っているすかいらーく(fake)で食べた45B(120円)のカツ丼はできたてであったためかとてもおいしく感じた。

 トンカツをはじめて食べたのはまたミャンマーの同じところで、ミャンマーの料理が嫌になってきた頃だったのでとてもおいしかった。普通のソースがとてもおいしかった。2400K(280円)。バンコクでもトンカツ定食を食べた。「Fuji」というタイでの和食チェーン店であったので、日本と同じレベルでトンカツをいただくことができた。110B(300円)。今度はバンコクにある、日本人経営の和食屋でおいしいトンカツを安く(600円前後で)いただきたいと思う。

 でも、第1回旅行時にはじめてカツ丼をオーダーした時はオーダーミスで出てこなかった。。

(画像はバンコクのすかいらーく(fake))  
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2004年12月11日

ミャンマー人の日本語

 ミャンマーではよく日本語を聞いた。もちろんお金が絡むときに聞くのが多いのだが、ミャンマーでは日本という国が他の国よりも強調されて感じられた(ODAなどが関係するのかも)。

 まず、ヤンゴン空港では普通に日本語を話し案内してた人がいるし、ヤンゴンで両替に行く際も日本語を学んでいる学生が案内してくれた。バガンでは道に迷っていると日本語で道を教えてくれた少女がいたし、自転車で走っていると「こんにちは〜」といわれることはよくあったし、農作業をしている少女が「お兄さんかっこいいね」なんて言ってくることもあった。

 観光地での土産物屋で、少々しつこい場合は「僕はKorean」だと言ってみたが、全然日本語で続けてセールスをしてきたというのもあった。

 ミャンマーにとって日本は特別な国なのであろう。  
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2004年12月05日

ダモン武勇伝2

 僕との旅行で初海外だったダモン(第4回海外遠征に僕と共に同行した地元の友達)。先週はバンコクの地を3時間も歩いてホテルへ戻ったことを書いたが、今日はその他の事を。。

・ミャンマー・インレー湖に飛び込んだ
 インレー湖にてボートの兄ちゃんと共に船で水着に着替
えてインレー湖にダイブ!水はきれいであるので問題ないが、あまり飛び込む人は。。。(おいしいなぁ)

・ミャンマーにいるときは現地の人と同じ格好
 ミャンマー人の男はみんなロンジーという布を腰に巻いたスカートをはいていた。そのためいろいろな人にそのはきかた(巻き方)を教えられていた(人によって違う)。よく笑われていたが。。(これもおいしい)

・バンコクでお食事に誘われる
 バンコクにて1人で昼食をとろうとしていたら、フィリピン人の女性に一緒にどう?と誘われたらしい。これは珍しい事ではないが、話していて、今度フィリピンにいらっしゃい・そして私を訪ねてきてと言われたそうだ。このラブコールの真意は?? ちなみにダモンは英語は(あまり)できません。

初海外は彼にとってどう写ったのだろうか?  
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2004年12月04日

東南アジアにおける日本車

8cdaefb2.jpg 本編の旅行記のほうでよく書いていることだが、自国で自動車産業がない国ではほとんどの車が日本車だ(僕が行ったところで)。シンガポールは日本よりは外国産(欧州&米)が多く見られるが、日本車の割合のほうが高い。タイでは日本と同じくらいの割合で日本車と外国車が、新しいタクシーはカローラが主流となっている。ミャンマーにいたってはほとんどがバス・トラックを含め日本車である。これは日本よりも日本車の割合が高い。マレーシアはプロトンという自国の自動車メーカーを持っていたので事情は違ったが。

 やはり外国で異国の雰囲気を堪能したい旅行者にとっては嬉しくない光景だが、日本の企業の力を感じる。その中でもトヨタがやはり強い。他のメーカーも日本同様に見受けられるが、三菱が日本より良く見るような気がする。

 ところでミャンマーでのことだが、ミャンマーの車は日本車だといったが、そのほとんどは中古である。しかもいま日本では見られなくなったようなものばかり。。バスやトラックなんかは日本の塗装そのままで走っていることが多いので道路を見ているとなんか変な気分になる。○○温泉のバスや○○運送のトラックが普通に走っていた。

 もちろん日本車の値段は日本よりも高いが、最近は日本との値段差もあまりなくなってきたみたいだ。ホンダのFitが160万円くらい(タイでの価格)、数十万日本より高い感じ。

 がんばれ、日本車!   
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2004年11月28日

ダモン武勇伝 その1

 第4回目の旅行でバンコクからチェンマイ行きの寝台列車に乗っているときのこと、午後10時過ぎくらいにoilの携帯にバンコクにいるダモンから電話がかかってきた。電話を代わるとものすごく疲れた声で「つかれたよ〜。。」と。なんと、セントラルワールドプラザ(チットロム)から宿泊しているロイヤルリバーホテル(チャオプラヤー川を渡ったところ)まで歩いたのである!

 距離はよくわからないが歩いて3時間かかったそうだ。普通歩く距離では絶対ない。しかも初海外の旅行中のよく治安とかもわからない中で。。

 日本人というのはよく歩く傾向があると思う。歩いていけそうであれば歩く。道がわからなければその方向へとりあえず歩く。僕も海外ではよく歩く。2時間散歩で歩き回るというのはざらである。それに対してタイ人はあまり歩かない。。「地球の歩き方」(僕はこれを使っている)、やっぱり地球は歩くべきなのかな。。  
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2004年11月27日

僕はナニ人??

e9ddb611.jpg 第4回目の旅行中、ヤンゴンからバンコクに戻るBangkok Airwaysの機内でそれはおこった。

 無事1時間ほどのフライトを終えて僕らは機中から外へ出ようとしていた。出口ではタイ人のアテンダントが1人1人に声をかけながら笑顔でみんなを送り出していた。
 「Thank you」「Thank you」、(僕が通り過ぎるとき)「コップン・カ〜」、「Thank you」。・・・。。・・・。。。エッ? ちょっとショックだった。。ダモン(友達)はちゃんと英語なのに。僕だけタイ語でありがとうといわれてしまった。しかもタイ人に。。

 でもこれはその時に始まったことではなかった。マレーシアではわけのわからない現地語で話しかけられたし、とにかく中国人だろうがタイ人だろうがインド人だろうが現地人に間違われることはよくある。

 間違えて声をかけられること自体は別によい。だが、現地人と間違われることによって色々な場所での対応が違ってくることは嫌だ。例えば日本にいて、外人は珍しく、外人が来るといろいろサービスしてあげたい・日本にいい印象を持って欲しいと思い一生懸命世話をやくと思う。観光においてその国の人だと対応がよくないのだ。僕も優遇されたい!  
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