キス マイ アス

この世界をざっくりわけると二種類の人間がいる。

神威とよばれる特殊な力を使える人間と使えない人間だ。

前者は「貴族」、後者は「平民」と呼ばれていた。

神威は貴族の先祖がこの星を生みだした「神」に授けられた神聖な力であり、貴族は頂点である「王」は神の代理人として国を支配する権利があるとされていた。

王の権力は絶大で、王のなすことに人民は何ら反抗できない。しかしだからといって傲慢に振舞ってよい訳ではなく、王そして貴族は平民を平和で自らが信じる正しい道に導く義務があると信念をもっていた。

位高ければ徳高きを要す、ということである。

ゆえに神威を私利私欲のために、あるいは上には神しかいない王に逆らって使うことは許されない。

もし使えば「神威使いの名誉を守るため誇り高き死、あるいは誇りをドブに捨てて断罪者のケツを舐めてすべてを失った屈辱的な生を享受するか」の2択を迫られるのだ。

もっともこれは儀礼的に選択を迫っているだけで、実際には「死」以外の選択はあり得ない。

「屈辱的な生を選ぶより、死して名誉を守る」

これは貴族の信念であり、どんな極悪非道な行為をしても最後は潔く散るのが世の習いであった。

故に、本気でケツをなめようと考え込んでいるキサラギの様子は、国中の人から奇異に映っていた。

キサラギに前述の信念がないのは、生粋の貴族ではないからだ。

彼は国家反逆罪で一族郎党皆殺しになった貴族の末裔で、奇跡的に生き残った母がこっそり産み落とした子供だった。

ゆえに平民なのに神威が使える。
 キサラギの神威は「偽人化」つまり、望みの人に変化することが出来る変身能力だ。
 しかしキサラギは神威を使うことなくひた隠しにしていた。
 逃亡者の家族だからだ。

逃亡した母、そして逃亡を幇助した父は絶対に目立つわけにはいかず、貧民街の一角で細々と暮らすことを余儀なくされた。

辛く苦しい貧乏生活。教養がある母のおかげで学校に行かずとも知識などは吸収できたが、食べていくためには年齢一桁の頃から労働を余儀なくされ、時には一日十五時間、寝ている以外は働いているような厳しい労働を強いられた。

そして17歳となった今年、父と母は自分を置き去りにして、全財産を持ち出して蒸発した。

きっと何かのきっかけで見つかりそうになったから逃げだしたのだろう。

両親がいなくなって生活が危機だったが、常々「突然消えるかもしれない」と予防線を張られていたキサラギは驚かず、特に落胆もしなかった。

それどころか嬉々としていた。

両親からは能力の使用を固く禁じられていたが、キサラギは能力を使用して成り上がる気満々だったからである。

両親がいなくなったことで、この制約が解放されたことをキサラギはこれを絶好の機会ととらえていた。

そしていかにこの能力を高く売り込むか考えていたところに、第一王女の婿を決める「イケメンコンテスト」の開催が決定したのだ。

乗るしかない、このビッグウェーブに。


 王女好みのイケメンになるなど変身能力を持つキサラギにすれば、赤子の手をひねるより簡単なことである。

また応募資格は貴族・平民の身分が問われないことが幸いした。

近年、他国では王や貴族に搾取されて怒り狂った平民が革命を起こして国を治める事例が多発しており、神の代理人とはいえ王の支配は盤石とは言い難い。

故に「平民も大事にしますよ」というアピールの為にこの文言を加えたのだろう。

どうせ平民は本選前の書類審査で落とすつもりだろうが、絶世の美男子となることで、書類をパスできる自信があった。

あとは知能試験・体力審査を含めたイケメンコンテスト本選だが、母譲りの知識と厳しいバイト生活で鍛えた体力で強敵を破り、突破した。

そしてむかえた決勝戦。
 相手は軍閥貴族の息子、鍛えた体と精悍なマスクで有名なムツキ。

下馬評通り。血筋から勝利を約束された大本命だ。

このイケメンコンテストは平民にも王族になるチャンスがある、とアピールする狙いで彼を婿にするための出来レースだ、という見方もあった。

対抗するは大穴の平民キサラギ。

ヤヨイ姫好みの金髪碧眼で透き通るような白い肌をした優男。

何もかもがムツキと正反対のタイプのイケメンで、彼の一週間と短い大会期間中ではあったが、その美貌でファンクラブが出来るくらいの人気を誇っていた。

国民はこの対決の行方に興味津々だった。


 日夜熱い予想をする国民とは対照的に、この時点でキサラギは冷めていた。

大会を勝ち抜く中で、出来レースの噂は事実であると知り、また運営サイドから準優勝の賞金と名誉を手に、敗退するように指示を受けていたからだ。


 潮時だ。


 王族になれなかったのは残念だが、一生食っていける金とアイドルの立場を手に入れられたのは十分な成果と言える。

国に逆らう気もなく、八百長に乗ったキサラギは予定通り負けた。


 予想外だったのは第二王女のサツキ姫が「神威無効」の最強ともいえる能力を持っており、決勝の場でその能力を発動したことだ。

金髪碧眼の優男は、本来のキツネのような細い目をした痩せ男になり、イケメンコンテストは台無しとなった。


 「貴方って最低のクズだわ」と心奪われていただけに激怒したヤヨイ姫は怒り、そしてキサラギにムツキのケツにキスするか、死ぬか選べと選択を迫ったのだ。


 「どうしてこうなった……」とキサラギは愕然とした。

三連単の万馬券に全財産をかけて、もう少しで大成功を得られるところだったのに、余計な馬がやってきて1着、2着、4着に終わり破産した。

キサラギの心の中はそんな暗い気分でいっぱいだった。

「死ぬか、それとも俺のケツにキスするか。どちらか選べ」

 ムツキはキサラギにこう言い放つと、長剣の刃をキサラギの首筋にあてた。

 究極の選択である。ハッキリ言ってどちらも選びたくない。

 まだ「ウンコ味のカレー」と「カレー味のウンコ」どちらを食べるか聞かれた方がマシだ。

 ちなみにキサラギの答えはウンコ味のカレーである。

いくらカレー味といえ、ウンコはウンコ。絶対に食べたくない。
 ウンコは菌の塊だから下手をすれば死ぬ。

 死ぬのはいやだ。

絶対に死にたくない。

だったら彼のお尻に接吻をするしか道はない。

 最悪の結論だ。
 まさにケツ論。
 こんなダジャレを思いつく自分はもう駄目かもしれないと、キサラギは自分自身に絶望した。

もしムツキが美女だったら、迷いはない。

なんなら美味しいアイスキャンディーをなめるように隅から隅までペロペロ舐めたって構わない。

 だが残念なことにムツキは男だった。
 それもただの男ではない。
 筋肉ムキムキマッチョマン。彼の尻はケツ筋が割れていて気持ちが悪かった。

そのうえ至近距離で尻を見ると、彼がケツ毛を処理している模様。

きっとザラザラとした触感であろう。

想像しただけで吐きそうになった。


もっとも仮に2人きりだったら、躊躇することなくケツをなめただろう。

だが最悪なことに2人はいま、国中の人間に注目されていた。

 
 時は今、美形好きの第1王女・ヤヨイ姫が婿を選ぶ為に開催された「第1回 コヨミ王国イケメンコンテスト」の決勝戦。
 場所はコヨミ王国立円形闘技場。
 このコンテストは言い換えれば時期国王の伴侶を決める大事なイベントであり、その高い注目度から約5万人を収容できるこの会場は満員御礼だった。

 

 その観衆の視線が、今、すべてキサラギとムツキに注がれているのだ。
 逃げ出したくても逃げられない。
 まさに絶体絶命の大ピンチ。
 このような事態を招いたのは、完全にキサラギの自業自得であった。

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