けれども、地元の電車を使わないでいい距離にスタジアムがあってサッカーのチームが別の遠いところからやってきたチームを迎えてそこで試合をやる、ということに、なんとはなしにわくわくしたものだった。すごい歌手が来たり、大きなお祭があるわけではないのに、特別なことが自分の町で行われるような気がして、そして自分がその一部になるような感じがしてうれしかった。
(第1話 p22)




先日単行本が発売された津村記久子さんの小説「ディス・イズ・ザ・デイ」

ディス・イズ・ザ・デイ
津村記久子
朝日新聞出版
2018-06-07


「あの芥川賞作家がサポーターを題材にした新聞連載を行う!」ということで、連載開始時にはなかなかの話題になった一作です。
イラストはサッカー番組「Foot!」などでもお馴染みの内巻敦子さん。

1年4か月の連載がまとまったこの作品を読んでみたところ、これはJリーグサポーターの心に刺さって刺さって刺さりまくる名作だと感じずにはいられませんでした。

以下、その感想を。


この小説の構造

作品の舞台はJ2をモデルにした国内リーグ2部。

11話のオムニバスになっているのですが、全て同じ年の同日同時刻、全国11会場で同時に開催されるリーグ最終節の様子を描いており、その各話にはホームチームを応援する主人公とアウェイチームを応援する主人公が登場し交流します。
計22組の「最終節」での様子を通し、さまざまな背景を抱えながらサッカーに触れる人生を描く作品なのです。


登場するのはすべて架空のチーム、選手なのですが、エンブレムなどもしっかり作り込まれていて面白いですね。ところどころで「あのチームがモデルかな?」というのも出てきます。

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↑こんな感じ



リーグ戦の最終結果というのは他会場の結果にも影響されるので、前の章で描かれた結果がその後の章の展開にも影響したりするという構造の妙がこの小説にはあります。ただ基本的には各話独立した物語で、どの話からも読めます(書き手によってはもっと章ごとの登場人物のクロスオーバーがあったのかもしれませんが)


J2最終節という特殊な装置を使った絶妙な人間ドラマは、サッカーにあまり興味のない人をも惹きつける魅力を生み出していると思います。
ただ、やはり、各地を綿密に取材した作者による描写のリアルさは、Jリーグサポーターにこそ一番堪能してほしい!


Jサポが知っていること


歓声を聞いていると、功は自分がただフィールドを眺めながら人々の声と熱を受信する装置になったような気分がした。そして瞬間の価値を、本当の意味で知覚しているような思いもした。人々はそれぞれに、自分の生活の喜びも不安も頭の中には置きながら、それでも心を投げ出して他人の勝負の一瞬を自分の中に通す。それはかけがえのない時間だった。(第11話 p346)


何度も強調しますがこの話は本当にサポーターの描写がリアル。
朝起きて準備して、電車で最寄り駅に着いてシャトルバスに乗って、スタグル買ってちょっとフラフラして、マスコットの姿を確認して、席を確保して試合を観て、帰りにまたちょっとフラフラして帰宅…という一連の細部に至る描写が「分かる!」の連続です。
その上で素敵な人間ドラマを紡げるのだから大したものだと思います。

といいますか、「そんなところまで、なんで分かるの」と脱帽するような描写も結構あるんですよね。一体どんな取材をしたのかと思うほどの。
例えば第4話のホーム側主人公はマスコット好きの女性なのですが




「選手もチームも、町とか周辺もどこもわりと好きなんですけど」女性はそう言いながら、携帯を取り出し何度かスワイプして、アイコンが一つしか出ていない壁紙がよく見える画面を出して誠一に見せた。「マスコットがすごく好きなんですよ。この子、つつちゃん」
「はあ」
鯖江のユニフォームを着てメガネをかけた、タヌキみたいない感じの動物の女の子が、軽く右手を上げて撮影者を見つめている画像だった。
「これね、ポーズとかほとんど付いてないんですけど、だからこそ自然でいいと思うんですよね」
女性は真剣な声音で言った。シャトルバスが停車した。
(第4話 p117)



あえてマスコットの自然体な姿をピックアップするところとか「分かるわ~」ってなりました。
そんな彼女のマスコットとのファーストコンタクトの描写も素晴らしい。


つつちゃんはかわいいですよね、ずっと思ってました、と香里はマスコットに話しかけた。つつちゃんははにかむように肩をすくめて、軽く首を横に振った。謙遜しているのだった。そして香里に手を差し出して握手を求めてきた。つつちゃんの手は、あたたかくてふわふわしていて、香里は、本当に小さい女の子にそうするように、おそるおそるそれを握り返した。実際、つつちゃんの手は、毛皮に覆われた見た目よりも繊細なように思えた。
(第4話 p108)



あああああ!!!!
なんだこの素敵すぎる描写は。このくだりで読み手は自分の好きなマスコットの姿を各々思い浮かべることでしょう…。僕は徳島のティスちゃんっぽいなと思いました。
ちょうど恋人の失踪により傷ついていた主人公が、このことで一気にマスコット沼にハマっていく展開も、この描写ならば説得力がありますね…。


Jサポが忘れていること

一方でこの小説には、個々のサポーターが普段つい忘れがちなことを思い出させてくれるメッセージ性もあります。

それは「サポーター(ファン)といっても、色々だ」という当たり前の事実。


「降格? やばかったってこと?」
「そうだよ。よそのチームの結果にもよるけど、負けたら21位で入れ替え戦に回るか、22位で自動降格のどっちかだった」
そんなことも知らないでこいつは試合を観ていたのか、と貴志は少しあきれるのだが、それ以上に驚く。そんなことを知らなくても、好きなチームの応援はできるのだということに。
(第1話 p32)


この小説には、そんなに応援しているチームの状況は詳しくないけど、なんとなく雰囲気が好きだからとか、純粋に応援が楽しいからとか、そういう理由でスタジアムに向かう人々が何人も出てきます。

ずっとJリーグにどっぷり浸かっていると、「応援してるチームの細かい情報とか選手の情報とか知らないのはおかしいだろ!」と思いがちなのですが、たぶん実際にそういう「細かいこと抜きにスタジアムに来てる」人はいるのだろうなと思いますし、それも立派なサポーター(ファン)でしょう。



「でもその代わりに、ずーっと一人で冷たい川を渡ってる感じ。つまんないのが普通で、でもたまにいいこともあって、それにつかまってなんとかやっていく感じ。富士山の試合があってくれるっていうことはさ、そういうとこに飛び石を置いてもらう感じのなのね。とりあえず、スケジュール帳に書き込むことをくれるっていうか。」
(第3話 p80)



サッカー観戦の予定があるということ自体が人生に不思議なアクセントを加えている、だからこそ行く。
一年くらい前に「サッカーに人生乗っける」というフレーズが流行ったことが思い出されますが、この小説の登場人物もみんな色んな過程でサッカーに人生を乗っけていて、そしてその乗っけ度合いも様々。
本当に色んな人がいる、その集合体がスタジアムなのだという当たり前のことを再認識させられます。


慣れてくるとどうしても「サポーターなら○○しなければおかしい」みたいなべき論を語りたくなるし、実際に語られがちですが、「本当に色んな人がいるんだ」という事実をいつも念頭に置くことができれば、ギスギスしがちな議論も多少は柔らかくなるのかもしれませんね。



各話感想

では最後に各話の感想を(多少ネタバレあり)


第1話 三鷹を取り戻す
忘れていた地元チームへの情熱を、あまり関りのなかったバイト仲間によって思い出させられる話。「こういう感じでの熱の失い方あるよね…」というリアル感がありました。


第2話 若松家ダービー
一家で地元のチームを応援してたはずが、長男だけ別のチームに魅力を感じサポ移籍していたという話。
家族とはいえ、子どもも一個人であり、そして母親も一個人なのであるということを再確認させられる内容でした。「過去の栄光が強すぎる2部ビッグクラブ」と「組織力で台頭する新興クラブ」という対比がやたら生々しい。


第3話 えりちゃんの復活
それぞれ心に傷を抱えたいとこ同士の物語。前述で引用した部分も含め、「暮らしの中でのサッカー観戦の位置付け」についての印象的なフレーズが連発しています。


第4話 眼鏡の町の漂着
ホーム側主人公が前述のマスコットサポなのに対し、アウェイ側サポは「17年前に応援していたチームが消滅した呪縛に囚われている」という、こちらもなかなか刺さる設定。
人生を縛っていた見えないものからの脱却、訣別が描かれています。ラストは本当に泣けた。


第5話 篠村兄弟の恩寵
「選手の移籍」がテーマになっている話。大切な選手を追って応援するクラブを変えた弟と、変えなかった兄の微妙な関係を描写しています。


第6話 龍宮の友達
ゲーフラ職人(?)が主人公の話。といってもゲーフラはそんなに主題ではないですが。知らない人からしたら、老若男女問わず色んなサポ仲間とアウェイで楽しく交流する行動ってのは不思議に思われるのかな…と思ったりしました。良い話。


第7話 権現様の弟、旅に出る
ひょんなことからゴール裏で被り物をする名物サポーターになっていく男性の話。まさかこんな題材でここまで爽やかな読後感の話を書けるとは驚くべき筆力です。津村先生にはいつかがくモンさんとかJリーグ水増し部の話も書いてほしい。


第8話 また夜が明けるまで
残留争いで劣勢に立つホームサポと自動昇格のかかったアウェイサポとの交流の話。この小説の中で最も主人公たちが勝敗にピリピリしている内容。たぶん2015年の大分ー磐田の試合がモデルになっていますね。
優しい人間ドラマと旅情がふんだんに盛り込まれていて、この小説が映像化される際には間違いなくこの章はピックアップされるのでは。


第9話 おばあちゃんの好きな選手
疎遠だった祖母と孫がサッカーのつながりで交流を深める話。老若男女、応援の理由も問わないサポーターの姿を象徴するような話です。というかこんなできた孫ほしい。(なぜ祖母目線なのか)


第10話 唱和する芝生
「チャント」がテーマになった話。
憧れの先輩を追ってスタジアムに迷い込んだ吹奏楽部員が、サポーターたちの奏でる音楽に魅せられてのめりこんでいく物語。瑞々しい青春物語といった感じで、少年誌で漫画化してほしい。


第11話 海が輝いている
最終話ということで改めて、「人生のいろんな場面に少しずつ入り込むサッカー」の意味合いを静かに描く物語。


エピローグ 昇格プレーオフ
本編から2週間後の、登場人物たちの後日譚。要するに1部昇格プレーオフ決勝+2部3部入れ替え戦に対するみんなのリアクションを描いたエピローグです。
嬉しいのは、これらのプレーオフに関係のないクラブのサポも、当然のようにプレーオフを自分たちの重大なイベントとして捉えて現地観戦したりテレビ観戦したりしようとしてること。この感覚は、単にスタジアム取材しただけでは分からない気がする…。どこまで「分かってる」んだ、この小説。

 


以上、感想でした。
今後も読み続けられるべきサポーター文学だと思うので是非読んでみてください!


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