地球温暖化。
 今日で龍馬伝は最終回ですが、
嫁であるおりょうは後に再婚していたそうですよ〜。
 
 幕末の志士・坂本龍馬の妻おりょうは近江八幡出身の男性と再婚した−。近江八幡市立資料館が、市民にあまり知られていない「おりょうの再婚相手」について史実の発信に力を入れている。冊子にまとめたり時代行列で夫妻役を登場させたりして「意外な歴史を知って」と話している。

 おりょうは京生まれで1864(元治元)年ごろ、龍馬と内々で祝言を挙げた。67年の龍馬暗殺後も「龍馬の妻だった」と思い出を新聞記者に語り、1906(明治39)年に60代後半で没した。

 市立資料館などによると、おりょうは1875年、蒲生郡金田村(現・近江八幡市西庄町)の商人、西村松兵衛と再婚し、横須賀で暮らした。2人の墓も神奈川県横須賀市の信楽寺にかつてあった。

 資料館の河内美代子館長が5年前、松兵衛が近江八幡出身と知り、調べ始めた。西庄町の西村家跡の位置や、跡地に近い円光寺が西村家の菩提(ぼだい)寺である事実を確認した。なれそめは、おりょうの母が八日市(現・東近江市)出身という説や、伏見の寺田屋で知り合ったという説があったが、はっきりしなかった。

 西村家は1894年ごろに金田村から京都に移った。さらに「おりょうは龍馬の妻」の印象が強いことから、再婚の史実は地元・近江八幡市でもほとんど知られていなかった。

 このため、市立資料館は調べた結果をまとめた小冊子「近江八幡四方山(よもやま)話」を今年3月に刊行、実費で配っている。9月に市内で行った時代仮装行列「八幡今昔」では市民がおりょうと松兵衛を演じた。来館者からは「再婚していたとは」と反響があるという。

 河内館長は「松兵衛は、前夫の龍馬について語ることをおりょうに許していた。おおらかで、妻への大きな愛を持った人物だったのでは」と話している。