バルキリーちゃんはいつも学校に来ない。最後に教室に現れたのは、二週間も前のこと。
 そのときも、一時間と経たずに彼女は教室から出て行って、それきり戻ってこなかった。その日、屋上でお弁当を食べていたクラスメイトたちが、屋上の給水塔の貯水タンクの横で寝そべっている彼女の姿を見かけたと言っていた。放課後、私は興味本位で屋上に行ってみたのだけど、そこには誰もいなかった。はしごを上って、彼女が寝そべっていたらしい貯水タンクの横に座り、彼女が見たかもしれない景色をぐるりと見渡した。夕焼けと風と雲、金網と貯水タンク。
 屋上の安っぽいドアが開く音がした。
「あれ、川手さんじゃなくて横山さんがいる」
 ソフトモヒカン頭の松原くんだった。
 彼ははしごを上って給水塔へやってくると、貯水タンクの横に座る私の隣にひょいと腰を下ろした。貯水タンク、私、松原くんという並びはなんだかとても奇妙に思えた。
「俺、今日バイト休みなんだ」と松原くんは言った。
「バイト?」
「もしかして知らなかった? 俺がバイトやってること」
「知らなかった」と私は言った。
「ひどいなあ。同じクラスになってもう三ヶ月だよ。俺、スーパーのレジ打ちと居酒屋、掛け持ちしてるんだけど」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
「大変そうだね」
「大変なんだよ」
 そう言うと松原くんは愉快そうに笑った。どうして彼は、大して仲良くもないひととも楽しげに話ができるのだろう? と私はやっぱり思った。
「横山さんも、川手さんに会いに来たの?」
「も?」
「ほら、さっき教室でさ。川手さんが屋上にいたって」
「ああ……」
「でも、いないみたいだね」
「私がここに来たときには、もういなかったよ」
「そうなんだ。そうかあ、無駄足かあ」
 松原くんはまたも笑った。無駄足。
「それじゃあ、もう行くよ」
 松原くんがきしむドアを開けて屋上から出て行くと、屋上に吹く冷たい風の音が、やけに耳に心地よく感じられた。
 どうして松原くんは、川手さん……バルキリーちゃんに会いに来たのだろう?
 私は、ただの興味本位だけれど、さ。
 で、きょうみほんいってなに?
 興味ってなに? それっていったいどういう興味?
 私はバルキリーちゃんが屋上にいたら、何をするつもりだったの?

 胸の奥が少し、ざわざわしてくるのを感じた。
 胸に手を当てて考えてはみたものの、私は思うように自分自身の考えを言葉に抽出して取り出すことができなかった。だから、というか、なぜだか、というか、とにかくそれ以来私は、学校になかなか姿を現さないバルキリーちゃんのことを、頻繁に想像するようになってしまった。
 ある意味では、それが私とバルキリーちゃんとの繋がりの、始まりだった。