浅い夢の中で、私とバルキリーちゃんは二人きりだった。
 退屈な授業を抜け出して私たちは、まだ太りきっていない五月の入道雲が青空を泳ぐ、風の穏やかな屋上に出た。給水塔の貯水タンクの横に並んで座り、今まで喋ってこなかったぶんのたくさんのお喋りをした。彼女は何人かのクラスメイトたちについて知りたがっていたので教えてあげた。私は学校の外のことについて大したことを知らなかったので、彼女が教えてくれた。
 外は危険がいっぱいで、恐ろしいところだ。未成熟な若者にとっては特に危ないところなんだよ、とバルキリーちゃんは言った。まるで自分は成熟した若者だとでも言いたいみたいで私はくすりと笑った。成熟した若者だなんて、そんなもの存在はしない。
 それからバルキリーちゃんは、さきほど松原くんから渡されたカードと書類を私に見せてきた。カードは知らないひとの名前と会社名と電話番号が記されたラミネート加工の名刺で、書類は履歴書だった。名刺の裏側には松原くんのフルネームと、彼の携帯の電話番号とメールアドレス、おまけにSNSのハンドルネームまで手書きで記されていた。
 鉛筆、貸してよ。
 私は言われるままに、バルキリーちゃんに先の尖った鉛筆を手渡した。彼女は名刺の裏側の「松原よしてる」の文字にビッ! と横線を引き、その上にルビを振るみたいに小さく「ゴブリン」と書いた。ゴブリン? レベルは? と私が聞くと、レベルは5だね。モヒカンだし。と言って「Lv5」と書き加えた。
 それから私たちは履歴書の空白部分に、「ゴブリンLv5」の出鱈目なステータスを書き込んで遊んだ。彼はお金が大好きで、自分のことも大好き。無謀にもバルキリーちゃんのことを狙っている。無駄足。三、四ヶ月に一度、一緒に下校する女の子が替わる。マクドナルドに行くとボリューミーなハンバーガーを必ずLセットで頼む。ゴブリンのくせにあまり足は速くない。無駄足。だけど球技全般は、苦手ではないようだ。ボウリングがうまいと聞いたことがある。ゴブリンじゃなくてボウラーじゃん。回転させて投げる練習とかしてそうで笑える。駄目だよバルキリーちゃん、ひとの努力の結果を笑っちゃ。いいんだよ、努力をかさに着てる奴は笑ってやるくらいで。それに回転の練習してる暇があったらもっと他にやることあるだろ。そういえばなあ知ってる? 学校のすぐ近くの地下道を抜けたとこに、屋台が来るようになったって……。知ってる知ってる……。たこ焼きと……たい焼きと、クレープと……。そうそう……。

 授業中に夢を見るなんて。
 覚めるくらいなら、夢なんていっそ見ないほうがいい。
 教師が教材を片付け始める。生徒たちもそそくさと机の上を片付け始める。私も教科書と全然板書されていないノートを閉じ、鉛筆を筆箱の中にしまおうとした。
 私はそのとき初めて、筆箱の中にあるはずの鉛筆が一本足りないことに気付いたのだ。