相変わらず頭の片隅にはバルキリーちゃんの幻想がこびり付いていた。

そして相変わらずバルキリーちゃんは学校に来なかった。

 休日、私は文具店で二十本入りの鉛筆セットとルーズリーフを簡易的に纏めておくためのクリップを買い、それから町のショッピングモールをうろついた。途中でクラスメイトの何人かにばったりと会って、軽く挨拶を交わした。世間は狭い。狭くて少し苦しい。

 お互い私服だったのでなんだか変な居心地の悪さがあった。スカートを履いていない彼女らは女子校生らしくなく、学ランを羽織っていない彼らは男子校生らしくなかった。なんというか、みんな私服を着ることで、あるいは制服を着ないことで、子供か大人かにかっちりと振り分けられているような感じだった。垢抜けたひとは大人びていて、そうでないひとは子供っぽい。

でもこういうのはあくまで私個人の感覚であり、そうやって私が感じることには特別な意味なんてない。誰にとっても、私にとっても、彼女にとっても。そもそも子供と大人なんて実際はもっと曖昧なもの。二十歳を過ぎたからといって、はい、あなたは今日からこれを持ちまして大人です、おめでとう……だなんてことにはならない。二十歳を過ぎたら大人と呼ばれてしまうからね、中身もそれに伴って大人になってくださいね、というどこかの知らない偉いひとたちからの無言のメッセージ。
 どこまでが子供でどこまでが大人かなんて考えたところできりがないから、考えないように、なるべく考えないように……。でもそれでも、はっきり言って、毎日学校に登校する私よりも、不登校気味のバルキリーちゃんのほうが、遥かに大人っぽいという実感に、変わりはないわけで。それは発育とか態度とかの差で思うのじゃなくて、彼女のその「まなざし」が、人生の酸いも甘いも、知っているみたいに見えるからかもしれない。

例の鉛筆は、教室のどこを探しても見つからなかった。そもそも学校に持っていく鉛筆の本数を間違えていたのでは、と思って帰宅後に部屋にあるぶんを含めた鉛筆の合計数を数えてみたのだけど、やっぱり一本足りなかった。普段は六本、筆箱に入っているはずの鉛筆が、五本になっているというのはとてつもない違和感だった。それはただ単に、部屋にある鉛筆を一本補充すればかたがつくという問題ではない。私はふつうのひとよりも鉛筆を沢山持っているほうだと思う。なにしろ毎日鉛筆を使い、削っているわけだから消費量も高い。しかし私はたかだか一本数十円の鉛筆だからといって、その一本を蔑ろにしたりはしない。鉛筆には一本一本のドラマがあって……というとかなり大袈裟だけれど、私には一度鉛筆を削るとそれがもう手で握れないくらいになるまで使い切る、というポリシーがある。つまり使用中の鉛筆が一本紛失したということは、すなわちその使い切りのポリシーに傷がつくということであって……要するにショックなのだ。

失くすなんてホントにショック!

だから私は憂さ晴らしという理由で新しく鉛筆セットを買ったのだった。全く子供じみているな、と我ながら情けなく思いつつも。

 

いつの日だったか、隣の席の津村くんに、どうして鉛筆を使っているのかと尋ねられたことがある。私は鉛筆を使うのは好きだけれど、別段その理由を深く考えたことはなかったから、返答に困ってしまった。

「シャーペンが嫌いなの?」と津村くんは言った。

「シャーペン?」

「シャーペン。嫌いなの?」

「嫌いじゃないよ」

「じゃあどうして?」

「なにが?」

「どうしてシャーペンを使わずに、鉛筆ばかり使っているの?」

「どうしてって言われても」

 別にシャーペンを毛嫌いしているわけではない。小学校から使い続けている鉛筆を、ただなんとはなしにそのまま使い続けている、それだけの話である。

「横山さんみたいに試験のとき以外にも鉛筆を使っているひとって、中々いないからさ。気になるんだ」と津村くんは言った。

 私は少し考えた末に、「じゃあ、津村くんも一度鉛筆を使って授業を受けてみたら?」と言った。

「そしたら君の気持ちがわかるかな?」と津村くんは言った。

「いや、知らないけどそんなの」と私は言った。「というか津村くん、小学校のとき鉛筆使ってなかったの?」

「使ってたさ。小四でシャーペンに切り替えたけどね」

「そうなんだ。私は小学校から今まで、ずっと鉛筆」

「ふうん。じゃあさ、君の鉛筆、一本貸してよ」

「それは嫌」
 それだけは嫌。

「どうして嫌なの?」

「理由とかないよ。ただ嫌なの」

「俺のシャーペンを貸すからさ。しばらく貸してよ」

「嫌だってば」

「ちぇっ。鉛筆使ってみたらって言ったの、そっちなのにさ」

 津村くんはため息をつき、私から鉛筆を借りることを諦めたようだった。

 ため息をつきたいのはこっちのほうである。そんなに試してみたいのなら購買にでも行って鉛筆を買ってきたらいいのに、と私はそのときそう思った。