文具店に行っても、ショッピングモールに行っても、結局、危険なことなど何一つなかったわけだ。私は駅前に停めておいた自転車にまたがり、カゴに買い物袋を置いた。駅の改札口から、ひとがまばらに出てくる。休日だからいつもより駅全体が静まっているけれど、これが夕刻を過ぎると平日の朝みたいにひとで埋まる。


 自転車置き場に見覚えのあるシルエットが向かってくる。私はすぐさま自転車のペダルを踏んで、気付かなかった振りをしてその場から逃げるように去った。見覚えのあるソフトモヒカン。

 私は彼のことなんか頭から追い出して、彼女のことだけを考えていたい。私の頭の中に明け透けな笑顔で入り込んでこないでほしい。しかし、彼の存在が対比となって彼女の存在を照らし浮かび上がらせているのは、実際のところ事実なわけで。 

 部屋に戻るとクラッシュオブクランを起動した。現在、所属しているクランではクラン対戦の真っ只中。午前中の一回目の攻めは☆3、全壊。ドラゴンラッシュで格下の村を焼いた。 TH8で同格攻めとなると、工夫のないドラゴンラッシュでは段々と厳しくなってくるのだけど、闇の兵舎はアップグレード中で使えないし、かといってジャイウィズは全壊に至るメソッドを獲得していないから、難しく感じる。まだまだ私はドラゴン依存なのである。いつかは、そういつかは卒業しなくてはいけない。

 二回目の攻めを行う直前に、電話がかかってきた。叔父さんからだ。攻撃中でなくて本当に良かったと思いながら通話ボタンを押した。

「もしもし。叔父さん?」

「おお、紗江子ちゃん。ご無沙汰してます」

「お久しぶりです」

「あのさ、君に上げたあの灰皿なんだけど」

「クリスタルガラスの?」

「そうそう、それ。クリスタルガラスの。まだ持ってるかい?」

「使わせてもらってます、ありがたく」

 私がそう言うと、叔父さんは一瞬、黙った。

「そうかそうか。君くらいの年代になると、まあ不思議じゃないよな。いやあ、実は禁煙、失敗しちゃってさあ。うん」

「あんなに意気込んでたのに、叔父さん」

「いやあ、駄目だね。禁煙って意気込むと逆に続かないもんだね」

「灰皿、返しましょうか?」

「いや、いいよいいよ。君が使っているっていうんだったら。新しい灰皿でも買って、気分を一新することにするよ」

「そうですか」

「それより紗江子ちゃん。あんまり派手にやっていると身体に悪いからね。君はまだ若いんだし、肌もぴちぴちなんだから」

「ぴちぴち?」叔父さんは私のどこを見てそんなことを言うのだろう?

「まあほどほどにね。それじゃあまた今度遊びに伺いますから、そのときに」

「うん。楽しみにしていますね」

「それじゃあ」

 電話が切れた。

私は机に置いてある木屑と鉛の欠片が溜まった灰皿を見つめた。そして灰皿の窪みにキープしていた鉛筆を手にとって、試しに唇にくわえてみた。

まだ若くて、肌もぴちぴち。それはつまり、やがて老いて、肌もしわしわになるということ。

そんなこと、考えていたって仕方がない。私は再び、クラッシュオブクランを起動した。クラン対戦に老いも若いも関係ない。今、私が☆6を取れるかどうか、それだけを考えればいい。