いつも通り早めに登校すると、傘を差して校門へとやってくる学生たちを教室の窓から見下ろして眺めた。透明ビニル傘、大の大人向けの黒い傘、ポップな水色水玉傘、ファニーなレインボウ傘、ピンクの傘。色とりどりにも程がある色彩の暴力のような傘の群れの中から、私はオレンジ色の傘がないか注意深く探す。

 入学当初、川手さんを初めて目にしたとき私は「バルキリーだ!」と思わず口に出してしまいそうなくらいには興奮した。当時の彼女は本当にバルキリーみたいな髪の毛をしていた。もちろん今は違うけれど。オレンジ色で、自然に外はね。はっきり言って、私以外のクラスメイトたちからはスケバンのように思われていた。スケバン。時代錯誤な言葉。スケバンちゃん。

 顔立ちや体格はさすがに日本人並みだけれど、眉間に若干の皺を寄せ、口元を引き結んだあの表情はしっかり「バルキリー」していた。最初、私はその表情を見て「体調、悪い日なのかな」と心配していたのだけど、二週間も彼女は同じような表情で学校にやってきたので、自分の心配がまるで見当違いだったことがわかったのだった。もしかしたらもうそのときから彼女は、毎日同じ服を着て毎日同じ場所へ行き、毎日同じ席に座って毎日同じひとたちと顔を合わせるということがたまらなく嫌だったのかもしれない。本人に確認したことがない(というか喋ったことすらない)から本当のところはわからない。でもやっぱり川手さんは、毎日嫌そうな顔をしていたし、実際嫌だったのだ。

 オレンジ色と緑色の傘だけが見当たらない。傘業界にとって、この二色はそれだけ希少価値の高い存在とでも言うのだろうか。例えば、バルキリーちゃんがオレンジ色の傘を差して、私が緑色の傘を差して、二人並んで土砂降りの雨の中を歩く。そして本屋に寄ってお互いのお気に入りの本を薦め合う。そして二人でファミレスにでも行って(雨の日といったらファミレスか喫茶店と相場が決まっているでしょう?)、ご飯を食べて、本のあらすじを眺めて。

 そういうときのために、緑色の傘を買いに行かなくちゃ、と私が思っていると、隣の席の津村くんがやってきた。彼の学ランは、左肩の部分だけだいぶ雨で濡れていた。

「おはよう」と津村くんは言った。

「おはよう」と私も返した。

「けっこうひどい雨だね」と津村くんは言った。

「そうだね」

「風も強くて」

「ひどい天気」

「うん。ひどい天気だよまったく」

「うん」

「横山さん、いつも早いね」

「え?」

「俺より遅く来たこと、一度もないよね」

「それは津村くんが遅いから」

「そうか?」

「そうだよ」

「そっか」

「そうそう」

 津村くんはうんうんと頷きながら鞄の中身を机に広げている。私は彼の左肩を見つめながら、雨の冷たさについてなんとなく考える。

「気にならないの?」と私は言った。

「え?」

「気にならないの?」

「なにが?」と津村くんはたずねた。

「左肩」と私は言った。

 津村くんは自分の左肩を見て、ようやく合点がいったみたいだった。

「そのうち乾くよ」と津村くんは言った。

「拭くものもってないなら、ハンカチ貸そうか?」と私は言った。

「そんな大袈裟な」津村くんは笑った。大袈裟?

「大袈裟?」

「ほっとけば乾くよ」

「でも、もしワイシャツに滲みたら寒くなると思うよ」

「そうか?」

「そうだよ」

 私はポケットからハンカチを取り出そうとした。

「鉛筆は貸してくれないくせに、ハンカチは貸してくれるんだ」津村くんは笑った。
 私はやっぱり彼にはハンカチを貸さないことに決めた。