私は村に住まう人びとが思いの外いることに当惑するしかなかった。ぽかんとしてタウンホールになだれ込む様子を見ていた。村の住人たちは二十人以上はいたけれど、ひとりひとりを目で追うのに疲れて途中で数えるのをやめた。ある者は私に付きっきりの村人にそっくりそのままの姿をしていたし、またある者は寝間着のローブ姿のアーチャーだったし、またある者は村人ふうの格好をしたゴブリンそのものだった。私はここに住まう彼らのひとりひとりを覚えるのは恐らく無理だろうなと思った。だってみんな、ちょっとした差異は見られても似たり寄ったりだし、そのくせ声も口癖も表情も同じだとしたら、判別なんてできっこない。村人が自分たちの存在のことを「我々」とひとくくりに言ったことを思い出した。私も彼らの存在のことをそのまま「彼ら」とか「あなたたち」とか呼び続けるべきなのだろうか? 独立できない存在だから、私が必要? じゃあ、私は独立できているの? 私という存在を証明してくれるものっていったい何?

「避難完了です、チーフ」村人がタウンホールの玄関口で私に報告してきた。辺りはすっかり暗くなり、静まり、夜の闇をかき消すように燃える各所の焚き火や松明が、バキンバキンと音を打ち鳴らしているのが聞こえるのみだ。村を隠蔽保護して囲っている濃密な森からは葉擦れの音一つしてこない。いや逆だ。いや、これは相互。森を囲っているのは村であり、村を囲っているのもまた森。私には今、はっきりとわかる。森と森のあいだを村がくりぬき、村と村のあいだを森が断絶している。その隙間を縫うように、夜闇に紛れて「嵐」がやってくるのだ。そして私もまた時と場合によって「嵐」となる。だけど、今回は襲われる側。それも過剰の。

「どうやら予想よりも早く来るようです」村人が少し苛立たしげに言った。「ほら、もう隠れてくださいよ、チーフも」

「まだいちゃ駄目?」と私は言った。

「あのねえ。チーフの本来の役目は、まず真っ先にタウンホールの中へ避難することだったんですよ。今日は大目に見てあげましたけど」

「でも、村のリーダーってふつう、しんがりを買って出るものじゃない?」

「しんがってくださらなくってけっこう」

 しんがって? しんがるってなんだ? と私は思ったけれど、口には出さなかった。

「チーフが死ねば全部おしまいなんですから。逆に言ったら、チーフだけでも生き残ってくれさえすれば村は再建できます。我々は」

「情報の数列」私は言った。

「そうです」村人は笑った。

「ねえ、村人さん。あなたの名前、教えてくれない?」

「チーフ。我々には名前なんて」

「なんていうの?」

「ですからチーフ。我々は個別に名前を持ちません。そういうものなんです」

「そうなんだ」それから私は少しだけ考えた。「それじゃあ、次に会うときまで、あなたの名前を考えてきてもいい?」

「いえ、そんな。けっこうです。私はただの村人のひとりに過ぎないんですから。大体、私ひとりに名前をお与えになったら、他の者たちが羨ましがります。そうしたらみんな名前を欲しがって、面倒なことになりますよ」

「私はね。あなたたちに個別の名前がないっていうのはとても不自然なことのように思えるし、あなたたちのことをひとつにくくって呼びたくもないの。ねえ、わかってくれるでしょう?」

「わかります」村人は言った。「さあ、もう本当に中へお入りになってください、チーフ」

 私は頷いた。私たちはタウンホールの中に入った。渡り廊下には誰もいなかった。

「下の広間から通じる専用の穴倉にこもっているんです」と村人が説明した。私はいまいち納得できずにいた。あれだけの大人数を一手に引き受けられる地下が易々とあっていいものだろうか? 私はタウンホールの位置を昼間のうちに変えてしまったのだ。穴倉とやらもちゃんと移動してきてくれているのだろうか?

「ほんとうに?」私はたずねた。

「何がです?」

「ほんとうにそんな穴倉が?」

「もちろん。今から私もそこへ避難します。チーフには通常通り、我々とは別の地下通路から脱出していただきますが」

 脱出?

脱出ってどういうこと? 私たちはみんなで地下に隠れて「嵐」をやり過ごすのじゃなかったの?

「私ひとりきり?」私は言った。混乱していた。

「そうなります」村人はきっぱりと言った。この期に及んでなんだ、というような顔で。

「どうして私だけ脱出なの?」私はたずねた。

「ですからチーフ。あなたが死んだら全ておしまいなんですってば」村人は早口でまくし立てた。

 私は村の住人がみんな助かる前提で考えていたのに。まるで私しか生き残れないみたいな言い方だった。納得いかなかった。

「だったら全員でその地下通路を渡ればいいじゃない」私は言った。

「地下通路を全員で渡っていたら気付かれます。それに地下通路は狭いんです」村人は言った。

 そういうものなのか? ほんとうにそういうものなのだろうか?

 

 私はひとりぼっちではとてもじゃないけれど、何もかもうまくできる気がしない。ひとりじゃ何もできないし、ひとりで助かりたいとも思わない。ひとりじゃ助かる気もしない。とにかくひとりは嫌。今、このときに、ひとりきりになったら、私は。私はひとりになりたくない。お願いだから私をひとりにしないで。

 

 お願いだから私をひとりにしないで。

 私をひとりにしないで。

 私を、ひとりに、しないで。

 

「なんだい、こんな時間まで騒がしいなんて」

 玄関口のほうから声がした。私と村人は振り返った。

 そこにバルキリーちゃんがいた。

 薄い膜の張った私の意識が、揺れて動くのを感じた。