幼い頃から毛深いのを、村の多くの者が笑ったが、白い翼の生えた彼女だけが笑わなかった。それは個性よ、と彼女は言った。

「でも、何の役にも立たない個性なんて嬉しくないよ。それどころか毛深いせいでいじめられちゃうんだ。」彼は言った。
「私はいじめたりしないわ。きっと将来、あなたには立派なお髭が生えるわよ。」
 実際、その通りになった。大人になった彼の髭は黒々として艶やかで、見る者にダンディーな印象を与えた。けれど、彼は自分の髭が周囲に与える印象よりも、いくらかダンディズムに欠ける男であった。

 彼がいつもフードを目深に被るのは、毛深いことをからかわれるのが嫌で嫌でたまらなかった頃の名残だ。

 彼女は別の村に嫁いでいった。そのとき彼はまだ青年だった。文字通りに青かった。彼女がピンク色の髪の弓兵たちと連れ合いながら、森へと旅立つその直前、彼は叫んだ。
「行かないでくれよ。好きなんだ、あんたのことが。」
 彼女はこちらを振り向くと笑った。
「ありがとう。私、あなたのこと忘れない。できることならこの村で、ずっとあなたのお姉さん役をしていたかったわ。」
 彼女が旅立ち、彼が泣いても、村は着実に繁栄し、その歩みを止めることはなかった。

 彼は見た目だけは一人前以上のウィザードだったが、肝心の魔術的素養はからっきしだった。方々から見栄っ張りだの、髭だけは立派だのと蔑まれた。陰ではもっと酷い言われようだったのだが、彼はそのことまでは知らない。知らせてくれる友人に恵まれなかった。
 代々ウィザードを輩出する、そこそこの名家の生まれだった彼は、退役した父から「お前ほど才能のないウィザードはこの世にいないんじゃないか」と笑われた。その目が笑っていないことに青年期の彼は気付いていた。

 翼の生えた彼女が村を去ってから、彼は努力をした。人一倍ほどの努力だ。そしてようやく炎を操る術を身に付けた。彼が人並みのウィザードとなるべく努力をしているあいだに、同郷の他のウィザードたちは様々な遊びを知り、友情を育み、そして恋に興じた。

「いいかい。今のお前たちはだね、空は飛べるが狩りの仕方を知らない鳥と同じなんだよ。」
 師匠の老ウィザードが、弟子のウィザードたちに向かって言った。

 彼の初めての実戦は、思っていたほどの過激さではなかったし、かといってぬるま湯でもなかった。そこそこの戦場でそこそこの成果。満足はしないが物足りなさもない。そんな具合だ。

 彼は心底、がっかりした。

 彼以外のウィザードたちは、狩りの悦びと生死の見極めに勃興し、ときにはその血生臭さに弱音を吐きつつも、その生活を楽しんでいた。彼にはそれが理解できなかった。今の生活には、欠けたものばかりが消化不良気味に漂っていた。

 ある日、ベビードラゴンが卵から孵った。戦で命を落としたドラゴンが遺していった最後の卵だ。彼はその飼育係を買って出た。それで何かが変わるかもしれない、と期待してのことだ。彼の手のひらから生み出されるファイアボールを見て、ベビードラゴンは火を吹く練習をした。彼は実質的な母親代わりであり、父親代わりでもあった。利かん坊のベビードラゴンは、しばしば彼の腕毛や頭髪を縮れ毛に仕立て上げたが、彼の健康な毛はまたすぐに生え揃った。この一人と一匹は、とても仲の良いコンビとして周囲から認められるようになった。
 ペットとしか心を通わせられないような、欠陥のある奴だという声もあった。もちろん彼はそのような陰湿な言葉に今さら傷付きはしなかったし、このベビードラゴンをペットと思っているわけでもなかった。こいつはペットじゃない。俺の親友だ。

 育ったベビードラゴンは、やがて他所の村に買われていった。
 一人と一匹は再会の約束をして別れた。彼女とはできなかった再会の約束だ。
 しかし結局のところ、再会の約束は叶わなかった。彼は彼女にも親友にも会えなくなった。

 彼はベビードラゴンの墓を、森の近くに建てた。エリクサーの泡沫となって消えた親友のことを彼は思った。それから少し、翼の生えた彼女のことを思い、そして自分自身のことを思った。どうしてみんな俺を残して遠くへ行ってしまうんだろう。どうして俺はいつもひとりになってしまうんだろう。
 冷たい涙が頬に流れた。彼は自分の流す涙がとても冷たいことに愕然とした。本当にびっくりするほど、冷たかった。

 彼はある程度の実戦経験を経てから、呪文の研究部門へと回されることになった。この村でのそれは左遷を意味し、彼はやっぱり周囲から蔑まれた。父親からはさらに冷たい目で見られた。彼にはもう色々なことがどうでもよくなっていた。けれども彼はフードを目深に被りつつ、勤勉に仕事をした。そうするしかなかったからだ。勤勉に仕事をする以外にいったい何をやれというのだ?

 ウィザードとしての素質に恵まれなくとも、呪文の研究ではそこそこの成果を上げることができた。ポイズンの呪文を強化することに成功した彼は村の長に祝福を受け、更に日頃の勤勉さを讃えられ報奨金をもらった。これに対して、研究部門の同僚たちは気を悪くした。

「おい、お前。」
 同僚が彼に話しかけた。彼は試作段階のさらに強力なポイズンを、ぶ厚い特殊加工の試験管の中に入れ、その濃度と安定性をチェックしている最中だった。
「耳が付いてないのか、この野郎。」
 集中しなければならない作業だ。それなのに同僚は彼にしつこく話しかける。
「すみませんが今は」
 手短に今は話せない状況であることを伝える。しかし同僚はそんなことは百も承知だ。同僚がやりたいことは程度の低い悪ふざけに過ぎなかったのだから。
「レベルスリーのポイズンは共同で開発したものだよな。それなのにどういうわけかお前だけの手柄になってる。これはどう考えたっておかしいじゃねえか。なあ?」
 煮詰まっていた研究を飛躍的に推し進めたのは、彼の頑張りの成果だ。だから報奨金が出たのだ。
 彼は隣にいる同僚のいちゃもんの相手をしたくなかったし、大体今は仕事中だから、同僚にも時間いっぱいまで働いていてほしかった。ただでさえ研究が遅れがちになっているというのに、研究部門は怠慢者の集まりだ。実際、真面目なのはほんの一握り。
 だから才能のない彼が活躍できるということもあるのかもしれない。そして同僚たちは皆、自分たちも頑張ればできるようなことで褒められ讃えられる彼の存在をやっかんでいるのかもしれない。
 同僚が彼の肩を乱暴に叩く。その信じられない行為に彼は目を剥く。同僚は昼間からエリクサービールを飲んで酔っ払っていた。同僚はさらに彼の胸ぐらを引っ張ろうとする。試験管を落としそうになり、彼は研究所のテーブルに置いてある試験管の上蓋を目で探す。あった。けれども上蓋を空いた手で掴む前に、試験管から中身がこぼれて飛び散った。同僚の手と顔にそれがかかり、悲鳴が研究所の外にまで聞こえてきた。村の住人たちが駆けつけると、そこには倒れ込みもがき苦しむ同僚と、それを茫然とした様子で見つめる彼の姿があった。

 彼は地下の牢屋に幽閉された。
 暗くじめじめとした地下は、真夏の外気をシャットアウトしてひんやりとしていた。彼はコートと靴を奪われ、生地の薄い囚人服を仕方なしに着ていた。
 身体が冷えてきたので、彼は手のひらに小さなファイアボールを生み出し、それで暖を取った。しかしファイアボールを維持し続けるのは彼にとって大変困難で、次第に疲れてきた。疲れとともにファイアボールは小さく頼りなくなっていき、遂には消えてなくなった。地下のくらやみと寒気が、またすぐに舞い戻ってきた。
 とりあえず外に出たいな、と彼は思って、目の前の鉄格子に手をかけた。
「ねえ、誰かいませんか。ここから出してください。お願いですから。」
 返事はなかった。
「誰かいませんか。」
 返事はなかった。
「俺は無実なのに!」
 それでも返事はなかった。
 彼は牢屋のでこぼこした石の地面に腰を下ろし、しくしくと泣いた。その涙はぞっとするほど冷たかった。まるで溶けた氷が頬を伝っているみたいだった。

 あの毒さえこぼさなかったら、こんなことにはなっていなかった。酔っ払った同僚が絡んでこなければ、こんなことには。
 物心ついたときから俺は、周囲から馬鹿にされ、後ろ指をさされて生きてきた。なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか。なぜ俺を救ってくれるはずだった彼女やあいつですら、俺から奪っていくのか。
 
 俺からもう何も奪おうとするな。

 寒くて眠っていた。
 目を開けると牢屋の中は氷と霜と氷柱でいっぱいになっていた。なんだ? 彼は自分の両手を見た。冷たい色の冷たい光が灯っていた。凍った壁面にうつる自分の姿を見た。全身の艶々とした黒い毛が、青白いものに変わっていた。
 もう寒くはなかった。手のひらからファイアボールの代わりに氷と霜の塊が吹き出し、鉄格子をいとも簡単に折った。彼は牢屋を出て、地上に出た。
 
 外の世界は彼にはあまりにも暑すぎた。ここはもう、彼が住むのに適した場所ではない。
 彼は、もっと自分に適した温度の場所があるはずだと思った。もうここには居られないのだ。

 彼は森の奥へと消えていった。より冷たく、より安らかな場所を求めて、だ。