本記事は、小説家・村上春樹氏の短編小説「とんがり焼の盛衰」を書写し、単語や言い回しをクラクラ風に置き換えたものです。
(「とんがり焼の盛衰」は短編集「カンガルー日和」に収録されています。イラストレーター・佐々木マキ氏の挿絵がなんとも言えず良い。)

   それではどうぞ。
   読了時間5分〜10分程度。







   ぼんやりとタウンホールの脇の掲示板を眺めていたら、隅の方に「名菓クラクラ焼・新製品募集・大説明会」という広告が載っていた。クラクラ焼っていったい何のことなのかよくわからない。でも名菓とあるからにはやはり菓子なのだろう。僕は菓子についてはちょっとうるさい方である。それに暇だったから、とにかくその「大説明会」というのに顔を出してみることにした。
   「大説明会」はネズミ谷の広間で催され、エリクサージュースと菓子までついていた。菓子はもちろんクラクラ焼である。僕はひとつつまんでみたが、とくに感心する味ではなかった。甘さの質がねちねちとしていて、かわの部分ももっさりとしすぎている。今の若い人間がこんなものを好んで食べるとはとても思えない。
   でも説明会に来ていたのは僕と同じくらいか、あるいはもっと年下の若い人ばかりだった。僕は952番という番号札をもらったが、まだあとから百人くらいは来たから、だいたい千人以上の人間がこの説明会に来たことになる。たいしたものだ。
   僕の隣りには二十歳くらいの度の強い眼鏡をかけた村人が座っていた。美人ではないが、わりに性格の良さそうな女の子だ。
「ねえ、君はこれまでにクラクラ焼って食べたことあった?」と僕は訊ねてみた。
「あたりまえじゃない」と女の子は言った。「だって有名ですもの」
「でもそんなに美味く……」と僕が言いかけたところで彼女が僕の足を蹴とばした。まわりの人間が僕の方をじろりと見た。嫌な雰囲気だ。でも僕は「ベビードラゴン」のような無邪気な目をしてその場をやりすごした。
「あなたってバカねえ」と少しあとで村人がそっと耳うちした。「ここに来てクラクラ焼の悪口なんて言ったら、ダクエリ鴉(がらす)につかまって生きては帰れないんだから」
「ダクエリ鴉?」と僕はびっくりして叫んだ。「ダクエリ鴉って……」
「しーーっ」と村人が言った。説明会が始まった。
   説明会ではまず「クラクラ製菓」の社長のゴブリンがクラクラ焼の歴史について話した。タウンホール2の時代に誰が何をしてこうなったのがクラクラ焼の原型であるとかいった類の真偽不明の話だ。ゴブリン盗鬼伝にもクラクラ焼についての記述が入っているということである。おかしいから笑おうかとも思ったが、まわりの人間はみんな真剣そうな顔で聞き入っていたし、ダクエリ鴉もこわいので結局笑わなかった。
   社長の説明はまる一時間つづいた。すごく退屈だった。彼の言いたいことは要するに「クラクラ焼は伝統のある菓子である」というだけのことなのだ。そんなの一行で済む。
   それから専務のゴブリンが出てきて、クラクラ焼新製品募集についての説明を行なった。長い歴史を誇る国民名菓クラクラ焼もそれぞれの時代に即した新しい血を入れて弁証法的に発展していかねばならないとかいった説明だ。そういうと聞こえはいいが、要するにクラクラ焼の味が古くさくなって売上げが落ちてきたので若い人のアイデアが欲しいということである。それならそうとはっきり言えばいいのだ。
   帰りに募集要項をもらった。クラクラ焼をベースにした菓子を作って一ヶ月後に持参すること、賞金は二百万ゴールド、とある。二百万ゴールドあれば恋人と結婚して、新しい借家に移ることができる。それで僕はクラクラ焼を作ることにした。
   前にも言ったように、僕は菓子についてはちょっとうるさい。あんこやクリームやパイのかわなんか、どんな風にでも作ることができる。一ヶ月で新しい現代的なクラクラ焼を作り出すくらい簡単である。僕は〆切の日に新クラクラ焼を二ダース作り、ゴブリンタウンにあるクラクラ製菓の受付に持っていった。
「おいしそうねえ」と受付のゴブリンが言った。
「おいしいよ」と僕は言った。

✳︎

   その一ヶ月後にクラクラ製菓から明日会社においで願いたいという電話がかかってきた。僕はネクタイをしめてクラクラ製菓にでかけた。そして応接室で専務と話をした。
「あなたの応募された新クラクラ焼は社内でもなかなか好評であります」と専務が言った。「なかでも、あーー、若い層に評判がよろしい」
「それはどうも」と僕は言った。
「しかし一方でですな、んーー、年配のものの中には、これではクラクラ焼ではないと申すものもおりましてですな、ま、甲論乙駁という状況でありますな」
「はあ」と僕は言った。いったい何が言いたいのかさっぱりわからない。
「で、この際ダクエリ鴉さまの御意見をうかがおうではないかと、重役会議で決定致しましたのであります」
「ダクエリ鴉!」と僕は言った。「ダクエリ鴉というのはいったい何のことでしょうか?」
   専務はわけがわからないといった顔をして僕を見た。「あなたはダクエリ鴉さまのことも知らずに、このコンクールに応募されたのですか?」
「申し訳ありません。どうも世事に疎いもので」
「困りましたな」と言って専務は首を振った。「ダクエリ鴉さまのことも御存知ないというのは。……でも、ま、よろしゅうござんす。私のあとについていらっしゃい」
   僕は彼の後について部屋を出て、廊下を歩き、昇降機で六階に上り、それからまた廊下を歩いた。廊下のつきあたりに大きな鉄の扉があった。ブザーを押すとがっしりとした体格のジャイアントが出てきて、相手が専務であることを確認してから扉の鍵を開けた。なかなか厳重な警戒である。
「この中にダクエリ鴉さまがいらっしゃいます」と専務が言った。「ダクエリ鴉さまというのは昔々からクラクラ焼だけを食して生きておる特殊な鴉の一族でありまして……」
   それ以上の説明は不要だった。部屋の中には百羽以上の数の鴉がいた。高さ五メートルくらいのがらんとした倉庫みたいな部屋に何本もの横棒が渡され、そこにダクエリ鴉がずらりと並んで座っていた。ダクエリ鴉は普通の鴉よりずっと大きく、大きなもので体長一メートルくらいあった。小さいものでも六十センチくらいはある。よく見ると彼らには目がなかった。目のあるべき場所には白い脂肪のかたまりがくっついているだけだ。おまけに体ははちきれんばかりにむくんでいる。
   僕たちが中に入った音を聞きつけるとダクエリ鴉たちはばたばたと羽ばたきをしながら一斉に何かを叫びはじめた。最初のうちはただの轟音にしか聞こえなかったが、やがて耳が馴れてくると彼らがみんなで「クラクラ焼・クラクラ焼」と叫んでいるらしいことがわかった。見るからにおぞましい動物だ。
   専務が手に持っていた箱の中からクラクラ焼を出して床に撒くと、百羽のダクエリ鴉たちが一斉にそれにとびかかった。そしてクラクラ焼を求めて互いの足にくらいつき、目をつつきあった。やれやれ、目が失くなってしまうわけだ。
   その次に専務はさっきとは違うべつの箱から、クラクラ焼に似た菓子をとりだしてばらばらと床に撒いた。「よござんすか、これはクラクラ焼コンクールで落選したものです」
   鴉たちは前と同じようにそれに群がったが、それがクラクラ焼でないことがわかるとそれを吐き捨て、口ぐちに怒りの声をあげた。
   クラクラ焼!
   クラクラ焼!
   クラクラ焼!
   と彼らは大声で叫んだ。その声が天井に
反響して、耳の奥が痛くなるほどだった。
「ほらね、本物のクラクラ焼しか食べないんです」と得意そうに言った。「偽ものだと口もつけないんです」
   クラクラ焼!
   クラクラ焼!
   クラクラ焼!
「じゃ、こんどはあなたのお作りになった新クラクラ焼を撒いてみましょう。食べれば入選、食べなければ落選です」
   大丈夫かな、と僕は不安になった。なんだかすごく不吉な予感がしたからだ。だいたいこんないい加減な連中に食べさせてみて当落を決めるなんて間違っている。しかし専務は僕の思わくにはおかまいなしに、僕が応募した「新クラクラ焼」を景気よく床に撒いた。鴉たちはまたそれに群がった。それから混乱が始まった。ある鴉は満足してそれを食べ、ある鴉はそれを吐き出してクラクラ焼! とどなった。次にそれにありつくことができなかった鴉が興奮して、それを食べた鴉の喉笛をくちばしで突いた。血が飛び散った。べつの鴉が誰かが吐き出した菓子にとびついたが、クラクラ焼! と叫んでいた巨大な鴉に捕まって腹を裂かれた。そんな具合に乱闘が始まった。血が血を呼び、憎しみが憎しみを呼んだ。たかが菓子のことなのだけれど、鴉たちにとってはそれが全てなのだ。それがクラクラ焼であるか非クラクラ焼であるか、それだけが生存をかけた問題なのだ。
「ほらごらんなさい」と僕は専務に言った。「急にあんなに撒いちゃうものだから刺激が強すぎたんですよ」
   それから僕は一人で部屋を出て、昇降機で下に降り、クラクラ製菓の建物を出た。賞金の二百万ゴールドは惜しかったけれど、この先の長い人生をあんな鴉たちの相手をしながら生きていくなんてまっぴらだ。
   僕は自分の食べたいものだけを作って、自分で食べる。鴉なんかお互いにつつきあって死んでしまえばいいんだ。